第5話
不満げな顔をして、彼女が少し離れてくれる。
ずっと触れていたかったけど、彼女の胸から手を離した。手には柔らかな感触が残っている。
「……何よ」
「俺は……お前が思っているような男じゃない」
「馬鹿なことを言わないで」
「違う……違うんだ……俺は……!」
言わないといけない。今言わないと、もう二度と俺は言うことができなくなるだろうから。
俺は罪の告白をするように告げる。彼女に、今まで言えなかったことを。
「お前のことを、路地裏に置いていこうとしたことがある……!」
ずっと言えなかった。言う勇気がなかった。彼女に嫌われてしまうのが怖くて。
今までだって、彼女から好意を向けられることはあった。正直、嬉しかったし、俺も彼女のことが好きで、誰よりも大切な存在だった。でも、俺には、彼女を見捨てようとしたことを隠したまま、彼女と特別な関係になることはできなくて、その好意に気づかないふりをして誤魔化してきた。罪悪感で狂ってしまいそうになるから。
「俺は、最低な男だ。お前を捨てて、自分だけ助かろうとした男なんだよ……」
ああ、言ってしまった。でも、いずれ言わないといけなかったことだ。
彼女は怒り狂うだろう。俺を罵倒して、そして二度と俺の前には現れないだろう。
それでいい。俺が彼女の側にいる資格なんてない。彼女に相応しい男は別にいる。王族から求婚だってされているんだ。運命の人を見つけるのは簡単だろう。彼女が幸せになってくれればそれでいい。
そして、彼女がその唇を動かそうとした。おそらく、俺を罵倒するために。
断罪の時が遂に来た。来て欲しくなかったけど、待ち望んでいた。
彼女を直接見ることができなくて、俺は俯く。でも、彼女の言葉は俺の予想を裏切ることになった。
「馬鹿ね、そんなこと知ってるわよ」
「え?」
思わずリーナを見てしまう。
知っていた、だって?
リーナの目は嘘を言っているように見えなかった。
「言ったでしょ、少しの物音でも起きちゃうって。あの時、路地裏で貴方が毛布から出た時に、私は目を覚ましたのよ」
そんな……あの時、リーナは起きていたのか!?
でも、それが本当なら、なんであの時に止めなかった?
なんで今まで俺を責めなかった?
「本当は、貴方が出て行くのを止めたかったけど、あんなに迷惑をかけた私に貴方を止める権利はなかった。ただ寝たふりをすることしかできなかった……」
「リーナ……」
「でも、優しい貴方はどんなことがあっても、最後には、必ず私の所に帰って来てくれた……!」
彼女は声を震わせながら、俺の胸に飛び込んできた。
「あんなに私のことを世話してくれたアレルが最低な男? だったら私はそれ以上に最低な女よ……!」
そんなわけない……
リーナが人形みたいになってしまったのは、リーナが優し過ぎて、皆が死んだことに耐えきれなかったからだ。
俺が彼女の言葉を否定する前に、彼女は弱々しい声で訴えてきた。
「ねぇ、お願い、アレル……もう恋人じゃなくてもいいから、友達でもいい、貴方が望むなら奴隷でもいい、だから、貴方の側にずっと居させて……! 私が安心できる場所は、これまでもこれからもアレルだけなの……」
今にも夜の暗闇に溶けて消えてしまいそうなほど、彼女のことが儚く見えた。
「冗談でも奴隷になるなんて言わないでくれ……そんな関係を、俺は求めない」
「じゃあ、私たちの関係って何……? 貴方の方が上の立場、それとも私の方が上の立場?」
「……対等な関係であって欲しい」
「そう、対等な関係。たとえ、何度も私を見捨てようとしたとしても、どれだけ貴方に迷惑をかけていたとしても……魔王を倒した勇者だったとしても、人知れず平和を守っていたとしても、私たちは対等な関係よ……」
「……!」
「だから、難しいことを考える必要はないの。自分のしたいことをして、して欲しいことを求めればいい……ねぇ、抱きしめて。そうして欲しい……」
リーナが縋るように見てきて。
彼女をぎゅっと抱きしめる。冷えた空気の中、彼女の優しい体温が感じられた。
もし彼女の言うことを信じていいのなら、もし俺が彼女の隣にいていいのなら……
いや、もしもの話なんてしても意味はない。対等な関係、俺も彼女もそれを求めているのだから。
今の俺がしたいこと……
今まで色々なことがあったけど、それら全部を過去のことにして、過去に囚われない未来を歩みたい。
もちろん、彼女と一緒に。対等な関係で。
そのためには、俺は言わないといけない。彼女が待ち望んでいる言葉を。
覚悟を決め、俺は告げる。
「好きだ、リーナ……」
「うん……私も、アレルのことが好き……」
お互いに想いを囁き合って。
そして、どちらからともなく俺たちは唇を重ねた。
夜空をかける流れ星のように、彼女の頬を一筋の涙が伝った。
アレルという青年は、魔王を倒した女勇者と結ばれた。
その後、アレルは、彼女と共に三大遺跡を全て踏破し、生体兵器の破壊に成功する。だが、平和な時代を守るには、それだけでは不十分だった。
やがて、彼は新たな魔王として君臨し、世界と戦うことになる。
しかし、それはまた別の話。




