第97鮫 シャーク・ヒーリング
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SIDE:"魔王"アノマーノ・マデウス
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流石に皆疲れている。
……無意味な内輪も原因の一つかもしれないが。
なので、精神力はともかく体力は無尽蔵にある余が腕をふるって夕食を作ってやらねばならぬ。
そうを思い、ホテルの厨房に立っている。
食材といってもらしいものはあまり残っておらず、ハンチャンが運搬していたモノとホテルに残っていた保存食しかないのが厄介だ。
カニ缶とカニ味噌。双方食べてみたが、加工には骨が折れるのは間違いない。
ちなみにだが、家庭に普及しておらず軍事用と備蓄用がメインなだけでサラムトロスにも缶詰はある。
特に、調理済みながら魚肉はこれで確保出来るだろう。
「よし、作るのだ!」
しっかりとエプロンも着込み、準備は万全。
といったところで、厨房のドアを叩く音がした。
「入っていいのだ」
誰かは分からないが、とりあえず入れておこう。
「よう、門番やってたボブだ。俺も手伝いに来たぜ」
「実はボクシングだけじゃなく料理も得意でねぇ、どうしても来たかったんだ」
現れたのはスキンヘッドでヒト種のボブと、確か〈螃蟹勇者団〉の魚人種エビ科であるショウコー・エビデンスキーだった。
どういう人選なのか気になる……。
「手伝いはありがたいのだが、何を作る気なのである?」
流石に不安が募る。根本的な部分の確認をしておこう。
「ハンバーガーだぜェ」
「俺は魚介料理をやる」
そういえばパンがいくらか冷凍した状態で保存されてあった。上手く加工すれば、バンズとして利用も可能だろう。
魚は缶詰で充分ある。その事を考えると、彼らの料理は現実的なチョイスだ。
「よし、分かったのだ。それぞれ自分が作りたいものをじゃんじゃん作るが良い。ここに待機している〈螃蟹勇者団〉組織員も含めれば20人前は必要であったからな、助かるのだ」
「おう、魔王様の料理をこの目で見ておきたかったんだ。料理の達人だって聞くからな」
「俺も同様。楽しみだ」
余はハンチャンに押し付けられたカニカマとカニ味噌を上手く加工せねばならぬ。
ただ、探してみると米が見つかった。
何とかなる気がしてきたのだ。
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90分後、それぞれの料理は完成し、食堂の大テーブルに並べられた。
ボブは宣言通りハンバーガー……ではなくサメの形に加工し真っ二つにしたバンズの間に衣と油で揚げた魚肉加工パティによるサメバーガーを。
「おお、またサメバーガーを食えるとはのう」
「なんか作りたくなっちまってな、彩華も嬉しいだろ?」
「材料は違えどボブが作ったハンバーガーだ。美味いのは間違いだろう」
ショウコーは、鯖の塩煮缶詰に奇跡的にあった冷凍保存状態のレタス小松菜水菜等などを絡めて作った鯖サラダを。
「くっ、エビのくせにいいものを作りやがりましたネー……」
「マスターは別に食べなくてもいいのにわざわざ頂いてくれるとはツンデレのようだ」
「うるさいデース!」
そして余は、乾燥海苔に酢飯と、そろうべきものが揃ってしまったのでアレを作った。
そう、軍艦巻きである。
カニ味噌は意外とこれらとの相性がよく、残っていた醤油もあるので寿司として困ることも無い。
カニカマについては、細めに切った海苔で巻き付けてシンプルに寿司として握ってやったぞ。
米の質もこのホテルの仕入先が良かったのかあまり気にならない。
「あるものだけで作った割には中々にいいものを作れたのだ」
「このカニ味噌ってのもなかなかいけるわね、苦味もアクセントになっているわ。流石はアノマーノの料理!」
「ちなみに、カニは身体中に脳味噌があるから全生物で賢いんですヨー」
「嘘はやめるシャチ!」
「でも、異世界に来てカニ味噌軍艦を食えるのは嬉しいオルカ。あえて寿司屋で頼むものではなくとも味は好きオルカよ」
「そういえば東国料理《東の国由来の料理のこと》には縁がないんですけど、お寿司ってこんなに美味しいのですね」
皆団欒とした雰囲気で料理を楽しめてもらった。本当に安心だ。
食事とはただ胃袋を満たすだけでなく、心も満たさねば意味が無い。
かつ、その上で、その全てを成した時、食べた者の心は何よりも元気になるものだ。
なので、今日の夕食は明日の戦いをより良いものにできると確信できる結果になった。
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SIDE:鮫川彩華
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あの後俺たちは、ホテルの個室を部屋割りし、別々の部屋で寝ることになった。
……のだが、鯱崎三兄弟を監視なしに個室で寝かせる訳にもいかず、鯱一郎と鯱二郎は鮫沢博士が、鯱三郎は俺とセレデリナが同室で寝ることで監視という形へ。
というのも、鯱三郎はオルカ・クラブでの戦いにおいても手を貸してくれた程にはどこかまともなやつだ。
なのに、鯱崎兄弟の2人と組んでいるのはどうしても違和感がある。なので、いろいろ聞きたくて同室を願ったというわけだ。
この部屋は光源として暖炉がある、火の弾ける音があれば妙に心も落ち着いて色々話しやすい。
「本当はアノマーノと同室が良かったけど、この機会を逃したくないわ」
「俺も1人でゆっくりしたかったよ」
「いきなり嫌味ですか? 大丈夫ですか貴方達?」
無意識に失礼な態度をとってしまった。
謝っておかねば。
「「ごめんなさい」」
「まあ、監視が必要なのは事実でしょう、あまり気にしなくていいですよ」
しかし、思った以上に誠実な人だ。
そうなると、謎だらけな彼の人となりをより知りたくなってしまう。
故に、こう尋ねた。
「特に何かする気もないなら安心だな。それならどうせ暇になる、聞きたいことがあるんだ」
「なんです?」
「どうしてあの鯱崎兄弟の2人とトリオで活動してるんだ? あんたみたいに誠実な人がシャチという悪の集団の一員であることがいまいちしっくりこないんだよ」
「うん、それは私も気になった」
その疑問を持ちかけられた鯱三郎は、特に表情を変えることなく、笑顔のままこう答えた。
「私、村をひとつ滅ぼしてるんですよ」
……え?
それじゃあ、この人は本当に悪人なのか!?
いや、ちゃんと話を聞くべきだ。どの道共に戦うの決まった人物、しっかり人となりを理解して背中を合わせるに越したことはない。
「それって、どういうこと?」
「ああ、詳しく教えてくれないとこちらとしても納得できねぇよ」
2人で詰め寄り、その答えを求めた。
彼も少しだけ困惑する表情を見せたが、直ぐに深呼吸すると真面目な顔つきになり、詳しく話してくれた。
「時間もあります、私の半生を語りましょうか」
そこから語られる物語は、想像を絶するモノだった。