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偶然の出会い

 

 凛とした瞳の奥に不思議なオーラが漂っている。人はそいつを猫という。

 いたって普通の大学生で、ただ少し口べただからクールそうに見えて実は情熱的な面がある。周りはそいつを隆二と呼ぶ。そんな2人が、たまたま出会った。まだ春の涼しさが残る夏になる手前の夜に。


                   1

 

太田隆二は退屈な大学の講義が終わり、すぐにコンビニに向かった。隆二はコンビニでバイトをしている。学校から数百メート先にあるコンビニだ。客の大半は隆二と同じ大学に通ってる学生ばかりだ。夕方の5時から夜の10時までコンビニの中にいなければならない。とても苦痛だがお金を稼ぐためにはそのくらい我慢ができた。

 1週間前に隆二は大学の友人と居酒屋で楽しく飲んでいた。飲み会も終わり帰ろうと原付のエンジンをかけたときに、ハンドルを誤った方向でふかし居酒屋の向かいの雀荘に突っ込んでしまった。強化ガラスをいとも簡単に粉砕してしまった隆二には、ガラス代35万円の請求が舞い降りた。夢であってほしいと願ったが、家に帰った時に請求書がポストに入ってるのを見てこれは現実なんだと肩をがっくり落とした。こんなことがあり隆二はのんびりな大学生活から一変して、借金を抱える貧乏大学生へとなってしまった。借金は親からしている。田舎にいる親には電話越しにこっぴどく叱られた。20歳にもなって親にあんなに怒られたのは中学生の時以来かもしれない。

 ほぼ毎日シフトに入っている。コンビニのバイト代なんかたかが知れているのは承知していた。しかし家から近いバイトでないと、隆二自身とてもきつかったのだ。もっと都心の方のバイトならば時給などは100円、いや200円以上違うだろう。しかし遅刻癖のある隆二には家と学校の中間地点のコンビニしか選択肢がなかったのだ。

 ちょうど時計の針が、夜の10時を指す。一気に疲れと眠気が襲ってくる。

ふーー、とため息をつき、隆二はコンビニを後にした。その時ふとコンビニの駐車場の隅に何やら物陰があった。さきほど駐車場を掃除したときにはなかったのだが。

 何だろうと思い、隆二はその物陰の方へ近づいてみる。近づくにつれてその物陰はものではなく生き物だと分かった。

 猫だった。手足の先から尻尾の先まで真っ黒の猫。大きな眼は青くとても澄んでいた。決しておびえているわけではなく、むしろ人間に慣れているような感じがした。

 「猫か。」

 隆司はそのまま体を反転させ帰ろうと足を踏み出そうとしたとき、後ろから声がした。

 『ちっ。こいつ何もくれねーのかよ。』

 隆司はすぐに振り向いたが目の前には先ほどの黒猫しかいなかった。まさかこいつがしゃべったわけじゃないよな。そんなことがあるわけないと隆二は再び後ろを向き歩きはじめる。

 『ほお。俺の声が聞こえるのか。』

 今度は間違いなく聞こえた。確かに隆二の後ろ、いや後ろ斜め下から声がした。隆二は悟った。確かにこの目の前にいる黒猫が声を出した。人間の言葉を喋った。すぐには信じられなかったがすぐに信じることになる。

 黒猫は気だるそうに立ち上がると、隆二の足下まで歩いてきた。

 『お前おれの声が聞こえるんだろう?なあ。』

 やっぱりしゃべってる。口もちゃんと動いている。人間の言葉を猫が話している。隆二信じざるをえなくなった。そのまま隆二は黒猫に返事をした。

 「は、はい。聞こえます。」

 自分が猫に対して普通に話しかけてること自体隆二はすこし笑えた。でも第三者の目から見たら全然笑えないだろう。むしろ変人扱いされる可能性がある。隆二は周りに人がいないのを確認すると黒猫に目線を合わせるようにその場にしゃがんで声を小さくした。

 「あのこれって夢じゃないよね?本当に僕は今・・・・その・・・猫と話してるんだよね?」

 『ああそうだな。というかいちいち見下すような言い方すんじゃねーよ。人間が。』

 どうやら猫と言い直したことで見下されたと思ったのだろうか。気に障ったらしい。隆二は苦笑いしつつ、話を続けた。

 「しかし本当に夢みたいだ。で、その、黒猫くんは・・・」

 『リンだ』

 「あ、そのリンは・・・」

 『呼び捨てとはいい度胸だな。リン様と呼べ。』

 何て生意気な猫なんだと隆二は思ったがここで怒らせたら二度と話せないかもしれないと思い黒猫の言うことに従った。それに生意気なわりには名前がいたってかわいらしかった所にも興味が湧いた。

 「そのリン様は人間の言葉がしゃべれるんですね。」

 「様」をつけろと言われて自然と敬語になってしまっていた。猫に様をつけてさらに敬語を使ったことは一度もなかったので、隆二は何だがおかしな気分になってきた。

 『そんわけないだろ。馬鹿かおまえは。だから最近の人間社会はアホの塊なんだな。猫が人間の言葉をしゃべれるわけないだろ』

 リンという猫はくくくと笑った。

 「だって現に今僕と話してるじゃないですか。」

 『だからそれは俺が人間の言葉をしゃべってるんじゃなくてお前が猫の言葉を理解しちまってるってことだよ』

 すぐに隆二は黒猫が言ったことが理解できなかった。俺が猫の言葉を理解してる?そんなはずはない。20年間生きてきて何度となく猫を見たり触ったりしたことはあるが一度も猫の言葉なんて理解したことも聞いたこともない。せめてニャーとニャーゴくらいだ。

 黒猫は目の前の男のまぬけな顔をみて呆れていた。

 『まあ、そんなことはどうでもいい。とにかくお前何か食べ物くれ』

 「え?あ、はい。じゃあ・・」と隆司は鞄の中からコンビニの廃棄のパンを差し出した。

 『ちっ。パンなんて食べにくいものくれやがって。まあいい。これは遠慮なくいただく。』

 相変わらず生意気だけどなんか憎めない猫だなと隆二は、黒猫が口と手を使って器用に袋を破いているのを見ていた。やはりこういう動きをみると普通の猫である。だがそんな猫の言葉だけ理解できてしまっている。何がなんだがわからなくなってきて隆司は思考を巡らせるのをやめた。ふと周りを見るとコンビニから出てくる客か数人隆二たちの方をみている。

 これ以上話してるのを見られたら、心が鬱になってる学生にしか見えない。

 そう思い隆二は立ち上がった。

 「黒猫くん。僕の名前は太田隆二。ほぼ毎日夕方からこの時間までここのコンビニでバイトしてるから、今度からバイト終わったら声掛けてよ。廃棄でいいなら食べ物あげるからさ。」

 聞いてるのか聞いてないのか、黒猫はむしゃむしゃとパンをかじっている。結局おいしそうに食べてるじゃないか。隆二はこの光景がおかしくて、なんだがかわいらしかった。

 『お前。今俺をみて所詮猫だなって思っただろ。』

 ぎくりとした。なんて勘のするどい猫だ。

 『人間の考えてることなんて体外お見通しなんだよ。まあ今日はパンをくれたことには感謝するよ。明日も持って来いよ。』

 「うん。わかったよ。」

 隆司が小さく頷き、黒猫は再びパンを食べ始めた。


「それじゃ僕はそろそろ行くね。黒猫くんも風邪ひかないように気をつけてね。まだ夜は冷えるだろうから。」

 隆司は黒猫がパンを食べてるのを確認すると、じゃあと手を振りながら歩き出した。

黒猫は隆二の背中にむかって呼び止めようとしたがやめた。再びパンにかじりつく。

 

 人間の食べ物はいつも味気がないぜ。それにしてもあいつは学習能力のないやつだな。俺のことはリン様と呼べと教えただろ。


          (2へ続く)


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