外伝 蟹の救世主
ギリギリにも程がありますが今月の短編になります。
話数表記やタイトルに鮫がついていない通り今回はカニの話です。
また、3章1節を3月中に投稿したい関係でもしかしたら来月分の短編がない可能性がございます。
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SIDE:?
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これは、今から数えて10年は前の話になる。
あの頃の僕はフレヒカ王国の辺境にある富裕層が集まる街、ジーロオホにいた。
いや、厳密には連れてこれた、というのが正しいだろう。
……僕は奴隷だったから。
「ドーレイレイ! 今日もショウ・ドーレイによる闇奴隷オークションを始めてまいります!」
元々は小さな村で過ごしていたヒト種でいえば10歳程の獣人種イヌ科の少年であったが(というより、獣人種は基本ヒト種と同様の寿命)、ある日外で遊んでいる途中で人さらいに遭い、巡り巡って今は奴隷としてオークションに出品されている。
今、舞台の上に立つ奴隷商人が競りを仕切りながら、後ろで檻に閉じ込められた商品達が並ぶ様は悪趣味そのもの。
その奴隷も全員が社会的に子供とされる者達と、この奴隷商人は金のためなら何でもやる倫理観で狂気しか感じ取れない。
なお、奴隷というのは買い手次第だが、明確な報酬なく労働だけをさせられムチで叩かれ大した食事も与えられない人生を送る身分を意味する。
種族間での差別……というより、種族ごとに人身売買の需要がある状況を避けるために終戦から早々に廃止された制度だが、このような場があるように法で禁じられているからこそ裏社会での需要がどうしてもできてしまう。
「俺はあいつを傷めたいな」
「前のが壊れてちゃったし、好みとしてはあのイヌがよさそうね」
「今日のために拷問部屋を作ったんだ、何としてでもあいつを落札してぇ」
「これは楽しくなって来ましたカニ」
しかも、今回は嗜虐家達が合法的に痛めつけることの出来るサンドバッグが主な商品であり、数十人はいる悪魔共によって会場の雰囲気はニタニタした笑いが立ち込めている始末。
おそらく、ギャングの幹部などが主な客層なのだろう。
「こんな場所嫌だ!」
「早くパパとママに会いたい、なんでこんなことになったのよ!」
「地獄が終わらない!」
僕以外の奴隷達も皆、元は勉強熱心だったり村のわんぱく少年だったりそこそこな家庭のお嬢様だったりと自分の人生を歩んできた中こんな場所にいるのだ、まだ若い感性の中で今日が本当に運命が決まる最悪の日であると悲観して顔も涙を流しながらもみくちゃになっているのも必然。
だが、泣いたところで問題は解決しない。
時間は刻々と過ぎていき、一人目の競りが始まった。
「さて最初は、タタキダイだ! 身体が頑丈な岩人種の成人、叩く台にはピッタリ!」
「1000万!」
「1200万!」
「いいなぁ、俺は2500万を出すぜ!」
「他はいないようだな、ディーストファミリーにこの奴隷が渡ります!」
「いやだーーー!」
彼の名本来、キダイという英雄を意識して名ずけられたはずだがこの場ではただの皮肉にしかならない。
名前とは己を決定づけるもののはずだが、それすら尊厳を否定する材料になり得るのが奴隷の世界だ。
彼は、泣き叫びながら競り落とした参加者の元へと拘束状態で引き渡されていく。
「次は、シバカレール! 獣人種の子供を痛めつけたい人はかってしばいてあげましょう!」
そして、僕の番が来た。
芝を枯らす程の凶悪なワルとして生きて欲しいと盗賊の一家で生まれ名ずけられたが、人さらいに遭ってからまだ半年程の時間も数年の年月のように感じてしまっている僕は、この名の意味がもう一つあるかのように思えて正直名ずけた両親を恨んでしまっている。
「1500万!」
……こんな悪辣な趣旨のオークションで望むのは無理な話なのはわかっているが、せめて優しい人に買われたい。
「2000万!」
これ以上僕に期待しないでくれ、そして僕も他人に期待するのはやめてくれ。
「こいつは虐め甲斐がありそうだ、3000万!」
すると、会場が静まる。
やはり、ろくでもない人間に買われるのだろう。
その声の主の顔を見ても、人を蔑むようなニタニタした笑顔をしている。
だが、あと一人競りで大きな声を上げた者がいた。
「5200万でどうかニ?」
彼はトップハットが目立つ紅白色の異質なスーツを着たヒト種の男性だった。
肥えた身体に他と似たような表情をしている以上は同じような性格だろう、そう諦めていた。
「カニ、カニ、カニ」
謎の言葉を発しながら舞台へと上がっていく紅白スーツ。
その時の僕は、「もう人生は終わる」と覚悟を決め、如何なる手で自決するかを考え始めていた。
「では、メガニ組様にこの奴隷が渡りま……え?」
――しかし、奴隷商人の前に立った彼を見てみると、いつの間にか奴隷商人のスーツが腹部を中心に赤く染み渡っており、その先にはヒト種の腕から変質したような紅白のエビに似た爪が突き刺さっていた。
「やっぱり汚い金持ちの装いをするのは楽しいカニ。――いや、そろそろ飽きたデース」
どういうことなのか理解できないまま、肥えた男性がいつの間にか紅白スーツは金髪でショートカット、背は少し小さく舞踏会に出るかのような紅白できらびやかな衣装を着た姿に変わっていた。
確か姿を変幻自在に変える魔法というのも存在するが、詠唱どころか魔法名を唱える瞬間もなく、瞬きしたその間に変わっていたのだ。
「あ、あなたは何者なんですか!」
とっさに聞いてしまった自分も何を考えているのやら。
ただ、彼?のことを、せめて名前だけでも知りたくなった。
「螃蟹 飯炒、アイドルデース! ハンチャンと呼んでくだサーイ! ちょっと奴隷が欲しくて買いに来たんですが、売り手も他の買い手も気に入らないのでこの街の裏社会ごとめちゃくちゃにしてやろうかと思いマシテ」
言っていることはめちゃくちゃだが、そこには己の強さへの自信の顕れすら感じられる。
そこに僕は間違いなく惚れ込んだ。この人の元で戦いたいと強く思った。
そう思うと、いつの間にか自分を閉じ込めていた檻を力でねじ開けていた。
「oh、わんぱくなワンチャンデスネー、お名前は?」
「……シバカレール」
奴隷として散々馬鹿にされたこの名前を名乗らればいけないのが恥ずかしい。
せめて人さらいに遭わなければもう少し堂々と出来ただろう。
だが、螃蟹 飯炒はそんな僕にこう答えた。
「貴方、自分の名前を気に入っては居ませんネー? それだったら間を取ってレールと名乗ってはどうデスカ」
僕に、新しい名前をつけてくれた。
しかも、それだけではない。
「アー、まだこのおっさん生きてますカラ、そのイヌらしい牙で首に噛み付いてトドメを刺しちゃっていいと思いマスヨー、死体処理もできるので責任は取れマース」
指示までしてくれた、それも僕がしたいと思っていた事を!
ならばやるべき事はひとつ、今すぐ壊した檻を抜けて首に噛み付くまで。
「ドーレイ!」
結果、喉笛に牙が突き刺さったのか、奴隷商人は血飛沫と共に悶えながら死んだ。
あまりにもあっさりな結末だが、この地獄の半年間が晴れたような気持ちでいっぱいである。
「逃がしませんヨー、あなた達には自分が何をしたのか理解するまでお家に返しまセーン。あ、被害者の皆さんはそこで見物していれば楽しいものを見れますのでお楽しみにしてくだサーイ。今からカニになりマース」
「は、ハイ」
「わかりました」
「この方も大概危険人物な気がするわ……」
加えて、ハンチャンのオークション荒らしは終わっておらず、次は全身から紅白の光を放ちつつ発光を始めた。
光は壇上を覆い尽くす程に肥大化し……。
――なるたることか!
丸めで五角形の甲羅! 先から生える甲羅に対して小さな目と口! 二つの間接で稼働する太い腕に大きなハサミ! サイズの異なる細長い左右四つの脚! ハンチャンは虫の如く八足歩行する怪物と化した!
今、僕の前に、己を救わんと異界にのみ存在する生物である救世主がそこに現れたのだ!
「カッコイイ」
とてつもない胸の高鳴りが響き、僕はそれを見て素直にそう呟いた。カニに惚れた、ハンチャンに人として惚れたのだ。
これ以上の出会いが人生にあってたまるものか!
「魔獣か!?」
「人に化ける魔獣などいない、ましてやあのような魔獣は見たことも聞いたことも無い!」
「に、逃げろー!」
一方、起こる異常事態の数々を前に逃げ惑うオークションの参加者達。
向こうからすれば阿鼻叫喚の地獄なのだろうが、まだまだそれは終わらない。
なんと、左右対称紅白色に分かれた色合いで、顔が隠れるようになっている暗殺者めいた装束を纏った者たちが何十人と会場に上がり込んできた。
「なんだお前たちは!」
彼らは束縛魔法を一斉に唱えてオークション参加者達を拘束、それすら解く者も皆手刀でなぎ倒されていく。
ハンチャンの仲間なのか?
そして、彼らはオークション参加者達をハンチャン(だったクリーチャー)の元へと運び、手をガッチリ計10本の手足に貼り付ける。ある種の束縛魔法の応用なのだろう。
「……!?」
「おい、あれって」
「もしかして、そういうことなの!?」
その光景を見て気がついた、アレはかつて俺が奴隷商人の元で品定めとして働かされたあの回る円柱を棒で押す謎の機械にそっくりだ!
理解した時には甲羅から生えた手足が姿勢をそのままに平面に回って動き始めており、オークション参加者達は手押し車の如くぐるぐると回り続けている。
更に、先程の隠密な者たちも一斉に鞭を取り出しながらハンチャンの周囲を囲み、手を抜いたものがいれば一人一人平等に叩き始めた。
「いでぇ!」
「やめなさい、痛いじゃないの!」
「ここから解放してくれー!」
響き渡るオークション参加者達の悲鳴。
だが、それだけではない。
「回れ回れ回れ〜♪ カニの元にて人よ回れ〜♪」
同時に口部から発せられるハンチャンの歌声は、悲鳴をバックにすることでこの場をある種のコンサート会場に仕立てあげている。
なんだこの歌は!? 透き通るような綺麗な歌声、世界を描くような歌詞、まるで芸術だ。
ずっと聞いていたい、この歌のためならなんだって出来る気がする。
カニとなり、天使のように歌を歌い上げるハンチャンは一体何者なんだ!?
「やれー!」
「やっちまえー!」
「自分のした事を反省しなさーい!」
また、奴隷達も自分達を下に見て嗤っていたクズ共が同じ目に遭う光景は実に爽快のようだ。
気が付けば僕も、
「ざまぁみろ!」
と汚い口を叩いていた程に。これは気持ちがいい。
ここまで感情が昂った日はない。
*
あれから奴隷回転歌唱は52分は続いた。
歌が終わったと同時に隠密な者達は会場から風のように退場していき、最初に競り落とされたタタキダイも一旦舞台に戻されている。
そして、回転が止まり最初の位置に手足が戻るとハンチャンは肥えたヒト種に戻り、被っていた帽子を脱ぎながら礼をしてこう呟いた。
「最高の奴隷ショーを見せていただきましたカニ、オークション参加者の皆様におかれましてはこれからは今日という日を決して忘れぬよう生きてくださいカニ」
「「「カニ、カニ、カニ」」」
心身ともに大きなダメージを受けたことで、オークション参加者達はまともな言語を発することが出来なくなりバタバタと倒れていった。
彼らにとってこの短い時間は僕達の半年間のように一生分のトラウマになっただろう。
そうして戦いも終わり、改めてハンチャンは僕達にこう声をかけた。
「本来は買い取ったあと元いた家庭に還すのが目的だったカニが、思いの外レートが高くて諦めてこうしたんだカニ。そういう訳で、おうちに帰りたい人は手を挙げてくれカニ?」
家に帰れる、そう言ったのだ。
家族にまた会いたい、この状況では誰もがそう思う。
「「「「はーい!」」」
「……」
……僕を除いては。
「キミはいいのカニ?」
このままハンチャンに合わせれば家へ帰れる、地獄から解放される。
まさしく絶好のチャンス。
だけど、それでも返す言葉はひとつだけだ。
「貴方の元について行きたいです」
元いた家を捨てでもと、そう答えた。答えてやったんだ。
何故なら、僕は両親の事が嫌いだったから。
ひとつでも不満があればあれば暴力で訴え、盗賊として略奪の限りを尽くす様はハッキリ言って悪党以外の何者でもない。
何ならあの村だって、半場両親に脅されている状態だった。
このシバカレールという名だって、正直にいえば特に誇らしくも思ってはいないぐらいだ……その名前のせいであんな尊厳を踏みにじられる体験をすれば尚更だろう。
「僕にとってあなたは救世主。差し伸べられた手を振り払う事など出来やしない。あの時「レールと名乗ってはどうデスカ」と言われて本当に嬉しかった。理由はそれだけです」
言いたいことは全て伝えた。
だが、そこでハンチャンが返した言葉は意外なものだった。
「……この状況を作ったのも全てはキミを勧誘するのが目的だったカニ」
いや、今回のオークション会場襲撃事態なにか都合が良すぎるとは思っていた。
ならば、これまでが全てハンチャンにとっての採用試験のようなもので、この状況も全てが都合良いものであったと考えるのは自然なのかもしれない。
「ひとまず、〈女神教〉組織員として合格おめでとうカニ」
だが、どういう形であれ僕はハンチャンと共に戦えるということなのだろう。
僕が返事をするまでもなく、言葉は続いていく。
「まあこのオークション会場を潰して奴隷商人を殺すのは資金援助してもらっているここの領主からの依頼でしかないカニが、ついでに被害者の中から誰かヘッドハンティングをしようと思っていたら予想以上に上手くいっただけカニ」
「なら、僕は本当にお眼鏡にかなったと?」
「その認識で構わないカニ」
ああ、僕はハンチャンに認められたんだ。
ならば、この方に一生尽くそう。
この時から僕の人生に、螃蟹 飯炒という主が生まれた。
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「主、招集とはどういうことですか!?」
〈女神教〉……それは、異世界から来た天才達"〈百年の指示者〉"に脅かされているサラムトロスを守るために影で暗躍し、情報や政治を裏で操る組織。ハンチャンが僕に来て欲しいと言ってくれた組織。
あれから十年後、僕は〈女神教〉にてハンチャンの右腕とも言える人物に上り詰めた。
だが、この組織は僕と同様にハンチャンによって決して切れることの無い主従関係を築けるような運命的出会いの中で救われた者たちの集まりなのだ。
故に、誰もがこの席を虎視眈々と狙っている魔境、この立場も並大抵の努力や運では到達できず、その後の活動も責任重大で油断ならない。
「ヘーイ、本日皆サーンに集まってもらったのは他でもありまセーン」
ついに始まった〈指示者〉との戦い。
僕もまた、今回は拠点として任されていたフレヒカからハンチャンのいるラッターバへエリート組織員として招集を受けた訳だ。
人数は5人ほどで、全員顔を隠しており種族や性別も読めない。
「何が目的なんですか!」
「早く教えて!」
皆は突然焦らし始めるハンチャン相手に興奮気味だ。
そして、白衣に金髪な胡散臭い口調のハンチャンからこの言葉が告げられた。
「本日より、〈女神教〉から組織名を改めて〈螃蟹勇者団〉としマース。まあ表向きには〈女神教〉のままで行きますが、これからは世界が動き出す中でサメが勇者扱いは腹が立ちまくりデース」
それは、とんでもない話だ。
さすがに聞いているだけで不安になってくるので一つだけ質問をしてみることにした。
「もしかして、理由はそれだけですか?」
「もちろんデース、出し抜かれるのは鍋のスープだけにして頂きタイノデ」
実に馬鹿らしい話だが、僕らは気分屋な主の勢いだけで〈螃蟹勇者団〉として活動することになるようだ。
だが、普段からカニの話しかせず、人の心があるのかないのか分からないようでこういう不安定さがある所も好きな訳で、ここにいる全員がそれに同調圧力もなく賛同している様子。
みんなカニも、いつも出されるカニカマも大好きなんだ。
実に楽しい、それでこそ僕の主。
「あと、ここに集まった皆サーンはしばらく私の護衛として頑張って貰いマース」
……本題の方が雑なのもまさにそうさ。
「それでは、〈螃蟹勇者団〉の皆サーン、頑張って行きまショー!」
「「「「「おー!」」」」」
「では、今回は皆さんのために書き下ろした一曲を歌いまショー!」
「「「「「おー!!!!!!!」」」」」
こうして、新しい戦いの幕を上がった。
実際の構成人数は520人ほどかもしれないし、もしかすれば今ここにいるメンバーだけかもしれない。
そんな組織で、今日も僕はハンチャンという主の為に活動している。