第48鮫 宇宙からのサメ
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SIDE:鮫川彩華
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爆発に巻き込まれてからどれだけの時間が経っただろうか。
目が覚めた時、視界に写ったのは森だった。
景色は薄暗く、辺りに霧がかかっている。
おそらくはシャーク・ゼロの緊急脱出機能に助けられたのだろう。今生きているのは鮫沢博士のおかげとも言える。
問題は、今の俺が〈百年の担い手〉の制限時間を使い切っていることだ。
つまり、あの怪鳥みたいなのに襲われれば一発で餌になってしまう危機的状況なのである。
本音を言えば元の世界へ帰りたいという一心での戦いであり、今でも家族や友達に会いたいし女神に引き伸ばされたライブもちゃんと行きたい。
少し前なら「なんでこんな所に来てるんだよ俺!」と自分自身に逆ギレしていてもおかしくない状況だ。
だけど、今ではサラムトロスにも居場所が出来てしまっている。
もし俺が何もしなかったせいで誰かが傷付くのも嫌だ。そう思うと、情けない弱音を吐く気にはなれない。
だからこそ、俺1人での行動ではなく、せめて近くで一緒に吹っ飛ばされたハンチャンが居てくれればいいんだが……。
「呼んだかい?」
そう悩んでいるのも束の間、背後から王子様アイドルな声が聞こえてきた。
良かった、ハンチャンの不時着地点は俺と同じ場所だったんだ!
「テレパシーか何かか? まあ、居てくれて本当にホッとしたのは事実だぜ」
「王子様である僕が、ファンである君の傍にいるのは当たり前だろう?」
「う、コックピットでもこっそりペンライトを振っていたのがバレたか……」
いや確かに、エセ外国人キャラなハンチャンも、この王子様なハンチャンもアイドルとしては好きだ。
だが、そんなアイドルに少女漫画みたいなノリで急接近されるのも何か違う気がする……!
というのも、俺には相手から告白される形で1回の恋愛経験があり、推しのアイドルとまさかの急接近みたいな展開だった。
けど、願いが成就する選ばれし者みたい体験ながら、お互いにスケジュールが合わなくなって半年と持たずに破局したあまり思い出したくない過去がある。
でもあの子は未だに推しだよ!
「なにか1人でブツブツ言ってるけど、大丈夫かい?」
「色々思い出す事があっただけだ、気にしないでくれ」
「確かにアイドルとの距離感は大事にしたいよね、そういうサービスは控えるようにするよ」
「めちゃくちゃにありがたい」
それからある程度落ち着く時間を貰い、もう少し細かく周囲の地形なども確認していった。
すると、あまりに不幸な事態が連続していることが分かり……。
「鷹の目ならぬカニの目で見て分かったんだけど、ここは山だよ。ヒョウモン島にそびえ立つ大きな山さ」
「山!?」
山ということは、自然に溢れた場所。
仮にあのタコ頭の化け物達に襲われなくとも自然の動物にまで警戒する必要があり、休む間もなさそうだ。
「だいたい位置としては真ん中ぐらいの高さで、霧も掻き分けて周囲探知できるカニの目センサーが無ければ遭難して餓死していただろう。カニ様々だね」
……ハンチャンも鮫沢博士と同じ穴のムジナなのは間違いないので注意しておこう。
しかし、ここがただの山なんてことは無いようだ。
何を隠そうヒョウモン島は地図にない土地だ、そんな世間の目から隠れた都合のいい立地なら、島が丸ごと〈指示者〉の実験施設なのは自然なこととすら言える。
「彩華君も気付いたかな、"敵"がいないなんてカニのいい話は無いみたいだよ」
ハンチャンが言い出した一言は更にその不安を煽る。
そして、その不安に答えるが如く周囲を包むような大きな光が放たれた。
「なんなんだよ、この色は」
確かに木々を照らすその光は一見すると赤黒い色であるが、俺の脳は人生で一度も見た事のない色だと認識している。
相変わらず、〈指示者〉に関わると正気を失うような異様な事象に巻き込まれて嫌でしかない。
あ、これについては鮫沢博士もカウントしてるからな。
「ちょっと吐く……」
「最近はゲロを吐くヒロインにも需要があるみたいだね」
「うるせぇ!」
そんな光景を前にして気分も悪くなり嘔吐してしまった。
だが、その分直ぐに落ち着けた。
ひとまずとして、未知の色の光源を探ろうとしたのだが、それについては直ぐに見つかる。
「アレかな、光源は」
「タコなのもあって、まるで宇宙から来た未確認生物みたいだな」
それは、一帯の木々の中心で発光し続けるヒョウモンダコだった。
まだら模様の10cmの大きさと見た目持つただのタコだ。
光源なだけあって、視界があやふやになるぐらいには光っているはずだが、俺はそれをまだら模様だと何故か認識できてしまう。
ただ意味もなく光を放つタコが居るはずがない。
鮫沢博士がただのサメを造ろうとは一切しないのだから、そうなのだ。
何より、光に当てられていた木々が、ざらざらとした樹皮、分かれた枝、生える草など木を木であると認識できる特徴を保ったまま、不自然に並んだ吸盤が生え、ぐにゃぐにゃと曲がりながら伸びていっている。
自然というものに対する冒涜だ、こんなもの。
「この光は〈サラムトロス・キャンセラー〉の理論を応用し、世界を一枚一枚のレイヤーとして対象に取る力みたいだ。僕達はサラムトロスの存在ではないから影響を受けないけど、そろそろ地面の草や土もタコになるよ」
「この山を……この島をタコにするつもりなのか……?」
「いや、光始めたのは今であること、そしてタコという明確な〈指示者〉の力であることを踏まえれば、一定範囲にいる存在を事実上のタコに変質させる形で死に至らせる自動反応型爆弾みたいなものだろうね。セレデリナちゃんがいなくて良かった」
ハンチャンが冷静に解説してくれたおかげで落ち着けた。
この未知の色の光は俺達を殺す能力までないようだ。
自然の物が全てタコになっていく不気味で不愉快な景色までは変わらないが。
「気分が悪くなって来たかな、僕もあまりこの景色を見ていたいとは思えない、狩るよ」
「おう、ありがたい」
「では、今夜の一曲目、"カニー・サニー"」
ハンチャンの身体のどこからか、特撮番組の挿入めいた曲が流れ始め、それに合わせてハンチャンの身体がガタガタとカニの姿に変形していく。
そのカニは、丸い円形をギザギザとしたフレームが囲んだ甲羅を持ち、そこに手足が生えている、太陽なカニだ。
「カニー・サニー 正義の光だ〜 カニ・サニー 平和な世界を照らせよ〜♪」
未知の色の光に対抗するように、太陽そのものとすら言えるカニは眩しい光を放つ。
すると、その光に当てられた自然の木々達が正しい色を得たことでどんどん元の木へと戻っていくのだ!
カニは本当に凄いのかもしれない。
そんなカニの姿を前にした俺は無意識の内に|ペンライト・オリジナル《単に鮫沢博士に改造されていない方の1本》を取り出して光を灯し、赤カラーで振っていた。
「今だ 必殺 サニー・レーザー・クロススラッシュ!」
ハンチャンの猛攻は止まらない。
2本ある腕のハサミが開き、その間から金色に輝く光の光波が発射された。
その光波はまるで剣のような形で5m程の直径に固定、ハンチャンはまさしく手足を持つ太陽そのものが光の剣で二刀流をしているようにも見える神聖的な姿となった!
そして、2本の光の剣でヒョウモンダコを交差するように切り裂く!
「奴こそヒーロー〜 カニー・サニー!」
「いええええええい!」
光の一撃でヒョウモンダコは死に絶えた。
未知の色の光は完全に消え、そんなハンチャンの偉大なる活躍を見た俺は、拍手をしていた。
――何故なら、ハンチャンこそがこのサラムトロスに欠けていたアイドルそのものと感じたから。
サメラス・シャークジもこの光を見たらスラムシャークすると思う。