第13鮫 サメフィスト・サメス
「おじいさん、これは皆の命がかかってる一大事なの、わかることは全部教えなさい」
「お、教えろと言われても困るぞい……」
更に、シャチを前にパニックになる中で追い打ちをかけるように、彩華から絶対に聞かれたくなかったことを聞かれてしまったのじゃ。
「やっぱりあの魚はシャチなのか……そうだ! 例の〈シャークゲージ〉でこの事態をどうにか出来ないか?」
うん、それが出来なくて困っているんじゃ。
ただ、ここで嘘をつくわけにもいかん。
絶対に怒られるじゃろうが、正直に今の状況を話すべきじゃ。
「すまん、〈シャークゲージ〉は集中力を要するのじゃ。つまり、泥酔している今のわしはただのか弱いジジイにすぎん。泥酔は寝不足より本当にきついんじゃ」
「……」
わしの返事に彩華は、少し無言になったがすぐに口を開いたのじゃ。
「ふざけんな! あんたが昼間っから出かけて酒飲んでたせいで超アナログな環境で料理も洗濯もする羽目になったんだぞ! しまいには盗難行為を2件やらかしておきながら今になって戦えない? 短時間に2度も怒らせるな! もう我慢ならないから言わせてもらうがな、あんたは鮫沢博士じゃない! ただのサメバカ博士だよ!」
くっ、想像以上に怒られてしまったわい。さっきから嫌な天丼じゃな。
セレデリナも養鮫場のサメを見るような侮蔑の目でわしを見ておる。社会的ピンチじゃ。
……しかし、2人はすぐに怒るのをやめた。
どうやら、何かを見つけてしまったようじゃ。
「なんだよ、あれなんだよ!」
彩華が指差した先で、竜巻が起きていたのじゃ。
どんどん繁華街の建物を壊していっておる。
――シャチを取り取り込みながら。
「あれはまさしくシャチを纏った竜巻……シャーチネードじゃ」
「こんな時に何言ってるの!?」
連続して発生する異常シャチ現象は留まることを知らない。
これはある種の黙示鯱ではないのじゃろうか?
ならば、今からサラムトロスは滅ぶのやもしれん。
そう考えると、少し気分が良くなってきたのじゃ。
しかし、まだ動くつもりはなかったのじゃが2人に上着を掴まれ引っ張られるがまま路地裏を出ることに……。
実際のところ、泥酔している以上こうでもされないと動けなかったんじゃが。
「それじゃおじいさん、せめてこれぐらいは教えて頂戴。シャチって何? 私は魔獣については何でも知ってる立場だけどあんなのは知らないわ。それってつまり、サメと同じでそっちの世界の魚が元だと思うのだけれど」
そうか、セレデリナはシャチを知らんのか。噛み砕きつつ教えておこう。
「魚ではなくて哺乳類じゃぞ。実はサメの天敵……なんでもない、サメよりちょっと弱い生き物じゃ」
「訂正した元の言葉は聞かないでおくわね……」
そうして、2人に引き摺られながらも竜巻の全容を確認していたのじゃが、そんなわしらの前に新たなシャチが現れた。
「シャーチシャチシャチ、見つけたぞセレデリナ・セレデーナ! 〈ビーストマーダー〉はシャチの邪魔、今から殺してやるシャチ!」
じゃが、それはただのシャチではない。
2mと相応に大きいだけなら普通じゃが……ヒトのような手足が生えておるのじゃ!
「あの喋る気持ち悪いシャチはなんだ!?」
「言葉を話す魔獣なんて前例がないわよ!?」
二足歩行し言葉も話すそのシャチは、まさしく"鯱人"と言ったところじゃろう!
「ん、そこにいるのは鮫沢じゃないかシャチ! 異世界に来て何をしているシャチ? お前もサメ災害を起こすシャチ!」
しかも、このシャチはわしの名前を知っておるじゃと!?
いや、落ち着け、思い出すのじゃ。語尾にシャチを付けて話す奴は……この世に彼1人しかおらん!
「鯱崎鯱一郎、どうしてここにいるのじゃ! 何故そんな姿なんじゃ!」
「どうしても何も、俺は朝起きたらサラムトロスにいたシャチ! そしたらどうシャチ? この世界にはシャチがいないシャチ! そんな世界あってもしょうがないから破壊するためにこの姿になったんだシャチ!」
鯱一郎は……わしと同じ境遇に立たされておるようじゃ。
同じ苦しみを味わう同士にこんなにも早く会えるとは思わなかったのう。
「この変人も異世界人なんてどうかしてるわね」
「セレデリナ、頼むからアレと同類にしないでくれよ」
ただ、彼の口ぶりからすると女神に会ったわけではない可能性が高い。
つまるところ、女神の言う〈破壊者達〉とは、わしのようにサラムトロスに飛ばされた〈指示者〉が、それぞれ愛する生物がいないことに絶望して起こす行動を『破壊』と表現しておったのじゃろう。
そう考え始めたわしは、いつ彼のようになるのかわからない恐怖に心を支配され始めたのじゃ。
「お前は、未来のわしかもしれんのう……」
「そうシャチ。お前もこっちに来るんだシャチ!」
彼の誘惑に乗ってもいいかもしれない。
悪鮫の誘いはすぐそこに居たのじゃ。