22本目 攻めるということ
「おお、銀次郎ってめっちゃ絵うまかったんだな。見せたいものってこれだったのか」
とある放課後に、太郎は写真部にいた。銀次郎から呼び出されて来て見れば、写真がたくさんある部屋の中、キャンパスに1枚の絵が飾ってあった。
写真と瓜二つの画力で明日香が書かれていて、それは太郎が驚愕するクォリティであった。
「うむ、同士である君がそう言ってくれるなら、試行錯誤した甲斐があったというものだ、僕は美術部に所属していたこともあったからね。これくらいは描けるさ」
「いや、にしても再現度やべぇぞ。さすがに喜多に渡したら破かれるかもしれないが、人によっては喜ばれるだろ。特に髪の躍動感がやばい。でも何で絵を描いたんだ?」
「最近ルイジ君と話していてね。ボクや太郎君のようなタイプは、女性が笑顔でいられるようにはするが、基本的には彼女達の現状に満足してそれを見続ける、「受け」のフェチ。だが、ルイジ君は、髪を美容師として洗髪し、より良いものとしようとする、「攻め」のフェチと言う話になってね」
「俺のいないところで、ずいぶん熱い話してんな」
「やはり太郎は分かってくれたじゃないか。なぁ銀次郎」
「いたのかい、ルイジ君」
「ああ、ずっといたさ」
写真部で無駄に行われる茶番に誰1人突っ込みが入らない。
「太郎君にもウェンディさんへのシャンプーを渡し、それを無事に彼女に渡したことで、ウェンディさんの髪は更にすばらしいことになった。髪が綺麗になって、より可愛らしくなったじゃないか」
「ああ、そうだな」
「後なんか知らないけど、以前よりも更に笑顔が魅力的になって、幸せそうにも見える」
「ああ、それはボクも感じていた。前から見てるだけで幸せそうだったが、今は溢れかえっているよ。何かいいことでもあったんじゃないか。太郎君は何か知らないのかい?」
「……さぁな。ウェンディは謎が多いから」
あまり心当たりを話すと、特にルイジあたりに問題を言われそうなので、ごまかす。
「僕としては、金髪が好きだが、喜多さんに、先生だったかな。あの2人も君達が目をつけているだけあって、かなりいい髪をしているな。是非あの2人にも攻めのフェチを試してみたい」
「別に受けで困ってないんだけどな」
「甘い甘い。現状で満足するのではなく、いろいろ試行錯誤してみるのがいいのさ。いい髪というのは、短く儚げなものだからね」
「だが、ボクは髪を触る理由をルイジ君のように持っているわけじゃないし……」
「大丈夫だ。実際に触らずとも、攻めはできる。是非実戦してみようじゃないか」
「よし! 今日の部活動は中止だ! ルイジ君、ボクにそれを見せてくれたまえ!」
「ああ、じゃあ太郎くんも行こうじゃないか」
「まぁ面白そうだしな。いいぜ」
「何で先生の机に髪を止めるゴムを2つ置いてんだ?」
場所を移して職員室。既に多くの教師が部活などで職員室を離れているが、真面目なうぐいすはこの時間でも職員室にいることが多い。
「軟背教諭は髪がかなり短い。髪を留めるとは思えないが?」
太郎も銀次郎もルイジも3人で職員室をこっそり除いているが、ルイジ以外の2人は不審そうだ。
「なぁ銀次郎君。君は確か髪が結ばれているのが好きだったな」
「ああ。だからこそ明日香君のツインテールはすばらしい。あの高い位置にあるラビットスタイルは感無量だ」
「あまり声を大きくすんなよ」
「しかし、銀次郎君は、そのツインテール以外の結び方を認めない度量の低さではないだろう」
「もちろんだ。あれは明日香君にあっているから、可愛いのだ!」
「お、先生帰ってきたぞ。それで、ルイジ、こっからどうなるんだ?」
「まぁ見ていてくれ。僕は金髪フェチだが、君達と同じくらい、綺麗な髪も好んでいる。それで先生を観察して気づいたことがあるんだ。ほら、見てくれたまえ」
そういわれて、2人もうぐいすを見る。
「うーん、ここはこうなって、(ファサッ)、えーと、(ファサ)、うーん(ファサッ)」
「何かやたら髪をかきあげているね」
「そのとおりだ銀次郎君。軟背先生はそこまで髪は長いわけではないが、あまりにもふんわりと柔らかい髪をしているため、顔を俯けると思い切り前に垂れてきてしまうのだ」
「なるほど。しかし、それが髪ゴムとなんの関係が」
「お、銀次郎に、ルイジ。先生がゴムに気づいたぞ」
「あら? これは誰のかしら? 没収した覚えもないし……、忘れ物かな? (キョロキョロ)ちょっとだけお借りしようかな?」
するとその髪ゴムを使って、うぐいすは髪を纏めた。とは言っても、とても短い小さなものだったが。
「おお! まさかあれは……」
「伝説のツインテール。カントリースタイル、バードテール!?」
「そのとおり。あの先生にはその可能性があると感じていた。やはり僕の目に狂いはなかった」
カントリースタイルツインテールとは、ツインテールの位置が耳より下の位置に置かれるツインテールのッ総称のことである。
他のツインテールに比べると、非常に幅広く、一般的に低い位置のおさげ、お下げ、三つ編みも含むので、そこまでレアではない。
だが、このバードテールが超レアもの。ツインテールは位置だけでなく、括った髪の形でも分類がある。
これも3種類あるのだが、ほとんどが1つの種類に該当する。
それはホーステールと言われる結び方である。毛先が自然な形になっているか、ある程度の編みこみやウェーブを加工で入れているのがこの結び方で、通常ツインテールにする場合は、この形をとる。
そして、残りの2つはバードテールとシュリンプテールである。
バードテールとは、結んだ先が非常に小さくて、ちょっとだけ跳ねている髪形で、ほとんど結んでいるという状態に該当しないため、これをやるくらいなら、そもそも結ばないので、あまり見られない。
シュリンプテールはもっと貴重で、結んだツインテールが自然に内側にカールするという独特の髪質を持つものしかできないもはや絶滅のツインテールである。
太郎も銀次郎も、もちろんその存在を知っていたが、それを見たことはなかった。
だが、その伝説に近いツインテールを目のあたりにしているのだ。
「なぜ軟背教諭があの髪型を?」
「彼女は髪がサラサラなのもあるが、後ろから見ると、ややうなじが見えるように横に分かれるしなやかな髪だ。そうなると、1つで括るには髪の長さが足りない。だから、髪を結ぶとするならば、どうしてもゴムなりなんなりが、2つ必要になる。だから、なかなか購入する機会がなく、邪魔になるのも、仕事をしていて集中しているときだけだから、あえて買おうともしていなかった。だから、そういうものがあれば、作業しやすいように、あの括りをすると思っていたのさ」
「すげーな。よく観察してるというか、おまわりさんに迷惑かけてないか?」
「大丈夫だ。2回だけだ」
「大丈夫じゃないじゃん」
「しかし、やっぱり貴重だよな。多分俺達がゴムを買ってもつけてくれないだろうしな」
「何故だ? 太郎君」
銀次郎とルイジが太郎を見てたずねる。
「あの髪型は可愛らしいけど、先生は大人らしくいようとする思考が強いから、一件子供っぽい髪型をしたいとは思わないだろうから」
「ああ、なるほど。じゃあ、きちんと目に焼き付けておこう。カメラは持ってきていないし、撮ってもばれるから、今度また絵を描いてみるよ」
銀次郎がそういったので、太郎はグッと親指を立てて銀次郎と目を合わせた。
「しかし、これが責めか。先生の髪がまたいつもと違う感じになって」
普段はさらっさらで自然に揺れる髪が、一応縛ってあることで、固定されて、ツインテールになった先っぽだけが、ぴょこぴょこ動いているので、キュート感が恐ろしくなっている。
周りに残っている教師も、チラチラ見ていたりする。
その後、3人で鑑賞しすぎて、他の教師が戻ってきてしまって、何をしていたのかたずねられて、返答に困るということもあった。
「さて、次は喜多さんを攻めよう」
あまり大音量でいうとまずいことをルイジが話しているのは、また写真部の部室。
「明日香君はあれで十分だろう。あの子に似合う髪型は、あのツインテール以外ない」
「あのしっとりヘアーも完璧だし、あれは逆にさらっさらにしちゃいけないからさ」
しかしうぐいすのときと違い、明日香に対しては2人とも変化を否定的にしている。
「もちろんだ。ツインテールはあのままでいいし、髪質もあのままだ。だが、それでも更にランクを上げることはできる」
「まじか」
「そんなことができるのかい?」
「ああ、ツインテールもしっとりヘアーも隠さない、いい手がある」
「あら、誰のかしら? このクラスにはこれをつけてる子はいなかったと思うけど……」
場所を移して太郎のクラス。日直のため他の生徒よりやや遅くまで作業していた明日香が帰ろうとかばんを持つと、自分の机に見慣れないものがあるのに気づいた。
「あれって、カチューシャじゃん」
「別に明日香君は前髪が長いわけではないし、つけるとも思えないが?」
「まぁ見ていたまえ」
「え、キョロキョロしてるぞ」
「まさか……まさか」
明日香はそのカチューシャをつけた。
「おおお? デコ出しヘアーだと?」
「髪の生え際が……見える……」
「それだけじゃない。上のほうで横にあふれた髪が、喜多の髪の重みでカチューシャを隠すように前に流れて……、なんというか、可愛い?」
「これは、明日香さんの髪というか、性格を考えての考察なんだ」
「どういうことだ?」
「明日香さんは、どちらかというとツリ目で勝気なタイプなのに、ツインテールは似合ってはいるが、幼い髪型だから、違和感はどこかあった。デコ出しのカチューシャもどちらかというと、幼さを演出するものだから、もしかしたらとは思ったが、大正解だったようだ。細かい事情は知らないが、彼女はそういうファッションに興味はあるのだろう」
「いや、本当にルイジはすげーな。ウェンディも喜んでたし、何より女の子が嬉しそうだもんな。責めてるのに、大切にしてることは変わらない」
「太郎くんも分かってくれたみたいだね。だから、僕も責めとして、写真から絵にしたのさ。絵はボクの理想の姿を書くことができる。太郎くんはあの3人と距離も近いし、是非いろいろ実践してみてくれると嬉しいな」
「ああ、だが、押し付けは駄目だぞ。好みは無限大だが、それを受け入れるかは女の子次第だ。どれだけ理想に近づけても、女の子が悲しんでいては意味が無い。まぁ、こんなことは言うまでもないだろうがね」
「ああ、俺ももっと彼女達を知る必要があるな。距離も近いし、ルイジに負けてらんねぇな」
「……。あ、お帰りなさい」
「今日は誰もいないのか?」
「うん、皆遅い……」
とある日、太郎がかなり早く帰宅して、詩と2人きりになった。
(攻めか……、詩ちゃんの髪はロングヘアーが似合ってるけど……、結んだら、可愛くなんのかな?)
太郎はふとそう思った。
「髪は結んだことはほとんどないんですけど……」
「へ? もしかして口に出してた?」
「……はい」
「うわ……、ごめん。気持ち悪いこと言って……」
「……、やらせてあげたいです……から」
「え?」
太郎は聞き違いかと思い、聞き返す。
「……2回も言うのは恥ずかしいです……、聞こえてますよね」
「私あまり外に出ませんし、結んだことは無いんです……」
(えーと何で俺は部屋に呼ばれてんだ?)
「これ……見てください……」
「これは? ヘアゴムに、ヘアピンに、カチューシャに、なんかいろいろあるな」
太郎の目の前に、詩の手から、いろいろなヘアアクセサリーが見せられる。
「太郎さんがもし詳しくて……結んでくれるなら……、いいですよ」
「ほ、ほんとにいいのか。髪を結ぶってことは、結構触ることになるぞ」
「……、太郎さんなら……」
「うーん、じゃあ、ベタにポニーテールか?」
詩の髪を後ろでまとめてゴムで留める。
「何か新鮮な感じですね……。前が見えすぎて……」
ポニーテールを高い位置で括ったため、普段前髪で隠れている目元も見えて、実はかなり大きい瞳が晒される。
「いいじゃん、可愛いしさ」
「……、あの、近いです、目をそんなに見ないでください……」
「ああ、ごめんごめん、嫌だよね」
「嫌、というわけでは無いんですけど……、恥ずかしい……です」
「あんまり見えすぎるといけないなら……、髪を横に流して、サイドテールか?」
「あ、これはいいですね……、可愛いですし、簡単で……」
「後は、ワンサイドアップとかもいいかな。毛量あるし」
「これは、サイドポニーじゃないんですか?」
「頭の横で全部括ったら、サイドだけど、一部だけ括るとこういうんだってさ。女の子っぽくっていい感じじゃないか?」
「……日によって量を変えれるなら面白そうですね」
「でもやっぱ大人しい感じだから、ハーフアップかな?」
「わ、これいいですね……」
「この辺の両サイドの髪を持ってきて後ろで留めると、ちょっとエレガントな感じになるけど、手間かな?」
そして、そのまま夕食を作るのを忘れるほど、髪で遊んでいた。




