第96鮫 鮫宿
これにより、鯱一郎が倒れた。
――じゃが、そこから起きる惨状は、とんでもないものであったのじゃ。
「ここで乱入、〈螃蟹勇者団〉デース!」
リングに舞い降りたのは3人の男女(?)。似非外国人フォームのハンチャンに、忍者のレール、西洋甲冑を着込んだタイラーじゃった。
「乱入じゃと!?」
ルール違反どころの問題ではない。彩華とセレデリナがそれぞれの制限時間を使い切ったタイミングじゃ。
この状況では彼らは圧倒的に有利。
卑怯にしたって、これはやりすぎじゃ。
「ごめんおじいさん、これも全部計画のうちなの」
じゃが、それだけではなかった。
セレデリナは突如としてわし接近して腕を掴んできた。
わしのように実戦経験の少ないパワーと技術だけが取り柄の老人は、仲間の悪意など見抜けるはずもなく即座にセレデリナの体術で組み伏せられる。
「ポイズントリガー・"鉄殺し"」
更に、何故か後ろから迫ってきた鯱三郎が、毒々しい拳を振るい組み伏せられておるわしの胴体に正拳突きを放った。
これによりシャークマンサーはデロデロに溶けて破損、わし自身もリタイアの状態じゃ。
「まさかこんな一芝居を打たされるとは、ハンチャンはすげぇよ」
「私としても今マウント合戦をやっている場合はないという所存でしてね。手を組むなら最高効率が1番ですよ」
まるで意味がわからん。ついていけん。
更には、鯱一郎が倒れたことで余っていた鯱二郎もレールの投げるクナイで両腕を破壊されたのちレールの青蟹刀とハンチャンが拳だけをカニ爪に変えた腹パンチでノックアウトした。
「な、なんだアイツらは!?」
「裏切ったぞ!?」
「何が起きてるんだよ!」
彩華とセレデリナ、それに鯱三郎までもがハンチャン側につき、まるで作業のように全てが片付けられると会場は困惑の嵐。
そんな中、ハンチャンはマイクを手に取りこう叫ぶ。
「すいまセーン、実はこの試合、これからこの国を救うための戦いに臨む前にリーダー権を賭けて戦っていたある意味茶番デシテー、しかもまともに指揮できるようには思えない奴らならどっちが勝っても不安でしかナクー、色々裏工作しちゃったという話デース」
……ふざけるんじゃないぞい! わしらは〈百年の指示者〉はマウントを取り合う生き物。だというのに漁夫の利で真のマウントをとって来るじゃと〜〜〜〜!!!????
「なんだよあいつー!」
「許されねぇよ!」
「賭け金はどうなるんだー!」
もはや会場のブーイングは留まることを知らない。
「それについは御安心を。全額色を付けてお返ししマース」
しかし、ハンチャンがその一言を話すと皆一斉に黙り込んだ。チョロすぎんか?
更には、この行動によって全てが締めくくられてしまう。
「代わりに歌いマース、"カニ・サンシャイン"」
歌じゃ。
ハンチャンが体の至る所からスピーカーを展開させると、そのままダンス&ボーカルなライブが始まり、皆大いに盛り上がり始めた。
もはやエンターテインメントを提供する面で鯱崎三兄弟に勝ってしまっている。
後から話を聞いたところ、ハンチャンは試合前に彩華、セレデリナ、鯱三郎を話がわかる人物と信じて協力を願い、結果として1番厄介な鯱一郎を倒した状態で彩華の制限時間を使い切った状況に持ち込んで、あとは裏切って例の通りという形にしてしまったようなのじゃ。
「最初から私に指揮権を譲っておけばこうはならなかったんデース。これだから〈指示者〉同士のマウント癖は困ったものデースネー」
と、ブーメランまみれな指摘をされた時は頭がどうにかなりそうになったが、何とか抑えたぞい。いや、彩華に宥められただけじゃ。
しかし、鯱三郎はシャチとの距離感がなんというか彩華とセレデリナの中間的に見えて、それはそれで不思議な奴じゃのう。
***
ライブが終わると、オルカ・クラブに避難していた者達はその場で待機。
わしらは今日の間は休憩すべきということになり、〈螃蟹勇者団〉が拠点として確保していた無人のホテルへと移動することになった。
なお、移動の最中に100匹程のワニの群れが襲いかかってきたが、余力を残している魔王とハンチャンが問答無用で蹂躙したので問題はなかったぞい。
「魔神覇者槍技・超絶乱舞突!」
高速で駆け回りながらドリルのように回転する突撃槍で全てのワニを抉り、一突き終えたら次の1匹へ移る流れを0.5秒単位で行う魔王。
「サラムトロスのワニ、弱すぎデース!」
10mの駆逐艦カニと呼ばれる蜘蛛のような足を伸ばすタカアシガニに変形すると、体中からミサイルを発射して全てを駆逐していくハンチャン。
その光景は、もはや虐殺にすら見えたのう。
なお、倒した後は人間の姿に戻った者達をハンチャンの部下がそこら中に作ってある簡易的な避難所に誘導し確実に保護していったぞい。
ちなみに、今回は本当に緊急事態のようで〈螃蟹勇者団〉の組織員をこれまでの活動で最も動員しており、数百は仮設避難所から諜報、戦闘とあらゆる面で動いているらしい。
これが最高人数なのかはハンチャンのみが知るそうじゃ。
「ということで、到着しマシター、ここがホテル・ズワイガニデース」
「か、勝手に改名してやがる」
たどり着いたその施設は、看板の後ろに元の看板があったことが分かる雑な改装で、無人になっていたホテルを改造した施設なのだということはひと目でわかる。
わしとして問題がある訳でもないので、ここでしっかり休息をとらせてもらうぞい。
そういう訳で、わしらは中の大広間に集まり、今後の方針を決める会議を行ったのじゃ。
「それでは、明日以降どう立ち回るか皆で今の間に決めてしまいまショー」
「キャビアが待っとるんじゃ、わしは何がなんでも王城へ向かうぞい!」
「まだ言ってるのかよ! つっても、博士が行くならついて行くしかないよな。今晩中にまたペンライトセイバーを治しておいてくれよ」
「それなら、余としてはこの街を探索したい。あくまでヤマに過ぎないのだが、富裕層区に何かある気がしてな」
「そうですネー、私も直々に富裕層区を探索したいのでちょうどいいデース。さっきから一緒に動きやすいのでデーモンキングと組みマース」
「本当はアノマーノと一緒にいたいけど、役割が違うわよね。私はおじいさん達と一緒にガレオス・サメオスの面々として王者に行きたいわ」
「鮫沢が向かうなら、俺達は当然王城シャチ!」
「こんな事件、絶対女王が黒幕に決まっているオルカ!」
「そんな訳なので、王城組はガレオス・サメオス&鯱崎三兄弟ということに決まりました」
なんだかんだ10分ほどあーだこーだ言い合ったものの、最終的にはこのような形で全て纏まったぞい。
キャビアのためにも、わしは歩を止める訳には行かんのじゃわい。