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脳内ネット環境

作者: 加倉明波/加倉音乃

トンと机を叩かれ、僕ははっと現実に変える。机上にはスマートフォン、目の前には厳しい顔をしている教授。さっと背中に焦ったような冷たい汗が流れて、僕は目を伏せた。そうしていそいそとスマートフォンをカバンに戻し、取り繕うように板書を写し始める。人体についての話が頭の中を上滑りしていく。教授の話は聞くべきだってことくらい僕も分かっている。それでも、正直言ってさっきちらりと見えた大好きなアイドルの投稿の方が気になって仕方がない。板書よりもSNSに書き込みたくて仕方がない。時計をちらりと見る。あと10分。本日最後の授業が終わるまでどうにか頑張るしかなかった。僕は邪念を振り切るようにとりあえずノートにペンを走らせた。


「また明日。」

サークルに行くらしい友人に別れを告げて16号館の扉を出る。マフラーを忘れた首を寒さが刺し、体がぶるりと震えた。しとしとと氷雨が降り注いでいる。こんな日は早く家に帰って布団の中でゲームをしたくなる。僕はカバンからいそいそと折り畳み傘を取り出し、駅へと足を向けた。カバンの中にちらりと見えたプリント類。思わず白いため息が出る。書かなければならないいくつかのレポートが僕を待っていた。

——とりあえず帰って、あの本と、インターネットとを参考にして…。

普通に調べて考えて書けばよいレポート。どうにもならないものではないことは分かっている。ただ知らない知識を補うために調べて理解してレポートとする作業は、結構骨が折れるのだ。


カンカンカン


踏切が鳴って足を止める。ゆっくりと降りていく遮断機を見ながら、ポケットからスマートフォンを取り出した。憂鬱な気持ちを払うべくSNSを開く。“レポートめっちゃ出てる。辛い。”適当に呟けば同じアイドル仲間の大学生からすかさず“いいね”が来た。なんだか少し慰められた気がしてふっと口角が上がる。ザァッーっと埼京線が目の前を通り過ぎ、遮断機が開いた。僕は先ほどより少し軽い足で踏切に足を踏み入れた。

「やっぱり、授業中とか、どこででも思ったことを呟ければいいのに。」

ぽつりと口から独り言がこぼれる。同時に向かいから歩いてきていたスーツの男とぶつかった。男が何かパンフレットのような物を落とした。

カンカンカン

もう一度踏切が鳴る。パンフレットを拾った僕は男を追いかけようとして、閉まる遮断機を見た。慌てて男と逆方向に踏切を抜けた。手元に残ったパンフレットに目をやる。


『あなたの脳内にネット環境を』


僕は恐る恐るパンフレットを開いた。


「———。」

講義をぼんやりと聞く。相変わらず集中は出来ていない。教授が何かのプリントを配り始めた。僕は小テストがあったとそこで思い出す。頭の中にSNSの画面を思い浮かべ“今日、テストだったわ。やばい。”と呟いた。ピコンと、すかさず“いいね”がついたのが分かった。


×××


踏切でぶつかった男に、踏切で話しかけられたのはあれから数日後のことだった。何だこれと笑い飛ばしたあのパンフレットを持っていた男は僕に名刺を渡した。『生命情報処理研究所 佐藤実』。男はにっこりと笑って言った。

「実は実験に協力してくれる人を探していてね。」

僕は勿論怪しんだ。しかし、男の丁寧ではっきりした物腰と身なりの良さに、とりあえず話だけでもと聞くことにした。なんでも、男は考えただけでインターネット情報にアクセスできるようにする技術の研究をしているらしい。具体的に言うと脳の電気信号が通る神経に小指の先ほどのコンピューターとsimカードのような物を埋め込み、それによって脳内にスマートフォンが存在しているような状態になるものだという。

「動物実験も済み、秘密裏に国の認可も得て、今は最後の試験段階だ。」

男の手元には確かに認可証と、動物実験の結果もある。

「実用化されたらとてつもなく高額になるだろう技術だが、今はデータの収集のためこちらから報酬も払わせてもらおう。」

提示された金額は目玉が飛び出るようなものだった。簡単な手術を受けるだけ。アルバイトもしていない僕は酷く悩んで、結局、協力を決めた。


×××


さて、正直、恐ろしくもあり、疑っていた脳内ネット環境は、蓋を開けてみると快適極まりなかった。授業中も風呂に入っている時も電車の中でも、気になったことはスマートフォンを出すこともなく調べられる。LINEの送受信も脳内で思い浮かべるだけで、ブラウザゲームだってできる。僕は例のごとく開かれているSNSを弄っていた。問題用紙と解答用紙が配られる。真面目に勉強をしていない僕には難しすぎる。何が書いてあるかすら、微妙かもしれない。そこで、僕は気付いた。

——そうだ、全部、検索かければいいんだ。

僕の脳内にスマートフォンが入っていることは他言していない。つまり、カンニングはばれることはない。僕は脳内の検索バーに「ブレンステッド酸」と打ち込んだ。


当然、テストの結果は素晴らしかった。

脳内ネット環境を手に入れてから数日がたった。

「レポートとテストの点で評価して上位10%が『秀』になります。」

教授がそう言った。そこで僕は『秀』の存在を思い出した。僕はお察しの通り集中力もなく頭も悪いので前期の成績は壊滅だった。将来のことを考えれば少しでもよくしておきたいところである。しかし、遊びもしたいし、頑張ることは嫌いだ。僕はついこの間のテストのことを思い出した。

僕はせっかくの技術をどんどん使うことにした。脳内ネット環境はテストだけではなく課題にも有用だったからだ。たかだたA4レポート用紙3枚程度のものでもこれが案外骨が折れるものだ。参考資料となる本を手元において、PCではWordと合わせて複数ウィンドウで参考となるサイトを開けて、たまに少し反則をだが某フリー百科事典を覗いたり、本やサイトの内容を言葉を変えて写したり。

それが僕の頭に埋め込まれた技術を使えば大きく変わる。PCで開くのはWordだけ。あとは脳内で検索をかけながら本を理解して、サイトを見つけ出せばよい。

「終わった!」

今までの3倍ほどの速さでレポートは書き終わる。あとはゲームだの何だの好きな事が出来るのだ。僕は晴れ晴れとした顔で伸びをした。


さらに数日がたった。

僕は毎日のように脳内ネット環境に頼っている。食べたい料理を提供する店だって、路線図だって全て脳内で完結できる。

そうして毎日使えば使うほど検索に慣れて検索の速さも上がっていく。ネットの情報が自分の持つ知識のように使えるようになっていく。


さらに、数週間たった。

僕は脳内でゲームをしながら課題を書くことを覚えた。特に今回の課題は簡単だった。レポート資料として借りてきた本は読めば理解できる内容だったし、必要な知識はある。僕は鼻歌交じりに何を見るわけでもなくレポートを書き上げた。


また、さらに、数日がたった。

配られたテストの内容はさっと目を通せば理解できた。回答もさっと書ける。


「それで、言い訳は何かありますか?」

僕の目の前には学長と二人の教授が立っている。一人の先生の手元には最近書いたレポート三本。一人の先生の手元には最近やったテストの回答。僕は首をかしげる。

「僕が何かしましたか?」

先生方は眉をひそめた。先生が言う。

「あなたのレポート、検索したところ、大部分がコピペでしたよ?」

僕は再び首をかしげる。

——だって、あれは、僕が考えてすべて書いたはずだ。

もう一人の先生も言う。

「あなたの回答も某フリー百科事典の文面そのままでした。」

僕は理解が出来なくなって教授から回答と、教授が掲げて見せたフリー百科事典のページが印刷された紙をひったくった。

『神経伝達物質とは何か書きなさい』

『シナプスで情報伝達を介在する物質である。シナプス前細胞に神経伝達物質の合成系があり、シナプス後細胞に神経伝達物質の受容体がある。神経伝達物質は放出後に不活性化する。』

一言一句、同じ、僕の回答とネットのフリー百科事典。僕は混乱して、頭の中で神経伝達物質とは何か考えようとした。頭に思い浮かぶ。


『神経伝達物質(しんけいでんたつぶっしつ、英: Neurotransmitter)とは、シナプスで情報伝達を介在する物質である。シナプス前細胞に神経伝達物質の合成系があり、シナプス後細胞に神経伝達物質の受容体がある。神経伝達物質は放出後に不活性化する。シナプス後細胞に影響する亜鉛イオンや一酸化窒素は広義の神経伝達物質である。ホルモンも細胞間伝達物質で開口放出し受容体に結合する。神経伝達物質は局所的に作用し、ホルモンは循環器系等を通じ大局的に作用する。アゴニストとアンタゴニストも同様の作用をする。(出典 フリー百科事典W)』


※当作品は身内との合作であり、身内のレポート課題で提出したものとなります。

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