第109話 マルチシャーク
女王はその言葉と共に、ワニを操りながら大きく飛び上がった。
「何が唯一王だシャチ。そんなもの、最強たるシャチを倒してから語るんだシャチね!」
それに対して、鯱一郎は首筋に例の注射器を打ち付け、更にもう1本打ち付けた。
すると、体がゲル状にみるみるうちに変質していき、同時に鎧を着た騎士が象られていくと、白黒の丸い粘液状の物体の上に頭部がシャチな西洋騎士が乗っかったシャチに変身を遂げた。
「合成魔獣シャチ6号"シャチスライム/ナイトオルカ"!」
変身が終わると、更には鎧の全面が全体を通して一気にパカッと展開した。
そこに対して鯱二郎が飛び込むと、鎧はまた閉じる。
「装着完了、兄弟合体オルカ!」
こうして、彼らの準備が整うと、女王は蹴りの姿勢のまま襲いかかってきた。
変身から合体まで僅か1秒で完了させていたおかげが、防御には回れそうじゃ。
「シャチスライムガード!」
鯱一郎は、乗っていたスライムを女王に向かって放り投げると、それは大きな口を開けたシャチの姿となり女王を飲み込んだ。
それは確実に彼女の体を束縛し、身動きの自由を奪ってゆく。
「何、絡まって動けないと来たか」
「シャーチシャチシャチ、お前のような強情な奴は搦手に弱いと相場が決まっているシャチ!」
「流石は兄上オルカ!」
仁王立ちでゲラゲラと笑う鎧で一体化した鯱崎兄弟。
果たしてそんなに余裕があるのじゃろうか、見ものじゃな。
「甘い、そこで油断するのは三下のやることであるぞ!」
じゃが、笑っている間隙だらけだった彼らの横から凄まじい勢いでキメラアリゲーターが突進してガブッと噛み付いた。
腰と胸のあたりをピンポイントに噛まれたまま身動きを奪われ、ある意味女王と同じ状態……いや、痛みを伴うならばそれよりも不利な状態に陥れられている。
「や、やめるシャチ!」
「鎧だから痛みは兄上に全て乗る、申し訳ないオルカ」
「やはり奴らはその程度の雑魚だったようじゃな、次はわしらの出番じゃぞ彩華や」
「真面目にやればやるほどグダグダするなお前らは本当に……」
わしは別に傍観してサボっておった訳では無い。
2人に時間を稼いでもらい、この場のためのサメを作成していたのじゃ。
そう、まずわしは、ポケットからどこかで回収してきたトランプの束と大きめの白い布袋を取り出した。
布袋の中にトランプの束を入れ込むとそれにシャークゲージを加える。
すると、袋の中で大きな風が吹き荒れているかのように勢いつけて蠢き始めたのじゃ。
「異世界サメ69号"ブラック・シャーク"じゃ! これをやつにぶつけるんじゃぞ」
「マジで言ってんのか……と言いたいが、やってやるよ」
彩華は昨日あの後時間切れで破損した後修復したペンライトセイバーのスイッチを入れると、全身がシャープで人型サメな鎧に覆われて変身を完了させ、そのままわしから袋を受け取った。
「こう使えばいいんだな、わかったぜ!」
そして、上手くシャチスライムによる束縛を解いた女王に向かって、立ち上がる前に問答無用でブラック・シャークを叩きつけたのじゃ!
「猪口才な!」
暴れ回る布袋は、命中した途端更に激しくなり、明らかに女王を狙って今にも袋から出んとするように動いていた。
これこそがブラックジャックという袋の中に石を詰めて叩く鈍器を参考に、トランプの柄が全てサメとなりながら袋の中で暴れ回りその袋を叩きつけることで多段ヒットするサメ武器たるブラックシャークなのじゃ。
それを用いて、彩華は勢いのままに何度も叩きつけて攻撃している。
「すっげぇチンピラみたいな戦い方だなこれ……」
スタミナを確実に削り取る攻撃じゃ、あとはトドメにペンライトセイバーでバッサリ切ってやれば終わりじゃろう。
「その程度の攻撃に怯むほど我は弱くないぞ」
じゃが、ペンライトセイバーを振り下ろそうとした彩華の腕が女王の左腕で掴まれてしまった。
同時に、鯱崎兄弟の2人を噛み付いていたキメラアリゲーターの右腕が分離して飛び出すと、それは彩華の頭部を直接殴り付けたのじゃ。
「ぐべあ!」
その右腕は自然と元の体に戻ったが、食らった彩華はまさかの攻撃に少しクラクラしておる。
「どうやらここに居る者は皆己の純粋な力に頼っているせいで戦闘経験が圧倒的に不足しているように思える。早い話は骨がない」
しかも、その言葉を言われるとこの場におる奴は皆何も言い返せんぞい。
その辺の強みはハンチャンやセレデリナの専売特許じゃからな。
「戦闘経験は無くてもシャチ」
「アドリブ力は〈指示者〉の強みオルカ!」
もちろん、その事実を突きつけられたところで負けを認めるようなわしらでは無い。
鯱崎兄弟の2人は女王が振りほどいたシャチスライムを操作してあえて自分たちの体を取り込ませると、粘液状故の引っかかりにくさでヌルヌルとワニの歯から体を引き離して脱出に成功しておったのじゃ。
「噛み砕かれてたら2人揃ってお陀仏だったシャチ」
そして、そのまま変身が解除されると、次の注射器を取り出してまた2度打ち付けたぞい。
そうすると、彼らの姿はまた変質していき、鯱二郎の頭部には『女王殺』と額に刻まれた鉄仮面が、腕には穴という穴からシャチの頭部が浮き出ている地獄絵図のような車輪が装備された。
それぞれ呪系の鎧モンスターと、大車輪として人間を轢き殺す魔獣が元といったところじゃろうか。
「合成魔獣シャチ7号"クイーンキラー・オルカ"だシャチ!」
「キメラワニは改めて任せろオルカ!」
鯱二郎は、車輪を持ち上げ女王の操るキメラアリゲーターに飛びかかっていった。
そうなれば、わしと彩華は直接女王を倒すのみ。
後方支援に回っておるわしはもちろん皆が戦っておる間に次のサメの準備をしておったぞい。
「女王よ、これが何かわかるかのう?」
そう言いながら、わしは四次元に繋がっているとも噂される上着の内ポケットからあるものを取り出した。
「ほう、よりにもよってそれを運び出してくるとは中々に考えたようだな」
「ば、バカだ……」
これは、直径1mはある女王の肖像画じゃ。
金色に輝き美しい額の中に、油絵で描かれたまるで実写のような女王の顔の絵が印象的な1品。
掲げている間にも、もちろんシャークゲージを注入したぞい。
そうすることで、この肖像画に変化が起きるのじゃ。
「絵の部分だけがグネグネ動いてるのか」
「せっかくだ、この目に焼き付けてやろう。我をサメにするなどという愚行のその先をな」
まさか期待されてしまうとは、妙に小恥ずかしいのう。
じゃが、そのような態度を取られるなら答えてやるのがクリエイシャークの勤めじゃわい。
絵の具は変質していくと、額からぬるりと出ていき、粘液状の物体となった。
それは改めて女王の姿を捉えると、彼女の姿を身長も体格も全てをトレースしていく。
完成したそれは……頭部がサメと化した女王じゃった!
しかも、セレデリナの単眼鮫魚人形態ように曲剣状の胸ヒレが両腕から生えており、背中にも当然背ビレが! 尻尾の先からも尾ビレが生えている!
これこそは、真作を超えた贋作鮫じゃ!
「異世界サメ70号"女王贋作鮫"じゃ!」
「なるほど、思った以上に面白いモノを造ってきたではないか」
そのサメは女王と同じ武術の構えを取り、勝負に望んだのじゃった。
「マジかよ、こいつと協力しないといけないのか。まあ、鮫沢博士が造るもんはこうでなくっちゃな」