第108鮫 シャークィーン
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SIDE:鮫沢博士
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目が覚めると、わしは馬に引かれた荷台の上におった。
その馬は当然ホワイトシャチオットで御者は鯱二郎。
走っているフィールドは西洋なお城の中じゃ。装飾品がすごい勢いでなぎ倒されていっているぞい。
「安全運転するじゃ! もし女王が良い奴じゃったら器物破損が原因でキャビアを振舞ってくれなくなるじゃろ!」
「起きた第一声がそれってどんな執念だよ」
キャビアをバゲットの上に乗せ、かぶりつきたい。その欲を捨てられる人類がどこにおるんじゃ。
わしは諦めん、目の前にどのような真実が突きつけられようと決して諦めてたまるものか。
「この馬鹿、本当に大丈夫オルカ?」
「あんたら兄弟の方が利口だと思うよ」
いいんじゃ、例え彩華に鯱崎兄弟の下位互換呼ばわりされようとも、全て帳消しになるんじゃから。
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数分後、わしは最上階に存在する玉座にまでたどり着いた。
鯱一郎は元の鯱人の姿に戻り、荷台も消えたが道中の床や壁、装飾品はめちゃくちゃじゃわい。
なお、ここは体育館ほどの広さがある部屋にも関わらずそこは殺風景で誰もいない。
思えば、本当にこの城は無人も同然じゃった。
玉座と、その奥の祭壇に飾られた30cm程の黄金の杯である聖杯だけが輝いておるような部屋じゃ。
もしかすると、中で働く者全てが最初にワニにされた者達であり、それを外に放ったのが始まりなのかもしれない。
だが、ただ1人、この場所に最初から玉座に座り待っていた人物がいた。それは、蜴人種であり、奥で座り佇んでいる。
その顔立ちは蜴王女にも似ており、美しく、そして凛々しい。綺麗な肌であると同時に体格がよく180cmと女性としてはかなりの高身長じゃ。大きな赤いマントを羽織り、頭の上には王冠をつけていることから正しくこの国の女王は彼女なのだとわかるわい。
「よく来たな、無礼な蛮勇達よ」
その声は妙に低く、同時に威圧感を与える喋り。
人の上に立ち、支配する。それができる人間の声じゃ。
「おお、お前さんが女王じゃったか! 約束通りキャビアをくれんか?」
じゃが、何もかもをわしは気にせん。
ならば、この問いかけをするしかないんじゃ。
「不敬であるぞ、老人」
何、怒られたじゃと!? かなり不機嫌な顔をしておる、恐ろしく器の小さい王じゃな!?
というかキャビアのことは伝わっておらんのか、話が違うぞい!?
「ついに鮫沢博士に不敬罪が適用されようとしている!」
「奇跡シャチ!」
「やったオルカ!」
しかも外野が変な盛り上がりを見せてきおった。わしをなんだと思っとるんじゃ。
更に、そんな困惑するわしを無視して彩華は膝を下ろして跪き、このように言葉を交わしておった。
「よし、気をとりなおそう。女王様、単刀直入に聞きたいのですが、今この王都を襲うワニという怪物事件の黒幕は貴女だという線が強い状態になっています。できれは私達は女王様を信じたい、弁解していただけるならして頂けませんか?」
こういう時だか敬語を使いおって、何たる若者じゃ。
とはいえ、ここでの答え次第ではキャビアへは最終的にたどり着ける、ナイス問いかけと言えよう。
「なるほど、ならば其方の態度に敬意を払い、答えてやろう」
おお、答えが出る。わしの信じた女王の身の潔白が明らかになるぞい!
「我は世界を支配する唯一王にならんと今日この日まで計画を進めてきた、先祖から受け継いできたワニ兵器を駆使してな。アレはあの美しいフォルムからは考えられない程凶暴で、この世界にいないのが残念な生物だ。そして、最初に放ったのがワニウィルスという兵器であるが、これを使えば見る見るうちに民達が美しきワニへと変わっていく、まさに完璧な計画が始まっていたというものだ」
……そんな、嘘じゃ。
しかし、ここで真実を偽る必然性がない。
信じるしか……ないのじゃ。
そう思ってくると、新たな怒りが湧いてきた。
モノで釣って騙していたということへの怒りが、奴を許せんという怒りが!
「本当に女王は黒幕じゃったのか! お前の娘さんもわしを最初から騙してたんじゃな!」
わしはその場でシャークマンサーへと変身し、周囲に飾られていたロングソードにシャークゲージを込めて異世界サメ45号"物干し鮫"を作り出してその手に握り、そのまま女王に向かって刀を振るった。
「まだ話の途中ではないか、つくづく無礼な老人だなお前は。それに素人の太刀筋なのが見て取れる、刀を振るためのイロハからやり直せ」
じゃが、その刃は右手の人差し指と中指の2本でピシッと受け止められた。
シャークマンサーは身体能力の強化機能まで搭載されたパワードシャークじゃというのに、刃を押し進めようにも引き抜こうにも全然動かんぞい。なんという怪力じゃ。
「それで、話の続きだ。我はお前達の存在を当然認識していたぞ、この計画自体が〈破壊者達〉と呼ばれる者達との戦いの水面下でおこなわれていたからな。ひた隠しにしてきた我が一族の先祖が〈百年の指示者〉であるという事実の秘匿も、国連サミットにおいては未来の敵に対する情報収集として機能したわけだ」
続く話は彼女の言葉は本当にこの世界に生きる全ての人間を騙し、己が唯一王となるために動いてきたという証明であった。
「つまり、何が言いたいんじゃ!」
じゃが、それでもわからんことがある。
彼女が何者なのか。もはやそれは、国を治める女王という枠組みを超えておる。
そして、彼女はその全てをまとめた啖呵をわしらに切った。
「そう、我こそが今から勇者〈ガレオス・サメオス〉に牙をかける〈破壊者〉のリーエ・アミキナーだ!」
わしの刃を突き放しながらその2本の指でわしごと放り投げ、玉座から立ち上がりながら高らかにそう名乗った。自身の悪性すら通り越した全ての自信はまさしく王の覇気すら感じられる。
じゃがわしらだって、彼女が敵だと分かったのなら負けてはいられん。
「あー、わかった、お前が悪いヤツだってことはな! もう敬意なんて無いぜ、俺は相棒同様不敬な態度で望ませてもらう!」
「シャーチシャチシャチ、俺達を邪魔するのが悪人なら尚更変わらない、容赦なく牙にかけてやるだけシャチ!」
「オールカッカッカ、弟はまだ帰ってこないが、元々は俺達双子の兄弟で鯱崎兄弟オルカ。お前如きで倒せる奴だと思うなオルカよ!」
皆、やる気は十分のようじゃ。
なら、わしじゃってこう叫ぶぞい。
「では行くぞい、ガレオス・サメオス、アッサメブル!」
「「「……」」」
いやなんでそこだけ無言対応なんじゃ、締まらんのう。
なら、改めてこれでどうじゃ。
「わしはサメを極めた鮫沢博士! どんな力を持っていようと相手がワニである以上、自然界の法則として負けるはずがないんじゃ!」
そう言いながら、あえてシャークマンサーの変身を解除する。
彩華と共に戦うなら、むしろ重荷になる訳じゃしな。
「ワニって別に自然界でサメと戦うこと無くないか……?」
「う、うるさいぞい!」
「お前達が我に立ち向かう気なのはよく分かった。ならば我も全力で相手をしてやろう」
女王は、わしらの言葉を前にやる気になったのか右手の指を鳴らした。
すると、この玉座部屋の天井が崩れ、そこから胴体手足尻尾に頭部が元はバラバラのパーツであり、それが合体したかのような継ぎ接ぎのワニが落ちてきた。
手足はアメリカワニで、胴体はミシシッピワニ、尻尾はキューバワニかつ頭部なんてナイルワニじゃ。それは正しくキメラワニじゃった。
加えて、落ちてきた直後に各パーツからピアノ線のような細い糸が伸び、それが彼女の右手の5本の指の先端にそれぞれ引っ付いていく。
まさか、その手でコントロールしながら戦うワニということか!?
「これこそが先祖の残したワニの中でも傑作とされるキメラドール・アリゲーターである。さあ、その力の前にひれ伏せ」