第107鮫 さめおやこ
まずい、まずいまずいまずい。
確かにこれには参る。
オーバーレイ・フリントと言えど、あくまでサード級の魔法質量をヒレに乗せているだけだ。同じサード級の魔法で全身を覆えば、同一の魔法質量がぶつかり合いあくまでヒレを歯でガッシリ噛み掴んだ状態に持っていくのは可能。
だが、刃そのものを口で受け止めるのはリスクが大きく至難の業。本当にそれを実行する度胸と実力を兼ね備えているとはこちらも予想出来なかった。
「動揺してますわね、これで終わりですわ!」
彼女の言う通り私は動揺し、数秒の隙を見せてしまった。そこから放たれるは右腕による素早いボディーブロー。それも、氷の魔法により強化された1発だ。
もはや痛いという問題ではない。その一撃で体が凍えていき、体内まで氷結されたかのような感覚が響き渡る。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」
例えサメとなった肉体といえど、内臓まで氷結されればそれぞれの機能は止まり、心臓まで届けば即死は免れない。
だが、それでも腕に力を入れ続けることをやめなかった。
何故なら、このままだと噛みつかれたヒレがそのまま噛み砕かれてしまいかねないからだ。
そうなれば、今相手を抑えつけている状態も解除され、鯱三郎にバトンを渡せない。
今は1匹のサメではなく、2匹のサメとシャチが手を組んでワニを倒そうとしているのだから。
「『我が魔の力よ、我が身に電流を走らせ突撃させ給え』サード・アンペアストライク!」
上を見上げれば、鯱三郎が魔法により機械で獣でシャチな身体全体に雷にでも打たれたかのような電流を走らせていた。
そして、落ちるようにルーイダに向かって突撃した。
正しく落雷だ。それと同時に、サソリの反った毒針を持つしっぽの生えたシャチが泳いでいるようにも見える。
「効きませんわよ!」
その攻撃に対して、ルーイダは左腕を伸ばし、鯱三郎ごと掴もうと立ち回った。
それは、蹴りの姿勢だった彼の足を見事に掴み、全身に走っていた電流も感電するどころか氷の鎧に受け流されていく。
「甘い、私は毒使いでもあるんですよ!」
だが、ここからが本番と言わんばかりに、氷の鎧にあるどこかの隙間へ電流で出来た小さな針のようなモノが細かく入り込んで彼女の体に突き刺さった。
それが、サソリの毒を使った雷撃だという表れなのだろう。
「こ、この毒は……体が麻痺していきますわ! 動きませんわ!」
「セレデリナさん、今です」
毒の痺れにより、彼女は噛む力を失いワニな頭部からヒレが離れていく。
残り3.4秒でサード・アイレイの効力が切れてしまう、決めるなら今だ。
「マーシャルシャーク・鮫歯突!」
鯱三郎が突いた氷の鎧にある小さな穴。
その穴を狙って刺突した!
「ぐぎゃああああですわああああああ!!!!!」
突き刺さったのは四頭筋の位置ではあるが、魔力により加熱している刃が突き刺さればその痛みは尋常なものではない。
死にはしないが、ほんの一瞬で意識を失ってしまうだろう。
証拠に、ルーイダは断末魔をあげた後気を失うように体から力が抜けていく氷の鎧は溶けていき、最後には魔法で生み出されたこの海も干上がっていった。
「勝てましたね」
「さあ、次はおじいさん達との合流よ」
ただ、2人で戦って勝った以上は、フレデリカと戦えるのはまだまだ先ということだろう。
強さが、強さが足りない。
***
私達は変身を解除した。
大体1分半は変身しており、私は2分10秒で鯱三郎は2分50秒の時間を残している状態のようで、ある程度短期決戦で済んだのは本当にラッキーに思える。
なお、今は本来急ぐべき場面であるが、地面で倒れ失神しているルーイダに対して鯱三郎は手を取っていた。
「セカンド・ヒール!」
更には回復魔法を唱えている。
いや待て、どいうこと!? 何故倒したはずの敵へ塩を送る!?
「えっと、何してるの?」
「彼女を治療してるんですよ、医者なので」
「いやいや、おかしいでしょ、ただでさえ時間との勝負なのに彼女は死んでないんだからそれこそ多少の応急手当ぐらいで放置してよかったんじゃないの!?」
「まあまあ落ち着いて、話を聞いてください」
流石に鯱三郎には何か考えがあったようだ。
「あー、ごめんなさい、私も落ち着きがなかったわ」
そうなれば、取り乱したのは少々失礼に思える。謝っておこう。
それに、揉めている間に傷が修復したからかルーイダも起き上がった。
「何が……起きましたの……何故あなた達が私の傷を」
当然の疑問を感じているようだ。
ただ、それに対して鯱三郎はすんなりと答えを出してくれた。
「貴女の言葉のどこかに、妙な違和感というか、本当に愛する母のために行動するのが正しいのか迷いがあるように思えたんですよ」
……言われてみれば、『お母様のため』と発言する時は自分にそう言い聞かせているような言い回しにも思えた。それをあっさり見抜くとは、どんな心理鑑定脳力なのだ鯱三郎は。ある意味、医者としての経験で人間の心を診る機会というのにも恵まれたと考えるべきか。
「よく気付きましたわね……」
それに、ルーイダも素直に認めている。
なんと言うか、おじいさんのゴリ押し話術とはまた別の語りの強さを感じてしまう。
「それじゃあ、今しか機会はありません、自分の気持ちを正直に語ってしまえばよくありませんでしょうか?」
「くっ」
精神をどんどん自分の望む方向へ誘導していっている。彼は何が目的でそんなことをしているんだ。
「分かりました、語って差し上げます」
しかし、こうなってしまっては見守るしかない。
「私はお母様を愛しています、心から、真剣に、本気で。昔から誰よりも強く逞しく、それでいて人の上に立っている。それが恋心に変わるのも自然というモノですわ」
……いきなりとんでもないことを言い出したが、余計なことは言わずちゃんと聞こう。彼女は真剣なんだ。
「武人としてのお母様を見習い、一子相伝のアミキナ流古武術も体得しました。お母様に認められたい、その心のままに鍛錬を続け生きてきたのが私なのです。このワニの力も免許皆伝の証として王家に受け継がれているモノになります。ですが」
ああ、彼女の間違いなく本物だ。何せ、私だってアノマーノのために強くなってきた。ある意味彼女の強さのあり方は私に近いまである。なら、この際近親愛の是非など私に言えたものでは無いだろう。
「今回は『世界を支配する』という大きな目的を掲げだし、先祖が生み出したというウィルスや生体兵器を使い人々を困らせ始めたではありませんか! もう王都はめちゃくちゃです。あんなお母様を認めたくはありません!」
「それが、あなたの本音ですね」
そうして、鯱三郎はルーイダの心にある揺らぎを全て吐き出させた。
本当にすごい話術だ、私達は彼女の全てを知った上でモノを言えるようになったのだから。
ならば、わたしからもはっきり言えることがある。
「私もね、大好きで付き合ってる人がいるけど、もし同じような事があればぶん殴って目を覚まさせてやるわ。あなたはどうなの?」
話の中で自分に置き換えた時、そう思ったのだ。
だから、この言葉は私も私で吐き出したくなって出てきたモノ。
「――そうですわね、私はぶん殴ってやるべきなのですわ」
大きな声で返事をしたルーイダ。
その言葉と共に、今〈中間点〉の仲間が1匹増えた。