あの日の再現と夢現の少女
それから数日、ほとんど毎日夜も遅い時間にひっそりと家を出てあちらこちらをうろついていたが、一向にゆぅに関しての情報を集めることが出来ないでいた。それどころか、あれから私自身記憶を思い出せずにいる。その為に最近は日中学校で頭が痛くなる程度には無理矢理記憶を掘り返し、夜は夜で情報収集の為に外をうろついていたせいで睡眠時間が極端に減った。
そんな生活を暫く送っていた所為で、私は完全に体調を崩してしまったのだ。そうは言ってもそこまで酷い訳では無いから、無理しない程度に調整しつつ毎日懲りずに外を駆けずり回っているのだけれど。
学校では、この前から、ハルや一夜くん達とはあまり話していない。ふうちゃんには心配されたけれど、なんとなく誤魔化してしまった。何よりも、ふうちゃんに本当の事など絶対に言えないのだ、そう思うと有耶無耶にしてしまった方が良いのかなとも思う。
「………深くは聞かないけど、早くあの二人と仲直りするのよ⁇それにきぃったら最近ずっと顔色が良くないし、無理せずにしっかり休みなさい!」
特に何も言わずに察してくれて、私の心配までしてくれたふうちゃんに感謝を伝えながら、内心申し訳なくなる。仲直りも、休む事も出来そうにない。
特に最近は鬼に取り憑かれかけた人たちが夜になるとあちこちに現れるのだ。
何でこんなにも突然そんな人達が現れたのかは分からないけれど、最近ずっと嫌な予感がしている。まるで、私に警告を発しているかのように絶え間なくずっと感じる嫌な予感が酷く胸を騒がせる。
そんな予感に一人、勝手に焦り、自分の体調なんて二の次にして行動を取った所為か、ついに完全に私の体力は底を尽きたようで。朝目が覚めた瞬間からとてつもない悪寒が襲い掛かってくる。熱はあるだろうけれど、それだけで、至って元気だから大丈夫だろうと学校に行く支度をして、家を出る。
しかしながら、そんな私の予想は外れたようで、学校に着いて、午前中の授業を受け終えた時点で体調は回復するどころか、悪化の一途を辿っていた。お昼になるが、全く食欲は湧かないし、寧ろ座っている事すら辛くなってきた。
「ちょっと、きぃ。大丈夫⁉︎もう、なんでそんなになるまで我慢してたのよ、ほら、保健室行くわよ!」
「…………うん、ふうちゃん。………ごめんね」
「謝るくらいなら、無理しないで。」
軽く怒られながら、ふうちゃんに保険室まで連れて行ってもらい。
「午後の授業は先生に言っておくから、しっかり休みなさい。授業終わったら迎えに来るから」
「そうね、室町さん、見るからに寝不足もあるみたいだし。綾野さんの言う通り、午後の授業は出ないで寝てなさい」
ふうちゃんと保健の先生の二人に揃って言われてしまい、ベッドに横になる。ふうちゃんは私がベッドにしっかりと横になったことを確認すると、教室に戻って行ってしまった。
「さて、仕切りのカーテンは全部閉めておくから、ゆっくり休んでね。私は向こうに居るし、何かあったら遠慮なく声掛けてくれていいから」
私がコクリと頷くのを確認して、先生は静かにカーテンを閉めてくれた。それから気配が遠ざかって行ったところを見ると、隣の別室に居るのだろう。
横になって初めて判ったけれど、私はかなり無理をしていたらしい。今はもう起き上がる事さえしんどくて、身体が鉛のように重い。身体が異様に欲している休息と体調を少しでも元に戻すため、襲い来る睡魔に身を委ね、目を閉じた。
ふと目を覚ますと、見た事のない天井が目に入る。身体は異様に重いし、熱いし、何が起こっているのか分からなくて慌てるが、ゆっくりと意識を手放す前の事を思い出して、此処が保健室であることを認識する。あれからどれくらいの時間が経ったのか分からないが大分寝ていた気がする。身体はふらつくが負担を掛けないようにゆっくり起き上がると、仕切りのカーテンが静かに開けられた。
「あ、良かった。目が覚めたのね。流石に一般の生徒の下校時刻だから、起こそうと思ったの。………うん、
まだかなり熱はあるみたいだし、今日は家でゆっくり休みなさい。」
「…………はい。あ、ふうちゃん、えっと………綾野さんは………」
「綾野さん⁇彼女なら、HR終わった後すぐに室町さんの荷物持って来てくれたのよ。でも、ぐっすり寝てるのを見たら、荷物置いて、『ぎりぎりまで寝かせてあげてください』って言って帰って行ったわよ」
「そうだったんですね。先生、ありがとう、ございました」
ベッドから出てふうちゃんが持って来てくれた鞄を持って保健室を後にする。下駄箱で上履きから履き替えて。昇降口を出ると、直ぐ近くから、知っている人たちの声が聞こえてくる。動きが一瞬止まるが、今更気にしてもどうにもならないので、普通に歩きだす。何方かというと彼らよりも自分の体調の方が大変なので、気に留めてられないという方が正しいが。
少し遠回りになるが、壁やガードレールがあり、何かに掴まれる道で帰ろうと校門から出て、いつもとは逆にゆっくり歩きだす。しかし、私はこの選択を後悔することになる。
家まであと少しというところで体が限界に来てしまい、動けなくなってしまったのである。立っていることも出来ないで座り込んで、頭は熱のせいでボーっとしてうまく働かない。身体は重力に逆らえないで重くて、座っているのもやっとな自分の状況を何処か他人事のように冷静に分析しつつ、いつも通りに帰ればよかったと思いながら、意識を手放した。その直前に見えたのは、楓と椿の焦った表情でそれを最後に完全に私の視界は暗転した。
次に気が付くと、またもや、見慣れない天井。横に視線を向けると此処が畳の和室であるのが分かった。ふと部屋の外に目を向けると綺麗な日本庭園に夕日が差し込んでいて、幻想的な光景が目に入った。
「………そういえば、私。家に帰ろうとして、途中で、倒れたんだっけ………」
そこで自分がどうなったのかを理解した私は、此処が誰の家なのか何となく見当がついてしまった。きっと私が意識を失って倒れる直前に見えた気がした椿と楓は本人達だったのだろう。あの二人に思いっきり心配をかけてしまった事と、そのまま連れてこられたのが煌哦にいの家ということに、これからどうするかと思案する。
さらりと風に自分の髪が揺られる様子を何とはなしに眺めていて、気が付く。
――――――今の自分の髪が黒では無いことを。
慌てて鏡で自分の瞳の色も確認すると、元の色に戻ってしまっていた。今日はいつもに増して体調が悪かったから、術を髪と瞳に掛けていたけれど、まさか術を維持できなくなる程だとは思わなかった。
しかしながら、いったいいつから解けていたのだろうか。保健室で目覚めて、先生と別れて学校を出るまでは確かに私の髪は黒かったのは確かなことだけれど。正直そこからの記憶は曖昧で自分の髪の色どころか、どうやって歩いていたかすら思い出すことが出来ない。
少なく考えても、あの場所で意識を失って、術が切れたと考えると、椿と楓には私の本当の髪色を知られてしまったはず。二人には、近い内に本当の事を話さなければとは思っていたし、おじいさまにも話すように言われていたから、いいタイミングだと思えばまだ良いとして。
問題はこの家に住んでいる煌哦にい達である。彼等には、あんなことを言ってしまった手前、まだ私の事を知られる訳にはいかない。
どうする、どうしたらいい、なんて自問自答していても、答えが出てくる訳ではない。まず、本当にこの状態の私を見られているのかが分からないところが問題である。見られていないのに誤魔化そうとしても、それがかえって気づかれることに繋がりかねないのが厄介だ。焦ってぐるぐると答えなんて出ないそれについてひたすら考えていれば、突然強い眩暈に襲われて、またすぐに視界が暗転した。
…………今日は倒れすぎなんじゃなかろうか。
切実にそう思いながら、周りを見ると、あの時と同じ、真っ白な空間。ただ前回と違うのは、そこに湊君が居ない事、そして、私にそっくりな女の子が私を見つめていることである。
「いらっしゃい、〈私〉。アタシの事はもう、なんとなく分かってるんでしょう⁇」
「………うん。貴女は、私の中に居る鬼化した……〈アタシ〉なのでしょう⁇」
何処か挑戦的に笑みを浮かべている、別人のような彼女にそう答えれば、ご名答とばかりにその浮かべる笑みを深くして、話始める。
「そう、アタシは、〈私〉が鬼のチカラを完全に支配下に置いた姿。………いい、〈私〉、あの時、八年前にしたのは、〈私〉が鬼のチカラを中途半端に解放させたから。これがどういうことなのか、分かる⁇」
「ええ、今の私は、この前湊君が言っていたように鬼のチカラが完全に目醒め始めてる。だから、ちゃんと解放させないと、あの「朱月」の二の舞になるのでしょう。………ねえ、〈アタシ〉。そうならない為にはどうしたらいいの」
私とは真逆の雰囲気で、金髪の髪を靡かせ、深紅の瞳を煌めかせてクスリと笑う〈アタシ〉。
「アタシが言う事じゃ無いけど、あの時は中途半端だったから、暴走したのよ。今なら、平気なはずよ。………それに、もう時間が無いわ、落ち着いて聞きなさい、〈私〉。楓や椿達、彼奴らが全員危ないの。このままだと、それこそ「朱月」の二の舞よ。だから、行って」
そう〈アタシ〉が言った途端、どんどんと意識が上に引っ張られていく感覚に陥る。
「アタシは〈私〉よ。湊を受け入れれば、それが支配下に置くことに繋がるの。今の〈私〉なら出来るわ。だから、……また後で、逢いましょう」
その言葉を最後に私は完全に現実へと戻ってきた。私は上手く布団へと倒れたらしい。起き上がって障子の外を見ると、夕焼けが僅かに残るくらいで、完全に陽が落ちていた。それだけの時間が経ってしまったという事と、最後に言われた言葉に、一気に冷水を掛けられたように頭が冷えていく。そして、追い打ちを掛ける様に酷い胸騒ぎと、此処連日感じていた嫌な予感に焦燥が募る。傍にあった自分の鞄から、予備で持っていたウィッグを素早く着け、瞳には術を掛けて、部屋から飛び出す。
幸か不幸か、部屋を飛び出して、家から抜け出すのに、誰にも会わず、誰の目にも止まらずに抜け出すことが出来た。しかし、体調が最悪なのは変わってない上に、何処に椿やハル達が居るのか知らない。だけど、止まる事なんて出来なくて、酷くなっていく自分の焦燥と胸騒ぎに急かされるように当てもなく走り出す。
途中でなんど咳き込んで、ふらつこうとも、足は絶対に止めずに歩き、走った私は気が付けば、あの廃工場に向かっていて。そして、私の目に飛び込んできたのは、信じがたい状況だった。
その人数はざっと二、三十人。それだけの人が、全員「鬼」に取り憑かれていて。あろうことか、椿やハル達、先輩たちまで八人を取り囲んでいたのである。
どういう状況なのか、いったい何でこんなことになっているのか分からないことだらけで。でも、私はとっさに物陰に隠れて上がっている息を整えつつ、様子を窺う。持って来ていたカバンの中に入れてあるものと周りの様子を確認しつつ、自分の体調を考慮に入れて動き出す。
近くにある小石を見張りっぽい人たちに向かって投げ、無造作に転がっているパイプをひっつかんで手刀を入れる様に叩き込む。これを数回繰り返して、見張りの人たちをどうにか倒す。熱はあるけれど、アドレナリンが出でいるようで、身体が軽く感じる。アドレナリンが出ている間に行けるとこまでやるしかない。どうにか、彼らを取り囲んでいる人たちの意識をこっちに向けて、私に引き寄せられれば、きっと彼らは逃げられる。
「………ああ⁇なんだ、オネーサン、こんなとこに何の用~⁇」
「………何の用、か。しいて、言うなら『鬼さん此方、手のなる方へ』⁇」
私に気付いた出入り口付近にいる彼らにゆっくりと向かいながら、倒した仲間であろう一人を彼らに向かって放り投げてみる。
すると、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていた彼らの顔つきが一気に険しくなったことを確認して、私はひそかに震える身体を叱咤する。
私は、ハル達八人が逃げられるだけの時間を稼ぎ、取り囲む人数を減らすために彼らの気を引いてみせる。しっかり息を吸うと私はパイプを握り直して不良達へを突っ込んでいった。
―――――姫咲が入り口付近で戦闘を始めたその同時刻。
取り囲まれていた悠夜達八人は、内心焦りつつも平静を装っていた。普段ならば、二人ずつで行動し、それぞれお互いの持つ能力で鬼に取り憑かれた奴らを叩き潰してきた。
しかし、今回はどういう訳か、いつものように別れていた筈の自分たちはこの廃工場に全員誘き出されてしまった事によって、自分たちの能力が使えないことに不安が募る。
「………ハア、こんな様子を姫様に見つかれば、呆れられてしまうわね。ねえそうでしょう⁇楓」
「………確かに、こんなの見つかったらヒメに幻滅されちゃう。何より、何の為にこの数年間修行してきたのか。やっと、ヒメを見つけたんだ。お姉、覚悟は良い⁇」
「ふふ、誰に聞いてるの楓。あの時からとっくに覚悟はしてるわ。それより、覚悟が出来てない煌哦や悠夜達は下がってなさいな」
「………ちょっと、椿たちに覚悟できてて、俺たちにできてない訳ないだろう⁇それに、あの子を見つけたって、どういうことだい⁇」
「そのままの意味よ、雪斗」
「………その話は後にしろ。今は、目の前の奴らだろーが。どういう訳か、『此処』に集められてんだ、それも『今日』。因縁を断つには丁度良いだろ」
「……まあ、煌哦の言う通りだな。彼奴が此処に居たらまた心配掛けちまうもんな⁇なあ、蘭翔」
「うるせーな。そんなこと言われなくても分かってるつーの。第一、彼奴に守られたってことが俺は嫌なんだよ。………だから、死に物狂いで剣道を身につけんだ」
「……なあ、誰のこと言ってんのか俺らにも教えてくれてない⁇まあ、話の内容からして『朱月事件』で居なくなっちゃった女の子の事なんだろーけどさ。これ終わったら、詳しく教えてよねーセンパイ⁇」
「悠夜の言う通り、コッチも聞きたいことはいっぱいあるんで、教えてくださいね⁇特に、〈女の子〉のこと。もしかしたら、もしかする可能性があるんで」
それぞれの想いが入り乱れつつも、いつも通りに会話する彼ら。そんな様子に痺れを切らせたのは取り囲んでいた方であった。奴等が動き出すのを皮切りに彼等も動き出したのであった。
しかし、先に決着が付いたのは、悠夜達の方であった。いくら、入り口付近の過半数以上を姫咲が引きつけていたとしても、それでもかなりの人数に囲まれていた彼等には一人当たりで倒さなければならない人数が多かった。何よりも、相手は鬼に取り憑かれている不良共である。倒しても、根本を断たなければ意味がない。
「………これで終わりか⁇流石に、この人数を相手するのはお前等でもキツかったみてえだな。まあでも、これじゃあ、あの姉ちゃんの頑張りも無駄だなぁ。」
地に倒れ、這いつくばる悠夜や煌哦達を嘲笑いながら、不良達のリーダー格であろう男が話す。
「………ッ今、何って、言った⁇」
「ああ⁇ッハ、知らなかったのか⁇テメエらよりも大人数をたった一人で相手してる奴が居んだよ、今。お前等が逃げれる様にってな、まあそれも終わったみたいだ」
蘭翔が言い返すと、ニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべながら、リーダー格の男は目線を送る。それに後ろに居た下っ端が一人頷き、走って何処からか、何かを引きずってくる。そして、それを途中で受け取った男は、椿たちの前に放り投げる。
「……ッぐ、ッゴホ、ッゴホ………」
放り投げられたのは、満身創痍でボロボロな姫咲であった。
「………ッ何で、姫咲が」
「何でって、そんなのコイツ本人に聞いてみろよ、最も、答えられる状態じゃねえけどなッ」
乱暴に髪を掴まれ引き上げられる姫咲は意識が朦朧としているようで、反応が鈍い。それどころか、呼吸は苦しそうでとても荒い息を吐いている。
「ああ、熱もあるようなのに、健気だよなあ。それもこれも、お前等が俺らの思惑通りにこの廃工場で罠に引っかかってくれたお陰だぜ⁇これで、八年前のようになるな」
「………八年前って、……お前、まさか」
「アハハハ、何だ揃いも揃って知らなかったのかぁ⁇この健気なオヒメサマは、八年前のお前らの傷口であるあの事件で行方をくらませた少女、その人だぜェ⁇」
「………ぅ、ッゴホ、ゴホッ、……ッ、なんで、⁇」
「気が付いたか、囚われのオヒメサマ⁇いや、八年前の犯人である、血濡れの赤鬼サン、といった方が良いか⁇」
なんで、それを、こいつは知っているの⁇
それよりもなんで、ハル達は逃げることができていないの、やっぱり、あれくらいじゃ時間が足りなかったというの⁇……………ああ、頭が割れるように痛い。
「………ッ何で、それを………ッ」
まさか。コイツ、あの時私が倒した不良達に取り憑いていた鬼たちの中の一匹⁇………なんてことだ。しかしそれ以上に、せっかく隠していたのに、こんなとこで、こいつにバラされてしまった事に心が痛い。熱もさっきより格段に上がってきているようで、視界が霞む。
「なあ、また、あの時みたいに暴れろよ。あの状態のお前を魅せろよ、なあッ」
「ッゥ……い、イヤよ。もう、絶対、ああは、ならない」
だって、さっきそうならないって、〈アタシ〉に私は言われた。何より、鬼化する力自体、もう私には欠片も残ってない。
「チッ!なれって、言ってんだろうが!」
私の返答が気に入らないからって、殴る、蹴る、の繰り返し。こんなので屈する訳ないでしょう。そう思うと、なんだか笑えてきた。
「………ッふ、ふふ、アハハハ!」
「き、姫咲………⁇」
「………気に入らないなら、幾らでも、蹴れば、殴れば良い。でも、絶対、私は、あの時のようには、ならない」
熱は上がってきているし、蹴られて、殴られて、頭も身体も痛いし、涙は止まらないけれど、男に取り憑く鬼に向かってしっかりと宣言すると、彼は突然動きを止めた。かと思うと私の事を掴んでいたウィッグごと柱に叩き付けようとしているらしい。
ウィッグに引きずられるように持ち上げられて動く自分の身体を他人事のように感じる。……このまま叩き付けられるのか、私は。確実に意識が飛ぶだろうなぁ。なんてかなり上がってきているらしい熱と今までの暴行の痛みでままならない思考の中でぼんやりと考える。しかし、ウィッグが上手い事途中でとれて私は地面に投げ出されるだけで済んだ。
「ッ、何だ、テメエ、カツラ……ってフハハハ、やっぱり化物じゃねえか、その髪色、それだけじゃねえ、その目の色といい、人間じゃねえな」
「………ッ、」
ああ、瞳に掛けていた術まで取れちゃったみたい。それに、そんなの言われなくても分かっている、こんな髪の色なんて、瞳の色なんて、人として可笑しいことくらい。
「なら、人間じゃねえもんな、八年前のようにまた、こいつらボコボコにしても、ああならねえんだろ!?」
まるでスローモーションのように動きが見える。時間が、すべてゆっくりと動いているようだった。その中ではっきりと聞こえる男の声、言葉。
今、コイツは何て言った⁇また、八年前のようにするって、言った⁇何を、みんなを、ボコボコに、するって、また、私、以外の、皆が、ボロボロに、あんな風に、なってしまうの?
―――――嫌よ、嫌よ、嫌よ、嫌よ、嫌、嫌嫌嫌嫌嫌、イヤ!
血が、騒めく。ドクドクと、逆流していくように血が、滾る。このまま、身を任せてしまえば、この衝動のままに動いてしまえば――――………。
『アタシが言う事じゃ無いけど、あの時は中途半端だったから、暴走したのよ。今なら、平気なはずよ。アタシは〈私〉よ。湊を受け入れれば、それが支配下に置くことに繋がるの。今の〈私〉なら出来るわ。』
さっきの、あの空間での〈アタシ〉との会話が不意に蘇る。そして、湊君の言葉を思い出した。
[目覚めの刻はもうすぐだ、それまで少しの間のお別れだな、オヒメサマ。俺は何時でもお前の味方で見守ってるぜ]
(ねえ、湊君、ううん、湊。私、楓や、ハル、煌哦にいに、蘭翔先輩たち、みんなの事を助けたい。)
湊へ心の中で語り掛ければ、耳元に聞こえる声。
《いいのか⁇俺のチカラを開放すれば、どうなるかもう分かってんだろ⁇》
(うん、分かってる。それに、私、なんとなく覚えてるの、湊に『湊』って名前あげた時の事。だから、心配も不安もないよ)
《………完全に封じられてても、何年経っても、オヒメサマは変わらねえな。………分かったよ、オヒメサマ、最後に確認するが、本当に一番初めに開ける扉が、俺でこの「鬼」のチカラでいいんだな》
(うん、良いよ。寧ろ、『鬼』からがいいの。)
そう言えば、視界が一転して、あの空間に。そして、目の前には、笑っている湊と、豪華な漆黒の観音開きの大きな扉。装飾が漆のような深紅の光沢のあるもので派手に施されていて、扉の豪華さを際立たせている。
「これを開けばいいのね」
[ああ、これが、俺の「鬼」のチカラが封じられている扉。扉を開ければ最後、もう元には戻れない。それでもいいんだな⁇]
「うん、だって、元には戻れないけれど、湊とは何時でも話せるようになるでしょう⁇私は、それでいいよ」
はっきりと湊に言って、私はその扉に手を掛け、迷いなく観音開きを開けた――――。
会話文が読みずらいとのご指摘がありましたので、全体的に会話文が分かり易くなるように編集しました。
まだ、読みにくい・わかりずらい等ありましたらご指摘いただければ直します!
ご指摘いただいた上に温かい感想までいただけてチェスは天を仰いで泣きました。
ありがとうございます!頑張ります!
次の更新は日曜か、月曜になるかと思います。
書きだめを編集して更新するだけなのでそんなに時間はかからないと思います。……多分。