第98鮫 お前はサメだ
鯱三郎はこの個室にある暖炉前の椅子に座り込み、語り始める。
「少し、覚悟はしておいて下さいね。あまり気持ちのいい話ではありませんので」
***
要約すると、彼は生まれ育った村のために医者として勉強するため王都へ向かい、帰ってきた時にその村が炎に包まれていたということが全ての始まりになるだろう。
それはマコト・シンという男の持つ全てを奪ったことになり、その時点でどのような人間にもなり得る変化の準備が整ってしまっていた。
結果、起こしたのは恨むべき復讐相手の町人を全て毒殺という悲劇を生んだ。
その後どれだけ自分を偽っても、最後には鯱崎兄弟という悪と出会うことで自分自身がが悪人である事実から逃げることが出来なくなり、殺しきれていなかった復讐相手を改めて己の手で殺害し、彼は鯱崎鯱三郎となってしまったという話だ。
「救いがねぇよ」
「何なのよ、あなたの人生って」
俺とセレデリナの口から出た言葉が、受けた衝撃というのを物語っている。
確かに、確かに鯱三郎の今を理解するには十分な内容だ。
だが、ある意味ハンチャンとキャンプファイヤーをした時に似た雰囲気のこの会話は、同時にあの時とは絶対的な違いがある。
それは、納得できる話という点だ。
ある意味彼は普通の人で、過酷な人生が自分を作ってしまった。
ハンチャンの自己犠牲はただただそこに歪さと非合理さ、その全てが人生経験にも紐付かない純粋な己の性格のみで固まった思想だったが故に納得出来なかった。だから少しばかり抗議できたし、本人が改めて納得できる自分の背景を語ってくれた。
だが、今回はその背景を語られて、納得した上で、心が不安や不快感でいっぱいになるのだ。
〈百年の指示者〉によるサラムトロスへの侵食が彼のような人間を産んでしまうと分かってしまったのだから。
救いの受け皿すらあの2人であり、やるせなさだけが心に残る。
でも、同様にハンチャンと同じだ。
起きてしまったことは全て事実、俺がどうこう不満を言える訳じゃない。
だからこそ、こう答えよう。
「あんたのことはよく分かった。分かったからこそ、あくまで今は味方同士、それ以上は考えないようにするよ」
「私は……少し答えを保留にさせてもらうわ」
「そうですか」
だが、その上で彼は非常に真剣な顔になった。
暖炉の前で語らう俺達は、もはやその雰囲気に飲まれてしまっていると言っていい。
彼はまだ何か語りたいことがあるのだろう。それは、聞いてやるのが筋だ。
「では、私は私のことを語った分、貴方達のについて知りたいですね」
なるほど、確かにそれもそうだ。
聞くだけ聞いてこちら側は何も語らないというのはアンフェアと言える。
「分かった。似たように長くなるぞ」
「ええ、構いませんよ」
そうして、俺は語った。
元々は普通の高校生だったこと、ある日女神によって鮫沢博士と共にサラムトロスに飛ばされていたこと、セレデリナとの出会い、シャーチネード事件によって鯱崎兄弟と戦ったこと、ヒョウモン島事件のこと……それらを、語れるだけ語った。
「というのが、俺達ガレオス・サメオスのこれまでの冒険だ」
「私達のこと、よくわかったでしょ?」
「なるほど、すごく楽しい冒険譚でしたね」
話を聞いているうちに、鯱三郎は笑顔になっていた。
であれば、語った甲斐があるというもの。
だが、その話を聞いた上で、彼がこのようなこと言い出し、またなんとも言えない感情に苛まれてしまう。
「ひとつ、思ったことがあるんですよ」
「「?」」
「私はね、きっと罪を背負ったせいで貴方達2人になれなかった愚かな人間なのではないかと」
ああそうか、彼は結局自分を悔いているのか。
「もう体の一部がシャチである私を、私自身も止めることはできませんし、止まるつもりもありません。シャチ自体、大好きですからね」
でも、誰も救うことは出来ない。むしろ、シャチという悪の道を得たことで、生きることへの苦痛を和らげることが出来たぐらいなのだろう。
その上で、ひとつだけ気になることがある。
今なら、それを聞けるだろう。
「そこまでして、お前は何をしたいんだ?」
そう、行動とその目的がないはずがない。
そこにこそ、彼の全てがあるはずだ。
「なるほど……強いていば、2人の目的を共に達成することでしょうか?」
「と言うと?」
「はい、私も共に誓ったのですが、我ら鯱崎三兄弟は『鮫沢悠一と魔王を倒して最強になる』という目的の元活動しています」
だが、その内容はあまりにもシンプルで、それでいて鯱崎兄弟の2人がいいそうな事だった。いや、3人の意思なのだ、鯱崎三兄弟らしい発想と言えよう。
「もちろん今はそんなことをしている余裕はなく、我々のプライドもありこの街のパンデミックを対処するのが優先です。ただ、その日が来た時は……覚悟していてくださいね、おふたりとも」
結局宣戦布告までされてしまった。
それなら、返事はこれしかない。
「おう、その時は鮫沢博士と一緒にコテンパンにしてやるよ」
「ええ、アノマーノを倒したいならまずは私からよ!」
「ハハハ、ありがとうございます」
その言葉を返す彼の顔は、どうにも勝てる勝負とは思ってはいないようにも見えた。
罪人に成功は許されない。そういう誠実過ぎる考えが心のどこかにあるのだろうか。
……まあいい、俺が鯱三郎と語るべきことはだいたい終わっただろう。
「よし、この話はこれまでにしよう。お互いに言いたいだけ言った!」
だから、ここで話を切り上げてしまえばいい。
「そうですね、私は貴方達の敵にも味方にもなりえる。それだけです」
たまには、暖炉の前で語らうのも悪くない、そう思える夜を過ごせた。
***
***
SIDE:セレデリナ・セレデーナ
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ハンチャンが乱入と裏切りの提案を持ちかけた時、私は彩華と鯱三郎全員まとめて1箇所に集められての会話だった。
きっと、全員に何かの共通点感じたから声をかけてくれたのだろう。
――そうか、共通点か。
「ねぇ、私からも聞きたいことがあるのだけれど」
私にも彩華とは別の見解で気になっていた事がある。
「あなたのその右腕が全身を覆って鉄のシャチになる力って、やっぱり自分はシャチであると念じれる事が条件なの?」
そう、実の所、私のサメに変身する能力と同じ系統な気がしてきた。シャチなのはあくまで義手である右腕だけなのに、それが全身にまで影響を及ぼすとは考えられない。
「もしかして、貴方の単眼なサメになる能力も同じ条件!?」
本人も自分の力をよくわかっていないようだ。
考えられることは、私の能力はサメエナを飲んだことがきっかけで、彼はおそらく右腕を取り換えたから。
であれば、〈指示者〉由来の力を体に取り入れた事がきっかけなのは共通している。
そうなってくると、私はサラムトロスとおじいさんがいた世界の〈中間点〉とも言えるまた別の異能者の1人なのだろうか。
いや、きっとそうだ。
これからの戦いでは、そんな〈中間点〉が敵として脅威となる。間違いない。
「まあ、そういうこともあるわよ。もう何も常識が通用しない戦いの中だもの」
「あれだけの冒険を繰り広げてきた貴方が言うなら、きっとそうなのでしょう」
それにしても果たして私は強くなれるのだろうか。
確かに、極めた魔法とは別に、新たな武術"マーシャル・シャーク"を生み出し、それを極めるための鍛錬を怠らないようにはしている。
だが、実戦となると皆の手を借りなければあの怪獣は倒せなかった上に、鯱三郎との擬似的な戦いでもせいぜい互角な勝負だった。
もっと強くならないと行けない。せめてフレデリカを倒せるまでには……。
「まあいいわ、思い詰めても仕方ない」
「?」
「私も複製したタブレットを貰っているのよ、皆で今回の戦いの資料としておじいさんが自主製作した映画"シャーク・ハザード4〜VSシャークネーター〜"を見ましょう!」
「そういえばお前はそういう奴だったよ!」