第102鮫 サメ・ゲーム
啖呵を切ってやったところ、ゴリラビアは嬉しそうに両手をパーにして胸を叩くドラミングの動作をしながら答えを返す。
「ウホッウホッウホッ! 怖いもの知らずな愚かな賭博師もいたものやなゴリ、だが、その余裕も敗北と共に失われるウホな」
正直そろそろこいつの全てがおかしい口調にうんざりしてきた。
倒して情報を吐いたら物理的に黙らせてやりたい。
『魔王よ、作戦がある』
なので、まずは作戦会議だ。
とはいえ、流石に小声といえど声を聞かられたらマズイので、脳に直接声を送るテレパシー機能を活用した会話になるが。
『うむ、話すがよい』
『早い話、魔王はとにかくゲームには真面目に参加しつつ余計なことは何もしないでほしい。まだ相手は何かのイカサマをしていることで勝ちを確信してるのか、顔に出てないだけで油断しているからな』
『了解したのだ。お主は余計なことをするたちではない、信用しておるぞ』
作戦の共有は完了した。
アノマーノもポーカーフェイスで対応してくれたおかげで、ゴリラビアも余計なことを考えることは無いだろう。
「では、ゲームを始めでウホ。はよ番号を言いや」
同時に、ゲームの準備は完了したようだ。であれば、余計なことはせず、真面目に、作戦を遂行するだけ。
「5」
「2なのだ」
2人で適当に宣言した数字は、偶然にも52という神聖な数字になった。
こうなれば、もはや負けることもないだろう。
「では、ボールインウホ」
投下されるボール。
運命は回り始めた。
今はただ、全てが計画通りになればいいだけ。
深いことは考えるな。
「緊張……するのだ……」
アノマーノめ、思ってもいないことを演技で始めているな。
だが、この勝負はそれぐらいのシンプルさでいい。
何せ、負けるはずがないから。
「おお、数字が出たでウホ」
回転が止まった。
そのルーレットが示す数字とは。
「……5と2や、何でやウホ!」
勝った。本当にあっさりだが、勝負には勝ったようだ。
だが、こういう奴はそう簡単に負けを認めないのがお約束だろう。
「落ち着け、そんなことはあらえんウホ! まだ次の俺の番で勝てばサドンデスで相殺、もう一巡になるからな!」
「うわー、負けを認めないとはドン引きなのだ」
追い打ちをかけるアノマーノ。
その言葉を前にしたゴリラビアは、ポーカーフェイスを失い、怒りを顕にした。
「ゴリラは知恵と冷静さを持つ森の賢者、ここで負ける訳にはいかないんやウホ! それに、このワイは負けないウホ!」
彼はそう言いながら、ルーレットを回転させる。
「数字はまた5と15やウホ!」
やはり同じ数字を宣言した、ならば計画通りだ。
「ボールを……投下するでウホ!」
そして、回転を始めるルーレットとボール。
この2つが止まる先がこの勝負の終着点となる、
「どの道確率の世界、お主は運でしか勝てないのだ」
「魔王如きがいきがりやがってゴリ」
回転している時間、ふと彼について気になった事がある。
大したことでもない、今聞いたところで問題は無いだろう。
「そういえば、お前はアノマーノに対して余裕を持った態度であるが、ただの世間知らずなのか、それらしい自分があるのか妾は気になる」
鮫沢や鯱崎三兄弟は頭がおかしいから、セレデリナは恋人同士だから軽いノリで話しかけているものの、ショウコーやボブは敵意がないと理解しているからで敬意は払っており普通は彩華のように身分差からの距離感を意識するはずだ。
なのに、あの強情な態度を取れるというのは何かの影を感じるのだ。
「それはT様もゴリ様も魔王より強く、そして崇高だからだ!」
ほら予想通り、吐き出した。
だがその分、問題もある。
敵は、部下のメンタリティすらサラムトロスで最も偉くついには戦闘行為が解禁され魔法が通用しなくとも無傷で暴れ回るような魔王相手に畏怖せず強情な態度を取れるだけの威厳がある訳だ。
〈全ての黒幕〉との戦いは相当に苛烈になる。そう予感させるだけの材料が揃ってしまった。
「ざ、雑談はそれまでや、結果は出る、俺の勝ちなんやウホ」
おっと、そろそろルーレットの結果が出るようだ。
回転速度が低下していき、ゆったりと動く。
「お、これはもう止まりそうであるな」
「うむ、そうであろう」
「ハァ……ハァ……」
妙に焦っているゴリラビアを尻目に、ボールが止まる。
その数字は……。
「5であるな」
「もうひとつは2なのだ」
「何故だウホ!」
勝ちは確定した。これ以上覆しようのない形で。
「そんなアホなウホ! 俺は認めえん、認めえんでゴリ!」
ゴリラビアは足掻く。
それ自体が意味の無い叫びに思えるが、負け犬の遠吠えに過ぎないだろう。
だから、追い打ちとしてこう告げてやった。
「では、種明かしをしてやろう。イカサマ野郎君」
「な、なんやウホ!? あと韻を踏むな!」
当然、困惑した態度を示すだろう。
ならば、続けて解説してやるまでだ。
「はぁ〜、疲れましター!」
まず、突然と似非外国人フォームである螃蟹飯炒の声がルーレットそのものから鳴り響く。
「お疲れ様だ、もう1人の妾」
「いやいやいや、何が起きとるんやウホ!?」
困惑しているようだが、無視して種明かしを続けよう。
ルーレットは繋がっていたテーブルから突然と切り離されると、甲羅の上にルーレット台が直接合体した細長い脚に八本足なズワイガニ……ルーレット・ズワイガニへと変型する。
「こういうことデース!」
「そうはならんやろウホ!」
「なっているのだ」
もちろん種明かしはこれだけでは終わらない。
「まず説明しておこう、妾は全身義体故に体の分離が可能なのである」
「もちろん同時に2人の人間として動かねばならない分あらゆる行動に対する体力は通常の倍は使用するモロハブレード。しかして一大事なので四の五の言っていられまセーン」
「ぶ、分離できることはわかったけど、まだルーレット台を取り込んだのかの説明はできてえんやないかウホ」
「それについては、身体をナノレベルで分離させてルーレット台と合体を繰り返して工作しただけだ。ほれ、服で隠れている身体の部位が消えておるだろう?」
話の途中、その場で服を全て脱ぎ捨てた。
全裸になったようで、乳首と性器が存在しない、全年齢向けの姿だ。
「この作品は全人類向け、理想的なフィルターデース」
「い、意味がわからえん……」
「あとは完全に取り込めばどの数字が出るのかはこちらでコントロール可能になる、それで勝ったという訳じゃ」
「取り込んだおかげで、魔力を込めると凹凸の変化で好きな数字にホールインワンする事も確認できマシター。つまり、お前はイカサマ同士のぶつかり合いで負けたというお話でめでたしめでたしってところになりますネー」
これで種明かしは全てだ。
全く、直接戦う訳でもないのに分離という最終手段を切らせるとは厄介な相手だった。
「負けは負けだ、諦めるのだ」
これで勝負は終わり、〈中間点〉や〈全ての黒幕〉について聞き出せるだろう。
……そう思われたのだが。
「ああそうや、あの意志を奪うルールな、嘘やねんウホ」
「「は?」」
なんということだ。
とんでもない事実を告げてきた。
それなら何のためにさっきまでの勝負をしてきたというのだ!
「確かにこの水晶はゴリ様が俺の為に作ってくれた代物で、勝負に負けた相手の意志を奪うって奴や」
「ほう」
「けど別に、ワイはその対象に入ってらんのや!」
ゴリラビアが供述するその真実は、素直に彼自身の人間性を疑うような言葉だった。
しかも、彼の悪足掻きはまだまだ続く。
「いけ、ワニ共! 今すぐ奴らを襲うんや!」
なんと、ホワイトリッチに配置されたワニでギュウギュウ詰めな檻が全て開いたのだ!
その瞬間、水を得た魚のように檻から出てこちらに向かって駆け寄ってきた!
耳を澄ませば下の階からもワニの足音が響いている。