第60鮫 劇場版サメえもん〜サメ太と地球空洞説〜
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SIDE:鮫沢博士
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今わしと彩華は、空中で空飛ぶサメ気分になっており、砲丸投げの玉の如く湖の前に向かっていることだけは間違いない状態じゃ。
「離したら死ぬ! 離したら死ぬ! 離したら死ぬ!」
「サメティマスの中じゃと安心じゃなぁ」
「なにひとりだけ安全な飛び方してるんだよこれ離したら俺死ぬからな! 責任はてめぇが取れよ!」
気が付けば湖の直ぐ真上にまで到着した。
水面との高度差は20m程で、珍しくちゃんと物理法則が機能すると人なら肉塊になりかねない程の衝撃がサメティマスに来る。それは避けたい。
「34個ある隠し機能の1つ、パラシャークじゃ!」
対策として、その場でサメティマスから4本ほど大木をモクモクと生やし、草がパラシュート代わりになって空気抵抗を発生させる作戦に出たぞい。
もちろん生えている草はサメの形じゃ。
おかげで、無事に着地することに成功!
「ロケットが不時着したみたいな光景だな……」
「サメロ34号なら、あるいは」
「はいはい。それで、この湖の底に穴があるんだったな……どう向かえばいいんだか」
現状の問題点は彩華が挙げた1点のみ、それならば御鮫の稚魚祭々じゃわい。
「まあ任せちょれ、トランスシャーク!」
わしがそう叫んで潜水モードと書かれたボタンを押すと、サメティマスは人型から更にガシャンガシャンと変形し……あの最初に作った異世界サメ第1号、5m大の"ウッド・シャーク"に変形したのじゃ。
「サメティマス"サメチラス号"形態じゃ!」
これは潜水モードであるが、その分助手席もあるのでもちろん彩華も乗せたぞい。
今のわしは海底三十四万里のサメモ船長も同然じゃ。
「なんか、続け様に俺の知ってる荒唐無稽な場面続きで妙に安心してきた。ずっとハンチャンと一緒にいたからな……」
「丸一日わしがおらんくて寂しかったじゃろう」
「そういうんじゃねぇ! ただ、ハンチャンはアイドルとしては推せるけどシリアス過ぎるし、今の落下一つであんたみたいな馬鹿と一緒の方が動きやすいってわかっただけだよ」
「やはりツンデレヒロインじゃな」
「うっるせぇ!」
渾身の顔面蹴りを喰らったが、まあそういうものじゃろう。
それから、サメティマスは湖を潜り始めたのじゃ。
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そこは、深さにして8m程しかなく、セレデリナや怪物が平然と立っていたのも当然と言える。
サメティマスは全高こそ5mあるが、横幅は3m程であり思いの外自由に泳げる塩梅の湖じゃわい。
また、海に繋がった海水でできており、サメのテリトリーとしても安心安心。
ただ、魚の1匹とて泳いでおらんのは相変わらず気味が悪いのう。
実はどこかに隠れていたりするとか、そういうのじゃと嬉しいんじゃが。
そんなこんなで、わしらはお互いに安全を確保出来たからかほっと息をつきはじめ、穴を探しながらも不足していた情報の確認をすることになったぞい。
「黄色い大きな布を纏ってたシャケが例のバーシャーケー王なのは分かったんだが、具体的にはどういう関係なんだ? サメ友ではあるらしいな」
「この島で会ってからというものサメをえらく気に入ってくれた上に、一緒にサメ映画も見た仲なんじゃ。あくまで好敵手として見ているみたいじゃが」
わしだってサメ仲間を超えてサメ友ぐらい作れる。ちゃんと自慢せんとな。
「おっ、今回の目標は本当に達成出来たわけだな」
「そう、じゃから」
「「殺さずにタコオックに勝つ」」
その時、一瞬彩華と声が重なった。
「それが今回の最優先事項だな」
「ああ、そうじゃ!」
そして、わしらは無意識にグータッチをしていた。
しかし、出会ってからまだ2ヶ月も経っていないのに、どんどん心が大人になっていく姿を見るのはどうにも寂しいものがあるのう。
じゃが、そうこう話しておると、湖の端の方にある地面から連なった岩の壁に大きな穴が見つかった。
「相変わらず悪趣味だな……」
「とはいえ、隠したいモノがなければここまでせんじゃろう」
そこは様々なタコオンリー象形文字を刻んだ清めの御札のようなものが十字に貼られており、通るには少々邪魔じゃったが無理やりサメらしく突っ込むとすっぽりと中へ入ることが出来たぞい。
恐らくは〈サラムトロス・キャンセラー〉の応用でサラムトロスのあらゆる生命は入れん仕掛けなんじゃろうが、非サラムトロス人のわしらはいわば切符持ちのれっきとした客、無問題じゃ。
それで、穴の先は一本の長い細道といった感じじゃったが、100m程で少し長話する余裕があったのか彩華は話を始めた。
「急がなきゃならないが、今の間にこの話をする必要もあるな。あの黄色い大きな布というか島について何だか……」
それからは、彩華が別れて行動している間に得たタコオックとこの島についての情報を教えてもらったぞい。
なお、ハンチャンにも色々あったみたいじゃが、今は話をしている暇はないと割愛された。
「何となくなわしの推理は当たっていたみたいじゃな、あの布さえ倒せばラッターバの問題もまとめて解決な訳じゃ。しかし、好きな物があるからと言って疑似人工知能にあとを任せるとはな、わしは生きているからこそ見れるサメに価値を見出す故によく分からん考えじゃわい。地図に無い島を利用した計画というのはやってみたいもんじゃが」
「そこに対しては否定的じゃないんだなこいつ……。お、何か光が見えてこないか!?」
そして、話が終わると彩華が何かを見つけたぞい。
こちらでも目視できたが、薄暗い細道の先に光が指されていた。
実は海に繋がっているのでは? とも思ったものの、穴をぬけた先を見た途端サラムトロスの神秘を思いしらされる。
――そう、そこには、10mはある潰れた表情のチョウチンアンコウが居たのじゃ!
3mはある大きな灯りは辺りを照らしており、この海の妙な明るさも理解出来た。
しかも、ただの巨大なチョウチンアンコウではない。
ハリセンボンのように身体中が針に突き刺されたような外見なのじゃ。
見ている限り、そもそもそう言う見た目の生物とは思うのじゃが。
更に、灯りのおかげで辺りの物もよく見える。
この場所の最大水深は50mあってとても広く、天井らしき地面に覆われた空間なのもあって地球の中にある空洞の空間とすら思ってしまう景色じゃ。
また、何かを祀る神殿のような岩の柱が崩れた跡が沢山見受けられ、何より奥にある34mはある巨大なタコと人間が混ざりあった羽根を持つ謎のクリーチャーの石像が印象に残る。
あのタコだけは、何故かタコオックのセンスを感じない綺麗さがあるのう。
「あれもクトゥルフか!? にしてはなんだろう、綺麗なものに見える」
「れっきとした神様じゃったりしてのう」
他にも、ここではエイ、クラゲ、エビ、マグロなどの海の魚や海洋生物がうようよと泳いでおる。
当たり前の光景も、こうして見ると尊いものじゃが……サメがおらんのでやっぱりゴミじゃ。
そして、トゲトゲなチョウチンアンコウはわしらを見るやいなやその大きな口を開けて語りかけてきたのじゃ。
「おお、ここに人間が訪れるのは何千年ぶりでしょうか」
「喋った!?」
「喋るじゃろう、アンコウなんじゃし」
「どういう理屈だよ……」
声からは透き通った優しさを感じる、少なくとも敵ではないじゃろう。