第4話
家での生活は、彼女を徐々に回復させていった。
一ヶ月もすれば、彼女は故郷に住んでいた頃と変わらないぐらいにまで回復し、積極的に家事をしてくれた。
俺はと言うと、別の遺跡に挑んでいた。
完治の秘宝がある俺には、生活費を稼ぐ最も楽な手段が遺跡の攻略だった。秘宝を新しく見つけることができなかったが、遺物は何個か見つかり、生活費に困ることはなかった。
その遺跡の再奥に辿り着くと、何かを研究していたような部屋で、前と同じように大量のレポートがあった。でも、ひとつだけ前と違ったのは、秘宝を一つ見つけたことだ。
その秘宝は剣の形をしていて、帰り道に魔物と戦った時に試しに使ってみた。俺に咆哮をしてくる魔物に向かって、一振りしただけで、凄まじい威力の光線が放たれ、魔物を跡形もなく消した。詳しく調べると、それだけじゃなかった。この剣の所有者は、どんなことがあっても傷つけられない加護が付与される。
とんでもない最終兵器だ。
こんなものがある遺跡とは何か。俺はそれが気になって、見つけた秘宝は売らずに家に持ち帰った。
俺は古代語の勉強を始めた。見つけたレポートにその答えが書いてあると思ったからだ。
古代語の勉強をしつつ、新しい遺跡に潜った。
その時は思った以上に地上に戻るのに時間がかかってしまった。遺跡の罠に引っかかって、下の階層まで落とされてしまったからだ。
遺跡にいたのは三日間ぐらいだろう。
家に帰れば、リーナが急いで駆け寄ってきてくれた。と思ったら、いきなりビンタされた。
「この馬鹿っ! 死んだと思ったじゃないっ!」
「心配してくれたのか?」
「心配したに決まっているでしょう!!」
彼女は泣いていた。
本気で心配してくれていたのだろう。嬉しいと同時に、悪いことをしてしまったという気持ちになった。
涙を流す彼女が俺に体を預けてきた。彼女の身体は震えていて、少しでも安心して欲しくて、しばらく頭を撫で続けた。
「ねぇ、遺跡にはもう行かないで……」
「そんなわけにはいかないって。生活費を稼がないと。今は戦争中だから、どの職業も人を雇う余裕なんて無いし」
「平和な時代になれば、貴方は冒険家をやめるの?」
「誰もが職を選ぶ自由を持てば、俺も冒険家なんてやめて別の職で働くさ」
魔王がいる限り、平和な時代なんて来るはずがない。
そう思っていたが、俺が甘かった。
彼女は俺とは違う考え方だったのだ。
それは、俺がまた三日間ほど遺跡に篭ってから帰ってきた時のこと。
「リーナ?」
家の中で彼女の名を呼ぶが、返事はなかった。
代わりに、テーブルに書き置きがあった。
『平和な時代にするために、魔王を倒してきます』
「……は?」
彼女は、平和な時代が来るのを待つのではなく、自分が平和な時代にするという考え方だったのだ。
家から秘宝の剣が無くなっていた。その剣の力を彼女に話したことがある。魔王を倒せると思って、彼女が持って行ったのだろう。
彼女を追いかけようと思った。でも、その時、ちょうどレポートの解読が終わったところだった。
レポートの内容は俺に衝撃を与えた。
簡潔に説明すると、遺跡は強力な兵器を開発するための研究所であり、秘宝や魔物はその研究の成果だった。そして、研究所は最終的に、強力な生体兵器を作り出す研究を始めた。生体兵器を作り出すことに成功はしたが、生体兵器は自我を持ち、暴走。研究所は破壊され、転移装置で、暴走した生体兵器を無理やり遠くの地へと転移させた。その暴走した生体兵器こそ、魔王と呼ばれるものだった。
魔王は何処からともなく現れたという噂を聞いたことがあるが、その謎が解明された。
そして、最大の問題は、三大遺跡の再奥には、魔王と同じシリーズの生体兵器が冷凍保存されているという記述だった。これが本当なら、誰かが間違って起動でもしたら、新たな魔王が生まれてしまう可能性がある。もし暴走しなくても、その生体兵器を利用して、世界征服をすることを考える人間だっているだろう。
どんなことがあっても、それは阻止しないといけない。俺が誰よりも先に三大遺跡の再奥にたどり着いて、生体兵器を壊さなければ。
ギルドにはこれを報告できない。誰が邪な考えを持つか分からないから。
リーナを追いたかったが、俺は自分がすべきことを見つけてしまった。彼女ならきっと大丈夫。あの剣を持っていれば、魔王軍など簡単に蹴散らすだろう。
俺はそれから五年間、ずっと三大遺跡に挑んできた。
「……」
昔のことを夢見て、思わず起きてしまった。
まだ夜中だ。隣を見れば、リーナがすやすやと寝ていた。
こいつがここにいるのはおかしい。俺は一人で寝たはずなのに。
俺が寝ている時に侵入してきたのか。
「まったく……」
よだれを垂らす彼女に毛布をかけ直す。気分転換に夜空を見たかったから、俺は部屋を出た。
外に出れば、空気がひんやりとしており、吐いた息が少し白かった。ちょっとした丘まで歩き、夜空を見る。数多の星が自己主張をしている風景は綺麗だった。
「ごめん、起こしたか」
俺は、毛布を被って音を立てないように背後から近づいてきていたリーナに話しかけた。どうせ俺をビックリさせようとしていたのだろう。
「バレちゃったか」
「ああ。家から出る音で気づいた。悪いな、寝ていたのに」
「いいのよ、子供の時に何度も魔王軍の夜襲を受けて、ちょっとの物音でも起きるようになっちゃったから」
「そっか、俺と同じだな」
故郷から逃げた時に、何度も魔王軍が夜に襲ってきた。あんな経験をすれば、そんな体質になってしまうのも無理はなかった。
彼女は俺の隣に座って、毛布を共有してくれた。
彼女の体温が冷えた俺の体を温めてくれる。
「綺麗な夜空ね」
「ああ」
「そこは君の方が綺麗だって言うべきじゃない?」
「なんだ、言って欲しかったのか」
「まさか。それを言うぐらいなら、キスして欲しいわ。デコピンじゃなくてね」
まだ根に持っているらしい。
謝罪の代わりに、俺は毛布の中で彼女を抱き寄せた。彼女も体重を俺に預けてくる。
しばらく夜空を眺めて、彼女がポツリと呟いた。
「……ほんと平和ね」
「ああ、お前が魔王を倒してくれたおかげだ。よく頑張ったな」
「ねぇ、村の皆のことを覚えている? 私ね、実はーー」
「知ってる。村の皆と戦ったんだろ?」
「なんだ、知ってたんだ……皆、洗脳されてた」
「辛かったんだな」
「うん」
今にも泣きそうな彼女の頭を撫でる。
女勇者が洗脳された同郷の者たちを泣きながら倒したというのは、有名な話だ。その話を初めて聞いた時、俺も胸が苦しくなった。でも、それ以上に彼女は辛かっただろう。
「あとね……魔王はこの村の遺跡のことを知ってた」
彼女は俺が気になっていたことを教えてくれた。
やっぱり、遺跡のレポートに書いてあったことは正しかったか。
「私の剣を見て、どこで手に入れたのかしつこく聞いてきた。この村のことを言ったら、村がどこにあるかまで聞いてきたわ」
「その話し合いの最中に、お前は剣の光線をぶっ放したらしいな」
「だって面倒だったから。というか、さんざん皆を殺しておきながら、なんで話を聞かなくちゃいけないのよ」
「気持ちはわかるけど、そのせいで王族たちに、不意打ちの勇者って呼ばれているらしいじゃないか」
「なんでそんなことまで知っているのよ……」
「知り合いに噂好きの奴がいるんだよ」
「まさか、そいつは女じゃないでしょうね?」
「昼間から酒飲んでいる野郎だよ」
「なら良し」
俺の答えに満足したのか、彼女は抱きついてきた。
本当に女性らしく成長したと思う。五年前に比べると色々な所が大きくなって。
「ねぇ、アレル」
「なんだ?」
「平和な時代にしたよ? もう冒険家はやめるよね?」
「……」
不安げな表情で、彼女は俺を見てきた。
俺だって好きで遺跡に潜っているわけじゃない。でも、生体兵器を壊さないといけない。
それに、秘宝だって、邪な考えを持った人間が手に入れたら危険な代物ばかりだ。遺跡で手に入れた秘宝は全て売らずに保管している。今日、家に帰って来た時に放り投げた物だって、売れなかった遺物ではなく売らなかった秘宝だ。
だから、俺は冒険家をやめるわけにはいかない。たとえ平和な時代になったとしても、それがすぐに終わらないようにするには、遺跡に潜る必要がある。
「冒険家はやめることができない」
「どうして?」
「……」
「お願い、話して。何か理由があるんでしょ。あなたが何か抱えていることぐらい、私はお見通しなんだから」
できれば話したくなかった。魔王を倒したばかりの彼女に、これ以上重荷を背負わせたくなかった。
でも、彼女の綺麗な瞳には、強い意志が込められて。
話さない限り、彼女は諦めずに聞いてくるだろう。
俺はその瞳に屈するように遺跡の秘密を話してしまった。
彼女は何も言わずに俺の話を聞いていた。そして、俺が全部話し終わった後に、その口を開いた。
「そう……あなたも平和のために戦っていたのね。でも、私と違って、誰かから賞賛を受けるわけじゃない。誰も貴方の努力を知らずに平和な時代を生きていく……」
「別に俺は褒美が欲しくてやってるわけじゃーー」
「だけど、私は知ってる。だから……」
俺の言葉を遮るように彼女は囁いて、俺の右手を優しく握ってきた。
そして、そのまま俺の右手に自らの胸を押し当てて来た。
「な、何してっ!?」
「だから、アレルに私をあげる。平和を守ってくる報酬にしては不十分かもしれないけど」
元々近かった彼女の顔がさらに近づいてくる。
「今度は、デコピンしちゃ嫌よ?」
くすりと笑った彼女の唇。
その唇と触れそうになる直前で、俺はーー
「……待ってくれ、リーナ」
彼女を止めた。




