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 テレビ画面の中で女子アナウンサーが天気予報を伝えている。いつもにこにこ微笑みながら雲行きが悪くてもそうでなくても、データに基づいた天気をかまないように伝える。隆二は朝のお天気おねえさんを見て、不思議に思っていた。何で黒いいびつな塊であるカメラのレンズに向かって毎日微笑みを崩さずにとても楽しそうに話せるんだろうと。自分では決してそんなことはできないと隆二は思っている。元々人と話すことがそんなに得意ではなかった。小さい頃から可愛げのない子供だとか、口数がすくなくて暗いなど言われ続けていた。だから今更明るく振るまって人間関係を円滑にしようなどと思ってはいない。小学校から高校まではクラスに親友と呼べる同級生もいなかった。このままではだめだと隆二自身もうすうす思い始めていた。今社会に出ても決して楽しくなんかないだろう。そう思い大学に進学することに決めた。もともと学校の成績は良かった。特に英語が得意だったため、英文科のある地元の大学に進学することに決めた。学校の先生もそれがいいと薦めてくれた。大学にいけばいろんな人に出会えて楽しいと教えてもらった。隆二は人と話すのが苦手なだけで決して嫌いではない。だから社会に出る前に、大学生活のなかで人と話す楽しさを得られればそれだけで十分だと考えていた。

 しかし大学に入ったものの入学式に人のあまりの多さに圧倒された。しかしここで怖気づいてはいけないと思いできるだけにこにこするよう心がけた。しかしそれもすぐにやめてしまった。講義中は話す相手もいないので5月まで一人で一番前の席でもくもくと講義を受けていた。するとある日突然横から話しかけられた。

 「あのー、ノート見せてもらってもいいですか?」

 正直、心臓が飛び出るほど驚いた。まさか人から話しかけられるとは思いもしなかったからだ。隆二はできるだけ動揺しないように普通に返事をしようと表情を和らげた。

 「あ、はい。いいですよ。」

 これが、大学で最初に出来た友人の沙希との出会いだった。彼女はとてもおとなしそうな子だった。髪は明るすぎない栗色で、肌はすきとおるような白さだった。けれど恋をすることはなく、1年たった今でも普通に友達として一緒に講義を受けたりしている。

 そんな大学生活も2年の中盤を迎えたころ、沙希が女友達と男友達を2人紹介してくれた。紹介してもらったこと自体がとてもうれしかった。大学に入って初めて大学生らしいことをしているのではないかと思った。

 そして初めて友達と4人で居酒屋に行った。そこの居酒屋は大学から徒歩3分くらいで、客のほとんどが大学生だった。

 「いやーーまさか沙希の友達が男って聞いた時は驚いたよ。」

 「それどういう意味?」

 隆司の横と前で沙希と沙希の友達の雄一は酒をつまみに話していた。

 「だって沙希って男苦手みたいなところありそうじゃん。」

 沙希は少しむすっとした。

 「まー苦手っていえば苦手だけどー。でも隆司は違うのよ。なんていうか・・・」

 そういって沙希は隆二を見た。

 「え?なに?」

 急に見つめられ視線をそらし、ビールを一口飲む。人の目を見ながら話すことが隆二は苦手だった。

 「なんていうか隆二は男なんだけど、話しやすかったのかな?いや、違うな。うーーん、何かわかんないや。」

 沙希は枝豆を手に取り口に含んだ。雄一も同じように枝豆を食べる。

 「ははは。なんだよそれ。まいっか。でも沙希が男友達を連れてきたことで、えーーっと・・・隆二・・?」

 「うん。」と隆二がうなずく。

 「隆二と俺達も仲良くなれたわけだし。それにあれだ。ほら・・」

 すると沙希の横にいた三波が口を開いた。

 「あんた酔ってんの?。」

 沙希が笑って、隆二も笑った。

 「とにかくあれだ。乾杯しようぜ。」

 うん、と皆がうなずいた。なんていい人達なんだろうと思った。今までにこんな楽しい経験をしたことがなかった隆司には自分の中の一生忘れない日になるだろうと思った。

4人ともグラスを持つのを確認すると、雄一がグラスを上に掲げる。

「これからもよろしくーー。じゃあかんぱーい!」

テーブルの中央で4つのグラスがきれいな音を奏でた。

こんな日に悪いことなんて起こるはずがない。そう思っていた矢先に事件は起きた。隆二は決して酒は強い方ではなかった。しかしあまりにも楽しい時間に我を忘れ酒を飲んでしまった。

 その3日後に自宅のポストに『ガラス代35万円』の請求書が届いていた。


 9時から1限目の講義が始まり、夕方6時に5限目が終了する。隆二は大学で単位を早めにとってゆとりを持とうと1、2年のときに単位を詰め込んだ。そのせいでほぼ毎日1限から5限まで授業がつまっている。隆二は3、4年でバイトの時間をつくってお金を貯めたいと入学前から決めていた。もちろん器物損壊の借金返済のために貯めると決めてたわけではなかったのだが。


 時計の針が夕方の6時を指していた。教壇の上で延々と語っていた60代半ばの教授は、チャイムの音を聞いて、ここまで、と学生に言った。

 教室中が一斉に騒がしくなる。皆それぞれが自然と笑顔になり、帰る準備をしている。

 隆二は一人真剣に、黒板の文字をノートに書き写している。その時隆二の頭上から声がした。

 「君はいつもここに座っているよね。」

 急に声をかけられ隆二は驚いた。顔をあげると、教授が優しいしわくちゃな笑顔でそこにいた。隆二はなんと答えればいいか戸惑った。

 「いや、そんな驚かせるつもりではなかったのだがね。君のその勉強熱心なところが少し気になってね。」

 教授は続けた。

 「私の授業なんて英語の中でもひときわ難しい講義だと私自身も思っている。だから寝ている学生がいても、しゃべっている学生がいても決して気にしていない。それに話がうまいほうでもないとわかっているしね。しかし、いつも最前列で必死になって私の授業を聞いている学生がいるとね、私も驚いてしまってね。つい声をかけたくなってしまったのだよ。」

 教授はなんだか嬉しそうだった。

 「あー、はい。いやー僕は英語が好きなだけです。」

 隆二は自分でも何を言っているのかわからなかったが、教授は何度も頷いた。

 「そうかそうか。私もなんか気合いが入ってくるね。はははは。いやーそうかそうか。」

 一人笑っている教授を横目に隆二は黒板の文字を書き写していた。

 「じゃあ、君も英語頑張ってくれたまえ。」

 そう言い残して教授は笑顔で教室を出て行った。隆二は少しばかり照れていた。あまり人から褒められたことがなかった。だからなんと答えればいいかも少しわからなかった。


 書き終えるとすぐに隆二はバイト先のコンビニに向かった。

 コンビニの駐車場の隅に目をやったが、あの黒猫の姿はなかった。

 いつも通り商品を陳列して、あいさつして、レジを打つ。淡々とした作業なので隆二もここ最近はコンビニのバイトに慣れてきていた。

 「おい。隆二。ちょっと来い。」

 同じバイトの坂本直人が手招きをしている。その人は23歳でフリーターの人だ。髪の毛が金髪で、隆二が少し苦手としている人だ。よく隆二とシフトがかぶっていることもあり、少しはその人の性格を知っている。隆二はいやな予感がした。

 坂本が裏の事務所に入っていったので隆二も店員の子を一人レジに残して事務所に入った。

 「なんでしょうか?」

 坂本はおもむろに机の上のタバコに手を伸ばし、火をつけ口から煙をはきだす。

 「お前な、このコンビニ好きか?なんか不満とかねーの?」

 まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったため隆二は困った。

 「え?いやそんな不満なんて・・・」

 するとすかさず坂本は隆二に言う。

「俺は不満だ。時給は安いし、客はいちいちうぜーし。お前だって少しは思ってんだろ?」

 確かに時給は安いが、そんな不満を持つほどではない。というか隆二は借金返済のために働いているため、ここのコンビニのことなんかきにしていなかった。ただお金がたまればそれでよかった。

 坂本はコンビニ店内を見渡し客がいないことを確認すると隆二に耳をかせと手招きした。

 「金ほしくねーか?」

 「え?」

 坂本が言っていることがいまいち理解できなかった。

 「どういうことでしょうか?」

 坂本はニヤリといやな笑顔を浮かべた。すると何やら事務所の奥に行き、両手に重そうな箱状ものを抱えて戻ってきた。それを机に置き、これわかるか?と聞いてきた。

 隆二は首を横にふった。しかし隆二は本当はわかっていた。それは店長が管理している店のお金が入っている。そのためダイヤル式になっており店長以外は開けられないようになっている。

 坂本はなにやらダイヤルの部分を右に回したり左に回したりしている。隆二は見てはいけないものを見ている気がしてきた。

 店内を見るとバイトの高校生が一人レジに立って雑誌を読んでいる。助けを求めたい気分になってきた。

 すると、ガチャリと音がした。いやな予感は的中したようだ。坂本はゆっくりふたを開けた。案の定そこには1万円札がぎっしり入っていた。

 「どうよ隆二。」

 坂本は隆二の前に一万円札を一枚ちらつかせた。

 「お前言ってたよな。お金が必要だって。」

 「はい。それはそうですけど。でも僕はいいですよ。そ、そんなことしたく・・」

 「なーにつまんねーこと言ってんだよ!ほんとはほしいんだろ?」

 坂本はタバコを灰皿にギュッと押しつぶした。そして隆二の両肩に両手をおいた。

 「なあ、二人でこの金わけねーか?」


 隆二の目の前には借金を一瞬で返せる金と不敵な笑みを浮かべてる男。隆二は体中にいやな汗をかいていた。

 

 

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