彷徨う少女と唯一の存在
―――――5月。
とある町に一人の少女がやって来る。彼女が来た事で物語が動き始める―――。
「………ドウシテコウナッタ……?」
地図をぐるぐると回しながら辺りを見回しても状況が良くなるはずもない。寧ろどっちが正しい方向なのかも分からなくなり、悪化する一方だ。
「…………転校初日に遅刻はヤバイ…………」
今日はこの町に引っ越して来て初めて学校に行く日。転校初日なのである。そんな大事な日なのにも関わらず私は迷子になっていた。
(…………地図まで持って、家も1時間は早く出て来たのに‼)
自分が方向音痴なのは自覚していた。だからこそ家も学校から徒歩五分で行ける距離にある所に引っ越して来た上に念には念を入れ、今日は地図を持って、一時間前に家を出た。
それなのにどうしてこうなるのか。なによりも、目的地の高校はずっと見えているのにも関わらず辿り着けないからどうしようもない。
「…………あの時まではこの町に居たんだけどなぁ」
ポツリと思わず溢れた言葉に幼いあの時の記憶が蘇り感傷に浸りそうになるが、それを振り払いながらもどうしたものかと現状を省みて途方にくれる。
「もう時間もギリギリだし、誰も通らないよね………」
せめて同じ制服を着ている人が一人でも通りかかってくれればその人について行けるのだが。なんて考えながら地図を見て歩いて居た為、私は前から来る人に気付かず、思いっきりぶつかった。
「…………ってぇな………」
勢いよくぶつかったのでお互いに転んでしまう。
私自身に関して言えば、自ら突っ込んでぶつかったのにも関わらずどういうわけか己の方が吹っ飛ばされていた。
「………ッイタタ。っあ、ごめんなさい‼︎」
自分の前方不注意が悪いので直ぐに謝る。
「私が前見てなくて………本当にごめんなさい。大丈夫ですか⁇」
慌てて駆け寄ると、私がぶつかってしまった人は高校生くらいの青年である事に気が付いた。
どれだけ気が動転していたのだろうか私は。はたから見ればさぞきれいに飛ばされたのだろう。軽く遠い目になるが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「いや、コッチこそ悪いな。急いでたから」
そう言って笑って許してくれた青年の着ている服は私の着ている制服と同じだ。
「………お前、学校は真逆だぞ。なんでこっちから来たんだよ」
「………………え、真逆なんですか⁉︎」
嘘でしょ、まさか遠ざかっていたなんて―――――……………知らなかった。
「いや、普通気付くだろ」
呆れたように言われてしまい、慌てて事情を話す。もう彼以外に頼る人が居ない上に、時間もない。
「実は、3日前にこの町に来たのでまだ道とかよく分かってなくて………」
「………転校生か。それで迷子になってたのか⁇」
コクリと頷くと、彼は学校まで案内してくれた。
「…………つか、直ぐそこだぞ」
そう言いながら歩く彼について行くと、本当に直ぐだった。私が来た道を戻り、角を曲がると校門があった。
なんで私は気がつかなかったのだろうか。十中八九、地図しか見てなかったせいなのだけれど。あまりの方向音痴さに、最早呪いなんじゃないかとすら思う。
遅刻ギリギリでどうにか学校にたどり着くことができた私は、親切な彼に職員室まで案内して貰った。
「………重ね重ねすみません。本当にありがとうございます」
心からお礼を言ってペコリと頭を下げてお詫びする。
「いや、もう学校までは分かっただろ。もう迷子になるなよ」
そう言ってポンと軽く頭に手を乗せられるが。
「…………あはは………」
私は苦笑いしか出てこない。
しかし、そんな私の様子など彼は気が付いてないのか、ヒラリと手を振ると廊下を歩いて行ってしまった。
「とりあえず、職員室入らなきゃ」
その後ろ姿を見送った私は、後ろにある職員室の扉の前で深呼吸をし、意を決すると扉を開けた。
「………失礼します」
そうして私はこの町での新しい生活へと踏み出した。
―――――数分後。
担任の先生に連れられて、教室まで歩きながらも先生に謝っていた。
「しかしなぁ。なかなか来なかったから心配したんだぞ~」
「すみません………。方向音痴で………1時間前には家を出たんですけど」
先生に遅刻ギリギリになった理由を話したら職員室で大爆笑された。今もまだツボから抜けきってないようで笑っているが、私にはあまりにも恥ずかしいことなので、今すぐに逃げ出したい状況である。
それも案内してくれた男の子の名前を聞くのを忘れる、という痛恨のミスまで犯している事に、先生にさっき指摘されて気づいた。
「室町、ここが教室な。この一年D組が今日からお前のクラスだ」
「はい」
「じゃ、少し此処で待ってろ。直ぐ呼ぶから」
コクリと頷いた私を見て先生は教室へと入って行った。
「おら、お前ら席つけよ〜。チャチャっとHR終わらせてぇんだよ」
やっぱり、さっきも思ったけど担任の先生は適当だ。気さくでフレンドリーな様子で、話していて何と無く感じていたけど、私の予想は当たっていたみたいだ。
静かになった教室で先生の声が聞こえる。
「特に連絡事項はねぇ。………が。お前ら喜べ、このクラスに転校生が来る」
そう行った途端また騒がしくなる教室では。
「センセ〜、女⁇ねえ、女の子⁉︎」
「男⁉︎女⁉︎どっち⁉︎」
「カッコいいかな⁉︎可愛いかな⁉︎美人⁉︎」
ワイワイ騒ぐクラスの人達からの言葉に申し訳なくなる。女ですけど、可愛くも美人でも無い普通な容姿です。
「あーあー、ウルセェ。静かにしろバカども」
そう言われてだんだんと落ち着くクラス。
「女か男かは入って来てからのお楽しみ。―――ほら、入って来い」
どこか楽しそうに言った先生に呼ばれてしまったので、覚悟を決めて教室へと足を踏み入れる。
教室に入った瞬間に痛いほどの視線を受け、緊張が跳ね上がる。ゆっくりと教壇にいる先生の所へ向かい。
「じゃ、簡単に自己紹介してくれ」
その声に、一回深呼吸をして。
「………初めまして、室町姫咲、と言います。これから、よろしくお願いします」
とてもありきたりなものだけど、緊張がマックスである私にとっては精一杯の挨拶をした後、ペコリとお辞儀をしてみせた。せめても、と顔を上げた後に笑顔を浮かべる。
クラスの人達は優しい笑顔を見せてくれていて、やっと少し肩の力が抜ける。
「……よし。室町の席はあそこのこのクラスじゃ一番イケメンの藤堂の隣な」
先生がニヤリと笑ってそう言うと、クラスの人達は一斉に笑い出す。
そしてその当の本人である、藤堂と呼ばれた彼はウンザリした顔をしていた。もっと普通に教えてくれたら良かったのに、というかこのクラスではこれが普通なのだろうか。彼もウンザリしたような顔をしていたことから、そうなのかもしれない。少しその事に疑問と戸惑いを抱えながら言われた席へ行こうとすると。
「あ、誰か室町に空いてる時間でこの学校案内してやってやれ。それと、慣れるまでは移動教室とかは一緒に行ってやれよ〜。以上、おわり〜」
思い出したように付け足し、先生はさっさと教室をあとにしたのだ。朝の事があるから何とも言えずに、複雑な気分になりながら言われた席につく。
そしてお隣である、藤堂くんに横を通る時に軽くお辞儀をして「よろしくね」と声を掛けると。
―――――ガタンッ
突然、彼は椅子から勢い良く立ち上がって私の事を凝視してきたのだ。私は突然の事態に驚いて、そのまま彼を見つめ返す。
藤堂くんは、先生がからかうのも分かるくらい本当に整った顔立ちをしていた。でも、身長は男の子にしてはまだ小柄な方みたいだ。
「…………『姫ねぇ』?……そんな訳、無いか………」
なんて呑気に彼を観察していた私は、動揺していた彼に気付かなかった。
「どーしたんだよ〜悠夜⁇そんなに驚いてさ〜⁇」
「ねーねー、室町さんってどこから来たの〜⁇」
先生も居なくなったからか私の所にはクラスの子達が直ぐに沢山来て。彼に声をかける暇もなく、色々と質問責めにあってしまった。そのお陰か、直ぐにクラスの子達とは仲良くなる事が出来たけれど。
彼としっかり話すチャンスが出来たのは授業が始まってからだった。
「………あの、教科書を、見せてもらえませんか⁇」
まだ来たばかりで教科書も全然揃ってない私。朝のあの反応から少し声を掛けるのに躊躇したけれど、それよりも授業の方が大切だ。
「…………あ、ああ。良いよ、室町さん」
「……ありがとうございます」
お礼を言うと、少し苦笑いで話しかけてきた藤堂くん。
「いや、そんな硬くならないでも………って、さっきの俺の反応の所為か。さっきはごめんな、気にしないで」
「あ、う、ううん。………大丈夫だよ、少し驚いた、けど……」
「室町さんが俺の知ってる人に、似てたから。俺も驚いてさ………」
「…………まあ、もう。その人には全く会ってないんだけどな」
どこか遠い目をしながら悲しそうに、切なそうな笑みを浮かべた。
「そう、なんだ。」
なんと答えたら良いのか分からない私は曖昧に頷くことしか出来ない。
「あ、室町さんって京都から来たんだろ⁇」
そんな私の様子を察してか、話を変えてくれたので有り難くそれに乗る。
「…………うん」
「親の転勤とか⁇」
明るく、聞いてくる藤堂くんには上手く答えられなくて、私は軽く首を振った。
――――親の、転勤だったらずっと単純で良かったのだけど。
「え、違うの⁉︎」
首を振った私を見て、驚く彼に少し苦笑いを浮かべてしまう。やはり、普通は親の転勤について来たと思うようだ。
「なら、なんでまた………京都から東京まで出て来た訳⁇」
不思議そうに聞いてくる藤堂くんには言っても、話してみても良いかもしれないと、何と無くだが思った。
「………人を、探してるの。大事な、大切な、人を」
私にとっては、唯一の家族である人で。幼い頃の記憶があやふやでほぼ無いに等しい私が最近思い出した、はっきりした記憶。
――――――私の片割れ。私のたった一人の兄弟の記憶。
「……そうなんだ。心当たりはあるの⁇」
そう聞かれて、彼の顔を見ることが出来ずに俯く。だって、心当たりなんて全く無いのだ。ただ、思い出しただけ。私には一人、自分には片割れの弟が居たという事を。
「…………何も、無い」
静かに首を振って彼に答える。『弟が居た』。たったそれだけの記憶。それのみを思い出した私は、彼を探さなければいけないと漠然と強く、ひきつけられるように強烈に思ったのだ。
だけど、なんで今一緒に居ないのか、その理由はどうしても分からなかった。それだけじゃなく、彼が生きているのかも、死んでしまっているのかも、ましてや、居場所なんてもってのほかで。私には弟が居たという事実以外、何も思い出すことが出来ず、本当に手掛かりとなるものが全く何にも無い。だから、ここを選んだのは、私の単なる直感でしかない。
「…………だけど、京都には。あそこには。絶対、居ないの」
そう、これだけは断言できる。彼は京都には、西日本には絶対に居ない。東日本の何処かにいる。生きているかも分からないけれど。
でも、ここを選んだのは。
「…………何と無く、この町に、この近くに。居る気がしたの」
探しているのは、私の。自分の双子の弟だ。自分の片割れなのだから何か感じることができるんじゃないか。そう思った私は自分の感じた感覚に従ったのだ。
「手がかりも何にもないのに、此処まで来るって………相当、大切な人なんだね」
静かに話を聞いてくれていた藤堂くんにしみじみと言われ。
「……うん。私にとって、唯一の家族」
「家族⁇…………兄弟、とか⁇」
「………弟。私のたった1人の、双子の弟」
そう告げた時、隣に居る藤堂くんの瞳は何故か動揺していた。でもそれは一瞬の事で、直ぐにそれは消えてしまい、それどころか。
「そっか、双子の弟か………俺と似てるな」
「…………え⁇………似てる⁇」
「ああ、俺も双子なんだ。俺が弟で、姉が居たんだ」
「………檜扇くんも双子⁇………え、居たって」
「俺、姉とはすげえ小さい時に離れ離れになってさ。でも、離れたその先で姉は事件に巻き込まれて。」
そこで一旦、息を吸い。
「…………姉は、死んだって。引き取られた先で俺はそう言われたんだ」
静かにそう言った彼が何で泣きそうになっていたのか、動揺していたのかなんて。この時の私には分からなかった。
―――――探し物は直ぐそばにあったのに、気付かなかったのだ。いや、私はまだ思い出せなかったのだ。