第70鮫 メサメザメサメット
皆さん、大変長らくおまたせしました。三章一節がついに始まります。
ゴリラTRPG関係であったりリアル事情で実際の原稿に手を付けるまでかなり四苦八苦してしまい遅れました。申し訳ございません。
今回はあくまで中編でそこまで長くありませんが、それでもお楽しみただければ幸いです。
また、『鮫沢博士が寿司を握る話〜サメパンチ連発でサメだけのフルコース〜』な話の予定でしたがプロットを完成させた結果、その話を三章三節後にやったほうがどう考えても面白いと判断し、全く別の話を一から書き下ろされていただきました。
予定どおりの話を期待してくださった読者の皆様には申し訳ありませんが、その時をお待ち下さい。
それでは、サメ・ファンタジー三章一節 シャークマンサーVS螃蟹勇者団 始まります。
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SIDE:鮫沢博士
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鮭王暗殺を目論んだ漁業協会"ダークリッチマン"。
彼らは契約書類の焼却などを徹底し、〈女神教〉改め〈螃蟹勇者団〉でも証拠を掴むには一筋縄では行かない戦いを強いられたが、遂には全てショウコー・エビデンスキーという一人の男が犯人だと確定することが出来た。
たった一枚の食事の領収書、そこから芋づる式にボロボロと暗殺未遂の証拠が出たわけじゃ。
おそらく彼はロシアの〈百年の指示者〉パンチャー・エビコニアの子孫であり、それと同時にシャコの〈百年の担い手〉であると推定され下手に暴れられるとラッターバという国全体に大きな被害を及ぼす恐れがある。
故に、今はわしとハンチャン、ついでに〈螃蟹勇者団〉の皆と手を組んで彼の住む豪邸へと忍び込み暗殺を目論んで現在行動しており、とにかく実力を出させる前に2つのパワーを同時にぶつけて倒してしまいたいわけじゃわい。
「彩華は連れてこなくてよかったのでゴザルガニ?」
「あやつの能力は制限が厳しく、ターゲットへ辿り着くまでに根負けする可能性が高い。つまりは力押しをするまでの過程で警備に見つかる恐れがあるのじゃ」
「潜入用のサメアイテムも使える時間が3分40秒となると……適材適所でゴザルガニな」
豪邸はいわゆる天守閣な作りの城となっており、鎖国以前に東の国から伝わった文化として金持ちがこの造形の家を持つことは珍しくないらしい。豪邸全体の塗装は紅白と和風とも洋風とも取れる不思議なデザインじゃが。
現在わしとハンチャンは月夜に照らされシャチホコの如く反った姿勢で配置された真っ赤に輝くエビのアーチが目立つ天井に立っており、レールという組織員が先行して索敵を行った事で得た情報が来るのを待っておる状況じゃ。
紅白の忍者衣装を纏い少し小柄で幼い少年のようにも見える姿をしているハンチャン、地を泳ぐことのできるサメの特性を応用し干渉した地面から音を喰らう|青白の忍者衣装《異世界サメ50号"ニンジャメ"》を纏っておるわし、この2人が並んで立つ屋根の上という光景は忍者にしか見ないじゃろう。
そして待機すること9分、紅白の忍者衣装を纏い顔を隠した組織員のレールが戻り状況報告が入った。
「主、お待たせしました! 皆それぞれ動き、完成したのがこちらの配置図です。ショウコーのいる部屋への安定した最短ルートも記載しています」
「うむ、いい仕事をしてくれたでゴザルガニ」
彼が渡した配置図はとても細かく、豪邸の全ての部屋や通路、どこにどれだけ警備員を配置しているのか、その警備員の人種や装備、仕掛けられた罠などが細かく書き込まれており、後々見せた彩華からは「攻略本のダンジョンMAPみたいだな」と言わしめたほどじゃった。
「では、作戦通り我々は各自豪邸から離れ、主の帰還をお待ちします」
最後に、ハンチャンが彼の頭をなでなでしていたのじゃが、妙に嬉しそうじゃ。
おそらく獣人種のイヌ科なんじゃろう。
それから、撫で終われば彼はこの場から離れ、わしらも遂に潜入を開始することのなった。
「まずはわしからじゃ。このサメは足音を喰らうだけでなく地中潜航も可能なんじゃぞい」
「カ忍法土潜りでゴザルガニ、カニの陸海適性は最強でゴザルガニよ」
わしらは、天井からめり込んでいくように豪邸の中へと入っていった。
2匹で建築物という海を泳いでいくぞい。
なお、配置図の通りじゃとショウコーがいるであろう部屋には複数の候補があり慎重に虱潰しをする必要がある。
相手は魔法が存在する世界の金持ち、魔法なき世界の人間の発想だけで暗殺できるわけがない。
ただ、わしら2人は音もなく甲羅の頂点や背ビレがぞろぞろ浮き出る形で壁や床の中を潜りなから行動できる。おかげで、警備に気付かれないように立ち回りながらサクサクと探索したぞい。
楽々すいすい、まるでいいサメ最強気分じゃ。
「ん、この壁の材質はもしや石造りでゴザルガニな?」
ただ、残念ながら2人とも潜れる材質は木に限られるため、目的の部屋へと繋がる何らかの偉人達の彫刻が並んだ通路を覆う石壁を前に、一度外に出て移動せねばならなくなってしもうた。
「……(異世界サメ51号"うごくさめぞう")」
「うわ、彫刻が動いた!?」
もちろんそのための対策もバッチリじゃ。
警備員にバレるよりも前に、わざと通路に飾ってある彫刻をサメにして目を引かせるなどの工夫で凌げば良いだけじゃからな。
近くにあった何らかの偉人の彫刻がサメになって地面を跳ね続ければ、誰でも驚くわけじゃ。
〈シャークゲージ〉の注入量も極小にすることで34秒という短時間の変質をした後元の彫刻に戻ったのも計画通り。
サラムトロスでも幽霊の信じられ方はわしらの世界と変わらんようで、警備員は心霊現象か何かと思い込んで何も見なかったことにしようとしておる。
他にもハンチャンは、
「カ忍法"カニ隠しの術"」
とカニ彫刻へと変形し、周囲の彫刻の中に紛れてやり過ごしておる。
どうやら、警備員はまともに偉人の区別がつかないようでカニが紛れていても素通りしよったぞい。
一応、漁業の歴史に関わる者たちではあるらしいが、漁業協会のボスを警護している立場でそれはいいんじゃろうか。
「それでここが……ショウコーのいる部屋みたいじゃな」
「みたいでゴザルガニ」
そしてついに、ターゲットがいる部屋の床の下にまで辿り着いた。
部屋は天井付きのベッド、魔法陣のようなものが刻まれたサンドバッグ、事務処理をするための仕事用の机。
思いの外シンプルな作りじゃ。
ショウコー・エビデンスキー、彼はラッターバに来た日のBARの乱闘で右腕を切断されたエビ海守の父親じゃ。外見は息子に似て二足歩行するための足が生えた2mのエビといった所。
ほぼ半裸に近く、それこそチャンピヨンが履いていそうなボクサーパンツ、素肌の上に真っ白な半袖の羽織一枚とエビでボクサーなんじゃろう。
問題は、右腕が薄黒く、カマキリの腕のような折り畳むように曲がった関節になっておることじゃろう。
あれは間違いなくシャコの捕脚、パンチャー・エビコニアの残した武器なのは間違いない。
なお、現在は机に座りなにかの事務作業をしており隙だらけじゃ。
あそこからならシャコパンチなど恐るるに足らず、足元を起点に飛び出て二人同時に首を狙って攻撃すればこの作戦は終わるわい。
じゃが……そう上手くいかないのがわしら〈指示者〉じゃ。
「正直な話をしてよいかのう?」
「奇遇でゴザルガニ、ちょうど拙者も腹を割って言っておきたいことがあるでゴザルガニよ」
「「二人で協力なんて洒落臭い、敵の首は」」
「サメのものじゃ!」
「カニのものでゴザルガニ!」
お互い自分の好きな生物の地位を下げる訳には行かない。
そのプライドを失っては指示者の精神性は成り立たん。
それ故に、ここから始まるのは血で血を洗うジャンケンバトルじゃった。
「「じゃんけんぽん! あいこでしょ! じゃんけんぽん! あいこでしょ!」」
……かれこれ数分経過した。
カニのくせにチョキだけでなく普通にグーもパーも出しよってからに、それぐらい読めておったが無性に腹が立つぞい。
「チョキじゃ!」
「チョキ、カニのちょき……勝負が決まらんでゴザルガニな! もうめんどくさいので先に行かせてもらうでゴザルガニ。カ忍法"土上がり"! カニィー!」
そんな泥沼の戦いの中でハンチャンは勝負を放棄して先に動きやがったのじゃ。
「流石にそれは卑怯じゃぞ!」
ハンチャンめ、それでは勝負の意味が無いじゃろうが!
チョキはサメのチョキでもある、どちらのチョキが強いのか決めても良かったはず。
許せん、こんな形でサメVSカニの対決まで流しよるとは……。
じゃが、そんな事をわしが考えておるうちに先抜けしたハンチャンは腕をカニ爪へと変形させ、首チョンパ攻撃を狙って地中から飛び上がっておる。
ええい、わしも負けてられん!
「あくまで譲ったのは先手だけ、首はサメのものじゃー!」
3.4秒ほど遅れてわしも足元から飛び出した。
向こうが狙うのが首からわしは顎!
「異世界サメ40号"シャーグローブ"!」
いつか使うと思い造っておいた、手にはめるタイプのサメの頭部じゃ。
等身大の相手なら体の一部を確実に喰らうことの出来る万能ザメなんじゃぞ。
多少のズレがあれど、首と頭部全体を狙った攻撃はどんな強者であろうが即死じゃわい。
「ガッデムゴザルガニ!」
「なんじゃと!?」
しかし、ショウコーは同時にふたつの攻撃を椅子から離れつつすり足で回避していた。
「あんたらも案外狡いもんだねぇ」
――そして、目を離した隙にハンチャンの下半身がスクラップとなっていた。
残った上半身も、腹部から飛び出る電気コードまみれ、血が出ていないだけで十分グロテスクな光景じゃ。
「やっぱりあんたらは……特にそこのじいさんなんて戦いの素人みたいだな。俺は祖父が残した右腕で殴っただけだぜ?」
全てを理解した、あやつはわしらが部屋に入っていたぐらいから既に気付いおり、むしろいつも通りの生活姿勢をしているように見せかけて待ち伏せしておったんじゃ。
それでいて、シャコの捕脚から放たれるパンチは時速80km以上と言われておる。
それが〈指示者〉の作った等身大の物となれば……その速さは光の速度!
モグラ叩きのような気軽さで、あっさりとハンチャンはやられてしまったわけじゃ。
「鮫沢ァ、逃げるんだゴザルガニ!」
絶体絶命のピンチ。
逃げろと言われてもリスクが高すぎる。
こんな時にわしができることと言えば……。
「やめるんじゃ、命だけは助けてくれ、金ならあるぞい!」
命乞いじゃ!
「プライドなどもとよりないジジイめゴザルガニ」
「はぁ、案外面白くない奴らみたいなだな」
向こうは敵意をまだむき出しにしておる。
流石にこんな形で死にたくないぞい。
「わしのバックには魔王がついとるんじゃ、一生遊んで暮らせる! この豪邸よりももっと広い城だって入手可能じゃ!」
「……しょうがない」
よし、命乞いが効いたようじゃ。
「お前ら2人に何となく国の手がかっていることもわかってきた、なら今日はお開きとしようじゃないか」
おお、命乞い大成功じゃ!
「まあなに、身の程を知れということでいいじゃないか。こっちもやりたいことがある、そのための前哨戦としては満足すらしているぜ」
ハンチャンは緊急のためか自身の電源を停止させて無言になりはじめ、まともに会話できるのはわしだけになった。
ならせめて、こやつが何を考えておるのかはハッキリ聞いておくべきじゃろう。
「やりたいこととはなんじゃ?」
すると、渋くてダンディな声で話を続けていったぞい。
「王座奪還スリーマンセルバトルをやりたい」