探す少女と突き付けられた能力のカケラ
少女達はまだ知らない。自分達の中でそれぞれ止まっている時の事を。そして、少しずつ加速しながらあの時へと時間が巻き戻っている事を。
日々の時間とともに目まぐるしく回る歯車に翻弄されていく中。遂に止まっていた彼女たちの時間が、運命の時計の針がゆっくりと動き出す。
その時、彼等は―――――――――……………。
もう少しで6月になろうとするそんな5月の末。
その日起きたことがきっかけで私は自分の中に化物がいる事を知った。いや、元々私の中に居た事を思い出したのだった。
そして、この日を境に私は自分が普通の人間ではないことを、あの事件で自分がしたことを、失くした幼い頃の記憶と共に思い出していく。また、この時起きた事が、私達の本当の意味で、≪始まり≫だったのである。
その日はいつものように放課後、先輩方が私達のクラスへと迎えにやってきて、ハル達と一緒に煌哦にいの家へと行き。日が暮れるまで椿や、少ししてきた楓と話していた。
此処まではいつもと変わらなかった。少し違った事と言えば、私以外は全員少し様子が可笑しかったという事だけ。
――――――この時の時点では何故なのか理由が分からなかったけれど。
後になって知ったのは、この日があの事件があった日付のちょうど三週間前であったのだという事。
だから、どこか暗い顔を、表情を全員していたのだろう。
「姫咲ちゃん、そろそろいつもの時間だけど。帰る⁇」
一夜くんに言われて時計を見るといつも私が帰る時間になっていた。
「………うん、そうだね。私は、帰ろうかな」
そう告げると、その場にいた全員が突然動きを止め、部屋が奇妙は沈黙に包まれる。
しかし、それは勘違いだったかのように感じた。きっと、全員が制止したのはわずか数秒のことだったに違いない。すぐに、その沈黙はなかったかのように動き出したのだから。
この時、私は少しその空気に違和感を覚えたが、特に気にも留めずに、ただの気の所為だろうと思い込んでいた。
「姫咲が帰るなら、今日は俺が送っていく」
「はいはーい。なら俺も悠夜と一緒に姫咲ちゃんの事送ってくるよ~」
「姫咲ちゃん、今日は2人がああ言ってるし、一夜と悠夜でいいかい⁇」
ハルと一夜くんが軽くふざける様に宣言するのを聞いて、少し呆れた様に笑いながら私に確認してくれる雪斗にいに頷く。
「……うん。大丈夫です」
そして、私は煌哦にいの家を出て、ハルと一夜くんの二人に家まで送ってもらった。
「………学校までで、良かったのに」
「良いんだよ、方向音痴なんだから黙って送られてれば、姫咲は」
「そうそう、それに日も暮れてきてるし。ここら辺一体あんまり治安良くない事知らないでしょ、姫咲ちゃんは」
一夜くんに言われて、そうなのかと驚く。
「………ここら辺、治安良くない、の⁇」
こっちに引っ越す時は、自分の住む家の周りの治安のことまでは考えてなかった。それに周辺の治安なんて別に気にするだけ無駄だとすら思っていたから。
「そう、ここら辺って住宅地で、街灯も多くはないし。それに近くにいくつかの廃工場があるから」
「だからこれくらいの時間になるとガラの悪い連中がうろついてるんだよ。そいつらになんか絡まれたくねえだろ。あいつら喧嘩なんて日常茶飯事だからな」
一夜くんとハルに教えてもらっていると、どこからか騒ぎ声が聞こえてくる。
「……ほらな、どっかでまた喧嘩でもしてるんじゃねえのか⁇」
「かもね。そういう訳だから、あんまり夜は外に出ない方が良いよ。姫咲ちゃん一人暮らしだから特に」
「もし、どうしても夜になって外に出なくちゃいけなくなったときは、俺か一夜に連絡しろよ」
「あ、煌哦先輩達でも大丈夫だけどね。一応姫咲ちゃんに何かあったら嫌だから、念の為、ね」
二人に言われて、コクリと頷く。ハルも一夜くんも心配して言ってくれているのがちゃんと分かっている。ただ、あまり約束は守れそうにないが。
「………うん、分かった。ありがとう、二人とも。夜、外に出るときは、誰かに連絡入れるね」
二人にお礼を言って見送り、家に入って私は泣きそうになるが、ぎりぎりで耐える。
なんであの事件の時、高校生の人たちに襲われたのか、ようやく納得できた。あの頃も此処の周辺はあまり治安が良くなかったのだろう。そして、あの当時から廃工場の周辺はハルたちの言っていたガラの良くない人たちが集まりやすい場であったのだ。
『―――――――………⁇』
「………うん、それじゃ、そろそろ行ってくるね」
『―――――………』
「……ふふふ、またね」
電話を切り、自分の格好を確認した後、鏡に映る自分の瞳の色を見て。私は、静かに家を出る。
ついさっきハルと一夜くんに念を押されてまで約束した連絡を入れずに家から離れ、外へと向かう。
「……いきなり破るのは、まずかったかな………」
少し良心が痛むが、人には言えない。
「……今日は、こっちから行ってみよう」
ハル達みんなには内緒で外に出た私はいつものように歩き出す。もしかしたら、今日は送ってくれた時のハル達の様子からして、この辺りをうろついていると会ってしまう可能性がありそうだ。まあ、会ったところで、私が「姫咲」だと分からないとは思うけれど。
それでも、万が一を考えると、それだけは何としても避けなければ。辺りに気を配りつつ迅速に家から離れる。しばらく行ったところで、軽く深呼吸をして。
「………よし、大丈夫」
ぐるりと辺りを見渡して、ホッと息を吐く。そして、直ぐに頭の中でプランを組み立てる。今日はここら辺をくまなく見て回ってから最後にあの場所に行こう。それで家に戻ろう。
「………やっぱり、何もない、か。あの場所に寄って、もう帰ろう」
どれくらいの時間外をうろついていたのか分からないが、外に出たときにはなかった夜空を彩る月がいつの間にか、空高く昇り煌々と冴えた光を放っている。
ふう、と溜め息を吐いていつものように入り組んだ街灯のない暗い路地を進みあの場所へと向かう。
しかし、今日は本当にうろついている人が多い。それも所謂不良と呼ばれるであろう人達ばかり。そんな人達によく遭遇はするし、声は掛けられる、で殆ど私のやりたいことは出来なかったのである。だが、ハル達に会わなかったのだから運はいい筈だ。
このまま彼らには会わずに家に帰ることが出来れば今日はもういい、そう考えていたからなのか。あの廃工場の一角で、ゆぅの事、事件の事を思い出そうと物思いに耽っていれば。
「………何か、聞こえる…………?」
何処からか聞こえる騒ぎ声はだんだんとこちらに近づいてくるようだ。聞こえてくる喧噪の中に、聞き覚えのある人の声が混ざっている気がするのは気の所為だろうか。帰る前に少し確かめていこう、と騒ぎの起こっている声の方へ向かった私は、その選択を激しく後悔することになる。
聞こえてくる声を頼りに近づいていく中、一瞬静寂が訪れる。それによって私の足も止まる。しかし、次の瞬間、とてつもない嫌な予感が体を駆け抜け、あの時の私以外の皆がボロボロで倒れている記憶がフラッシュバックした。
「………っ」
記憶と駆け抜けた嫌な感覚に押されるように走り出す。何処に向かっているのかなんて分からないが、足は勝手に動く、動く。そして、走っているその勢いのまま薄暗い路地を曲がるとそこには。
――――――不良たちに囲まれるハル達がいた。
なんでハル達が囲まれているのかだとか、そんな事よりも。ハル達を囲んでいる大勢の不良たちの方が気になる。明らかに普通の状態ではない様子の彼らに、何故か既視感を覚える。
そして、気が付く。あの時の状況と全く同じであるという事に。それに思い当たると同時に蘇るあの時の惨劇。身体はカタカタと震えだし、足は自然と後ろへと下がってしまう。そして、震えた体で後ろに下がった私の足が小石を踏み、音を立てて。
「…………っぁ」
その場にいた全員の視線が私へと向く。痛いほどに突き刺さる視線の中、もう逃げられないことを理解した。しかしそれ以上に、ハルや一夜くんに先輩たちの驚いたような表情に、椿と楓の泣きそうな顔にどうしていいか分からなくなる。
「…………ひ、ヒメ⁇………な、んで……⁇」
「………本物の、姫様……………⁇」
ごめん、ごめんなさい。私はそんな顔を椿たちにさせたい訳じゃなかったの。
「………き、さき⁇」
「………なんで、きさきが………戻ってきたの⁇」
なんでこんなところに来たんだ、って顔しないで、雪斗にい、煌哦にい。まだ、この姿でにい様たちに会うつもりなんてなかったの。
「………き、さき、ちゃん⁇」
「……………姫咲、なのか………⁇」
そうだよ、ごめんなさい、ハル、一夜くん。学校のときとは全然違うでしょう、私の瞳。本当の事は、言えないけれど。
「………その、瞳の色…………」
蘭翔先輩の呟くような声に、自嘲的な笑みがこぼれる。普通はこんな瞳の色ありえないもの。
「………気持ち悪いでしょう、こんな色のオッドアイなんて」
静かに返した言葉と、自嘲的な笑み。
そして、さっきからギラギラとした目を向けてくる不良たちに彼らの標的が私に変わったことを悟る。
―――――ドクンッ
彼らの標的が私になったと悟った瞬間、身体の血がざわめきだす。まるで、踊るように、ドクン、ドクンと強く体内を波打ちながら巡っているのが気持ち悪くなるほどよく分かる。何故かその感覚は夢心地のようでふわふわとしていて―――――…………。
「……………っあぶない!!」
その声にハッと我に返れば、奇声を発しながら不良の一人が私に向かってきていて、避けようとするも強い立ち眩みに襲われ、立っていられなくなり、しゃがみ込む。
「………っ、結」
咄嗟に身を守るように結界を張る。結界の展開がぎりぎりで間に合ってよかった。しかし、ホッとしたのも束の間で、意識がふっと遠のく感覚がして、不良達の発する奇声が聞こえなくなっていった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「………此処は、どこ⁇」
気が付けば、私の周りには誰もいなく、今のどこか様子の可笑しい不良達も、ハル達もいない。あの出来事など無かったような何もない白の空間。辺りを見渡しても真っ白な以外何もない、存在しない空間に私は座り込んでいた。
[よう、やっと気が付いたな、オヒメサマ⁇]
突然聞こえてきた声に後ろを振り返ると、そこにはいつの間にか、一人の少年が私に笑いかけながら立っていた。
[いやー、長かった、長かった。俺の事は存在ごと完璧にあいつ封じやがって。おかげでどんなに声を張り上げたって姫咲ヒメにはなーんにも届かない。この数年間は久々に滅茶苦茶長く感じた。]
[それこそどれくらいだろうな⁇]なんて笑いながら大きく伸びて、座り込んでいる私の元にやって来る少年に、何故かとても懐かしく感じた。
「………貴方は何時から居るの………⁇」
[俺⁇俺は、オヒメサマの中にずぅっと居るぜ。今までは、封じられてたがな。………しかし、俺の存在ごと封じてた訳がやっと分かった。オヒメサマは全ての扉を閉められて、厳重に鍵を掛けられて守られてたんだな。扉の存在すら覚えてないみてーだし]
[何処まで今の俺に干渉できっかなー⁇]と、楽しそうに言いながら、手を差し伸べてくれる。お礼を言いながら彼の手を掴むと、立たせてくれる。
「ここは、私の中なの⁇それに、貴方は何⁇」
[そ。ここはオヒメサマの中、心の奥の奥、深ぁ~いところ。で、「何」ねえ。流石は俺が認めたオヒメサマ。俺は鬼。名前は『湊』っていうんだ。]
「………え、鬼⁇鬼ってあの……⁇」
[そう、鬼。詳しくそれについて話してる時間はねえし、何よりもオヒメサマは俺について、『鬼』について知ってるはずだぜ。それに、オヒメサマが付けてくれたんだぞ、この名前。……やっぱり全然覚えてないんだな]
何処か困ったように、少し悲しそうに笑った湊君は。
[………もう時間か。奴らのおかげで封じられてた力が共鳴して元に戻れそうだったから、俺の力でどうにか緩められた。そのお礼はオヒメサマが奴らにしてやって。それと、早く思い出せ、お前の中に眠る多くの扉の事、俺という忌まわしき呪われた力を。目覚めの刻はもうすぐだ、それまで少しの間のお別れだな、オヒメサマ。俺は何時でもお前の味方で見守ってるぜ、俺の愛しい星月の姫君]
そう言ってフッと笑った湊君の姿は光に包まれてだんだんとぼやけていく。完全に光に包まれて見えなくなった湊君に向かって思わず手を伸ばすが。
そこは意識が遠のく前の光景で、真っ白な空間も、湊君の存在もない。確かに立っていたはずなのに、私は結界の中で座り込んでいて、先ほど見ていた光景のままであった。
何気なく伸ばしたはずの手を見ると、震えていたはずの体は震えが収まっている。そして、身体の中を流れる血がさざめいていて、そんなに動いていないのに芯から熱くなっている。その内側からの熱に浮かされるように、気分が高揚していく。
視線を上にあげれば目が合う不良達。彼らと目があった瞬間蘇ったのは湊君の言った[そのお礼はオヒメサマがしてやって。]という言葉と同時に、理解する。目の前にいる不良達は、『鬼』に乗っ取られつつあるのだという事、彼らを乗っ取ろうとしているのは、私の敵であり、大して強くもない奴らだという事を。
――――――そして、私はその熱に浮かされ、高揚している気分のまま、言葉を発する。
「………完全に乗っ取られてないのが救い、なのかしら⁇ま、どうでもいいけど。精々アタシの事、楽しませなさいよね。………解」
張っていた結界を解いて、立ち上がる瞬間に足技を掛ける。そのまま流れるようにアタシは不良達を次々に叩き潰していく。
不思議と体はとても軽くて、いつもよりも格段に動きの速度も身体能力も身体のキレも上がっていた。
「もう終わり⁇つまんないの、人数の割にあっさり倒せたし。ま、所詮は雑魚共が十数人集まった烏合の衆、その程度、か。なんか拍子抜けした」
なんでこんなに饒舌に話しているのだろうか、なんてどこか一枚壁を隔てて他人事のように思いながら、まだ動けそうな『敵』はいないか、キョロリと周りを見ると、悠夜と目が合う。
その瞬間、「悠夜の中に居る存在」に気が付いて、口角が上がる。
「うふふ、見~つけた。でもまさかこんな近くにアタシと同じようなのが居るなんて、只の偶然なのかしら⁇」
悠夜の目の前まで行ってニッコリ笑う。
「上手く隠してるみたいだけど、……………貴方もアタシと同じね」
悠夜にだけ聞こえるように告げれば、その瞳の色は一瞬にして紅く染まる。その様子を間近で見つめていたアタシは、ふらりと彼から離れる。
「貴方ともやり合ってみたいけど、今日は目覚めたばかりで本調子でもないし。もう眠いから帰るわ。また今度会ったら相手になってもらうわね。それに、貴方達はそれこそ『色々』あるみたいだし、………ふふふ、ほんと楽しみね。」
「「…………ッ!」」
「あら、アタシは簡単に判ったけど、普通なら判らないんじゃないかしら。だから気にしなくて良いわよ。…………ああ、それに、折角の楽しみが無くなるのはつまらないし、アタシが『誰』なのか。当ててごらんなさいな」
言いたいことは言って、もう大分満足したアタシは、クルリと彼らに背を向けて塀へと飛び上がる。蘭翔先輩とか、雪斗にいが引き留めようとアタシに向かって何か言っている気がするけど、そんなこと知らない。逃げているように見えるのかしらね、いや、実際的には言い逃げしたのだけど。
「……ッハア、ハアッ………」
屋根を使い、塀を走り、標識を越え、舗装された道路を無視して文字通り一直線に家に向かった私は、部屋に着くころには息がかなり上がっていた。それでもどうにか家に帰ってきて、部屋に入りそこでようやく息を整えることが出来た。呼吸が落ち着き、同時にさっきまでの高揚感も波が引くように消えていき、着替えようとして、ふと鏡に映る自分が目に入った。
「……………ッ、そんな、なんで、………」
そこに居たのは赤々とした二つの深紅の瞳をして、驚愕に目を見開く私であり、家を出る前にいた金と不思議な水色のオッドアイをした自分、ではなかった。
「…………ああ、そっか………湊君が言っていたのは、これだったんだ」
深紅の瞳を見つめながら、湊君との会話も、彼が言っていたことも事実であり、私のさっきの言動もすべて現実で本当に起こった事だということを、漠然と悟った。
「………………ッふ、は、はははッ………………」
そう理解したら、なんだか可笑しくなってきて、笑いが込み上げてくる。だが、口から零れ落ちた笑い声は乾いて、震えていた。
――――あれだけの事をして、あの時、みんなを捨てる様にして逃げ出したのに。それなのにもかかわらず、私はあの時から何も変わってなかった。
あの時、みんなの元から逃げ去ったのは私が普通じゃなくなってしまったから。化物のようになってしまった自分が怖くなったから。
何よりも普通じゃなくなってしまったことに対して私自身、自分を受け入れられなかったから。だけど、今日の事で分かった。私は初めから「普通」の子では無かったのだ。始めから普通の人間ならば持っているはずのない『鬼』の力を持っている私が只の人間で等あるはずがない。それに、あの時湊君が言ったことが本当なのであれば、私にはまだ何かあるということになる。
「…………化物は私、じゃんか………」
私以外誰も居ない静かな部屋に自分の小さく震えた声が嫌に響いた。
少女の身に隠された能力。その能力が彼女と少年たちを繋ぐものであり、今回の鍵となる。
彼女が引き起こした事件、そして止まったままの時間。少女の探す唯一の家族と、失くした幼い頃の記憶。そして、少女の中に存在する『鬼』の少年が別れ際に残した謎の言葉。
これらが繋がっているということをまだ、誰も知らない―――――………。