第104話 シン・サメラ
すると、ゴリラビアが持っていた水晶は割れた。それと同時に、アノマーノが既に倒した事で人間の姿に戻った者たちに向かって煙のような物体がぶわんぶわんと浮遊し、胸の中に入り込んでいく。
これでゴリラビアのやらかしについては一件落着だろう。
「ん、この感覚は」
「お、そういうことだねー」
アノマーノとクリ・スマスが何かに気づいたようだ。
そして、その意味はすぐに分かった。
「セカンド・ポケットディメンション。おー、このハルバードが欲しかったのだ」
「レインディー! うん、来てくれるねー」
アノマーノは次元の穴を出現させ、そこに手を突っ込むと2本の黒く刺々しいハルバードを取り出し、クリ・スマスは1匹のトナカイをその場に召喚した。
つまり、あの水晶はアミキナ王国王都にかかっていた魔法の使用を制限する結界の正体だったということだ。
「オット、魔法そのものはワニには通用しないから注意してくださいネー」
「りょーかーい」
結果、全ての魔法は解禁された。それ即ち、完全に気絶状態のゴリラビアを一旦放置し、魔王とサンタクロース、2人のサラムトロス最強たる存在が暴れ回ることとなる。
「魔神覇者斧技・瞬激斬!」
「トナカイに乗りながらが1番だねー」
アノマーノがただ一閃で敵陣に踏み込み、瞬きするまにワニ達を切り刻んだのかバタバタとワニ達ご倒れていき、クリ・スマスは乗馬するかのように魔法生のトナカイ乗り込んで武将の如くプレゼント袋をぐるぐると振り回してホワイトリッチ内を駆け回る。
こちらも残ったワニをミサイルやハサミで切り刻み、気がつけばホワイトリッチ内にいる数十匹のワニは5分程で全滅していた。
「ここはこのまま避難所になるのデー、全員綺麗に寝かしておいてくだサーイ」
「ところで、あのゴリラビアとかいうのはどうするのだ?」
「事件が解決次第ホラーなトーチャーを受けて無理やり情報を全て吐き出す事になりマース。ナノデー、出来れば1番頼りになるクリスに見張っておいてもらいたいデース」
「おっけー」
よって、カニから似非外国人フォームへと戻り、あとは気絶した者達の整列作業を終わらせ、外に出て次の探索を行うだけになった。
そんなタイミングで、彼女は何かに気がつく。
「あ、ボブがいるー。わざわざ会いに来てくれたのに災難だったねー」
ボブを指さしながらそう発言したのだが、どういう関係なのだろうか。
「彼と何かあったのだ?」
「うーんとねー、サンタさん、荒事以外にも料理が好きでボブは私の弟子なんだー。元々ボブを探してたら最後はここに行き着いたって経緯だよー」
「ホワッツ!?」
衝撃発言だ。
つまり、彼の言う"厨房不敗マスターコック"とはクリ・スマスのこと。
その特技自体が意外だが、奇妙な関係性が結果としてこの施設に彼女を引き合わせたのだと考えると、ボブは数合わせどころでは無い重要人物となる。
どれだけ長生きしても、世の中不思議なことだらけだ。
しかも、元ワニの気絶した状態の人間達を整列させて寝かせる作業をしていたところで、思わぬことが判明する。
「しかし、この中に巨人種がいたら整列が大変だったのだ。彼ら向けの設備はメジャーではない国であるが」
「巨大化するシャケさんとかはいるよー」
「「えっ!?」」
そう言うクリ・スマスは、両腕で魚人種シャケ科の男性であり、筋肉隆々な人物……バーシャーケー・ペンサーモンを抱えていた。
何故ここにいる。
「そういえば、武術大会がこの街で開かれる予定だったみたいだから巻き込まれたんじゃないのー」
「うう、確かにあのペンサーモンともなると賭けの場に入ればかえって普通に負けそうであるな……」
整理される情報は、なんとも言えないものであった上に、更なる収穫があった。
「これ、ベアキングじゃありませんカー!?」
煌びやかな衣装を身にまとう獣人種クマ科の女性で、顔つきまでムーン・ルーン女王と合致している人物が見つかった。
……2人だけは無理やり起こそう。
「起きなサーイ!」
耳元で、特殊な周波数の声に切りかえて叫んでやった。
これは、どんな深い眠りについていようと目を覚ます蟹上蟹下一撃起床砲と言う。目が覚める分起きたあとの気分が悪くなる技ではあるが、緊急時なので仕方ない。
「びっくりしたァ!?」
「もっと音を下げてくれないかい!?」
「おはようございマース」
何がなんであれ2人は起きたようだ。
「って何があったのであるゥ!?」
「あのゴリラビアって奴にゲームで負けた先のことを覚えてないよ」
「それについては、かにかにつめつめ」
困惑している様子なので、2人にはしっかりと現状を報告してあげた。
バーシャーケーもそこまでバカではなく、すんなりと理解を示した。
「我輩も調子に乗ったのが運の尽きだった。奴を倒したことォ、感謝するぞォ」
「じゃあ、魔法も解禁されたってことは大ボスが出てくる予兆みたいなモノ。さっさと外に出て戦おうじゃないかい」
そして、2人が完全に目覚めた頃には整列作業も完了しており、安心して外に出ることが出来た。
しかし精神力で我慢しているのか、2人揃って蟹上蟹下一撃起床砲による状態異常が一切響いていない顔、なんというか頼もしい。
本当は激しいめまいと吐き気がセットなのだが。
「ゴリラビアは任せましたヨー」
「愛しのハニーの為ならなんでもするからねー。弟子も守らなきゃだしー」
「私に性別はないデスヨー」
そして、準備も整い、ひとまず王城へ向かい鮫沢達との合流を図ったのだが……そうにも行かない問題が起きる。
『ギャオオオオオオオン!!!!!』
大きなワニの鳴き声が街中に鳴り響いた。
その声を前に、皆が耳を塞いで地面へとしゃがみ込んだ。
それから、一旦落ち着き、視界の先を声の元へと移してみると……状況は一気に絶望へと変わる。
――巨大だった。
ただただ巨大だった。
四足歩行で地を這う薄緑のワニ。種別にしてイリエワニ。だが、高さにして40m、全長にして82mはあるその巨大なワニがそこにいた。
今までにない威圧感を放つその怪獣は、突如として街に出現したとしか考えられない。
あんなもの、仮称サメラなんて目じゃない、人間など蟻のように踏み潰したことにすら気づかない巨大な暴力の権化だろう。
ソレは、血を這いながら周囲のあらゆる建築物を破壊して暴れ回っている。
さっきまでゴリラとゲームをしたり殴りあっていたのは何だったのか。
「ハンチャンよォ」
だが、恐れているのは自分自信を客観的に見すぎているからだ。
今声をかけてきたのはバーシャーケー。彼の瞳には、恐怖など微塵も感じ取れない。
「我輩と2人でアレを止めるべきではないかァ」
「……」
それもそうだ。彼の言うことは何よりも正しい。
今富裕層区で動いている組織員達がアレに踏み潰されて消されるのも嫌でしかない。戦う以外の選択肢は元より無いのだ。
「ソーデスネー! 立ち向かいまショー!」
「その意気だハンチャン殿ォ!」
「おっと、余も共に戦うであるぞ。魔法で直接攻撃出来なくともやれることはあるのだ」
「なら、あたしは地上の雑魚共を掃除しておくさ、月盧把はちゃんと持ってきてるからね、雑兵に邪魔はさせないよ」
「今この袋にはゴリラビアも入ってるからねー、逃がさないまま戦えるよー」
全員やる気は十分。恐れる必要は無い。
勇気を持って、それぞれ倒すべき敵の前へと踏み込んでいった。