第115鮫 絶対確変ラスベガス・シャーク
全ての陣営の心が折れ、合体を実行する時が来た。
と言っても、根本的な問題があるのじゃが。
まずはそれについて彩華に確認じゃ。
「彩華や、実際のところわしのシャークゲージはこのワールド・カジノ・シャークを作る時に使い切っておる。合体のための拡張なんぞ不可能じゃぞ」
何か企みはあると思うものの、同時に不安要素としてこれは切っても離せない。
サメを自由自在に変質させてこそ合体が可能なのじゃからな。
「それについては大丈夫だ。まだこれがある」
そこで、彼はそう言いながらあの聖杯を取り出したのじゃ。
確かに、その手があった。
使うだけでゴッソリ体力を持っていかれるという弱点こそあるが、その分有り得ざるサメ現象を引き起こす奇跡の器でもある。
ならば、その奇跡をこの目で見させてもらうとするかのう。
「うおおおおおおお!!!!! このサメ聖杯が! 奇跡で合体を実行して見せろッ!」
彩華は聖杯を掲げると、その器から凄まじい勢いで黒い泥がモリモリと零れ落ちてゆく。
それに合わせてか、巨大タカアシガニであるハンチャンとギガントゴーレムオルカである鯱崎三兄弟がわしらに近寄り、同時にワールド・カジノ・シャークもまた飛行する高度を下げて彼らと距離を詰めていく。
「合体するならこの新曲デース『魅惑のトリニティ』!」
「もうやぶれかぶれシャチ!」
「どうにでもなれオルカ!」
すると、聖杯の黒い泥はもはやナイアガラの滝の如く質量保存の法則を遥かに無視した質量で溢れて地へと降りかかる!
「汚い! これは明らかに汚いシャチ!」
「ぐわあああアアアアアオルカァァァァ!」
「確かにこれはキツいですね、少なくとも清められたモノではないです」
その泥はわしらを覆い尽くしてどんどんとひとつの物体になっていく!
『今こそ始まる、3つの海洋生物の合体だ〜♪』
「これ、もしかして私も取り込まれてない?」
「すまん、勢いで全部進めた結果大変な事になってきた」
「どうして私まで巻き込まれていますの!?」
「そりゃサメの上に乗っとるからな」
歌っておるせいで感情の読めぬハンチャンを除き、実は全てが行き当たりばったりであった"合体"の実行は、皆を困惑へ導いていく。
『トリニティ〜♪』
「なんか合体中はタイマーが動かないな。ストップした表示だ」
「でもね、私も変身しないと表示されない視界のタイマーが同じ状態で写ってるのよ」
「ほっほ、とてつもない怪物が出来上がる流れじゃのう」
泥はついに宙で固定され、そのまま数10mとある巨大な黒い球体となっていた。
そして、1度その姿になると、更なる進化は止まらない!
球体は蠢いていき、最初は地面に向けて脚のような物体が生えて着いていく!
脚は8本じゃが、甲殻類特有の角張った関節をしており、明らかに人の形を取らない事はこの瞬間に確約された!
続いて、その脚の付け根から胴体のようなものが形成されていく!
見ているからには釣り上げた寸前の魚のような胴体で、ギザギザした鱗が目立つものよ、よく見れば哺乳類的な肌のしなやかさも並行しておりサメにしてシャチといえるじゃろう!
しかも、背中は縦長に進化したカニの甲羅のようなものを背負っている!
胴体が形成されれば、胸らしき位置の左右から何か腕のような物体が生えてくるではないか!
その腕もまた人の形は当然取らず、甲殻類特有の硬い甲羅で覆われ手は大きな2本の爪を象っていっている!
では残った頭部はどうなるのか!? 胴体の先から生えていくように姿を形成していくソレは、歪に歪を重ねたものじゃった!
まさにトゥーフェイス、ハーフエンドハーフ、顔には真っ二つに割れたような線が入り、左側は青白いサメ、右側は白黒模様のシャチ、加えて目はカニのように飛び出ている!
これこそは宇宙的規模の混沌生物と言えよう!
そう、完成したその怪物の名は!
「「「3匹合体究極生物1号"コズミック・キマイラ"!」」」
大きさにして全高52.3414m、有り得ざる脚、有り得ざる胴体、有り得ざる頭部。
全てがこの世ならざる存在としか言いようがないこの生命体は、燃え盛る街に立つ。
「あー、何これ?」
「正気じゃありませんわ」
「わしにも分からん」
「はぁ、ここの人達は本当に行き当たりばったりで面白いモノです」
かく言うわしらはというと、わし、彩華、蜴王女、そして何故か鯱三郎の4人でコックピットらしき場所に座っておる。
横並びの座席となっており、それぞれ腕を突っ込むための穴に手を入れて操作するようじゃ。
しかし、このコックピットには少々問題がある。
「これ、もしかしなくても俺以外操作出来ないやつ?」
何と、彩華の座席以外が飾りに過ぎないと来たのじゃ。
彩華の腕入れ用穴の上には聖杯が置いてあり、それが騎乗者の証という訳なのじゃろう。
反面、他の面々が意識ごとコズミック・キマイラと同化してしまっているようで、戦いに勝利して正式に分離しなければ皆死んでしまうようにも思える。鯱崎兄弟は別にいいんじゃが、特にセレデリナに死なれては困るからのう。
「やばい、なんかもう敵は準備完了みたいだぞ!?」
しかし、わしらは合体に時間をかけすぎたようじゃ。
目の前では、光線のチャージを完了させた完全にコズミック・キマイラを射線に捉えておる。
今すぐ動き出しても被弾は免れず、あんなものを直撃すれば即死も同然じゃろう。
「あーもう、世話の焼ける奴らなのだ」
じゃが、この戦場で戦っているのはわしらだけでは無い。事件解決のために動いてる数多くの戦士がいるのじゃ。
「『我が魔の力よ、【重力は全て我のモノ】、その真意に至らせ給え!』ラスト・グラビティ!」
空を飛ぶ魔王が魔法を唱えると、同時に地上の建物だった瓦礫が宙へと浮かび上がっていく。
それも、富裕層区という超広範囲の全ての瓦礫がじゃ。
並行して、怪獣は口を大きく開けて光線を放った。ただただ一直線に全てを破壊する破滅の光は、コズミック・キマイラを確かに焼き尽くそうとする。
そんな中、魔王の操る瓦礫はわしらの目の前に集まっていき、まるで巨大な盾として怪獣の放つ光線を見事に受け止めた!
確かに彼女の魔法は通用せんが、魔法によって操られた物体そのものの質量まで無視することは出来ん。
それは確実に、コズミック・キマイラを守った。
「間一髪……だが、次はないであるぞ」
魔王のその言葉はMRの限界を意味するのじゃろうが、もうわしらは動ける、心配ご無用な話じゃわい。
「ギガントレインディアー。王様ー、あとは頑張ってねー」
「任されたァ!」
続けて、神秘的で透明感に満ちながらにも、足だけにして40m! 胴体も合わせれば怪獣すら超える巨体! そんなありえざる巨大なトナカイの上に巨大化した鮭王が跨り、轢き逃げするように怪獣を横切りにながら蹴りつけてた!
『世界を破滅に導く愚者はァ、シャケに蹴られて地獄に落ちるのだァ!』
あのトナカイはおそらくクリ・スマスことサンタクロースが魔法で生み出したのじゃろう。
魔法で得たスピードを利用した物理攻撃ならかろうじて〈サラムトロスキャンセラー〉を無視できるという抜け穴による攻撃、確かに有効な戦い方じゃ。
うむ、これらの光景を見て理解した。
彼らは己の死力を尽くして合体時間を稼いでくれたのじゃと。
ならば、わしらはコズミック・キマイラであの怪獣を打ち倒さねばならない。何としてもじゃ。
「よっしゃ、行くぞ!」
8本の脚をカタカタと動かしながら、混沌な巨体は歩を進めた。
鮭王が1歩下がった所で、右腕の爪を突き立てて構え、思いっきり右ストレートをかます。
『ギャオオオオオオオン!!!!』
怪獣は攻撃に対応して少し体を逸らしたが、頭部への直撃こそ避けられたものの胴体に爪が一閃する。
そうすると、なんということじゃろうか、爪の刃に当たった位置から傷が開き、大きく血を吹き出したのじゃ。
「攻撃が通っておるぞ!」
「これは間違いなく有効打ですわ!」
怪獣は痛みを前にしたのか少し怯み隙を見せた。
そうなれば、次の一撃は大技を決められるじゃろう。
「技名が流れ込んできた、オーバーレイ・シザース!」
彩華がそう叫ぶと、コズミック・キマイラは左腕の爪に向けて目からビームを発射した。まるでセレデリナのアイレイのように。
すると、爪全体が発光。チャンスを逃さずその腕によって刺突が行われた。
『ギャオオオオオンンンンンン!!!!』
それは再び胴体に直撃すると、そのまま突き刺さり骨まで抉り、内蔵にまで光の熱量がこもった爪によって体内を焼いていく。
普通であればこれでも十分オーバーキルであるはずなのじゃが……。
「でもこれ」
「やってないみたいですね」
『ギャオオオン! ギャオオオオン! ギャオ、ギャオオオオオン!』
先程よりも更に更に深い痛みを前にした怪獣は悶え苦しみ泣き叫び続けているが、それと同時にあからさまな隙を見せることもなかった。
このまま攻められれば負けてしまう、それを本能的に理解しておるのじゃろう。
怪獣は必死にもがきながらも大きく口を開け、コズミック・キマイラの胴体部を思いっきり噛み付いた。
ワニの長い口なのもあって、中央でガッシリとか、今にも噛み砕かんとする勢いじゃ。
「なんだよチクショウ……タイマーの速度が3倍速で動いてやがるじゃねぇか」
しかも、問題は重なっていく。
どうにも彩華は3匹分全ての力が束ねられたコズミック・キマイラを操作すると〈鮫の騎乗者〉としての制限時間消費が通常よりも倍速化してしまうらしい。
以前の雑に覆いかぶさっただけの合体とは訳が違う、聖杯により細かく混ざりあってしまっているからこそ起こりうる現象なのじゃろう。
「はいだらー!」
コズミック・キマイラは噛み付く怪獣に対して自身もジタバタと暴れ回り、そのまま空へと大きく飛び上がった。
取り込んだワールド・カジノ・シャークの特性として空を飛べるのじゃろう。
反面、これは彩華自身がそれでもと、何とか噛みつきを振りほどくための操作を行ったことによる行動。
つまり、時間切れを意味するのじゃ。
「……」
いや、焦るでない。
何故4人乗りなのに車に近い運転手以外助手席のような扱いなのか? それにはきっと意味がある、そうに違いないのじゃ。
ここにいる者達は、ある意味人の扱いに慣れておる。なので、そのような精神性でだいたい1人1分ぐらいの持ち回りで操縦という形式だと考えるべき。
「俺も何となくわかってきた。鯱三郎、次はお前が操縦してくれ」
おお、彩華も察したようじゃな。
いちいち説明すると面倒臭いから助かることこの上ないわい。
「えっ!?」
「俺は直に気絶する、そうなったら次に誰かがこのデカブツを操縦しなきゃならねぇ」
「なるほど、理解はしました」
「お前は俺になれなかったんだろ? でも、今なら形だけでも、世界の為に戦って俺になれるはずだ」
「本当は私も世界にとっては敵側な気はしますが、敵であるために救いを成す、その為に戦ってやりましょう。それが2人の兄の為にもなりますので」
「ああ、それでいい」
彩華は自身の操縦席の上に置いてある聖杯を鯱三郎の座席までバーのカウンターの要領でスライド移動させると、バタリと音を立ててその場で気絶したぞい。
彼らには彼らの信念があるのじゃろう、尊重しつつ鯱三郎の戦いを見守るぞい。
「きっとこの生物の武器は口にこそあるはずなんですよ」
彼がそうつぶやくと、コズミック・キマイラは大きく口を開けて怪獣の首に噛み付いた!
『ギャオオオオン!』
体を貫かれ内臓をえぐられ、遂には首筋の骨まで砕かれながら頸動脈まで切れた怪獣。
それでも、それでも! 敗北の二文字はないと抵抗を続ける。
『ギャオン!』
このしぶとさは現在上に乗りながらも意識を失っておる女王が言っていた"手負いの獣"そのもの。まるで彼女の魂そのものが乗り移っているかのようじゃ。
そして、その怪獣は、確実に狙いを定めながら体を発光させていく。
「今の状態で反撃に移れるとは、何なんですかこの怪獣は!」
「お母様と同調しているのでしょう。お母様は過去に両腕を失い足までちぎれる寸前の中頭突きだけで暗殺者を打ち倒した程に諦めない憧れの戦士ですの、その"強さ"はこの場においても同様と見るべきですわ」
蜴王女がそう語るならそうなんじゃろう。
事実、首を噛み切られる前に怪獣は大きく口を開けて光線を発射したのじゃ。
『ギャオオオオン!!!』
「この姿勢では避けきれない!」
噛むのをやめ、左に小足を刻んで回避を試みたものの、光線は右腕に直撃した。
――そうなれば、正しく吹っ飛ぶ。
これ程までに強いコズミック・キマイラですら、まだまだ怪獣と互角がいい所なのだと思い知らされる一撃じゃ。右腕は完全に消滅してしまった。
「1分は早いですね……次の一撃の前段階で私は意識を失います、交代の方をよろしくお願いしますね」
そう言う鯱三郎は、コズミック・キマイラに次の攻撃の指示を送った。
それによって、口に何か光の粒子を溜め込み、チャージしていく。
流石にわしらも、そして怪獣もその行動が光線を口から放つ必殺攻撃であることは安易に想像できた。怪獣側からしてみれば、当たれば即死でありそんなことは安易に予想出来る。だからこそ、すぐ様に移動を行い回避せんとするのは当然のことじゃろう。
「やらせません!」
しかし、鯱三郎はそれも読んだ上での行動だったのじゃ。
相手を動きに合わせて、残った左腕を伸ばして体に空いた穴と外側の間に爪を突っ込んで挟み込んだ。
ジタバタ暴れるが、カニの挟み込む力は自然界でも随一。そう簡単に振り解けるもんではないわい。
「では、次の方にトドメは任せます、頼みましたよ!」
そうして、その言葉と共に鯱三郎はわしの元へと聖杯を放り投げながら気絶した。
わしはこれみよがしにとナイスキャッチすると、そのまま操縦席の上にポンと置いたぞい。
「考えてみれば、サメがビームを吐くようにシャチもまたビームを吐き出す生き物、この必殺は正しく自然界にとって必然的な一撃となるじゃろう」
「何を寝ぼけたことを言っておりますの、このクソジジイは」
わしは精神を統一して集中した。コズミック・キマイラの操作方法はすなわち精神でコントロールするという仕組みであり、何をさせたいのかを念じ続けなければならない。
雑念を捨て、ただただ怪獣を挟み続けながら光線を発射する。その意識をブレさせない事が大切なのじゃ。
「シャチの力を使うのは嫌じゃ……シャチの力を使うのは嫌じゃ……」
己を蝕むエゴ、彩華と鯱三郎はこれに耐えながら戦っていたのじゃな。
何か2人に似た声で脳内に「そんなわけないが!?」と囁いてくるが、それもまたわしに課せられた試練と見て良い、負けてはいられんわい。
「クソジジイ、さっさと落ち着きなさったら?」
「ああ、そうじゃな、もう大丈夫じゃ」
わしは大きく深呼吸をした。
精神統一、そのために深く息を吸い、吐き出す。
呼吸が整えると、すぐにこう叫んだぞい。
「コズミック・イレイザー……」
コズミック・キマイラは、発光させた体のエネルギーを全て口部に集中させると、全ての光は一瞬消えた。
ある種の静寂、生と死を司る瞬間。
怪獣にとっては死を表すその攻撃を前に流れる時間は、不思議と誰にとっても数秒のはずが何十秒にも感じられた。
「発射じゃ!」
そして……。
――その時――が来たのじゃ。
コズミック・キマイラは大きく開けた口から、怪獣の全てを覆い尽くすかの如くとてつもない質量の光線を放った。
その一撃を前に、怪獣はなすすべもなく体を崩壊させていく。
『ラスベガス・オルカクラブシャーク!』
叫ぶコズミック・キマイラ。
その怪物の目の前には、ついさっきまで敵として立ち塞がっていた怪獣は跡形もなく消滅している。
つまり、勝負は決したのじゃ。
「ふぅ、時間の余裕も残せたし、安定した勝利じゃったのう」
わしは気の抜けた声を発すると、体を伸ばそうとした。ただ、コックピットの形式上操縦するために配置された穴に腕を突っ込んでので、何一つ伸ばすことは出来んかったがな。
「油断するなこのクソジジイが」
じゃが、蜴王女はこの状況下でも油断しておらんかった。
流石は女王の娘なだけあって肝の座り方が違うわい。
事実、コックピットから見えるコズミック・キマイラの視界の先には、その肩の上に乗りって無理矢理立っている女王の姿があったからじゃ。
「動け、動くんじゃ、何故動かんのじゃ!」
しかも、何故か1分経ったのにわしは意識を失わず、同時に操縦が効かない。何が起きとるんじゃ。
まずい、なんやかんやでコックピットに乗り込まれたらお手上げシャークじゃぞ!?
「何となく、何故私がここに居るのか理解出来ました」
そんな中でも、蜴王女はまだ平静を保っていた。言葉もまだまだ続くぞい。
「いやですわね、何か電波のようなモノが脳内に響き渡っていますの。『母を殴れ』と」
「ほう」
「それと同時に、パイロット射出機能なるものがあるとその電波は私に告げていますわ。つまり、今からお母様にトドメの一撃を放つ事こそが役目であるという訳ですの」
よく分からんが、コズミック・キマイラではサイズ差があり過ぎてまともに攻撃を当てることは不可能であろう未来が見えるのも事実。
ならば、彼女に全てを委ねるのはなんら間違った判断ではないじゃろう。
「よし、全てに終止符を打ってくるのじゃ」
「ええ、言われなくともやってやりますわ」
承諾をしたわしに合わせて、蜴王女はわしから聖杯を奪い取った。
すると、彼女の座席が浮かび上がるように曲がっていき、スポーン!とどこか空へと飛んで行ってしまった。
「行ってらっしゃいじゃー」
***
SIDE:ルーイダ・アミキナー
***
私は、いつの間にかお母様のいるコズミック・キマイラの肩の上に乗っていた。
お母様は、右腕を失いながらもその場に立ったまま妙に黄昏ている。
……もしかすると、別にこの戦いに足掻いて勝とうというつもりはなく、残った体力でこの場に現れる鮫沢か、あるいは私を待っていたのだろう。
本人は死ぬつもりであり、死に場所を戦場にしたいという戦士の意志だけがそこにある。
ついさっきも殴ってやったばかりだというのに、もう一度やれというのは酷な話だ。
しかし、それでこそ私の愛するお母様。倒すべき憧れの人。
「ルーイダが来たか、それも面白い」
「ええ、お母様が大好きだからこそ、正しに来ましたわ」
私は拳を両手で合わせながら走り出すように足をかまえた。
対して、お母様もその足で私に向かって駆けてきた。
走り出し、1歩、また1歩とお母様に近づいていく私。
何となく今ならわかる、お母様は死にものぐるいにも程がある状態であり、比較的健常な状態の私に勝てる見込みなどないと。
だが、勝負の棄権を求めることもまた侮辱にしかならない。
それを理解している私は、お母様へといつの間にか接敵していた。
「それでこそ我が娘だ!」
「歯を食いしばって、今回の件を反省しなさい!」
飛び交った2つの左腕は、クロスカウンターの形で頭部に直撃した。
ハッキリ言ってお母様の拳は疲弊しきっているのかとても浅く、大して痛くなかった。
「ああ、これでいい、これでいいんだ」
反面、お母様は私の拳が直撃したのか、決まってから数秒もしないウチにバタンッと倒れた。
唯一王を目指したものの、夢破れた中戦士として死に場所を求めたお母様。
どうにもまだ生きているようだ、しっかりと国際的な罰を受けてもらわねばならない。
「はぁ、その腕はさすがに医者に治してもらわねばなりませんわね」
私は、そう溜息をつきながら呟いた。
コズミック・キマイラの肩から下に見える景色は瓦礫と炎で荒れた王都。
お母様が何をしたのか、ただただその光景が物語っている。