第111話 唯一鮫
***
SIDE:???
***
古き過去を引きずり続けるのは何故か。
強さを求めるのは何故か。
「お前は世界を支配する唯一王となれ」
そう、今は亡き夫に言われた。
これこそが理由だ。
アミキナー家は代々強さを求め、己の武術と肉体によって国で最も強いからこそが王である、そのような国家を築いてきた。
我自身、強くなる事自体を己の性だと感じており、その家のあり方に対して好意的に生きていたのだが、彼はその強さに惹かれて我と出会った。だから仲良くやれた。
だが、彼は生まれながらに病弱で、我の元で真なる力を求め鍛錬を積んだがあっさりと死んでしまう。
我は悔しかった。人は運命に抗えないのだと思い知らされたから。
だが、それでも、最後に彼が残した言葉を元にここまでやってきた。
そんな私を誰が止められるというのだ。
とはいえ、どうやら我には限界があった。彼が限界を迎えて死したように、我も同様に運命に抗うことは不可能だったのだ。
だから、使うつもりのなかった、世界から秘匿することで平穏を守るという形で一族が保有し、そして封印していた技術であるワニに手をつけた。
仕方ないだろう、我の感じた限界とは魔王アノマーノ・マデウスに適う力に行き着くことは到底不可能だという現実だったからだ。
奴は我が生まれた時から規格外の鍛錬を積んでいる。忙しいように見えて、今ですら同様らしい。
せいぜい100年が寿命である蜴人種にとって、鍛錬の時間や質を考慮しても1500年と才能を併せ持つ奴に勝つことは不可能だと、我自身が強くなればなるほど現実に見えてきた。
未だ拳を交わした相手でもないのに諦めてしまうことは恥かもしれないが、それも現実なのだ。
そこで、父から受け継いだワニへと変身する力を彼の残した娘に継承させた。
これはとある部位の輸血によって自身がその力を失う代わりに他の一族に同じ力を与えるモノ。
元々、秘匿のために使う機会もなかった王位継承の儀式に過ぎないが、そうする事で我が唯一王になることなく失脚しても娘が王位を継げる環境を整えたかったのだ。
本当は国を地獄へと陥れるつもりは無かった。
なのに、いつの間にか目的に目がくらみ制御がつかなくなっている。
しかも、娘に限って我の事が好き過ぎるのか、安全な城への待機を望まず我のために戦うためにはどうすべきなのかと指示を仰ぐ始末だ。
全てが上手くいかない。
だが、ここまで来てしまえば唯一王に、名ばかりの飾りではない破壊の限りを尽くす魔王に……いや、〈破壊者〉になって戦うしかあるまい!
***
SIDE:鮫沢博士
***
右腕から血を吹き出し続けているが、それでも彼女は立ち上がった。
もはや執念としか形容出来ない行動じゃ。
とはいえ、鯱崎兄弟は彼女の制御するキメラアリゲーターの動きが止まった事で悲しいが生存、何故か聖杯の泥が消えていくものの彩華の制限時間はまだ余裕がある状態じゃ。誰かがトドメを刺せばこの事件に終止符が打たれる。何も恐れるものは無いのじゃ。
「博士、俺、体力尽きたわ」
しかし、彩華は刃を地面に落とした。
どうやらあの聖杯が生むサメは強力な分使用者の体力負荷が激しいのじゃろう。
「鮫沢ァ! 悔しいがトドメは任せたシャチ!」
「オルカ!」
同様に、ダメージが深刻すぎたのか鯱崎兄弟の心身共に疲弊しており気絶してしまった。
そうなればトドメを刺せるのはわしのみじゃ。
「それじゃあ、美味しいところは貰っていくぞい」
わしは彩華の落した2本の剣を拾い上げ、重ねることでハサミ状にしながら女王へ向かって走っていった。
「わしを騙した罰じゃ、キャビアの恨みは深いぞよー!」
首元にまで刃は届いた。
後は剣を押し込み首をちょん切るだけ。
サメに首を食われて全てはおしまいなんじゃ。
「やはりお前達は実戦経験の浅い力頼りなのが問題だな」
じゃが、その瞬間、わしは何かに顎を殴られて宙へと舞い上がっていた。
瞬きをする一瞬とでも言うべき速度でそうなっていたのじゃ。
「手負いの獣こそ獰猛だぞ御老人、相棒なしに我を倒せると思うな」
いかーん。絶体絶命のピンチじゃ。
あやつはクマムシ並にしぶとい、今のわしの手で倒すことは不可能じゃ。
というか顎が果てしなく痛い、確実に骨折したぞい。
この状態で何か助けがなければ……そうじゃ、そろそろセレデリナ達が追いつく時間めはないじゃろうか。
というより、そうでも無ければ女王はヤケクソで暴れ回り、わしらを殺してしまいかねない。
ある意味、〈指示者〉としての知性がその結論をすぐさまに演算してしまったのじゃ。
そうなれば、出る言葉はこれに尽きるじゃろう。
「頼む……いや、来るのじゃ、大いなる単眼のサメよ!」
――そして、その言葉と共に部屋の窓が割れる。
「お母様アアアアアアアア!!!!」
「電磁力で飛行するなんて、今後の再現性はありませんよ!」
「細かいことはいいでしょ、今は急ぎなんだから」
そこから入ってくるのは、頭部が鱗がワニと化した蜴王女に素の姿のセレデリナと鯱三郎。
どうやら戦いの中で蜴王女の説得に成功したのか仲間に引き入れたようじゃ。
「お母様、ボロボロですわね」
「ルーイダか……そやつらを引き連れているということは、負けたようだな」
「ええ。ですが、お陰で決心もつきました。お母様のやることが間違いならこの拳で正すべきなのですわ」
それから、会話によってお互いの心境を整理した親子は目を睨み合わせながら拳を構えた。
セレデリナと鯱三郎は自身の力の制限時間を無駄遣いしないためかそもそも前には出ず、彼女の手で女王が正されることを望んでいるのが表情から取れる。
「「アミキナ流古武術・ナイルの風!」」
2人の武人は飛び上がり相手に向かって蹴りの姿勢を取ると、まさに足と足が重なる瞬間が我々の視界には映し出された。
「ダハッ!」
「グゥ!」
それは自然と互いの頭部にクリーンヒットした。
確実に痛みが響き渡る一撃の交差。
2人揃って背を向けあい地面に着地したが、この勝負の行方は……!
「流石は……我の娘だな……」
バタンと倒れる女王。
つまり、蜴王女の勝利が決まった。
「手負いの獣というのは、逆に言えば最も追い詰められた状態でもありますの。お母様も落ちぶれましたわね」
勝ち誇る彼女は、まさに王たる者のみが放つ威光すら放っておる。
もはや王位継承の儀式まで全てここで終わってしまったかのような光景じゃ。
これで勝負は決まった。
改めてキャビアの話をゴリ押しすればありつけるかもしれんし、ワニゾンビ事件はこれで閉幕になるじゃろう。
そう思い、皆が安堵の息をついた。
……しかし。
「ハァ、ハァ、これでやっと、我が我であることを捨てられる。我は我として負けた。ならば最後のあがきを見せてやるまで」
その言葉を女王が放つと、城のどこからか天使のような白い翼を生やすワニが舞い降りる。
それは、瞬く間に彼女をすくい上げて己の背に乗せ、圧倒的スピードで城から消えていってしまった。
「「「「えっ!?」」」」
あまりにも素早い逃亡を前に、誰も抵抗出来なかったというのは恥ずかしいものではあるが、起きたことは受け入れるしかないじゃろう。
きっとこれはなにかの最終手段であり、外には何かとんでもないワニがいて今にも暴れだしているに違いない。ならば、わしらのやるべき事はたったひとつ。
「他の者は背負って運んで、お母様を追いますわよ!」
「「「おう!」」」