8本目 プレゼント
「ふぁ~。今日はいい天気だな」
「そうデスネ。春の陽気素晴らしいデス」
「って、何であんたと一緒に登校しなきゃいけないわけ?」
「いいじゃん、偶然同じ時間に出たんだし。どうせ方向も一緒なんだから」
翌日、太郎はさっそく行動に移した。
明日香とウエンディが寮から登校するタイミングを見計らって出発した。
まず写真を撮るためには、それなりの関係になるか、写真を撮ることに不自然さのないイベントが必要になる。
この学校は、多くの生徒が中学校から持ち上がりになるため、いわゆるオリエンテーション的なものはないし、既に歓迎会は終わっている。
というわけで、仲良くなる作戦となった。
「あんまり近づかないでって言ったでしょ。同じところに住んでるってだけでも勘違いの元になるんだから」
「はっはっは、そんな心配しなくても、俺は喜多達をそう言う目じゃ見てないからさ」
「どーだか。詩ちゃんたちの髪をすんすんしてた癖に」
「あれは、目の前が何も見えなくなって、呼吸ができなかったって説明しただろ。大体あれは事故だし」
「ふん」
「とにかくさ、俺は信用されたいんだって。俺はせっかくだから仲良くしたいんだよ。喜多だって、敵対でいるよりは、友好のほうがいいだろ」
「それはそうだけど……」
「俺だって何かしたら、あそこ追い出されて最悪学校に通えなくなるリスクだってあるんだぜ」
「あー、もう分かったわよ。だけどほどほどにしてね」
太郎の粘りにより明日香は妥協した。
(よし、とりあえず一歩前進だ)
「に、ニヤニヤしてるんじゃないわよ! 私は先に行くからね!」
だがその後、明日香は顔を赤くしながら、先に歩いていってしまった。
「タロー」
「ん? ウエンディどうした」
そして2人きりになったところで、ウエンディが太郎に話しかける。
ちなみにウエンディが太郎を呼ぶときは、たろうではなく、タローと呼ぶように聞こえている。
「タローは明日香の好きなんデス?」
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「タローハよく明日香に絡みついているからデス」
「まぁ、喜多だけは俺に対してどうも敵対意識が強いみたいだからな。あと絡みつくじゃなくて、絡まれてるんだと思うぞ」
「私はタローが思ってるほどは明日香がタローを嫌ってると思わないデス。明日香が男の子と普通に話してるのは珍しいデス」
(そういえば、七瀬も似たようなこと言ってたな。ウエンディは何か知ってるのかな?)
「ウエンディは何か知ってるのか? あいつの男嫌いについて」
「ンー。詳しくは知らないデス。ただ、転校してきて、この寮に住みはじめた頃は、学校には一応通ってたけど、ほとんど誰とも口聞かないで、部屋にこもってたデス」
(大体七瀬の言ってたことと違わないな。ウエンディのほうが寮での付き合いがあったから、学校外のことも知ってるくらいか)
「それでも、私は当時の先輩とも協力して、なんとか打解けたデス。でもそれは、明日香に何があったかという過去を一切聞かなかったからデス。だから、ここでは明日香の過去は聞いてはいけないことになってるデス」
(やっぱウエンディも知らないってことか。そこそこ付き合いのあるウエンディが知らないんじゃ、多分先生や詩ちゃんも知らないだろうな)
「タロー。ここまで話したのは、明日香をタローが傷つけて欲しくないからデス。人には知られたくない過去や、嫌な思い出はあるものデス。明日香が自ら話さないなら、触れないであげて欲しいデス」
「あ、ああ。ウエンディ達を見てる限りじゃ、喜多と仲良くなるのと、喜多の過去を知ることは関係なさそうだしな」
「ウンウン。ヤッパタローは分かってますデス」
ウエンディは話をしている間は、ちょっと真面目な表情だったが、太郎の答えを聞いて、笑顔に戻る。
(まぁ、過去は過去だしな。喜多は俺の理想の髪を持っている女子の1人。それだけだ)
太郎にとって大事なのは今の明日香であり、そこまで気にすることはなかった。
「よし、まぁとりあえず一緒に登校はできそうだし、ゆっくりやっていこう!」
太郎はそう決意した。
「ふむふむ、紫外線を浴びると髪の毛は頭皮の3倍のダメージを受けて、切れ毛や色素が抜ける原因になると。うーむ、こういう本は田舎にはなかったからな。興味深い」
太郎は下校しながら、読書していた。銀次郎から、髪の毛についての知識を学ぶ本を借りたのである。
(なんとなく悪いとは思ってたけど、こうして医学的に文章に起こされるとやばそうな感じがすげぇするな。こうしちゃおれん! ちゃんと守るための行動をしないと!)
太郎は本を読んで改めて不安になり、帰宅ルートを急激に変えて、商店街に向かった。
「あ、太郎さん、お帰りなさい」
太郎が寮に戻ってくると、詩が寮の近くの掃除をしていた。
「おう、ただいま。今日は俺が1番か?」
「はい。お姉ちゃんも明日香ちゃんもウエンディちゃんもまだですよ」
「そっか、あ、そうだそうだ。えーと、はい。これプレゼントだよ」
「え……、私に?」
「まぁ、詩ちゃんにだけってだけじゃなくて、先生やウエンディや一応喜多にもなんだけど」
「なんで皆にこれをくれるんですか?」
「これから暑くなるからね。女の子は紫外線とか気にするじゃん。やっぱお世話になるから、これくらいのプレゼントはあってもいいかなって思ってさ」
太郎が本を読んで、紫外線に対して不安を感じて買ってきたのは、麦わら帽子と日傘であった。
UVカットで髪にも優しい素材を選んで購入してきたのである。
髪のことを持ち出さなくても、日焼け等を女性は気にするので、そこまで迷惑なプレゼントではないと思い、太郎は仕入れてきたというわけだ。
ジェントルマン作戦2+明日香の高感度アップ作戦も兼ねた行動であった。
「あ、ありがとうございます……」
「ん? 詩ちゃんはもうこういうの持ってたかな?」
「い、いいえ持ってないんですけど……」
「もしかして趣味に合わなかったかな? 俺こういうの選ぶセンスないからな~」
「い、いえ、太郎さんからいただけてとても嬉しいです。じゃあ私は今日食事当番でもあるので、ちょっと戻りますね」
詩はそう言って、太郎からもらった2つを持って女子寮に戻っていった。
「うーん、なんか詩ちゃんの反応が変だったな。というか、明らかに俺が渡してから対応が変だった。もしかして、こういう贈り物はあまり一般的じゃないのか? というかいかんな、これは隠そうか」
太郎としては、理想の髪を持っている4人の中で、詩が1番自分を嫌っていないと思っている。ということは、詩が駄目であれば、他の3人はもっとまずい反応をされるはずであると思ってしまうのも無理は無い。
「あ、先に戻ってたんですか、仁志くん」
「ただいまデス」
「というか、そんなところで突っ立って何してるのよ。大きな荷物持って」
ちょうどそのタイミングで3人が戻ってきてしまった。
「あ、ああお帰りなさい」
「? その荷物はなんですか? もしかして何か足りないものでもあったんですか? それなら買ってこなくても、言ってくれれば準備したんですけど」
「い、いえそういうわけでもないんですが」
「もしかして、変なものを持ち込もうとしてるんじゃないでしょうね!」
「違う違う! 絶対に違う」
うぐいすと明日香に質問されて、太郎はたじろぐ。
(まずい。高感度を下げるわけにはいかん。さりげなく離れに)
「じゃあ、見せてもらいます。奪取~」
「あ、ウエンディ!」
だが、ウエンディに回り込まれ、袋を奪われてしまう。
「えーと、帽子が3つに、傘が3本? これはなんデス?」
「はぁ、観念します。これは俺が皆さんに買ってきたんです」
「どうしてですか?」
「いえ、これからお世話になりますし、歓迎会まで開いていただいたので、何かお送りしようと思ったんですけど、女性が何を欲しいかよく分からなかったので、これを買ってきたんですが……」
「あ、日傘じゃないですか。それに帽子も。ありがとうございます。頂いて大丈夫なんですか?」
「え、あ、はい」
ウエンディが奪った袋の中身を確認すると、うぐいすが真っ先に反応し、笑顔になった。
「私ももらっていいデスカ! 麦わら帽子も日傘も日本ぽいデス! 使ってみますデス! 似合うデス!?」
「ウエンディは麦わら帽子似合うな」
(後チラリズム感があって、なんかすげぇいい)
メンバーの中で髪が最も短いウエンディが麦わら帽子を被るとほとんど髪が隠れてしまうのだが、うなじやもみあげの辺りにちらりちらりとふわふわヘアーが小さく見えて、それがとてつもなくキュートさをかもし出している。
「いいですね。傘のデザインもシンプルですし」
うぐいすが傘を開くと、小柄でおっとりした見た目がさらに増幅されて、お嬢様みたいになっている。風がふくと、いつもどおり髪が揺れつつも、傘に跳ね返って、ちょっと不規則な揺れ方をする。
「…………、一応ありがたくもらっておくわね。せっかくのものだし」
「あ、ああ」
(あれ? 明日香も普通に受け取ってくれたぞ?)
太郎は拍子抜けしていた。
うぐいすとウエンディには悪い印象をもたれてはいないので、好意的な反応にやや戸惑いつつも、驚きは無かったのだが、明日香が特になんの抵抗もなく受け取ったのをみて、太郎は困惑していた。
「あのー、さっき詩ちゃんにも同じものをあげたんですけど、あんまり喜んでくれなかったみたいでして」
「え」
「エ……」
「は……?」
(あれ、さっきまでの穏やかな雰囲気はどこに行った? 地雷踏んだ?)
うぐいすの困惑顔、ウエンディの困り顔、明日香の怒り顔、どれを見ても、ちょっとまずいことをした感じが太郎には伝わった。