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20本目 洗髪

「さて、ルイジからもらったのはいいが、ウエンディに渡せばいいのか」


太郎の手にはいつしかルイジからもらった、イギリス製のシャンプー。


ふと部屋を片付けていて、そのままにしていたのを忘れていたのである。


「いかん、普段備え付けしか使わないから、自分の部屋のシャンプーをそのままにしてたぜ。さっさとウエンディに渡そう」


「おーい、ウエンディ? あ、詩ちゃん、ウエンディ知らないか?」


「……今日は空手部の練習で遅くなるはずですよ。何かウエンディちゃんに用事ですか?」


「ああ、ちょっとな」


「あと、お姉ちゃんは研修で2日違う学校に行ってますので、いません。明日香ちゃんも、実家に1日だけ戻るらしいのでいません」


「そっか、じゃあ今日は詩ちゃんとウエンディと俺だけか」


「夕食もウエンディちゃんは外で食べてくるらしいので、今日はご飯は2人だけです。昨日の時点で知ってましたので、昨日の残りになりますけど……」


「別に気にしなくていいって、じゃあ早いけどご飯にすっか」


「はい」


というわけで、太郎と詩は2人で夕食を過ごした。




「……ウエンディ遅いな……」


時刻は22時。部活で遅くなることも多いが、それでも20時には帰ってくることが多いので、太郎は心配になった。


「携帯もつながんねーし。詩ちゃんは寝かしちゃったからな……」


詩は基本的に21時半から22時には寝てしまうので、既に部屋で夢の中である。


「ただいまデス」


「お、帰ってきた」


そう思っていると、独特の声が聞こえてきて、太郎は玄関に出迎えに行く。


「ウエンディ、遅かったな……、って手どうしたんだ?」


ウエンディは両手に包帯が巻いてあり、何かあったのが伺えた。


「あの、すいません」


「はい?」


ウエンディには1人女子生徒が付き添っていて、その生徒が太郎に話しかける。


「実は、練習の終わる19時頃に私が転びそうになって……、それでイーストサイドさんを巻き込んで下敷きにしてしまいまして……」


「もー、そんなに気にしなくていいデスヨ」


「怪我は大丈夫なのか? ずいぶん遅くなったみたいだけど」


「大丈夫デス。ちょっと怪我した時間が遅かったので、受け入れてくれる病院がなくて、遅くなっただけデス。骨に異常もありませんでしたし、1日か2日安静にすれば直るそうデス。だから、伊藤ちゃんもそんなに気にしないでくださいデス。送ってくれてありがとうデス」


「あ、はい。では失礼します」


「ちょっと待て。伊藤さんだっけ? 家近いんですか?」


「あ、はい。徒歩3分くらいですけど」


「一応遅いから送りますよ。いいかウェンディ?」


「もちろんデス」


「そ、そんな、私が悪いのに」


「いいって、これで何かあったほうが、お互い気に病むだろ」


「は、はい、じゃあお願いします……」


「じゃあちょっと送ってくるから」


「はーいデス」


太郎はウェンディを送ってきた伊藤という子を家まで送ることにした。


「あ、ありがとうございました」


本当に家自体は近く、特に話すこともなく、到着した。


「あのー、本当に気に病まないでやってください。ウェンディは思ったことを話すタイプですから、嘘はつかないです。むしろ伊藤さんが気にしてるほうが、ウェンディは逆に気に病みますので」


「あ、はい……。あの、仁志さん、イーストサイドさんのことお願いします」


「ああ、任せといてくれ」


最後に少し会話を交わして、太郎は寮に戻った。


「お帰りなさいデス。伊藤ちゃんは無事に送りましたか?」


「おう」


「おくりびとにはなってませんデスカ?」


「多分送り狼と言いたいんだな。俺は納棺士じゃないぞ、伊藤さんを俺は殺してるみたいじゃないか」


「伊藤ちゃんは可愛いデスカラ。柔道部のマドンナデス」


「それはウエンディじゃないのか?」


「あ、いけないんだー。ヤラシイことを言っちゃうタローはめっデスヨ」


文句はいいつつも、ちょっと嬉しそうにして、太郎の口に指を充てる。


「どこで覚えてんだよ」


「さぁ、どこでしょうデス? さてと、お風呂に入りたいデス」


「いや、その手じゃ無理だろ? 1日か2日安静にしてるだけなら、今日は我慢しろよ」


「えー、でも入らないと気持ちわるいデス。汗かいてマスシ、特に髪もベタベタデスカラ」


ウエンディは服が少しくたびれていて、髪もいつもと比べると、やや乱れている。お風呂に入る前の彼女はいつもこのような感じだが、それでも金髪の輝きは太郎の目をひきつけるほどには質が良かったりする。1日くらいなら、リカバリーは全く問題がなさそうに思えた。


「せめて軽くシャワー浴びて、髪だけでも洗いたいデス。誰かいませんデス?」


「今日に限ってはいないんだよ。喜多は実家で、先生は研修、詩ちゃんはいるけど、もう寝ちゃってるし。詩ちゃん起こすか?」


「そこまではできないデス。じゃあ仕方ありませんデス」


ウェンディはあきらめた顔をして立ち上がる。


「そっか、じゃあまた明日な」


太郎はそれを見て、部屋に戻って寝ると思い、離れに戻ろうとする。


「いえいえ、何してるんデスカ? 待っててくださいデス」


「え? まだ何かやることあったか? あ、ご飯か? ちょっと余ってるけど……」


「うーん、ご飯はあるならほしいデスケド、それよりお風呂デス」


「入るのか? 転んだりしないように気をつけろよ」


「何言ってるんデスカ? 手伝ってくださいデス」


「へ? ウェンディこそ何言ってんだ?」


太郎ははじめ何を言われているか理解できなかった。



「はい、じゃあお願いデス」


(え? 何でウェンディの頭をシャンプーすることになってんの?)


そして、いろいろあって太郎とウェンディは浴場にいた。


もちろんウェンディは水着をつけている。


「水着つけれるなら、頭洗えないのか?」


「水着を着るのは、指が2本くらいあればできマス。でも髪を洗うのは、全部の指使いマスシ、怪我に染みマス」


ウェンディの水着は赤と黒を基調としたビキニで、ワリと露出もある。


「本当にいいのか?」


もちろん、太郎の目に映るのは、憧れの金髪ふわふわヘアーである。それを触るどころか、洗髪するというのである。さすがの太郎も、これは初めてすぎて、喜びと困惑の感情が入り交ざっていた。


「うーん、タローならいいデス。髪を大事にしてくれそうデス」


「いや、そういうことじゃなくて、ウエンディって髪大事にしてんだろ? 男に触らせていいもんなのか?」


「確かに自慢の金髪デス。ハーフなのに、こんなに綺麗な金髪になったので、マミィにも大事にしてもらいましたデス。タローは私の髪を良く愛おしそうに見てマスカラ、大事にしてくれそうだと思いましたデス」


(気づかれてたのか?)


「やっぱり日本人は金髪に興味津々デスカ?」


「ああ、そういうことか。ああ、ウエンディのは特にきれいだもんな」


一瞬髪フェチがばれたかと思ったが、そうではなかったようで太郎は安堵する。


「それに、タローの持ってたイギリス製のシャンプーも興味ありありデス」


「ああ、これは友人からもらったやつだけど。そっか、イギリス製ならウェンディの髪に合うかもな」


「じゃあ前置きはいいとして、お願いしマス」


「ああ、じゃあまずは……」


「? 何してるんデス?」


「何って……、髪を梳いてるんだが?」


「それは後でやるんじゃないデス?」


「いや、まずはこうして、髪のもつれを解くんだよ。1日過ごしてると、ワリと髪って絡まるんだ。そのまま濡らすとさ、髪がもつれたままになって、洗うときに指に絡んで抜けるかもしれないんだ。特にウェンディの髪は細くてふわふわだから、丁寧にほぐさないと」


「ンン……、何か気持ちいいデス。テクニシャンデス」


「とは言っても……さらさらだな。ほとんど絡んでない」


(他の3人と比べても細くてふんわりしてるな。そういえばウェンディの髪だけはちゃんと触るのは初めてか?)


詩とうぐいすは初対面で触っている上に、2人とも割りと太郎に隙を見せているので、触っている。明日香は初対面でツインテわしづかみにしているが、ウェンディだけは感触をちゃんと味わうのは始めてであった。


「自慢の髪デス。でも太郎くらいデスヨ。触らせたのはデス」


「ありがと。めっちゃ気持ちいい」


「喜んでもらえるなら……、何かドキドキデス」


「じゃあ次は、髪にお湯かけるぞ。ちょっと触るからな」


「ウフフ、くすぐったいです。豆腐触ってませんか?」


「頭皮な。まぁ豆腐みたいに白くてふわふわだけど、これは必要だからさ。じっくり水分を含ませて、汚れを落とすんだよ」


「ハァ……、ひゃっ……、ふぁぁぁん……」


「変な声出すのやめてくれないか。何か良くないことをしてる気分になる」


「ご、ごめんデス。でもやめないで……、気持ちいいデス。他の人に髪を洗ってもらうなんて、子供のとき以来デスカラ……」


ただ頭をマッサージしながら洗っているだけなのだが、どうやらウェンディは頭、髪を触られるのが気持ちいいようで、口元を抑えているのに、声が抑えられない。


「じゃあ、もう洗っちまうか。えーと、確か500円玉くらいの寮のシャンプーを取り出して、頭につけてっと」


「冷たいデス……、ヒャー!?」


「何かさっきより声が出てないか?」


「だ、だって、頭を思い切り押してきて……デス」


「でも頭を洗うときは爪でがさがさしちゃいけないからさ。指の腹で押すようにして」


太郎はやましい気持ちはなく、ウェンディの金髪を触りながら、丁寧に洗う。


「あっあ……、はぁん……、あン……」」


ただ、太郎が真剣に丁寧にやればやるほど、ウェンディの髪は丁寧に洗われて、頭皮を気持ちよく押されるので、声がどんどん漏れてしまう。


ウェンディファンの男子が聞いたら、声だけでも元気になってしまいそうである。


「じゃあ最後に、丁寧に洗い流して終わりだな。これもちょっと髪に触らしてくれよ」


「ふぁい……」


太郎からは見えていなかったが、既にウェンディの顔はうっとりとしていて、トロンとしていた。


お風呂場なので、汗をかいているとか、顔が赤いとかが分かりにくかったのは彼女にとって幸いであった。


「よしっと。いい感じになったな。俺はもう出るけど、ウェンディはどうする?」


「ふぇ……、あ、あっ、もう少しシャワー浴びてから出ますデス!」


「そっか、倒れないようにな。後で髪も乾かしてやるから。外で待ってるぞ……、何してんだ?」


太郎が立ち上がって、風呂場のドアを閉めようとすると、ウェンディが風呂桶に顔を突っ込んでいた。

 

「……、ぶくぶく」


「あ、上がりましたデス」


「おっ、待ってたぞ。じゃあ乾かしてあげるから、ここに座って」


「ほ、ほんとにいいデスカ?」


「頭を洗うってのは、乾かすまでだと思ってるからさ。ここまでやったら最後までやらしてくれよ。乾かした髪を触って、今日の成果がちゃんと分かるし」


「う~、じゃあお願いしますデス」


顔を赤くしながらも、黙ってキッチンの椅子に座る。


ブォォォォ。


「うん、いい感じになったな。悪いな、今日はウェンディの髪触り放題だな」


「私の髪好きデスカ?」


「ああ、気持ちいいし、やっぱ金髪はいいな。じゃあ後は軽く梳くかな」


そして、最後はウェンディの髪を優しく櫛で梳いていく。


「……くぅ……、あっ?」


「ん? どうした?」


ウェンディがずっと大人しくしていたのだが、急に頭が動いたと思うと、また急にピンと起き上がる。


「エーと、気持ちよすぎて、寝てましたデス」


「ちょっと無防備すぎだろ。男の前で寝るとか」


「でも、太郎は何もしませんデス」


「まぁ、髪を撫でるくらいだな」


「それくらいなら、もうずっとしてもらってマス」


「違いないな」


「あはははは」


「フフフフフ」


そして、和やかに時間は過ぎていった。


「あのーもしよければデスケド。明日もまだ安静にしなきゃデスカラ、お願いできマスカ?」


「…………、明日も先生と喜多はいないが、詩ちゃんに頼めばいいんじゃないのか?」


「……嫌デスカ?」


「嫌というわけではないけど」


「じゃあ……お願いしマス」


「……、詩ちゃんが寝てからならな」


そして、次の日もたくさん髪を触れました。


太郎の手は人の髪を洗っているのに、今まで異常にスベスベになっていた。


「イーストサイドさんの髪がすばらしく綺麗になってるな」


とある日、太郎が銀次郎とルイジと過ごしていると、ルイジがそう言った。


「ルイジのおかげだ。毎回シャンプー仕入れくれる上に、トリートメントまでくれただろ?」


「僕は大事な金髪を綺麗にしたいだけだ。やはり、髪が綺麗な子は、洗髪も上手なんだな。特に月曜日だ。本当に髪が綺麗になって、なんとなく表情も満足げになっているから、おそらく週末はさらに丁寧に洗ってくれているんだろう」


(俺が土日洗ってるって聞いたら、どうなるだろうな……)


ルイジは非常に満足げだったが、太郎としては内心おだやかではない。


「うむ、それに少し髪も長くなって、結んだら似合いそうにもなってきた。糸みたいに細くて決め細やかな金髪は悪くないね。ルイジの趣味はやはりいいな」


「これも、女子寮に自然に整髪量を送れたことが勝因だ。同士としてありがとう」


ルイジからされた握手を、やや苦笑いで受け取った。

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