愛するが故に
統合失調症のと言う病の奇妙さに、藤代は苦闘する。
(1)
成瀬宗一(六十九歳)は、暫く振りに杖を持たずに買い物をして、足を鍛える為と、更に周辺を散策して廻っていた。
散歩から家に戻ってみると、ドア・ポストに何やら紙袋らしき物が、丸めて挟まっている。
ドアの内側から袋を取り出すが、誰かの悪戯なのかと思いつも、袋を持って南側の洋室に入って行った。
袋の中身を取り出して見ると、走り書きで、「お父、久しぶり。元気でいるかい。浅草に遊びに行っての帰りだが、訪ねてみたよ。
帰って来たら電話を頼む」と、成瀬幹久(長男三十五歳)からのメモだった。
更には、住所や電話番号、それに同棲中の田崎藤代と言う名前も書かれてあった。
浅草土産だと書かれた小さな鈴と、同棲している藤代と一緒に笑顔で写っているスナップ写真の一枚が、同封されている。
――何と気まぐれな奴だと思っては見たが、宗一も幹久も互いに住所を知らぬままで十二年が経っていたこともあり、怒りや不安の感情よりも、息子が住所を探して会いに来てくれると言う、心が躍る思いの方が勝っていた。
メモに書かれていた電話番号に掛けてみると、幹久が電話で応答し、「明日また、お父に会いに行くよ」と、何の愛想もない一言が返ってきた。
暫らく振りとは思えない沈んだ受話器を通した声に、一気に宗一の不安感は高まった。
――幹久は幼い時期から、癇癪に近い症状に悩まされていたことで、年を重ねるごとに自閉症的な傾向が強くなっていたことを、今更ながらに思い出す。
宗一は当時、そんな幹久を逞しく育てようと、野球を教えたことが切掛けで、高校と地方の城北大学に進んだ幹久は、両校共にエース・ピッチャーとして活躍をしていた事で、癇癪や心を閉ざしてしまうような症状は、既に克服しているのだろうと、勝手に思い込んでいた。
(2)
大学卒業後の幹久は、自宅に戻って直ぐに、都内のマーケッティング会社に就職して、会社近くのアパートで単身生活をしだしていたのだが、そんな時期と重なって、宗一は妻との離別に踏み切っていた。
そのことが原因となったのだろう、幹久は宗一だけでなく妻にも連絡を遮断していると、別れた妻からの連絡で知る。
宗一も離婚の負い目から、幹久には成るべく刺激を与えないようにと気遣って、積極的な連絡は控えていた。
四年後に、偶然にも幹久が会社を退職したという事を人伝に聞き知って、すぐに幹久の住居を訪ねてみたが、既に何処かへ転居した後だった。
親からの遮断は転居先をも知られたくないと言う、用意周到な転出だと当時は感じ取っていたのだが、兎も角も転出先を役所で調べてみたが判らなかった。
同棲をしている藤代自身が転出先を確保して、幹久も一緒に住んでいるのだろうと、想像をして見ることしか出来ないでいた。
そして今、幹夫の重く沈んだ電話の声を聞き、過去の癇癪に似た症状の再発ではないかと感じ取り、宗一は心を曇らせた。
宗一と幹久は、十二年間もの空白な歳月の隔てがあった今、二度も転居をしている宗一の住所を探し出し、積極的に連絡を取って来た幹久の心理状態の変化であった。
ただ宗一には、どうしようもない虚無感が、マイナス思考に陥りさせている。
定年退職している現状では、幹久から何やら相談されたとしても、多分、答えられるような力は残っていないのだから、幹久が、住所や写真、それに同棲をしているという藤代の名前まで教えてきたという事は、容易ならぬ事態を想定しておかねばならないと、脚の痛みより心の苦痛の方が際立っていた。
(3)
翌日、約束通り幹久は単身で家にやって来た。
野球部で活躍していた時の、溌剌とした面影は微塵もなくなっていて、やせ細った体に色褪せたグレー色のスポーツ・シャツを着て、左、上腕部には、三本の太い数珠が巻かれてあった。
宗一は、一目見るなり怖れを感じてしまい、善からぬカルト教団にでも毒されているのではないかと想像してしまい、息子でありながらも、身の竦む思いに駆られだしていた。
パソコンを設置してある洋間のソファに、無愛想に腰掛ける幹久は、なぜか余所余所しく落ち着きがない。
真っ黒に日焼けした顔ではあるが、何処か死相を漂わせた無表情顔で、「お父、玄関に松葉杖が置いてあったけど、脚が悪いんか?」と、気遣って訊く最初の一言だった。
「昨年の七月頃からだったが、激しい腰痛や、左脚が異常に腫れる痛さで歩けなくなっていたんだよ。
そんな時期でも食料は買わなければならないし、何とか家の玄関先の廊下に出てヨロヨロと歩こうとしていたら、近隣の居住者が見兼ねて、『使わなかった松葉杖があるんだけど、良かったら使って下さらない』と言って、持ってきて下さったんだ。
他にも、味覚障害や異常な腹の膨れも併発したりして、死ぬ覚悟もした重篤な時期だった。
でも、多少の脚の痛みはあるものの今は杖を使わずに歩けるし、もう大丈夫何だ」と、宗一は答えた。
「俺も超音波犯罪集団に攻撃され続けていて、お父も攻撃されて来てるんだ。それで、色んな症状が出るんだよ。俺が守ってやる」幹久は、奇妙な言い回しで気遣ってくれた。
「何の事だい?その超音波とやらは?」
「超音波や電磁波が兵器化されていて、ターゲットにされた家族は、遠隔リモート・コントロール波で、モルモット化された脳に声で指令しやがるんだ。いくら逆らっても意思や自由を奪われて、犯罪集団のロボットに組み込まれてしまう。
巧妙に攻撃パターンを変えて操り出して来る奴らと戦うには、お父のことも守んなきゃなんねぇ。
多分、荒唐無稽な話だと思ってんだろうけど、事実だよ」幹久はそう言いながら、ショルダーバッグの中からA四サイズのコピー紙を、五枚ほど取り出た。
予想も出来ない奇異な話の展開に、戸惑う宗一に対して、「これ読んでくれ、信じなくてもいい」と、用紙を手渡した。
その場で見る気にもなれない宗一は、「預かるよ」とだけ言って、机の引き出しに仕舞い込むが、余りにも変貌した息子に呆気に取られるばかりであった。
(4)
幹久が「レストランに行こう」と言い出したから、近くの西欧風のレストランに出かけて行った。
幹久はステーキを食べると言い、宗一の分まで勝手に注文をした。
一緒に食べ出していた最中のことだが、幹久は窓向きの席が気になっているようで、しきりに頭を抱え込む。
「どうしたんだ、幹久?頭が痛いのか」と声を掛けた。
幹久は無言で、ショルダーバッグの中から野球帽とアルミ箔で包んだ板状のものを取り出すと、帽子の内側に入れて被りだした。
「えっ、何だ、それ?」
「今、超音波犯罪集団から強烈な指令の声が発せられてきて、苦痛何だ。戦うと大声を出すことになるから、もうこの店を出る」幹久がそう言って、食べ掛けにも関わらず席を立ち、すたすたとレストランの外へ出てしまう。
宗一は、幹久の言動と一層暗い顔の表情変化に愕然とするばかりだが、精算を終えて店を出てみると、幹久は既に足早に歩き去っていて、振り返りもせずに舗道の正面に見える駅のエスカレーターを昇っていく。
そんな幹久の後姿を、遠目で追うばかりであった。
立て続けの異常行動にショックを受けた宗一は、幹久の置いていった資料が気になって、机の中から取り出して読みだした。
驚いたことに、北上と言う著者による、『超音波犯罪集団の実態』なるタイトル論文が、『都市環境社団法人』のホームページに投稿された記録コピーのようだった。
記載されているのは、被害を受けた人たちの症状や、夥しい被害者の証言内容が列挙されていて、その記述と幹久の証言が類似していることに、宗一は驚かされる。
直ぐにネット検索をしてみると、正しく『超音波犯罪集団の実態』なるタイトル論文が立ち上がった。
その北上と言う掲載者にコンタクトを取りたい衝動に駆られた宗一は、『都市環境社団法人』に電話を掛けてみた。
(5)
「投稿された北上先生は既に当メンバーから脱退されていて、今は連絡先をお教えできません」と、電話口の男性担当者は言った。
――幹久自身、不可思議な現象に耐えられずに、色々と調べていたのだろう。こんな資料を眼にして、犯罪による攻撃波の確信を深めていったのかも知れない。
その他のA四紙には、自らが認めた攻撃波の予測方位地図や、近隣住宅地の見取り図を手書きした詳細地図もあり、何箇所かのポイントには、八フォント位の繊細な小文字で書き込まれていて、読むことを躊躇うものでもあった。だが、何とか目を通し終えはしたのだが、その内容は全く意味不明な記述ばかりであった。
宗一は、電波技術に精通した知人に相談してみると、音響研究所の権威者である、神田氏を紹介された。
「超音波被害を聴いたことはあるにはあるが、然し、超音波によって人の脳に遠隔攻撃を加えて声を強制発生させることなど、現代社会に於いて、そんな技術など、あり得ないはず。
超音波照射攻撃兵器としての存在は確かにあるが、それは人の脳を破壊や撹乱はさせても、強制的に言葉を発して誘導するようなものではないはずですよ。
建物内や障害物に隠れた敵を倒すような兵器は存在するみたいですけど、光パルス刺激のストロボ兵器で、脳のベーター波(十五~二十五ヘルツ)を利用した兵器は、存在しているのではないかと思っています。
イギリスの治安部隊や米軍でも、既に実戦配備済みであると言う事を聞いた事はありますよ。
強烈な光パルスを浴びせかけ、一撃で聴覚・視覚、運動機能を麻痺させてしまうと言うものだそうですが、けれども、音声を撹乱させて他人の意思誘導等が出来るとは、到底考えられません」と、神田氏の見解だった。
宗一の疑問も多少和らいで、電波通信業の会社を過去に営んだ多少の経験上からしても、納得できるコメントだったと胸を撫で下ろす。だが、念のために幹久の居住地管轄である、湯河原警察署に事情を申し出てみると、「先ずは家族の手で、電磁波被害なのか、精神障害なのかを断定するために調査をしてください。
現時点で、他にも同じような調査依頼が出ているのかどうかも含め、特定できる被害報告がなされていない限りでは、警察では受理も動きも取りません」
虚しい結論ではあるが、然し、当然だろうと宗一は思うのだ。
電磁波被害はともかくも、何らかの精神障害は否めないと強く思っていて、敢えて相談をしてしまうのは、何か大きなものに縋りたいと言う、潜在的な甘えの、もがきであった。
(6)
宗一は、アドバイス的な内容文書を幹久にファクスで送信してみると、幹久からは何枚ものファックス文書が返信されてきて、特定宗教団体から超音波照射を連日受けていると言う、繰り返しの内容ながら、新たに多くの被害者談も網羅されていた。
幹久自身の投稿ブログが書き込まれてあったから、閲覧して信じてくれと言うのだろうと、幹久のブログを立ち上げた。
ブログには、幹久の自宅であろう一軒家の玄関先を、斜めに映し出す防犯カメラのリアルな動画が載せられていた。
映像には、不審者らしき通行人を装った人物が、チャイムを何度も鳴らし、ガレージの出入り口鉄扉を叩く者が映し出されていたが、宗一の眼には、しつこい新聞勧誘員か、何かのセールス的な家庭訪問者ではなかろうかとも思えたが、事実は解らない。
連休最中の五月六日の明け方だったが、宗一の自宅の留守電話に、広尾警察署からの呼び出しメッセージが録音されているのに気が付いた。
再生させると、「広尾警察の生活環境課の三枝です。幹久さんが罪を犯したので身柄の引き受けに来てください」と言うメッセージに、宗一の心臓は激しく高鳴った。
一瞬の目眩を伴いながらも、直ぐに幹久の家に電話を掛けた。
「幹夫の父です」
「あっ、お父様ですか。初めまして。田崎藤代と申します」
「成瀬宗一です。初めまして」
「警察から幹久さんの件で、お父様にも連絡がありましたでしょうか?」と、藤代が訊いた。
「留守番電話に録音されていたので、驚きました。内容は知りませんが、一体、幹久は何をしたのです?」
「幹久さんは妄想を抱いていて、有名な女性シンガーの華さんを、自分の婚約者だと思い込むようになっているんです。
(7)
警察の三枝さんと言いう方が電話で話されたのは、「自分と同じ超音波犯罪集団に華は隔離されていて、食料を持って港区内にある華のマンション部屋に救出で訪ねたそうです。
監禁されている部屋扉の鍵を外すため、鍵屋を呼んで開けようとして通報されたといいました。
そのマンション部屋は全く別人の住まいだと言われましたけど、その際に親族の連絡先を三枝さんから訊かれ、それでお父様の電話番号を話してしまい、済みませんでした」
「当然ですから良いんです。そのシンガーの華さんには、幹久は会ったことがあるんでしょうか?」
「全くの妄想で、フィアンセだと思い込んでいるだけです」
「今日、これから警察に出向きますよ。藤代さんも警察に行かれるんですか?」
「私も行くことになっています」と、か細い声で藤代は言った。
「もし、そんな事が事実なら、私にも貴方にも手の施しようはないでしょう。ですから身柄を引き受けるだけでは、何の解決にはならないと思うのです?
警察に頼んで、何か方法を相談してみようと思いますが、藤代さんは、どう考えますか?」
「私も以前どうしても手に負えないので、入院しか方法はないのではと考えた事がありました。でも、私は入籍していませんから複雑な手続きや、強制も出来ない存在だと思っていました」
「そうでしたか。それじゃ、私が相談をしてみます」
(8)
広尾警察署の、薄暗い四階にある生活環境課に出向いていた。
三上担当者を訪ねると、「貴方が成瀬さんの父親ですか?今、田崎藤代さんも此方に向かっていると電話がありましたから、少しだけ待っていて下さい」と言い、事務机の前の椅子を勧めてくれた。
宗一は改めて「成瀬宗一です。大変ご迷惑をお掛けしていて、申し訳ございません」と挨拶をして、頭を深々下げた。
「私は三枝です。この件を担当しています」と言い、宗一と並びの事務席に坐る。
「今回は未遂犯罪でしたから、二度と無いように保護責任者として管理してもらうよう、お願いをするんです。今日のところは息子さんを連れて帰ってください」
「今の幹久は、精神的に何らかの問題を抱えていると思いますし、一緒には帰らないでしょうから、何か重大な事件でも起こしやしないかと、懸念をしています。
精神的な病だと本人は自覚がないでしょうし、強制力を伴う法的な医療検査機関か何か、方法があれば教えて貰いたいんです。
もし処置入院の結論に至るのであれば、それも仕方がありません。
本人の意思か家族の手で、病院への診断に向かわせられるのであれば、それに越したことはないのですが、現状の幹久を説得する自信はないのです」
宗一は、幹久を必死で診断等に向かわせようと、説得を試みる積もりではいるのだが、頑なに思い込みの世界にどっぷりと浸かりこんでいる間は、強制力でもない限り診断も入院の説得も不可能だと思っている。
「念のため、親御さんの思いを都庁の健保審議機関に電話相談をして見てはどうですか?」三枝担当者は、面倒くさそうに眉間に皺を寄せた表情で言う。
「どんな機関であっても、縋ってみたいのですが」
「そうですか、電話だけでもしてみます」と、三枝担当者は受話器を取った。
一通りの犯罪状況は、健保審議機関に説明をしてくれていた後、「今度は貴方が相談をしてみて下さい」と言い、受話器を宗一に差し出した。
これまでに、知り得た幹久の錯乱状況を、磯野と言う女性審議官に話したが、「大きな犯罪を犯した訳ではないので、処置入院や法定精神鑑定の対象にはなり得ないケースです。でも、午後の一時半までその場所でお待ちいただけるなら、念の為に審議を掛けてみますから、折り返し結果をお知らせします」と言う事だった。
その旨を三枝担当者に伝えると、「では、それまで息子さんを説得していて下さい」と言って、幹久の居る狭い取調室に案内された。
(9)
幹久は黒っぽい野球帽にサングラスを掛けて、相変わらずグレーのスポーツ・シャツにジーパン姿で、狭い取調べ室の窓を背に両脚を机の上に投げ出して、傍若無人振りを曝け出していたその反省の無さには呆れるばかり。
「脚を下せ。馬鹿者!」宗一は苛立った。
「俺と喧嘩しに来たんか?」幹久は、挑発的に言いう。
「お前を連れ帰る為に、来ている」
「一緒に帰る訳、ねえ」
「それは兎も角も、お前のことで警察から呼び出されて驚いている。
今まで警察沙汰になったことって、なかったから」
「フィアンセが住んでいるマンション部屋に、俺をコントロールしている奴ら(犯罪集団)が、彼女を隔離してんだよ。だから救出に行ったのが犯罪なんか?」幹久はそう言うと、両掌で頭を抱え込みながら、「今、宮内庁のある人物から指示が来てる」幻聴頭の中の指令声に、悩まされているかのような表情で言う。
宗一は堪らず、「フィアンセって、誰のことなんだい?」と、現実の会話に引き戻そうとした。
「歌手の華だよ」
藤代が話していた華と言う名前を、幹久自身の口から初めて聞いた。
「なぁ幹久、親父の頼みごと一つだけでいい、聞いてくれないか?
幹久が精神を患っているとは思いたくないし、安心の為にも病院で検査だけでも受けて貰いたいんだ?」
「お父、精神病院に行けって言うんか……もういいから帰ってくれ。もう帰れっ!」幹久は語気を強めて、宗一に敵愾心を燃やしだした。
(10)
「検査結果で異常がなければ、お前の言う犯罪組織と親父も戦う覚悟はあるんだ」幹久に詭弁を弄した。
幹久は無口になった。
火を付けないタバコを口に銜えると顎をしゃくり上げ、その横顔を見せたまま数十分もの間、おし黙っている。
宗一は席を立ち、警察署館内廊下にある自動販売機でミネラルウォーターを二本買い、再び幹久の待つ取調室に入る。
「幹久、ミネラルウォーターを買ってきたから、飲むかい」
「ありがとう」と素直に発し、喉が渇いていたのか五百ml入りペットボトルのミネラルウォーターを、一気に飲み干した。
三枝担当者が顔を覗かせて、「今、都庁の裁定結果の通知がきましたよ。『今回の詳細内容から判断をして、処置入院も精神鑑定も出来ない』と言うことでした。
それに今、藤代さんが来られたんで、何時までも置いておくことは出来ませんから、息子さんを連れて帰って下さい」と言いに来た。
電話を通しての藤代のイメージとはかけ離れない、清楚感の漂う淑やかな女性が顔を覗かせた。
宗一は、「初めまして」と藤代に挨拶し、幹久を伴って三人で警察署館内から表通りに出ると、「用事がある」と言い残した幹久は、足早に立ち去って行く。
腕を掴まえても振り切って行くだろう事は、容易に判断できていた事だと思っていて、成す術もなく、幹久の後ろ姿を二人は見送るだけだった。
宗一は、脇に呆然と並び立つ藤代に視線を這わせると、困惑と言うよりも、手を焼き尽くしてきた諦めの表情にも見てとれていた。
スリム体系で、ノーメークの素顔がとても理知的で、思慮深そうな女性だと感じられていた。
(11)
藤代から二日後に、宗一に電話が掛けられてきた。
「幹久さんが家に戻って来てくれましたから、家の近くの山村メンタル・クリニックに秘かに相談をしたんです。
院長先生が担当して下さるそうで、『一度、本人と面会して診察をする必要がある。
必要なら無味無臭の投薬を出しますから』と、言うんです。
本人には気づかれずに、家庭での治療ができて助かるんですけど、婚姻届けを出していない私には、『薬は出せない』と言う事でした。
ですので、お父様に医院に来てもらえないでしょうか」と訊いてきた。
「そんな薬があったんですねっ。院長が幹久を診察して投薬療法の結論が出ましたら、連絡を下さい。何時でも伺いますよ……」と受話器を置いた。
その日の夜に、再び藤代からの電話があった。
「先ほど院長先生が、私の知り合いだと言う方便で、家に来られたんです。
幹久さんは、何か違和感を感じ取ったみたいに、『夜、家に突然来るなんて非常識だ。何の話か知らんけど、今度来るのなら約束くらい取ってからだ』そう言って家には上げませんでした。
けれど帰られた院長先生から電話があって、『一目見ただけで判断できて、立派な統合失調症だと解りました。
緊急を要すことで投薬を出しますから、親御さんに印鑑を持参して貰い、当医院に来て下さい』と、連絡がありました」
「矢張り、病んでいるんですね。明日の朝一番で、その山村メンタル・クリニックに行きますよ。
湯河原へは二時間もあれば着くでしょうから、その医院で藤代さん、待っていてください」と約束をした。
(12)
宗一はこれまでに、NPOの統合失調症の相談所に、アドバイスを求めて何度かメールで助言を仰いでいた、試みがあった。
又、幹久の居住地である湯河原の保険所にも、電話相談を持掛けていたことで明日が面談の約束日になっていて、偶然にも重なっていた。
山村メンタル・クリニックへの道のりは、交通不便だと予め地図で確認し、下車駅の湯河原からタクシーで駆けつけてみると、約束時間には若干の遅れはあったが、既に藤代は医院の玄関前で出迎えてくれていていた。
「済みません」と、化粧っけのない素顔に笑みを浮かべた藤代が、声を掛けて来た。
車が一台通れるくらいの道幅に、一見、下田屋風の山村メンタル・クリニックがあって、玄関を開け入る前に、タクシーの音を聞きつけたのだろう、奥から、「成瀬さん、こっちに来て下さい」と、大きな濁声で叫ばれた。
藤代と供に、院長室と書かれていた粗末なドアを開け入ると、白衣を纏う老いた院長が待っていて、宗一は、横柄そうなタイプの人柄に見えて、もっとも苦手だと言う印象を受けていた。
「初めまして、成瀬幹久の父親です。色々とお世話になりますが、どうぞ宜しくお願いします」と言い、頭を下げた。
「あのぅですねっ、昨日、午後の八時ころだったが、息子さんの症状を診断する必要があって、医者とは名乗らず家庭訪問をしましたよ。
(13)
一目で、立派な統合失調症だと解りました。しかも一刻の猶予もならん程、重症化していますよ。
無味無臭の薬を出しますから自宅で食品に振りかけて、本人には知らせずに投薬療法を続けなさい」医長はそう言うと、症状に気付いた時期などを、丹念に藤代に訊ねては書類に書きだしていた。
「あのぉ先生、息子の荒唐無稽な話に戸惑いながらも、ネット検索で真相を確かめたり、警察やNPOの統合失調症対策相談室、そして湯河原の保険所にも相談をしている最中なんですが、偶然にも面談日が今日の午後になっているんです」宗一がそう話すと、「えっ、保健所ですか?それを早く言ってくれなきゃダメだぁ。薬は出せませんよっ。
入院する方法しかないですから」院長は薬剤投与の推奨から一転、入院での治療を薦めだした。
保健所に相談をしていると言った事で、態度を一変させた医者の不可解さに、宗一は戸惑った。
だが、家族での投薬療法は禁じられていて、保険所に知れたら困る事案なのかも知れないと、思い直していた。
「院長の山村です」このタイミングで、宗一に名刺を差し出した。
「定年退職をしておりまして、今は名刺を持ちませんのでお許し下さい」宗一はそう言って、再び頭を下げた。
「その保健所の担当者は誰ですか?」院長が訊く。
「生活環境安全課の佐伯さんです」
院長は直ぐに受話器を取った。
その数分後に佐伯氏との会話を終えると、「今からタクシーで保健所の佐伯さんに会いに行って来てください。
(14)
家庭での薬剤投与の承諾書を書いて持たせますから、保健所の署名捺印を貰って来られたら、家庭療法として薬を出せますから」と言い、十分後に、二枚の複写書類を手渡された。
藤代と共にタクシーで保健所に向かい、担当者の佐伯氏に会ってみると、統合失調症に関する資料の小冊子を何冊も、「参考にしてください」と、目の前のテーブル上に並べて差し出した。
三十代半ばの幹久と、同年代に思われる佐伯氏は、一方的に延々と雄弁に説明をしだしていたのだが、家族の手で病院を探して説得入院させるしかないとの結論に、導くばかりであった。
全く聞く耳を持たなくなっている幹久は、「説得して入院させる」との結論では、無駄な時間だったと思えてならない。しかも、「現状では入院させられるベッドの空き病院を探すことは、早期には無理な状況下であって、辛抱強く探してください」と、佐伯氏は言う。
「もし入院先が見つかったとしてですが、家族が幹久を説得できなかった場合には、他にどのような手段がありますか?例えば強引にとか」
宗一は唯一、佐伯氏に質問をした。
「強引に入院させるのは、家族であっても法で禁じられていて、罪に問われます。何度も話したように、嘘で説得をした場合には、後々家族への恨みが増幅していって、修復できない亀裂が生じることがありますから、正しい説得を守って下さい」と言う。
宗一には、ただ虚しく響くだけだった。
――正常でないから、説得出来ないことぐらい解ってくれよと思いながらも、隣の椅子で不安げに聞き入っていた藤代に向かい、「下村院長から預かった、薬品投与の承諾書を、検討してもらってください」と話しかけた。
(15)
頷く藤代は、バッグの中から取り出した下村院長の書類の二枚を佐伯氏に手渡しながら、「家庭での治療を望むのですが、お願いできませんでしょうか」と懇願をした。
佐伯氏は、書かれた文書に眼を通していたが、「保険所としては前例の無いことです。
家庭での投薬療法認可と言うのは、病院で通院か入院で治療を施された状況化で判断された場合には、家庭での服用も出来る事になるんです。
本人が通院出来ないでいると言う事は、無診療に該当しますから、家庭で服用治療する承諾書は、書けません」と言って断られた。
帰りがけの駅で宗一は、念のため下村院長に佐伯氏と話し合った結果報告を兼ねて、敢えて投薬をもらえないかと相談をするのだが、院長はにべも無く、「約束だから出せません」と言い、一方的に電話は切られてしまう。
――何てことだ。どいつもこいつも、無責任なやつらだよ。
「家族が来れば薬を出す」と、院長が言うから来たんじゃないか。
こうしている間にも、他人に危害を加えない保障は無いし、保健所は入院できる病院を探してから、本人を説得する手段しかないと結論づけるが、しかし空きベッドのある病院は、容易には見つからないだろうとも話す、八方塞がりの状態ではないか。
帰途に着きながら、宗一の不満は収まらなかった。
(16)
TVの凶悪事件をニュースで観るにつけ、幹久ではないようにと、祈る日々を送っていたのだが、藤代からの報告電話があった。
「明後日の六月二日、十三時五分発のロンドン行き航空で、幹久が出国するようだ」と言ってきた。
精神の錯乱状態でありながらも、パスポートの取得や細部にわたる出国手続き等を、綿密に実行していたと藤代から聞かされて、驚くと同時に居た堪れない焦りを感じてしまう。
最早、一刻の猶予もならなくなって、十数軒ほどの入院設備のある精神課病院に、電話相談をしまくった。だが、空きベッドの有無を確認するものの、「気長に二・三ヶ月程待ってもらえれば空き状況が見通せる」との、類似した回答ばかり。
最後の頼みと思い、湯河原病院の精神課に再度、執拗な相談を持ちかけてみると、「それなら一度、親御さんだけでも病院に来て相談を受けて下さい。
その際、初期に診断された医院の紹介状を貰うように」と、丸山と名乗る相談員から支持された。
宗一は藤代に電話をし、「下村メンタル・クリニックから紹介状を貰い、明日の朝十時に、湯河原の精神課病院にきて下さいと」と頼んでみた。
その日のうちに藤代から報告があって、院長を訪ねて、「紹介状を受け取りました」とのことだった。
――もし幹久が出国をしてしまえば、機内で不祥事を引き起こし兼ねない。そうなれば空港に航空機は引き返し、家族も幹久も多大な責任を問われるだろう。よしんばロンドンに着いたとしても、平穏な生活が送れる訳もなし、いずれ強制送還の憂き目に遭遇することは歴然だ。
今の段階の内に必ず説得をして、入院をさせなければなるまいと、新たに決意を固めていた。
(17)
藤代は、待ち合わせた湯河原の精神課病院前へ、十時にタクシーでやって来た。
出迎えた宗一は、「藤代さんには色々と辛い思いをさせていて、本当にすまないことです。今、医療相談申請を受付カウンターで済ませてありますから、番号で呼びだされたら行きましょう。それに、家庭での症状履歴を記入する用紙を渡されたんですよ。
事前に記入して置いてくれませんか」と言って、藤代に手渡した。
院内の待合室に入って行くと、待合室内は老人達で混雑をしていた。
一番後ろの空席を見つけ、二人は腰掛けた。
データー記入用紙に目線を落としだしていた藤代は、一瞬、戸惑う表情を宗一に見せだした。
「実は幹久さん、今年で三回目の首を吊って、自殺を家の中でしたんです。
何れも未遂でしたけど、今でも願望は強いと思うので眼が離せない
でいるんです。
お父様に話すと心配されるでしょうと思い、今まで話せませんでした。済みません」と言い、項垂れた。
眼を閉じる宗一の脳裏を、走馬灯のように幼少期の追想が駆け巡る。
「貴女(藤代)が謝ることではないですよ。親として恥じなければならないことですから。それに、献身的に尽くして頂いている貴女には、心より感謝をしているんです。
その幹久の事実は用紙に書きこんで置いた方が、医師の判断材料になると思います」
「解りました」藤代はそう言って、手際よく用紙に書き込みだした。
二十分程が経過した頃だったが、受付カウンターから「五十二番さん」と呼び出しされた。
受付で指示された、通路奥の相談室と書かれた扉を開け入ると、小さな机の前に歳枯れた白衣を纏う相談員が、背を丸めた格好で坐っていた。
(18)
宗一と藤代は丁重に挨拶をした後に、相談員は、「医師の丸山です」と名乗られた。
壁際に並び置かれた小さな丸椅子に坐るよう、勧めてくれた。
丸山と言う相談員だと思い込んでいたのだが、丸山医師だった。
幹久の症状を記入した用紙と、下村院長からの紹介状を藤代から受け取る丸山医師は、項目を丹念に眼を通し、「解りました。相当、危険領域に達していると判断出来ますよ。で、このまま放置は出来ませんので、即入院させましょう。明日、一日に本人(幹久)を説得して当病院に連れて来られますね?そうして下さい」と言い、一方的に結論付けた。
病院側から、「入院できる空室は当分無い」とこれまで何度も断られ続けていたことは、嘘だったのかと思いもしたが、隣に坐る藤代は救われたような安堵の笑みを浮かべた顔を、宗一に向ける。
「先生、有難う御座います。でも幹久を説得する際ですが、藤代と協力しても、幹久を入院させる説得は無理かもしれません。そんな時にはご相談出来るんでしょうか?」
「いや、それは家族の領域ですよ。説得して必ず連れてきて貰わないと困る。やってみなければ解らないことでしょう。やってみて下さい」と丸山医師は言う。
「努力はして見ますが、多少の嘘と言うか詭弁を交えた方便で説得してみます」宗一は焼け気味にそう言った。
「ダメです。親の嘘で入院させられたと本人が知れば、入院中の本人の頭の中は恨みばかりが増幅され続けてしまう、そう言う特色のある病です。
保健所や診断なされた医院の主治医からも、既に説明されて知っておられるとは思いますが、親でも強引な入院は、罪を問われてしまいます。ですから絶対に嘘や強引さを用いない説得で、必ず入院させて下さい」と、強い要望だった。
医師の理想言葉に逆らう気力は失せていて、軽い気持ちで、「何とか説得し、明日中に入院させる努力はしてみます」と言い、相談室を出た。
藤代と連れ立って、病院から湯河原駅にタクシーで向かっていたその車中、藤代の顔色は蒼白の不安顔に変貌していたが、意気消沈していた宗一は、勇気付けの言葉を掛けられずにいて、湯河原の駅に着いていた。
藤代と別れ際にやっと、「明日の午前十時に、幹久を説得して入院させましょう。必ず訪問します。
当然ながら幹久には、父親が来るとは言わないでいて下さい」と、辛うじて約束をして、帰宅の途に着いた。
(19)
翌朝、再び湯河原に向かった宗一は、駅前でお土産のケーキを買い込んでタクシーに乗り込んだ。
入り組んだ住宅街の一角に降り立つと、解りにくい住宅街を歩き回り、幹久の家を探し当てていた。
玄関前に立ったのは、午前十時三十分を回っていて、物音一つしない閑静な住宅街の奥まった一角で、チャイム・ホーンを鳴らすことも躊躇うほどの静けさだった。
家の玄関扉の上には、般若の面が不気味に睨みを効かせて掛けられている。
その異様な雰囲気を醸し出しだす般若の脇には、防犯カメラがこれ見よがしに取り付けられていて、大きく、「防犯カメラ作動中」と書かれたプレート版が、威圧的に側壁に張りつけられていたのを見ると、以前に幹久のブログ動画で観た通りの、家の玄関先だった。
一目で過剰防犯を誇示した異常な家庭だと、再び尻込み感が襲ったが、何はともあれチャイムを押した。
家庭内部のチャイム音は聞こえてはこなかったが、間もなく玄関ドアが開かれて、素顔の藤代が不安そうな 面持ちで家の中から現れた。
「昨日はご苦労さん。家を探し回っていて少し遅れてしまったが、幹久は居ますよね?」
「お早う御座います。
昨日は済みませんでした。
幹久さんはまだ寝ているんです」
「そうですか。これ駅前で買ってきたケーキです。
幹久と食べてください。
今日、説得する手順を書いたメモを持ってきましたよ。これですがね」藤代にコピーした二枚の内の一枚と、ケーキを入れた手提げ袋を手渡した。
説得しようとする内容は、明日ロンドンに旅だそうとしている幹久に対して反対はせずに、むしろ喜ばしいこととして説得する考えでいる。
(20)
その為には健康の安全が第一で、病院で検査を受けて健康である保障を取り付けて置く事が必要と言う、些か無理な理由付けをする内容だった。
「では、家に入ってください。タイミングを見て起こしますから」藤代はそう言って、玄関ドアを開け入った。
狭い玄関の左脇には、三畳ほどの台所があって、入り口には小さな事務机が置かれ、玄関右の壁側には二階への階段がある。
宗一は、台所にある小さな事務机の椅子を、藤代から勧められて腰掛けた。
キッチンを背にした状態で坐る目前には、八畳ほどの和室への出入り口があり、仕切り戸の開け放たれている上部には、布製の半暖簾が掛けられていた。
その暖簾越しに室内が覗けていて、八畳部屋の奥まった隅に丸まった状態の布団の中に、幹久は眠っているようだった。
「あそこの布団にくるまって、幹久さんはまだ寝ているんです。
直ぐに起こしましょうか?」
「いや、起こすと不機嫌になるかも知れないし、目覚めるまで寝かしておきましょう。時間はたっぷりありますから」
宗一は、そう言いながらも台所の壁に、「呪われた家族云々」「犯罪組織集団による電磁波や、超音波での攻撃、云々」と意味不明に書かれた何枚もの貼り紙がされているのを見回す内に、気分が悪くなっていた。
(21)
台所の壁や柱の至る所には、「電磁波対策なのだろうアルミ箔が貼り付けられていて、息子の家とは到底信じ難い恐怖感で、身の毛もよだつ思いに駆られながらも、人間の脳機能の脆さを痛感させられていた。
突如、変異する原因はなんなのかと、悶々と考え込んで数十分が経過した頃に、「幹久さんが眼を覚ましました」と、藤代が宗一の傍に来て小声でそう囁いた。
「では、私が来たことを伝えて下さい」
「解りました」
幹久の枕元に、藤代は駆け寄った。
耳元に顔を近づけると、宗一にも聞こえる程度の声で、「お父さまがいらっしゃって、随分お待ちなの。すぐ来てっ」と囁いていた。
驚いたのか、眼を大きく見開いた形相の幹久と、宗一の目線が重なった。
その瞬間、眼を大きく剥きだす形相の息子に、宗一は仰天してしまう。
布団の中で半身を起こしている幹久は、「何しに来たっ。帰れっ!」幹久から喧嘩口調の大声を、宗一に向かって投げてきた。
宗一はその瞬間、親子関係の維持は最早これまでかとも思ったが、突然来て悪かったよ、済まん。どうしても相談事があってなっ」必死に冷静を装いながら言う。
「話なんかしねぇよ。いいから帰れっ!帰らねぇと、不法侵入で警察呼ぶぞっ!」
「えっ?親父をかい。それでもいいが少しだけでも話をしないかい」
「うっぜぇ!ただ置かんぞっ、てめぇ!」そう言いながら幹久は立ち上がりる。
高揚した赤鬼面のような形相を、入り口の暖簾越しに突き出してきた。
(22)
「いいからここに来て坐れよ。そもそもお前の方から相談に来たことじゃないか。だから色々と聞き知った以上はお前の身を案じるし、社会的な責任もあるから相談に来たんだよ」と、幹久に言った。
傍らに怯えて佇む藤代だが、そっと幹久用に椅子を用意した。
幹久は、赤鬼の表情を崩さずに、渋々と台所に降り立った。
幹久を説得しようと用意してきていた箇条書の用紙が目に入ると、「手紙を持って来たんかっ!」と、怒鳴るように言う。
「手紙じゃないよ。幹久と話すことを箇条書きにしたメモなんだ」
「じゃぁ、それ貸せよっ!」幹久は、そう言って用紙を取り上げると、不貞腐れて椅子に腰掛けた。
メモに書かれた文字を、嫌味を込めて大声で読み上げだした。
読み終えた幹久は「もう、読んだから帰れっ」と言い残し、一瞥も投げずに再び八畳部屋の寝床の上に戻ってしまい、半身を起こしたまま坐り込んでいる。
見かねた藤代は幹久の傍に行き、腕を掴んで再び台所に向かわせようと引っ張るが、幹久は、頑として動かなかった。
業を煮やした藤代は活発に行動しだし、無言で強引に腕を掴んで引っ張りだそうとしていた時に、幹久は、「てめぇ、何すんだっ!」と捲くし立て、藤代を突き飛ばした。
藤代は怯むことなく立ち上がり、気丈な一面を覗かせて、執拗な食い下がりを見せだした。
これ以上、藤代が強引に幹久を連れて来ようとしているのを見て、危険だと判断した宗一は、幹久を制止するために部屋に入ろうとした。
(23)
「入るなっ!この野郎っ」幹久は言うなり宗一に走り寄って襲い掛かってきた。
「やるならやってみろっ!幹久っ」年甲斐もなく大声でそう叫び、襲い掛かる幹久の両手首を咄嗟に力一杯に掴み、離さないでいた。
「親父っ!親父父っ」と、幹久は一層の赤鬼顔で叫ぶ。
「なんだぁっ!」宗一も、大声を出して負けずに言い返す。
「婆ちゃんがっ。婆ちゃんがっ」と、幹久は意味不明な言葉を連呼する。
「婆ちゃんがどうした?」と切り返した。
「婆ちゃん入院してただろう。
俺、見舞いに行ったの、知ってんか?」と、幹久は在りし日の出来事を口走る。
「婆さんも、幹久が見舞いに来てくれたことを、一番喜んでいたのは覚えている。
普段から優しい子だとは、何時も言っていたからなっ。
だけど、それがどうしたって言うんだい?幹久っ」意味不明な言動に当惑しながら言った。
――幹久は幼い時から、母より婆さんに懐いていたのを思い出す。
勝手気ままな母親だったから、未だに母嫌いが続いているようだ。
慕う婆さんは既に他界していることも、幹久にとってはマイナスに作用しているのかも知れない?
(24)
多少の落ち着きを見せた為、幹久の両腕を宗一は離した。
すると、再び八畳間奥の寝床に向かい、背を起こしたまま座り込むと、両耳にレシーバを当てがいだした。
藤代は幹久に向かい、「きちっと、お父様と話をしてよ。ねえ」と再び説得をしだした。
宗一もメモ書きにしたがって、離れた場所ながら説得を試みるが、幹久の横顔は無反応だった。
そして時折、「オメェ達はもう、奴らに侵されてんだっ!」と、幹久は言う。
藤代は怒りを込めて、幹久の耳に当てがわれているレシーバをもぎ取ると、幹久は、やおら立ち上がって部屋の奥の扉から廊下に出てしまう。
「お父様、危ないです。錆びた日本刀を取り出してトイレに入ったので、もう限界だと思います」藤代は血相を変えて進言をした。
「えっ、日本刀ですか?……これ以上の説得は無理でしょうから、このまま駅に向かいます」
「私も駅まで送らせて下さい」藤代は冷静沈着の振る舞いで言うのだが、なぜか宗一の腕を握る手は、玄関の外に強引に連れ出そうとするかのように、強い力で引っ張っている。
宗一も、藤代を家から遠ざける方が安心だと思い、急いで家の外に二人は飛び出していた。
道すがら、「今日のところは諦めて帰りますけど、藤代さんも暫くは御実家に身を寄せられるのであれば、幹久に逆らわずに少し落ち着く間でも、離れていた方が賢明だと思います」
「これまで実家には、連絡をしてきていませんでしたから、帰ることはありませんでした。
幹久さんから、我々のことを両方の親には絶対話すなと、同棲生活が始まった当初から強く止められていましたから、どんな事情があるのだろうとは思いましたけれど、その内に理由は解るだろうと惰性で生活をして来てしまいました。
今もって私の実家には住所さえも話していないので、帰りにくいこともありますが、幹久さんを紹介するにも、健康を取り戻してからにしたいのです」と、藤代は心情の吐露をした。
宗一には、従順過ぎると思ってしまうのだが、藤代の心情は本人以外には計り知れない事だろうと、頷いた。
(25)
「最近になって幹久さんは、お父様の住所だけを探し出したのは、大きな心境の変化があったからだと思います。
今はただ幹久さんの心の杖になり、これ以上転ばぬように支えなくてはならないと必至でいましたが、幹久さんの心境の変化には回復の兆しだと信じて、本当に一人で喜びました」
「藤代さんの心根には感動するばかりです」宗一は無事を祈りながら、後ろ髪を惹かれる思いで藤代と別れ、駅舎の中に入って行って、その脱力感に襲われながら駅から再び外に出てしまい、姿の見えなくなっている、藤代の無事を祈っていた。
宗一は、海岸まで歩き続け、――長いこと幹久は職に就けない状況でいて、しかも、入籍もしないままの藤代さん、どうして我慢し続けられているのだろうか?そのそれとも、職もない現状では当然ながら、結婚を求めないでいるのは、藤代さんの方なのかも知れない等と、宗一は思案をする。
以前に藤代が、『幹久さんは、自身の預金を取り崩して生活し、私は会社勤務の給金内で、個々の生活を割り切ってしている』と、聞いた事はあるんだが、本当にそうなのか?職に就かない長い期間の遣り繰りが、預金の範囲で賄ってこられたのかと、疑問を抱いたのを覚えている。
だが、金銭的には何の問題もないと言う藤代の言葉を、一先ず信じたことを思いつも、海を俯瞰しながら虚しい胸の蟠りを荒波で打ち消していた。
その日の夜だった。
宗一に藤代から電話が掛けられてきて、「あれから幹久さん、家を出て行ってしまったみたいです。
書置き手紙で解りましたけど、ロンドンに明日、二日の十三時五分発で行くと書いて有るんです」
(26)
「やはり本気なんですね?」
「そう思います。何日か前でしたけど、パスポートを取得したのを知っているんです。
でもまさか、ロンドンに行くとは想像出来ませんでした」
――このまま放置は出来ない事態だ。どうしよう。どうしたらいのだ。宗一は、一瞬パニック状態に陥った。
「本気なら警察に相談をして、事前に止めるしかないでしょう。ダメなら明日、成田空港に二人で行って、搭乗を阻止しようじゃないですか」と話し合った。
宗一は、湯河原警察や、空港警察などに夜にも関わらず電話相談を持ちかけていた。
だが、「罪を犯していない個人に対して、強制する手段はない」と、連れない回答ばかりであった。
諦める事は出来ずに、深夜も電話を掛け続けている内に、当日の朝を迎えてしまっていた。
ロンドンへの出発時刻が迫る中、再度、空港警察に電話相談を持ちかけた。
「息子のロンドン行きに搭乗するのを、強制的に阻止してくれませんか」と縋ったが、「居住地の警察に相談をした方が」と、逃げ答弁は覆せない。
搭乗するだろう時間に間に合うようには、出掛けなくてはならない時刻であったが、最後にと、国土交通省に電話相談を持ちかけた。
伊藤と名乗る女性担当者は、「ターミナル会社に相談をしたらどうでしょう」と言うアドバイスがあった。
(27)
急いでターミナル会社に電話をしてみると、回りくどい説明を延々と聞かされた後に勧めてくれたのが、空港内のインホメーション・カウンターだった。
山本と名乗る受付嬢が、「調べて見ますから暫らくお待ち下さい」と、相談に乗ってくれてはいたのだが、延々と待たされ続けて十分程が経過した頃だったが、机の上に置いていた携帯電話が鳴りだした。
「もしもし、成田空港に着いているんです」と、藤代からの報告電話があった。
「ああ、着いているんですか。私は今、空港のインホメーションから、調査報告の折り返し返答を待っているんです。
ですから空港に出かける時間が無くなってしまいました。御免なさい」
「いいんです。さっき北ウイングのカウンターに行って相談をしたんです。そうしたら驚く結果が判明しました」藤代が話している最中に、ターミナル会社の山本さんから、受話器を通した声が漏れ出した。
「あっ、藤代さん。ちょっと待ってください。今、ターミナル会社の方と話をしますから」そう言って、インホメーション・カウンターの山本さんの話を聞きだした。
「息子さんは、二日の十三時五分発の予約はキャンセルされていて、出発を繰り上げて一日、詰まり昨日の十九時十分発のロンドン行きにご搭乗されていたことが解りました。
でも既に、本日(二日)の午前十一時には、英国からの強制退去処分で戻されておりました」と、調べた結果を報告してくれた。
(28)
頭の中が混乱して冷静ではなかったが、ともかくも、携帯電話の藤代との会話に切り替えて驚く結果を伝えると、「私も同じことを聞かされていて、本当に驚いています。でも、何も無く戻されてきているようで、良かったと思います」
藤代とは一先ず電話を切った。
だが間髪要れずに、藤代から再び電話が掛けられてきた。
「まだ、空港内に私はいますけど、幹久さんから今電話があって、『何で戻されたのか解らんが、金を損しただけだ。都内のホテルに滞在して、暫らく家には帰らん』と電話がありました。
その状況を山村メンタル・クリニックに帰りに寄って、院長にも結果を報告しようと思います。
今夜また、お父様に電話をお掛けしてご報告しますので、色々とご相談に乗ってもらいたいと思っています」藤代の声は、多少弾んで聞こえていた。
自宅に戻った藤代から、「院長は、『不測の事態にならなかったのは幸いだ。これからは投薬を十日分ずつ親御さんに出しますから、藤代さんが家で本人に気づかれない様にして、飲ませることを実行してください』と言いました。
ですからお父様にはもう一度、来てもらえないでしょうか?」と電話が掛けられてきた。
「それは吉報だ。院長の心変わりは二度とは無いでしょうし、山村院長の許に明日行きますよ」と、藤代に伝えた。
翌朝、宗一は山村メンタル・クリニックに行き、十日分のセレネースと言う、無味無臭の液体が入った小瓶を購入し、院長が用意した誓約書に宗一は書名をして藤代に投薬を手渡した。
この日の院長はこれまでとは違い、横柄な言葉遣いは意識的に控えられているようだった。
(29)
数日後に藤代から、「幹久さんレンタカーで家に戻ってきましたから、夜の食事で、幹久さんの味噌汁に投薬を入れて飲ませてみようとしたのですが、副作用が出たらどうしよう等と考えてしまい、手の震えが止りませんでした。でも、意を決して振りかけました」
その後は一度も奇声をあげることがなく、それに何の副作用もないように見受けられ、本当に効果覿面だと思っています」
何時もより明るい声での報告だったが、翌日、藤代から再び報告がきて、「幹久さんはレンタカーを都内に戻しに行くと言って出掛けましたが、『明日は家に戻らない』と言う、電話があったんです」藤代の声は再び沈んでいた。
――やはり、投薬療法では効果は見込めないのかもしれないと思ったが、とは言え、まだ一日目で結果が出るとは思えない。
(30)
以前に呼び出された広尾警察の三枝担当者から、電話があった。
「息子さん、シンガーの華さんが住んでいると思い込んでいる、広尾のマンション内に再び侵入し、今度はドア・ポストの中に自分の住所や本名の書かれた名刺を投函したんです。
身柄は拘束していませんから、当署に来られなくてもいいんですが、居住者は気味悪がっていますから、厳重に家族管理をしてください」と言う注意喚起であった。
――このまま放置することは、他人に対して何らかの重大犯罪を起こしてしまうかも知れない。今すぐに幹久を探し出し、親として成すべき対決をする時だろうとの思いに至り、明日から幹久を捜し歩こうと決意した。
宗一は、港区の広尾周辺ホテルや高級マンションを日夜を通し、治りかけの足を駆使して必死に捜し回り、何としても幹久の足取りを掴もうと、二日目の十五時の頃だった。
天現寺橋交差点に近づいた時、何やら交差点舗道の信号待ち付近で、両腕を高く天に翳して交通整理をしているかのような、奇妙な動作を繰り返す男が視界に入ってきた。
近づくに連れ、以前に世間を騒がせたことのあるカルト教祖が、両腕を広げて天を仰ぐ姿の、テレビ映像を彷彿させる真似男に近づくにつれ、宗一はピタリと歩みを止めて立ちつくす。
その、憐れな幹久の姿に息を飲み込んだ。
五分程度だったが、その場で幹久の行動を見守ると言うよりも、膠着状態だったと思うのだが、時が止まっていた。
(31)
再び動脈の秒針が緩やかに刻みだし、意を決して重い足取りで近づきだした。
その奇妙な動きをする幹久の背後に立つが、腕を変形に翳し続けているばかりであって、無心状態なのか一向に気づく様子は見せないでいる。
勇気を出して声を掛けてはみるが、極度の萎縮状態に陥っているためか、脱水症状ぎみの宗一には、しゃがれた小声しかでなかった。
勇気を出して、幹久の背に手で触れた。
「おおっ!なんだっ。こんな所に来て!」幹久は驚いたように振り向くが、眼を剥いた鬼の形相を、以前のように再び見せつけてきた。
「なぁ幹久、今日は食事でもしてから、親父の家に一緒に帰らんかい。どうだろう?」
気が付くと、遠巻に十数人程の好奇な視線が注がれだしていた。
「みっともないから、この場所を離れよう、幹久」
「おめぇウッゼー(煩い)!救出パワーを付けてんだっ。けぇれ(帰れ)よっ!」
「救出って、華さんをかい?」
「フィアンセを見殺しにできっかっ!(出来ない)邪魔すんなら、おめぇの心臓、抉ってやるぞっ」幹久の言葉とは到底思えず、うろたえた。
「なぁ幹久、お前が信じている世界を一概に否定はしない積もりだよ。救出も手伝うし、だから一先ず家に帰って戦略を練ろうじゃないか」
(32)
「俺の中では、もうお父なんて存在してねぇんだ。邪魔だからけぇれっ!」
「ダメだ。幹久!徘徊を止めさせに来たんだ。今日は何が何でも連れて帰る積もりだぞ」
「敵のお前に、話なんかねぇ」
いきなり幹久は赤信号を無視し、通行車両の多い道路を横切りだした。
「よせっ、幹久っ!危ないから止めろっ……」何度も叫ぶが、無事に道路を横断してしまった幹久の姿は、視界から消えた。
宗一は咄嗟に、華と言う人物が居住していると思い込んでいるマンションに、幹久は向かったのではと思ったが、そのマンションの住所は判らない。
そこで、広尾警察の担当者だった三枝氏に電話を入れて、「幹久は今、華さんが居住していると思い込んでいる、マンションに向かったかも知れません。
そのマンションの住所を、大至急教えてもらえませんか?何をしでかすか心配で行ってみたいんです」と懇願をする。
「いや、ダメですよ。いくら親御さんでも場所は教えられません」と断られてしまう。
「では、どう息子の犯罪を、防止したらいいんですか?」
「付近を巡回させて、息子さんを見つけられたら注意を促しますよ」
「では、幹久が見つかった時点で、携帯電話に連絡を頂けませんでしょうか。天現寺近くで待ちますから」
「そうですか。それなら異変があったら連絡をしましょう」と約束をしてくれた。
「お願いします……」携帯電話の番号を教えはしたが、不安の増幅は抑えられないでいた。
歩き回った病後の脚の限界は既に超えてしまったと実感するが、幹久を探す意識が、歩きを止めないでいる。
(33)
老体の極度の疲労困憊も限界に達しているとは思うのだが、諦めようとする意識は皆無であった。
宗一は、広尾警察署近くの小さな、『白樺』と言う喫茶店に入り込んだ。
警察からの連絡を待つこと二時間程が過ぎて、虚しくも喫茶店を出ると、既に街並みは夕闇に包まれていた。
車の行きかうヘッドライトが、眩しく目に突き刺さりながら、成す術もなく街の明かりの中を彷徨って居るだけだった。
突如、携帯電話の着信音が鳴り出した。
三枝担当者からだろうと胸の動悸は高鳴った。
通話ボタンを押すと、正しく三枝氏からだった。
「事件がありました。あなたの息子さんが腹部を負傷して、白金病院に緊急入院させられていますけど、現時点での詳細は不明であって、面会も出来ませんこと、一先ず報告をして置きましょう」と、驚愕の一報だった。
――とうとう事件を引き起こしてしまったのかと、目眩に襲われながら歩道に立ち尽くしていたが、会えずとも力なく病院に足を向けだしていた。
(34)
白金病院の受付で事情を話し、五Fの二十一号室だと訊き出した。
二十一号室前には五十歳位の男が椅子にドッカと坐っていて、背広の上着ボタンを外した間からは、醜く膨らんだ腹部を覗かせていた。
宗一は、軽く会釈をして部屋をノックしようとすると、男は、「ちょっと待てや。あんた患者の身内かね?」と、威圧的な口調で訊いてきた。
「成瀬幹久の父親ですが」
「そう。でも面会は許可できんのや。俺、刑事の張と言うもんやがな」
「広尾警察の生活環境課の三枝さんから病院に入院していると聞いたんです」
「三枝警部の担当している課ではなくなっている。
「暫らくは面会出来んから、警察から連絡があるまで家で待機しておってくれ」
「容態ぐらい、教えてくれませんか」
「医者じゃねぇし、容態を訊かれても解からねえ。だけんど、主治医は、『命に関わることはなさそうだ』とも言うとったで、だから大丈夫やろ」
「ご迷惑をお掛けしました」宗一は軽く頭を下げて言い、錘を付けた脚を引きずるように、病院を後にした。
だが、このまま帰宅する気にはなれず、朦朧とした薄い意識の中で足を向けた矛先は、広尾警察署であった。
受付で聞かされた担当部署は、捜査一課であった。
宗一が真相を訊くべく表れた担当者は、椅子を勧めくれた。
「息子さんは、タレントの華さんが住んでいると思い込んでいるマンションに、再び逢いに行ったんでしょう。
その訪ねた部屋の玄関ドア前で、息子さんが、出血して倒れていたんです」担当者は、机の上に置かれていた茶碗を掴み、冷めているだろう茶を啜り出す。
「その訪ねた部屋の住人に、幹久は刺されたんですねっ?」
――マンションに不法侵入して事を起こそうとした息子から、住人は身を守ろうとした正当防衛的な事件なのか?と、そう思わざるを得なかった。
「今の時点で、これ以上の話は出来ません」と担当署員はそう言った。
(35)
家で観るテレビニュースで、幹久の事件を大きく取り上げていた。
警察談話では、「男が訪ねた港区内にある某マンションで、三階の三号室の中に、凶器らしき刃物で胸を一突きにされたのか、住人女性が既に死亡していました。
この部屋を訪ねたと思われる男(幹久)も、玄関前で腹部を負傷して倒れていて、近隣住民が発見して警察に通報されたと言うことでした。
負傷した容疑者は、これまでに何度かストーカー行為のような嫌がらせを被害者にしていたことで、書類送検を受けていた。
現在、男は病院に入院しているが、生命の危険はなさそうです。
今も凶器らしき物は発見されていないとのことでしたから、この事件の一刻も早い、真相究明が待たれます」と報道された。
――居住女性が死亡していたとは驚きだ。
なぜ警察は話してくれなかったのか?精神に病を持つ幹久には、正常な思考力などないはずで、不利に導かれて重罪を背負わされるのではないかと、分別かなわぬ思いが込み上げる意識の混濁で、宗一は朦朧としだしていた。
(36)
徒労感に襲われながらも藤代に電話をすると、受話器を通して聴こえてくるのは、既に泣きじゃくっていたのだろう、声にならないうる声ばかり。
八日目のこと、広尾警察から、「明日、白金病院の面会時間三時に合わせて来るように」と電話があった。
病院での面会は戸籍上の親族に限るとのことで、藤代の面会は適わずに、宗一だけが病院を訪れた。
病院の玄関前には、事件から数日が経っていたにも関わらず、報道関係者だろう数人のカメラマン達が屯っている。
容疑者の親だと知られているのかは解らぬが、気づかれないうちに戻ろうかと思う尻込み感に襲われる。が然し、冷静になるに連れて知られても構わないと度胸が据わり出した。
六月の下旬にも関わらず、この日は真夏日のように汗ばんでいて、額と首筋にタオル地のハンカチをあてがって、屯う視線を一身に浴びながらも、そ知らぬ振りで擦り抜けた。
病室前に坐るあの張刑事が、仏頂面を宗一に向けた。
「ご迷惑をお掛けしております」と挨拶するが、張刑事は宗一の挨拶を無視し、「会っていいが、時間を守ってくれや」と、無礼な口ぶりの対応だった。
「お願いします」と言うと、張刑事は無言で病室のドア・ノブを開け入って、後に従った。
簡素で狭い部屋のど真ん中には、幹久が横たわるベッドが設えてあり、腹部あたりには、半円形に小高く防護処置が施されていた。
(37)
張刑事は部屋のドア付近に置かれていた丸椅子に腰掛けて、何やらメモを取りだした。
面会時間の制約もあることだし、寝ている幹久を起こさねばならないと思いつも、青白い能面のようでもある冷たい寝顔を、そっと見入っていた。
突然、張刑事がベッドに近づいてきて、「起こさんと、直ぐにタイム・アウトや」と、寝ている幹久の肩を指先で突きだした。
眼が覚めた幹久は、キョトンとした眼差しを向けるが、何の反応も示さず再び瞼を閉じる。
「眼を覚まさんかい」張刑事は再び幹久に呼びかける。
幹久は再び眼を開けて、「何だよっ!」と、重い口調で答えると、宗一と張刑事から目線を避けるかのように、天井の一点に視線を釘付ける。
「何か話せや」張刑事は幹久に話しかけ、部屋の片隅にある椅子に戻って腰掛けた。
「傷は痛むかい?」
幹久は、「今まで姿を現さなかった卑劣な奴らと戦った」と言う。
新聞・TVなどによる連日報道の凶悪事件内容とは極端に乖離した、妄想世界にどっぷり浸かり込んでいるようだった。
「幹久が訪ねたマンション部屋の女性だが、殺害されていたそうだ。
その現場でお前も負傷したから入院しているんだが、何があったんだ?幹久」
「奴らに加担して、華を何処かにかくしやがったのは、こいつ等だ!」
「こいつ等って、誰のことを言っているんだよ?幹久」
「警察に、決まってんだろう」
(38)
「待てやっ。事件究明は警察の仕事だよ。そんな話しは禁止や」メモを取っていた張刑事に制止をされた。
「親として知るべき事だってあるんです」妄想の世界と現実感の混濁に酔わされている幹久が不憫でならないし、真実を見極められずに、法定で不利な事を口走るのではないかと、心配でならないですよ」
「国選の弁護人が選任されるやろうから。それに、警察も綿密な調査をしている最中やから、そんな心配要らんのや。余計な詮索はせんでくれ」張刑事は投槍にそう言った。
幹久は人事のように、会話のやり取りを聞き流していた様子は一変し、大きく眼を見開き、断末魔の戦士を演じる、歌舞伎役者のような形相を見せながら、部屋の隅に坐る張刑事に視線を突き刺すと、「こいつ等は、ありもしない事件をでっち上げてんだ。
俺をこんな所に監禁しやがって、せっかく奴らと戦っていたのによ、おめぇらは華を何処へ隠しやがった!」
幹久は訳の解らない屁理屈で、張刑事に噛み付いた。
「幹久もういい、解ったよ。興奮して力んだりすると体の傷に障る」と宥めて、張刑事に詫びる気持ちで頭を下げた。
――幹久は、警察の陰謀で入院監禁されていると、頑なに思い込んでいるようで、張刑事は反論する気にはならなかったのだろう、苦笑いを浮かべているだけだった。
数日後、幹久は退院と同時に殺人容疑で起訴された。
裁判に出廷させられた幹久は、田沢弁護人の支持には全く従いそうになく、傍若無人ぶりが際立っていた。
「山村メンタル・クリニックから、既に出ている診断書の提出をしたい」と裁判長に田沢弁護士が主張したが、「新たに慎重な診断されることが望ましい」と、田沢弁護人の主張は退けられていた。
宗一と藤代は、初回に続いて二度目の裁判も傍聴をした。
被告(幹久)の精神鑑定結果を、裁判長は、『軽度な心神耗弱』であったが、責任能力は問えると認定を下した。
――なにが軽度な心神耗弱であるものか?宗一は胸のうちで否定をしたが、傍に坐る藤代も落胆の表情を浮かべだしていた。
(39)
裁判長は、「これまでにパスポートを取得して、外国に出国した経緯から、緻密な計画性に基づいた実行力が認められることや、被告は三度の自殺を図り、未遂に終わっている経緯なども含めた詳細な検証をした結果、被告の言動は狂言の部類に認識される。
従って、公判維持にはなんら支障は来たさない」と、判断を下したのである。
――犯罪一味から、超音波や電磁波による攻撃を連日受けていて、幻聴兆候云々と言う奇異な幹久の主張などは、完全に狂言扱い同様の否定であった。
これからの幹久は、正常人として裁かれてしまうのでは?でもなぜ、このような裁定になったのか?
――幹久が病の発症を長時間の環境状況にも関わらず、発症からくる奇声や行動を抑えられていた(ロンドン行き航空機内)ことは、精神鑑定の診察の際にも、意図的に発症を抑えることが出来ていたことを、見抜けない診断だったのだろうか?
その後、裁判は三回・四回と進んでいた。
検察側の証言では、被告が訪ねた部屋の住人である被害者(羽鳥美香子)が、被告が訪ねた同時刻に殺害されたと認定する状況から、被告と被害者は何らかのトラブルが発生したことは否めない。と主張をした。
逢ったこともない筈の女性シンガーを、「フィアンセ」だと言って、計画的に錯乱状態を装う、計画犯行であったと主張する。
さらには、ストーカー行為から殺害事件に発展したもので、被告の自白調書とも、何ら矛盾が無いと言い切って、『羽鳥美香子を殺害した』と自供しているんだが、間違いはないのだね?」と、再確認の尋問をした。
(40)
幹久は、「奴らと戦って報復したさ」と、投やりに言う。
田沢弁護人は訂正を求めて、「奴らと言ったので、被害者の服部美香子を指す証言ではないとこを付け加えて置くが、混同するような証言は、紛らわしいので削除を願いたい。
錯乱に乗じての誘導尋問ばかりでは、真実が隠さてしまうだけ」と異議を唱えた。
宗一には、幹久が意を返さないでいるようにみえて、田沢弁護人の表情を見るにつけ、手を焼いているようだ。
――幻聴世界での出来事と、現実に起きた事件と噛み合う訳もなし、容易な辻褄合わせでストーリー化した誘導供述通りに、裁判を強いているとしか思えい。
検察は、「調書の有効性は全面自供に基づかれた矛盾のない調書であって、否定るには重大な立証が必要だ?」
「裁判長。異議あり。でっち上げる検察側の主張は、到底承服できない。被告の全面自供に矛盾がないとも言い切るが、凶器の存在も明らかにされていないではないか?もともと検察の主張基盤が軟弱で、もっぱら被告の錯乱に乗じた裏づけのない自白に基づいている。
被告の、『奴らと戦って報復したさ』と言う誘導証言部分を引き出して、美香子の殺害に結び付けようとする論拠に違いない。
そもそも精神鑑定結果に疑問を持っている訳で、被告が、『錯乱状態を周囲に装っての犯行』だと決め付けるのは推測でしかないと言っているんです。
錯乱状態を装っていたと断定するのであれば、根拠となる明確な立証を、こちらこそお示お示し願いたい」赤ら顔の弁護人のボルテージは上がる。
裁判長は、精神再鑑定の必要性は認めずも、指摘された推測文言と被告の不用意な証言部分についてのみ、異議を認めて取り消した。
検察は、「被告は、その部屋に華が閉じ込められていると思って訪ねたのではなくて、街で見かけただけの女性(被害者)の、住まいだと知りながら訪ねたと、供述をしていますよね」
――念を押すように相も変らぬ誘導尋問を繰り返す検察は、自白内容に沿った立証をさせようと、露骨で強引な誘導意図が窺える。
(41)
幹久は、「華に決まってんじゃねぇか。華の住んでる部屋ん中で、奴らに監禁されてんだから」と、思い込みを述べた。
裁判長は、「供述書に、街で見かけた女性の後を付けて、知った部屋だと供述をしています。ですからもう一度訊ねます。
訪ねた部屋に居住する女性(被害者)は、実際は華と言う人では無なかったと思いますが?」と、矛盾点の再供述を促した。
「奴らと戦ってると、警察は華を隠しやがったんだ」幹久は面度くさそうにそう言うと、一瞬、傍聴席がざわついた。
裁判長は、「では、女性を目撃していなかったんですか?」
「会う訳ねぇだろう。隠されてんだから」
「では被告は、男か女性の何方と戦ったんですか?」と裁判長は疑問をただす。
「奴ら男に、決まってんだろう」
田沢弁護人は、被告の「男」と言う証言をした事には安どしたのだが、これ以上度重なる証言を被告自身に求められることは、極力避けたかったようで、力なく異議の手を上げた。
「裁判長、再度の精神鑑定を行うよう、強く主張します」と言った。
「既に精神科医の判定が出ている訳で、再鑑定の必要性は無いと判断します」裁判長は断じた。
検察側は、「被告の自白内容の信憑性は揺るぎなく、然るに支離滅裂な戯言を駆使し、意図的に混乱を招こうとしているに過ぎない。
(42)
華と言う女性シンガーは実在するが、居住地が全く違っている。
被告が訪問したマンション部屋には、羽鳥美香子と言う殺害された女性が単身で住んでいたのであって、詰まり、被告は自供どおり街で見かけただけの女性の部屋だと知りながら訪ねたのは、紛れもない事実。
被害女性にとっては、見ず知らずの被告が強引に部屋に押し入れば、当然、騒いで抵抗するでしょう。
田沢弁護士は、「解剖医の、『果物ナイフ形状の凶器』だという見解を、そのまま供述書に引用させている事は同意できないし、発見されていない凶器の信ぴょう性が曖昧なままでは、その供述に基づかれている調書すら、曖昧と言わざるを得ないのではないか。誰が何の目的で、誰をどの凶器で、どう殺傷したか?
と言う事が大事であって、詰まりは、その一つでも立証できないのであれば、調書も未完成と言う事になる。
未だに断定する凶器が発見されていないことが不思議であって、容疑者が凶器を隠蔽するには、不可能だと思っている。
負傷していて逃げ隠れも出来ない状態であったのだから、凶器を持たずに倒れ込んでいた被告が、どのように凶器を隠したか、ぜひ、立証を願いたい」と噛み付いた。
裁判は、その後も幹久の支離滅裂な証言が続いて二転三転し、数ヶ月が経過していた。
連日のようにマスメディアでは、被告が犯人であるかのような報道が続いていて、半病人のように宗一は自宅に篭りがちになっていた、そんなある日のことだった。
(43)
〈TV特番報道の検察記者会見で、港区内マンションの服部美香子の殺害事件を報道されていた。
当日に目撃者証言があり、事件直後に警察で得られて居た新事実が公表されました。
目撃していた主婦の三人は、『事件発生時刻頃、同、事件現場であるマンション一階の非常階段出口で、不審な男を目撃していた』と言う事でした。
その信憑性は高いとして捜査をやり直したところ、今回、新容疑者の遊佐牧夫二十七歳の、逮捕に至りました。
目撃した主婦の三人は、事件のあったマンション別階の居住者達であり、『事件当日、一階の自転車置き場に隣接した、普段は使わない非常階段出口から黒っぽい上着を丸め、胸部から顔半分を被うようにあてがいながら、飛び出してきた不審な男を目撃し、二十代に見える痩せた一八十センチ位のノッポ男で、サラリーマン風にも、姿から感じました』と、主婦三人の目撃証言を交えて、遊佐牧夫容疑者を任意同行ではなくて、逮捕したと検察は発表をしました。
今まで目撃情報を公表しなかったのは、調査中であったためと言う検察の不可解なコメントでした〉とも報じていた。
宗一は飛び上がるほどの驚きだったから、その場で藤代に電話を掛けると、「今、TVで知りました」と、受話器の中から嗚咽が漏れだしていた。
(44)
宗一は、田沢弁護人に真相を訊こうと受話器を取った。
田沢弁護人は、「これから、出かける用事があるんだ」と前置きされたが、「なぜ検察は重大な目撃証言を、事前に明らかにしてこなかったんですか?」素朴な疑問を田沢弁護人に訊ねた。
「目撃者を公判で明らかにしていないのは、検察側の隠蔽工作なんだろう?幹久君には有利な材料が突如と出現して有難い。
何よりも容疑が根底から覆される可能性が出て来た訳だ。
これまでにも警察は、被告の有罪に支障を来たす証拠類などの一切は、隠してしまう傾向が時にはあるんで、困ったものだ」と、田沢弁護人は言い、「つい先日、事件の目撃証言者を独自の取材活動で見つけた某テレビ局なんだが、その裏付け取材を嗅ぎ付けた警察は、急遽、隠密捜査をして素早く今回の逮捕劇に繋げたようだ。
警察は今まで目撃情報を隠していたのか無視していたのかは解らぬが、幹久君の有罪を免れるのが困難なケースだったから、幸運な出来事だ」と言った。
「隠す理由が解からないですよ」宗一がそう言うと、「起訴に踏み切った以上、無実だと面子が保たれんのだよ。それに加えて裁判審理の迅速化が要求されていることも背景にはあって、ワシ(田沢)の過去にも冤罪人を救出した裁判事例があるんだが、今は老体に鞭打って辛うじて弁護を引き受けているのが精一杯」と言う。
(45)
「有難う御座います。何の力も無い名ばかりな親ですから、先生には大変お世話を頂ながら、何のお礼も出来ずにいて、本当に申し訳なく思っています」
「今回の事件は、引き受けないで置こうと思っていたケースだが、被告に一度は会ってから判断しようと、接見することにした。
会ってみると、激しい思い込み症状(精神錯乱)は会話で感じたが、実に好青年だった。
事件以外の話では、理路整然と論理だてた会話が出来てたし、このままでは、被告の不正確な精神鑑定結果になりやしないかと懸念を抱いたから、弁護を引き受けた。だが、そんな予感が的中してしまったようだ」田沢弁護人はそう話してくれた。
各メディアの報道が一転し、新たな目撃者を隠していた事への警察批判に傾きだしていたこともあり、幹久への追及は極度に和らいでいた。
(46)
無罪放免となった最後の幹久の裁判を傍聴し、帰りがけに藤代の心労を癒そうと、夕食に誘って日比谷公園近くで見つけた、レストランでビールと軽食を摂っていた。
突然、食事中に藤代の目頭が潤んで見えた。
「藤代さん、どうしたの?」宗一が藤代に訊いた。
「幹久さんの容疑が晴れて本当に嬉し涙です。本当に有り難う御座いました」
「いや、本当に良かったですね。一挙に容疑が晴れるとは思えなかったから、思いがけずに無罪が立証されて、喜びが込み上げています」宗一は、久方振りに晴れやかな気分で言った。
「幹久さん、自分が殺害したような証言ばかり繰り返している状況が変わらなかったですから、すんなり容疑が晴れるのかどうか、私、心配でした」
今時の女性には見られない、古風漂う律儀な藤代が、同棲と言う形であれ、幹久を献身的に支え続けてくれている姿を知るにつけ、心底、感謝の念を抱くのだった。
「幹久は今まで入籍について、藤代さんと何度か話合ったとは思うんですが、未だに入籍せずにいたことを知って、親としては本当に責任を感じています」
「……幹久さんとは、同じ会社に勤めていました。
幹久さんの仕事ぶりが評価されて、部室の長に抜擢されたんですけれど、そのことから先輩社員達の恨みを買いだして、幹久さんの指示に従わなくなっていたのです。
責任感のある幹久さんは、部下の遣り残した仕事までも肩代わりして、クライアントとの契約期日に間に合わす為、連日連夜、会社に居残って処理をしていたんです。でも、精根尽きたのか、『今月一杯で会社を辞める』と、私は幹久さんから聞かされました。
(47)
幹久さんとは何度も昼食を共にした仲でしたけど、一切、同僚の悪口や愚痴など聞かされたことはなかったから、驚きでした。でも、辞める決心をした理由は敢えて訊かなくても、私には社内の無責任な良からぬ噂話が飛び交っていたこともあり、幹久さんの心情は理解できていたんです。そのことが切欠で、結婚と言うか同棲生活に入りました。けど、幹久さんは、無職中は籍を入れないと言われて、今まで来ていますけど、それでも幸せです」そう藤代は一気に話してくれた。
「矢張り、そう言うことでしたか」
私もそれに近い会社内で起こった出来事の推測は、私なりにしていましたよ。
幹久が精神の病を治してから、就職先を見つける道のりは長い事でしょう。でも介添えは藤代さんの力に頼らざるを得ませんが、ぜひ今後ともお力をお貸しください」
「……」
宗一の言葉に、藤代は何か言いたげな表情を見せながらも、押し黙った。
「何か藤代さんの気に障ることを、言ってしまったら御免なさい」
「いいえ、そうじゃないです。ただ、お話して置かなければならないと思っている事はありますが、今はちょっと。でも近い内にきっとお話します。ですから今は許して下さい」藤代は、何か悩み事を抱えているようだった。
(48)
二日後、藤代から宗一の許に手紙が届いたが、食事のお礼と、今後の身の振り方に付いての心情を吐露した文面で、埋め尽くされていた。
「数年前から、幹久さんの病状悪化に伴う、幻聴が酷くなったことで、華と言うシンガーをフィアンセだと思い込むようになりだして、私との、『関係は終わったから、家から出て行ってくれ』と、幹久さんから毎日のように聞かされていました。けれど、病気のせいで本心ではないと聞き流してもいたんです。
幹久さん、それから何日も家を空けるようになりだしていたことで、私自身が不安定な精神状態になってきていることを、自覚しだしおりました。
私の両親は近距離に住んでいますけど、やはり幹久さんのご実家と同様、私の実家も十二年間余り音信不通を通していましたけど、この機に怒られるのは覚悟の上で、連絡を取りました。
当然ながら、両親からは酷く怒られましたけど、母は、『幹久さんの病状が快復した後には、未入籍で子供もいないことだから、関係を白紙に戻して人生をやり直して見てはどうか』とも言われました。
私は幹久さんへの愛情は冷めていませんが、幻聴とは言え、『関係が終わった』などと言われ続けてきたショックは、拭えないのです。そして、『お前(藤代)の居ないロンドンに、華を連れて脱出だ』と言うばかりではなく、実際に単独ではありましたけど、行動に移されてしまった現実を知り、深く落胆をしました。
その時点でやり直しは無理ではないかと、諦めにも似た判断をしてしまいましたが、ともかく幹久さんの病状の快復が得られる迄は、全力でサポートしようと考えているのです。
でも、身勝手で自己保身的なことばかり書いてしまいましたこと、本当に済みません。これからもお父様の変わらぬお力添えに頼らざるを得ませんし、宜しくお願いします」と、手紙は結ばれていた」
読み終えた宗一の心は萎えた。
だが、当然と言えば当然のことだと藤代の胸中は理解ができて、むしろ感謝の念を強く抱いた。
(49)
二年の歳月が流れて、二月の寒風吹きすさぶ日の午後だった。
各メディアは一斉に、「港区内マンションの服部美香子殺害事件の遊佐牧夫新被告に実刑判決が下された。
内容は計画的ではない犯行と断定し、情状酌量の八年と言う懲役刑が言い渡されて、その犯行に及んだ詳細も明かされました」
現在は、無実で釈放になっている元被告は、事件発生時にマンション棟内に不法侵入して訪ねた。
その部屋の中には、既に被害者女性(羽鳥美香子)と恋人関係にあった、遊佐牧夫二十九歳(目撃された不審人物)の二人が既に居て、部屋の外からドアを叩きながら、『風呂場の窓を打ち破って、救出してやるぞっ!』と叫ぶ元被告の激しい怒鳴り声に、遊佐は頭に血が昇って冷静さを欠いた。
『あいつは、誰だっ!』と、羽鳥美香子に訊くが、『あの男は前にも訪ねて来たストーカー行為をしたことのある、見ず知らずの男なの。
顔を覚えられるから、ドアは開けないで』と言った。
遊佐は、『お前、あの男と何を企んでいる!』と、騙されていると思い込んで怒鳴り、争いだした。
その最中、ドアの外にいる元被告がドアを再び激しく叩き、玄関ドア横の風呂場の窓を叩き割った音に、遊佐は殺されると恐怖感を抱いた。
羽鳥美香子の望む、関係決別を拒否し続けていた遊佐は、二人が仕組んでいると思い込み、食台テーブルの上に置かれていた、果物ナイフを咄嗟に掴みとると、冷めた目線で睨みつけている羽鳥美香子に、憎悪の感情が一気に高ぶった。
止めようとする羽鳥美香子の胸の辺りを一突きにした遊佐は、玄関ドアを開けて外に飛び出すと、面前に立ちはだかる男(幹久)に体当たりした。
横倒しになった男の腹部辺りを、手に握ったままの果物ナイフで突き刺すと、そのまま非常階段口に駆け寄って逃走を計った。
だが、今は勘違いに気づいて羽鳥美香子に謝りたいし、悔やんでいる〉と言う遊佐の自白内容から、ナイフも供述通りマンション付近の側溝内から見つかっていると言うことでした。
一部のマスメディアでは、「新被告の父親は、元検察庁に在籍していた」との情報もありますが、現在は未確認です」と、報じていた。
幹久には、家宅侵入罪の書類送検と、被害者宅建物の修復弁済金額が言い渡された。
幹久の放免日に合わせたように田沢弁護人の計らいで、幹久は葛飾区の精神課病院に入院されていて、二年半の歳月が流れていた。
幹久の症状が改善に向かったと、園部担当医師の判断で自宅からの通院に切り替えられた。
藤代は、幹久が退院した時点で決別するために実家に戻り、一人っ子であることから、親の薦めが強い婿養子を迎えることに同意したと言う。
――正常な思考を取り戻した時の幹久は、藤代の居ない現実を知り、さぞかし嘆き苦しむことだろう。親としてどう接し、何をなすべきかなどと、幾多のもどかしい思いが脳裏を掠める。
(50
藤代のいなくなった幹久の家に、宗一は暫らく滞在しながら幹久の世話をした。
順調に快復している幹久は、夢から覚めていたようだ。
事件のことは何もかも覚えていないのか、日に日に快活な振舞いをしだしていたのだが、藤代の居なくなった事を宗一に訊こうとはしないでいた。だが、そんな時、「俺、脳を患っていたようだから、お父や藤代には、迷惑を掛けたと思っている。
もう頭はスッキリしたし、これからは仕事を探すよ」と、幹久は宗一が作った食事を摂りながら言う。
「もう少し通院したら健康体に戻るさ。
そうしてから仕事のことはゆっくり考えたらいいと思うんだ。
余生の少ない親父だが、まだまだ力になれることはある」
「俺、頑張って歳月を取り戻すよ」
「勇み足をしない程度に、自然体で生きたらいいさ」
「お父。……藤代のこと訊いていい」内心で葛藤していたのだろう、幹久は藤代のことを切り出してきた。
「二人の関係にまで、親父が立ち入るのは止そうと思っていて、敢えて話さないでいたんだよ。
幹久も知っているだろうけど、藤代さんは一人っ子だそうで、先方のご両親にも十二年間も音信を断っていたということだから、大変、ご立腹されたんだそうだ。
ご家庭の都合もあって、『どうしても引き戻す』と言うご両親の説得に、藤代さんは幹久の為にもなると思って、此の機会に同意したそうだ」
「どうして、俺の為だと言うんだろう?」
(51)
「幹久に服従し過ぎたと、藤代さんは後悔しているようで、幹久の為には良くない存在だったとも言っていた。退院と同時に手紙を残して去ったのは、双方で未練を引きずる怖さがあったからだと、事前に話してくれていた。さぞかし辛い決断だったと思うから、そんな心情を察してやれよ」
「辛かったんだろうなぁ、両親にも詫びたいよ」
「その気持ちだけでいいと思う。藤代さんの心を乱してもいけないからなっ。でも親こそ、ご両親に詫びに行くべきだと思って藤代さんに告げたんだけど、制止をされたんだ。
多分、ご両親の怒りの矛先が、親の私に向けられて大事になるよりは、自分の勝手な不始末を詫びる方が、収まり易いと思っているようだった」と、そう話す。
幹久は力強く頷いた。
幹久は短期間に見違えるような回復力で、素直な幹久が目の前にいる喜びに、目頭が熱くなりだした。
――当分の間は幹久の家に滞在をして、寝食を共にする生活が続くことになるだろうと、思うのだった。
(52)
半年が経過した頃だったが、「二科展から封書が送られてきた」と、幹久は久しい笑顔を宗一に向けて言う。
「二科展って?絵画か何かの展示会でもあるのかい?」
「以前から書き溜めてあった絵画を、退院後に俺が二科展へ出展していたんだよ。ほら、これを見てよ」と言い、封書の中から取り出した、特選通知書を見せた。
宗一は、幹久の病が再発でもしたのかと思いが一瞬過ぎり、俄かに喜びの言葉も表情も、作れずにいた。
「応募した絵画が選ばれたんだから、喜べよ。マジなんだから?」
「そりゃ、本当なのか?まさかなら嬉しいさ。とてつもなく嬉しいよ」
――幹久は、高校時代から美術科目を専攻していたのは思い出すが、部活の野球に没頭していたことの方が強烈な印象で、脳裏に焼きついていた。
「美術も確、優秀だったことの記憶はすっかり薄れていたよ」と、
言う宗一は、幹久の手先が器用なのは、中学時代の彫刻作品が、学校内に寄贈扱いで長期に展示されていることは、知っていた。
「彫刻作品の優秀なのは思い出したよ。高校での美術作品は見たことはないが、話では優秀だったと誰かから聞いた気がするくらいだが」
「俺、会社を辞めてから、油絵は描き貯めていたんだよ。
藤代の笑む清らかな素顔がとても気に入って、何枚も描いていたよ。
この内の一点を、出展して見ようと思って応募していたんだ。
だけど、気分転換になればと思っただけで、まさか特選に選ばれるとは夢にも思っていなかったんだ。
以前、藤代からも強く勧められたことはあったんだけど」と、言う幹久の自信に溢れた表情からは、重い過去など完全に拭い去られているようだった。
(53)
授賞式の当日だったが、会場の隅で目を滲ませながら佇んでいた宗一の傍らに、何と藤代が擦り寄ってきた。
「暫らく振りです、お父様。幹久さんの絵画が特選に選ばれて嬉しいですよ。心よりおめでとうを、お父様から伝えて下さい。
私も以前から幹久さんに、二科展に出展したら良いのにと、言ってはいましたけれど、私の絵よりも、もっと素晴らしい絵があると思っていましたが、まさか、私の絵だったとは驚きです。
病状が快復したら、きっと出展する日が来るだろうとは確信していましたし、でも、こんなに早く凄い結果がニュースに出るなんて驚きです。
これまで、何度も家の近くまで行きましたけど、どうしても幹久さんに謝る勇気がありませんでした。
お父様に全てを押し付けてしまい深く謝りますし、恥じてます。
本当にごめんなさい」と、言葉を掛けてきた。
宗一は驚きながらも、「此方こそ、幹久を献身的に長期間尽くして下さって感謝は、決して忘れません。
幹久は、賞よりも藤代さんが来てくれたことの方が嬉しいはずですから、後で逢ってあげて下さい」と話すのだった。
「お父様を通じて『おめでとう』と伝えて下されば、幸いと思います」
「幹久は恨んでいませんよ。藤代さんのご努力で完治した幹久は感謝をしていましたし、済まなかったとも言っていましたよ。でも、貴方のご主人に顔向けが出来ないのであれば、無理には言いません」
「本当に私は幹久さんが好きです。ですから他の人と結婚する気にはなれませんでした。幹久さんに今さら許しを請うことは幹久さんを苦しめるだけだと思い、逢わないように努めていたんです。今日は辛抱できずに来てしまいました。本当に御免なさい」
「そう言うことなら、貴方の大きな愛で包んでやって下さい」
「……有難う御座います」藤代は躊躇いながらも、特上の笑顔を宗一に向けた。
完 登場人物はフィクション
統合失調症のと言う病の奇妙さ……