第88鮫 希望の鮫〜エスポシャーク〜
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SIDE:鮫沢博士
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ついに、キャビアの日が来た!
わしらガレオス・サメオスはトカゲ王女から頂いた招待状を元に、アミキナ王国へ向う航海をしていた。
「キャビアじゃ!」
「キャビアよ!」
「お前らキャビアキャビアうるせぇよ!」
御馳走される事になっているバタフライフィッシュ……超鮫の卵塩漬けことキャビア。
それを前にしたわしは興奮を隠せておらん。
何せ、キャビアはサメ食品屈指のメジャーさを持ちながら高級食品。
求めに求めた天然サメ食という行為がソレによって行われるのはあまりにも神聖的なのじゃ。
セレデリナにもこの話を延々に言い聞かせることで洗脳も完了しておる。彩華は失敗したがな。
なので、わしらは1秒でも早くアミキナ王国に辿り着きたい。
「こうなるぐらいなら1人で来ればよかったのだ……」
なお、今回は王城への案内役も兼ねて魔王が同行しておる。
というのも、彼女は国連サミットでの会話においてあまり協力的な態度を示さなかったアミキナ王国へ直接出向き、そこで改めて現状の不満点などを確認、並びに解決させたいそうなのじゃ。
じゃが、そんなことはわしとしては知ったことではない話。
「そういえば、アミキナ王国ってどういう国なんだ?」
そして、彩華はわしとセレデリナを無視して魔王にこのような質問をしておった。
「獣人種や蜴人種等の所謂亜人として括られる種族が中心の国であるぞ。人魔統合戦争時に人間サイドだったのもあってか未だに今の平和維持優先な国連の政治思想には否定的な意見を出すことも多いのだ」
「うっへぇ……思いのほか怖いな」
「それと、特にカジノが盛んな国で、運1つで成り上がれるとも言われているのだ。例えば王都は1つの大きな島になっており外周の円形に一般市民区、その内周に富裕層区があって最中央に王城が存在する訳だが、なんならそこにまでカジノ施設がある程である」
そうじゃ、あそこはカジノの国じゃったな。
であれば、キャビアを食した後そこで今後の予算を増やしてみるのも悪くは無いじゃろう。
「それと」
「ん?」
「国旗が聖杯と呼ばれる黄金の杯をモチーフで、家宝として聖杯が玉座に飾られているぐらいにはソレを大事にしている王家であったな」
「へぇ」
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翌日の昼頃、王都の一般市民区の港へと到着した。
文明自体はフレヒカに近いモノで、建物の造りなど似通っているものの……。
パッと街を見渡している限り、なんというか至る所の建物が何週間か手入れされていないようにも見える。
人気がなくて殺風景、それこそ、ポストアポカリプスな世界の初期段階かのような光景じゃ。
「待て、何が起きてるんだこれ」
「これ、アレじゃない? おじいさんが見せてくれたゾンビ映画って奴みたいなのと似た雰囲気よ」
しかも、港には勤務している管理人や警備員、それどころか船乗りなどの姿も見当たらない。
おっと、そういえば以前から説明し忘れていた事じゃが、わしはそもそもシャークインスピレーションを得るために普段から古今東西の映画を見ており、samepadには動画データはサメ映画を除いても340作ほど多彩なジャンルの映画が入っておる。
なので、セレデリナはサメ映画を最高のモノとしつつも、それなりにサメの出ない映画も見ておる訳じゃ。
「既に頭を抱えてしまう事態ではあるが、まずは船から降りるのだ」
そうして、何がともあれ一旦落ち着き、船から街へと出ることにしたぞい。
「細かい事は気にせんでよい、さっさと王城へ向かいキャビアを食さねばならんからのう」
この程度でわしが超鮫への道を諦めると思うたか。
今のわしに後退の2文字はない、進め、進むんじゃ!
「なんか鮫沢博士を見てると変に落ち着いてくるな」
「あー、なんかわかるわ。私もキャビア食べたいし」
「では、早速空を経由して王城へひととっ飛びするのだ」
すると、魔王は魔法を唱え始める。
恐らくは飛行用の魔法じゃろう。距離からしても効率がいい移動手段なのら間違いないのう。
「『我が魔の力よ、己が軍団に翼を授けよ!』サード・スカイ!」
これは、自分だけでなく魔力に対応した人数分に飛行能力を付与できる魔法。魔王ならば3桁人数は余裕らしいが……。
「あれ、何も起きないわね」
「どういうことだ?」
「ノーエフェクトじゃな」
何故か魔法が発動しない。
「お、落ち着くのだ。他の魔法も試してみるぞ。ディメンション・ポケット!」
これは彼女の持つ異次元武器倉庫を召還して様々な便利道具を取り出すための固有魔法。
本来なら目の前に次元の穴が空くんじゃが……。
「な、何も起きないのである」
なんという一大事じゃ。
ただでさえポストアポカリプスな光景を前にしているのにこれではあんまりじゃろう。
しかも、問題はそれだけでなかった。
「ねぇ、なんかこっちに来てるわよ」
それは、街の路地裏から出てきた。
トカゲのように手足が短く這いつくばって歩くような姿勢。
1.5mはあり平均的な人間と大差ないサイズ。
そして何より、真っ直ぐ長く伸びた口。
これは正しく!
「ワニじゃねぇか!」
「ワニじゃー!」
「まーたそっちの世界の生物であるか……」
鱗の形や配列、泥に近い色合いを見ている限りアメリカワニじゃろう。
それが、のっそのっそとこちらへ向かって歩いてきておるのじゃ。
その青緑色の瞳からは、明らかなわしらへの殺意ようなモノを感じとれる。
「殺られる前に殺る! 敵ならまずは攻撃よ! セカンド・アイレイ!」
対して、セレデリナはこの敵を前に建築物への被害が少なくて済む規模の光の線を瞳から放とうとした。
「チッ、やっぱり出ないわね」
だが、どうにも魔法は唱えたところで発動しない。
魔王だけでなく彼女までダメとなると、この王都一帯に魔法の使用を禁ずる結界のようなものが張られていると見て良いじゃろう。
規模から考えるとそこまで勝手のいい対魔法結界のような力はサラムトロスで生きてきた所感で言うと非現実的なのじゃが、今はそうである前提で動くしかないぞい。
「じゃあ、こっちはどうかしら…… |I'm Shark human《私はサメよ》!」
と言っても、セレデリナにはもうひとつの手がある。
それは、単眼鮫魚人へ変身じゃ。
なんとなく、何がしたいのか見えてきたぞい。
「行くのだ、セレデリナ」
「任せなさい、セカンド・アイレイ!」
唱えられたその魔法は、彼女の瞳に魔力が集中することで発動する。
「ギャオオン!」
わしらを捉えたのか、鳴きながら移動速度を早めていくアメリカワニを尻目に、放たれるは光の線。
結果、一瞬にして敵は跡形もなく消滅したのじゃ。
「何となくわかったわ。今この街は〈サラムトロスキャンセラー〉に支配されているのよ。厳密には魔法が使えないんじゃなくて、サラムトロスの魔法の存在を無かったことにされてるってところかしら。でなければサメになったとしてもアイレイを使えなかったはずだわ」
実に厄介な状況じゃ。
せっかくつよーい魔王がおるというのに、まともな戦力にならない可能性が出てきたとはのう。
しかも、相手はサラムトロスに存在しない生物であるワニじゃ。
それ即ち、敵が〈百年の指示者〉であることの証拠と言っても過言ではない。
まさか、キャビアへの道がここまで険しい道のりじゃったとは、予想外にも程があるわい。