第32鮫 SAME PIECE
船上では、セレデリナがわしらを待っておった。
顔を合わせるや否や彼女は遠くの方を指さしていたのじゃが、その方角に向けて目をこらすとドクロの帆を立てた海賊船がこちらに近づいてきていた。
「東の国のハイテク船と勘違いしたみたいで、どんどん大砲や魔法の射程に入るよう近づいてきているわ」
そういえば、"東の国"とやらは〈指示者〉ほどではないじゃろうが相当に技術力を有する国じゃったのう。
しかも、他国の者の入国を禁止しておる上に唯一国連サミットに出席していない完全な鎖国国家。
それ故に、国単位での戦争がなく貿易外交に溢れた社会の中で唯一技術が他国と共有されておらんという。(一部の文化等が流れて来ることはあるが)
この話から考えると、海賊はこの船を強奪してしまえば闇市なりを経由して技術を提供、そしてボロ儲けになると考えて攻めてきたんじゃろうな。
「なら、わしらの大砲の出番じゃな。やられる前にやる。さっき魔王と作戦会議をしたらそうなったぞい」
「やっぱりそうなるわよね。セカンド・アイレイ!」
まずは海賊船の手前ぐらいの海面を狙い、こちらにも武力があるというメッセージを威嚇射撃として放ったのじゃ。
「嘘でしょ、反応を変えようともしないわ!」
しかし、相手は無視してこちらに近づいて来ておる始末。
加えて、大きな拡声器のようなものでこちらに何か伝えてきたのじゃ。
「俺たちはオー・イシイ・ヴァンガードだ! その東の船は頂いていくぞ!」
携帯用の望遠鏡で見渡すと、オー・イシイ・ヴァンガードとやらはカツオな風貌を持つ魚人種(これを"魚人種カツオ科"と呼ぶ)の集団じゃった。
1人だけマグロ科らしき魚人種がおるのが気になるが、恐らくは用心棒か何かと考えるのが筋。
しかし、既にセカンド級の魔法を詠唱無しで放っておるセレデリナ相手に恐れを成さないのはこの用心棒がよっぽど強いのか、それとも船員全員に〈ビーストマーダー〉級の実力があるのか、果てまた身の程知らずのバカの集まりなのか……。
そして、挨拶の返事としてわしも船上にセットしておいた異世界サメ23号"サメノ口型拡声器"を通して、脅しを込めた啖呵を切ってやったぞい。
「わしらは鮫ざわの一味じゃ! こっちには〈ビーストマーダー〉がおる、下手に喧嘩をすると海の藻屑と化すぞい」
「「〈ガレオス・サメオス〉じゃなくて」」
「いや、弟の部屋にあった漫画にサメ要素があったりして結構読んでたんじゃよ。海賊を見たら名乗りたくなってな」
じゃが、オー・イシイ・ヴァンガードは、わしらの啖呵を脅しではなく開戦の合図と受け止め、また大砲を放ってきたのじゃ。
「ヒャーハッハ! 動力源さえ潰せばこっちのもんだぜ!」
「あー、もう、全部撃ち落とせばいいのよね……サード・アイレイ!」
対し、曲線状に放たれた砲弾は着弾するよりも前にセレデリナが首をガンガン振りながら射線を変え続ける応用技により撃ち落された。
「ちっ、これはもう乗り込むしかないみたいだな。行くぞてめぇらー!」
「俺達には海守のクワレマセンがいるんだ、あんな低人数集団怖くねぇ!」
それでもなおオー・イシイ・ヴァンガードは、防御行動に回っているだけでは全然恐れを感じてくれないようで、ついには船を前進させてシャークルーザーにまで突っ込んできおったのじゃ。
流石に殺人になるような破壊行為はしたくないのじゃが、どうするべきじゃろうか。
「ストーップ! なんか来てるぞー!」
……と思ったその時じゃった。
オー・イシイ・ヴァンガードの海賊船とシャークルーザーの間の海面に大きな黒い影が浮かび上がってきたのじゃ。
「セレデリナ、海の魔獣であんなデカイのってクラーケン以外だと何が想像できる?」
「うーん、それこそリヴァイアサンぐらいだけど、そろそろ絶滅できそうって話だからその辺に貢献できるラッキーチャンスかもしれないわね」
と言っても、わしらにはフレヒカ1位の〈ビーストマーダー〉がおる、この程度なら落ち着いてのんきな会話を出来てしまうんじゃぞい。
……もちろんそれは油断でしかなく、海から飛び上がってきた怪物の姿を前に態度を変えざるを得なくなるんじゃがな。
「前言撤回! これはやばいんじゃないか!?」
それは、大きさにして30mはあり、その姿はカエルのような両生類的皮膚を持つ緑色の魚人な巨人。
この海域が比較的浅瀬だからか膝から上がしっかりと視界に入り、体格のいい四肢が目立つ。
それだけなら、巨人種と魚人種の雑種の種族だと判断できるが、そんな単純な生き物ではなかった。
何故なら、首がなく肩から先の頭部がヌメッとした軟体と8本の触手で構成された赤いあのタコのような形状だったのじゃ。
その大きさから威圧感を放つ巨人は、アンバランスかつ非自然に接合されたような姿も相まってただただ不気味に見える。
わしはともかく、普通の人間ならば吐き気すら覚えるほどじゃ。
「な、何じゃあの怪物は!?」
「私もこんな怖い魔獣知らないわ! 絶対〈指示者〉が造った怪物よ!」
「なんというか、あれを見てると正気でいられなくなってくるぜ……」
それもそのはず、オー・イシイ・ヴァンガードの船員達をよく見てみると、怪物を見た途端に震え上がって立ち竦んでおる者たちが大半じゃ。さっきまでの威勢はなんじゃったんじゃ。
しかも、皆に頼られておった用心棒であるマグロ科の船員は海に飛び込んで逃げおったから更に大騒ぎ。
「お、おい! クワレマセン、どこへ行くんだ!」
「魔獣討伐こそお前の仕事だろー!」
おそらく魔獣についての知識があるからこそ、この非現実的な脅威を前に自分だけでも生き残るが先決と考えたのじゃろう。勝てない勝負を見極められるとは、確かに他の者とは違うのう。
「お、おい、船が浮いてないか!?」
「こりゃやべぇぞ!」
そして、怪物はオー・イシイ・ヴァンガードの海賊船を下から掴み、ひっくり返しよった。大惨事じゃわい。
「うぎゃー!」
「やめろー!」
「俺はタタキにしないと美味しくないぞー!」
更に、海へ投げ出された船員達はせめてでもと泳いでその場から離れようとするが、一人一人、その両手や顔の触手に掴まれていき、掴んだ全てを一気に首元にねじ込むように怪物は捕食されていく。
タコの口が脚の根元にあるからこの怪物も同様なだけとはいえ、口が見えない故の不気味さや不愉快さはとてつもない。
まるで、食物連鎖の真実を目の当たりにしているようじゃわい。
「ハッハッハッ、愚かな人間共が愚かなまま海に投げ出されて食われていくぞい!」
「鮫沢博士、今は笑ってる場合じゃないからな?」
「ええ、私から言わせてもらうと、正直あの海賊達と殴りあってた方がマシな相手よアレ」
「す、すまんのじゃ。どうしてもB級映画のような展開で面白かったのじゃ」
とはいえ、タコの〈指示者〉といえば、ハッキングが得意なことで有名なタイのタコオック博士という者じゃったが、記憶の限りではこんな悪趣味な怪物を造る奴ではない。何もかもが不可解じゃ。
しかも、オー・イシイ・ヴァンガードが全滅したということは、次の標的はわしらとなっておる。
「と、とりあえず……サード・アイレイ!」
ひとまず、セレデリナは魔法が効くかどうかの確認したぞい。
彼女の瞳から放たれる大きな光の線はタコである頭部に直撃したようじゃが……全くの無傷であった。
これは、魔法を無効化する〈サラムトロス・キャンセラー〉の効果と見るべきじゃろう。
鯱一郎以外の〈指示者〉でも〈サラムトロス・キャンセラー〉を使えるとは、厄介な事実じゃな。
ある意味、サラムトロスへの来訪者たる〈指示者〉にとっては誰もが行き着く一つの結論なのじゃろう。わしも早くそこへたどり着きたいものじゃな。
「ええい、面倒くさいわね、サメになるわ! |I'm Shark human《私はサメよ》!」
当然、魔法が通じないと分かったセレデリナは海へと飛び込みながら敵と同格の大きさの単眼鮫魚人に変身した。
最近は変身するための決めゼリフを作ったみたいじゃが、異世界語翻訳的にはフレヒカから見て海外語になる言葉を使い、自分がサメであることを叫んでいるようじゃから英語に聞こえる仕組みじゃ。
よし、わしと彩華もサメであの怪物を倒すべきじゃろう。
そう考え、この船の戦闘機能を使おうかと思ったのじゃが、彩華が何かシャークアイデアを思いついたようなので聞いてみることにしたのじゃ。
「鮫沢博士、例えばあのクラーケン、晩飯の食材を失うが緊急事態ってことでサメにするのもありじゃないか?」
「おお、それはナイスな発想じゃ。下手に船を傷付けたくはなかったからのう」
今回は彩華に全て任せてしまっていいようじゃ。
そうなればと、わしは甲板に干してあったクラーケンの死体に触れ〈シャークゲージ〉を込めたのじゃ。
クラーケンの身体はサメへと変質していき……。
その下半身は獰猛なクラーケンの2本の触腕に8本の脚! されど上半身は当然獰猛なサメ!
2つの獰猛海洋生物の力は奇跡の調和を起こし、その手足の先端がサメの頭部になっている!
「完成したるわ究極の異世界サメ25号! "シャークラーケン"じゃ!」