第93鮫 モーシャークコンバット
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SIDE:鮫沢博士
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それから、わしら1時間程歩き、競魔獣場へと辿り着いた。
地下に繋がる広い施設ではあるんじゃが、警備員が2人ほど武器を構えておる。
簡単には入れなさそうじゃ。
「主殿、ご無事で何よりです」
じゃが、わしらには諜報のエキスパートにしてカニンジャ、半獣人種イヌ科のレールがおる。
さして恐れることも無いのじゃわい。
「ここは現在、中の魔獣が全て駆逐され、代わりに人間がデスマッチを繰り広げる施設に変わり果てているようです。基本許可なしには入れない場所ではありますが、既に組織員が何人か入っていますので、その紹介と伝えればすんなり入れるでしょう」
こういうところの小回りが効く組織運営能力に関しては、実際のところカニがどの生物よりも勝っていると負けを認めざるを得ない。(口に出す気は一切ないが)
とはいえ、そのおかげで中に入れるのじゃから、ここはその恩恵をあまんじて受け入れるべきじゃろう。
「余達はレールやタイラーの友人なのだ」
ちなみに、こういう場での交渉役は基本的に魔王であるが、そろそろ変装なしで立ち回るのも厳しいと感じたのか魔神種特有の身長変質能力で背をセレデリナと同じぐらいに伸ばしつつ近くにあった防具屋から拝借した甲冑で全身を覆い隠しておる。わざわざ代金を置いていったのは律儀じゃなぁと思ったぞい。わしはひっそり火事場泥棒をしたというのに。
「わかった、通れ」
なお、あっさりと中に入ることが出来たのじゃが、門番がその直前にこう告げてきた。
「いいか、オルカ・クラブのルールその1、オルカ・クラブについて口にしてはならない」
「そうなのね、わかったわ」
「そして、オルカ・クラブのルールその2」
「まだあんのかよ」
「オルカ・クラブについて口にしてはならない」
「それ鮫沢博士のタブレットに入ってた映画で聞いたことあるフレーズだぞ!?」
彩華がそう困惑はしておったが、郷に入っては郷に従え、守るしかないじゃろう。
おそらくはそのルールがあるからこそ、この施設はある程度避難施設としても運営が成立しているとか、そういうことなのじゃと考えられる。
実際、地下へと降りていく過程で階段や通路に座っている人間をいくらか見たが、住む場所を失った避難民と思わしき者達だとすぐに分かる様相。
問題はこの施設の名前そのもので、"オルカ・クラブ"→オルカ=シャチという暗示が込められている点になるじゃろう。
ハンチャンもこの国に奴らが潜伏している可能性を示唆したから合流できた訳で、この施設のボスが奴らである可能性は十二分に有り得る話じゃ。
「で、ここが会場のようね」
降りた先では、丸く金網に覆われたフィールドの外には観客が張り詰め、中では2人の人間が取っ組みあっている姿があった。
1人は巨人種とも言うべき3m、もう1人は西洋甲冑を身にまとった騎士。
あの騎士は〈螃蟹勇者団〉の組織員のタイラーなようで、蟹騎士の2つ名を持つそうじゃ。
「いけー!」
「やっちまぇー!」
「俺はお前に全財産賭けてんだぞ、負けんなァ!」
「やれーー!」
他にも、妙に治安が悪い観客が気になるが、天井付近に大きい黒板のようなボートが吊るされており、そこに2人の名前と倍率が書いてある。
・ネーブル:1.8
・タイラー:5.2
なるほど、殺伐としている理由は1発でわかるのう。
そもそも、ここは本来魔獣同士を死ぬまで戦わせ、絶滅へと貢献しながら賭け事にして経済を動かす政府主導の賭博場なんじゃが、『オルカ・クラブのルールその5、相手を殺してはならない』とあるように殺さなければ何でもOKな人間同士のデスマッチ会場と化しておる様子。
「うおー決めろー!」
「いけー!」
そして、勝負はもう終わるようじゃ。
タイラーは3mの巨人を足を魔法で産んだ植物のツタで絡ませると、青蟹刀と思わしき剣を両手で握り右腕を一刀両断。
勝負は彼の部位破壊勝ちとなった。
「「「うおおおおおおおお」」」
会場中に飛び散る紙幣は劣悪治安とも言うべき光景。
じゃが、同士に闘争を前提とした娯楽というのは避難民である彼らにとってガス抜き以上の……それこそ外で戦うための心の英気を養う機能すら果たしておるじゃろう。
四肢の欠損程度では魔法で再生してしまうサラムトロスらしいものであるようにも思える。
それに、この光景を目にしたわしもまた、ある種の闘争心に駆られてしまった。
あの場で戦いたい。その感情を誰かに止められたくない。
気が付くと、わしはエントリー広場に自分の名を書いていたのじゃ。
「なんでだよ!」
「わ、わしだって戦いたいんじゃ!」
結局はゴネにゴネて出場が決定しておった。
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それからというもの、あっという間に金網に囲まれたフィールドの上に立ったぞい。
「うおおおおお、かかってくんるじゃ!」
きっと、わしは会場の熱気を前にイカれてしまったのじゃろう。
何故か上半身半裸となり、鍛えた肉体を皆に見せておる始末じゃ。
「なんだあのジジイ、すげぇ筋肉だぞー!」
「「「うおおおおおお!!!!」」」
これでも人一倍鍛えておる。体脂肪率は10%を切っておるアスリート並みの肉体じゃ。
そして、さっき火事場泥棒をして手に入れたセスタスにシャークゲージを込め、即席で造ったサメの口型グローブこと異世界サメ67号"シャーグローブ"を両手にはめ込み、ボクサースタイルで戦場に立つ。
今のわしはサメファイター。負ける気はせん。
「鮫沢博士、あんなに鍛えてたのか!? 映画の俳優が見せるような肉体じゃないか……何で物理的に俺が勝ってるんだ?」
「少なからず罪の意識があって抵抗できないんじゃないの」
「そうだったら逆にビビるのだ」
「同感デース」
後ろでなんとも言えない顔をしながら、ハンチャンに彩華、そしてセレデリナと魔王がわしを見守っておる。
なお、相手は蟹騎士ことタイラーじゃ。
両手に構える青蟹刀は一撃でわしを切り裂きかねん得物であるが、その前にサメらしく食らいついてやればいいだけのこと。
「ファイト開始!」
ゴングは鳴った。
その直後、わしは足を踏み込みタイラーに向かって拳を振るう。
例え甲冑を着込んでいようが、サメの歯を前にすれば一撃で粉砕できる。
そう確信した心のままに動いておったのじゃが……その勝負は本当に一瞬で終わった。
「『我が魔の力よ、敵を絡め取り給え』セカンド・プラントバインド」
微動だにしないかと思えば、それ自体が魔法の詠唱行為。わしの拳は届くどころか両脚と共に地面から生えた植物に絡め取られており、身動きが取れなくなっておった。
「お前が鮫沢か、肉体は立派だが実戦経験はまともにない素人筋なのが見て取れる。では、フェイタリティだ!」
「なんじゃと?」
あとは、青蟹刀を逆Vの字に振ると、それはわしの両腕をあっさりと切断。
出血と痛みに悶えるわしは、すぐ様に失神していた。