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1本目 都会初日と出会い

「つーわけで、来て見たが人多すぎだろ!」


太郎は入学式の前に、都会に顔を出しにきていた。


家族からの了承は得ていたが、都会に親戚などもいないので、寮暮らしか、アパート暮らしとなる。


彼は親を説得する上で、お金のかからない寮制度を条件にされていたので、必然的に寮暮らしである。


「うーむさすが都会。とりあえず寮に顔を出してみるか。寮生活ともなれば、人付き合いもあるだろう」


彼はのんびりと歩き出した。


「えーと、東京は曲がり角が多いな……。でも多分この辺に……。飛島とびしま高校、飛島高校……、最初は飛鳥あすかかと思ったぜ。あやうく間違えるところだったからな。まぁそんなことはどうでもいいが。お、看板見っけ」


太郎の目の前には、確かに『飛島高校男子寮』と書いた看板があった。


「…………。あれ?」


だが、あったのは看板だけだった。中には作業員みたいな人が材木を片付けている様子が見られ、建物のたの字も感じられなかった。


「ん? 立て替えでもしてんのかな。じゃあ予定とか書いてあるだろうし……」


冷静になろうとしたが、どうも自分の心の整理ができていなかった。


「お、裏側に建物があるぞ?」


ふと太郎が顔を上げると、反対側に建物があるのに気づいた。


「様子見てみるか」


基本的に考えるより行動、それが太郎である。


「何々……。飛島高校女子寮……。こっちは女子寮か。女子の寮は普通にあるんだな」


反対側の道路に回って確認した看板は女子寮のもの。ということは場所は間違えていないということであり、太郎は手詰まりになった。


「あの、どうかされましたか? ここは女子寮ですけど」


太郎が首をかしげていると、後ろから声をかけられる。


「ああ、はい。実はぁぁぁ?」


太郎を振り向いた先にいたのは、少し小柄で、176センチの太郎と比べると、30センチ弱背が低い。

顔も童顔で、出るところがあまり出ていない。


だが、スーツを着ているので、おそらくは社会人。最悪でも就活生とかである。だが、太郎が気にしたのはそこではない。


(まじかよ。なんだあのふんわりヘアーは)


彼女の髪はやや肩にもかからない短めの髪で、風が吹くとそれに何の抵抗もなく揺れるのだが、風が止むとすぐに元の状態に戻る。


(間違いない。あれは俺の理想の髪の1つ。シルクみたいなふんわりへアーだ)


実際には触らなければ、シルクみたいな手触りがするのか、ふんわりしてるのかなんて分からないのだが、彼はずっと髪を眺めてきたので、その髪の絶妙な動きで髪質を判断できる。髪を触ることはもちろん彼の願望だが、実際に触るのは難易度が高いうえに、自分が触ることで価値を下げたくないので、できるだけ触らないようにしてきた彼のスキルの一つであった。


(うっわ、触りたい……)


だが、そんな彼をもってしても、目の前の女性の髪は我を忘れそうなほどであった。


「あのー、もしかして仁志太郎くんですか?」


「は、っはい」


太郎が理性を失う直前に、その女性が声をかけてくれたので、事なきを得た。


「はじめまして、飛島学園高等部の国語教員で、女子寮の管理もしています、軟背なんせうぐいすと申します。ちょっと君にお伝えしなければいけないことがあります。こちらでお話しましょう」


うぐいすに案内され、太郎は後ろをついていく。


多分重大な話をされるのだが、太郎の目線は目の前でゆらゆら揺れるシルクヘアーに夢中だった。


「はぁ、そんな事故が」


太郎がうぐいすから聞いた話だと、男子寮で1週間前に、突如爆発が起きて、全焼したとのことであった。


原因はガスの栓の不始末。


「幸いだったのは、その日は男子寮にいる子は偶然帰郷したり、部活に行ってたりして怪我人もいなかったことだったけど、男子生徒は一時的に近くのアパートに越してもらって、新入生にも事情は話してたんだけど、仁志くんだけは連絡がつかなくてね。ごめんなさい」


「まじですか……。俺はどうすればいいですかね」


さすがに状況が状況なので、髪に浮かれている場合ではない。もちろん、お互いに真正面を向いているので、じっくり見たら悟られるというのもあるが。


「近くに親戚とかはいませんか?」


「ここは始めてきたんです。親戚も友人も皆元々いた町に住んでます。俺が無理行って東京に来させてもらったんです」


「そっか、じゃあアパート暮らしは……」


「これ以上親に迷惑をかけるわけには……、俺の家には父さんがいないんです。母さんにこれ以上の無茶は……」


太郎にとっては、目的はどうあれ、かなりの無茶を通しての上京であり、いくらおちゃらけている彼でも、それ以上の我がままは自分が許せなかった。


「そうですよね……。じゃ、じゃあ、仁志くんさえよければですけど、ここに住みませんか?」


「へ?」


「女子は寮暮らしをしている子が少ないので、部屋の空きがけっこうあるんです。人が多くなっても維持費は同じですから……」


「いえいえ、さすがにそれは駄目ですよ」


「そうですよね。女子だらけのところに男の子は住みづらいですよね」


「そ、そうではなくてですね。女子のほうが嫌でしょう。女子だけの空間って大事じゃないですか」


太郎は女子との交際経験はないが、女子の友人がいたので、女子の世界を知っている。


そこには、男子がいないからこそできる話や空気感というものがあり、それは男以上に閉鎖的であるということ。


というより、どちらかの性別しかいない空間に、別の性別の人間が入るというのは、どこかストレスが発生するものであることを、太郎はよく理解していた。


「ま、真面目ですね。で、では、間をとって、離れはどうですか?」


「離れですか?」


「ええと、見えますか?」


うぐいすが窓をあけて指を指したので、太郎はその指の先を見た。


一室だけありそうな、小さな小屋みたいな場所だった。


「あそこは昔物置に使っていたらしいんですけど、女子の寮生が少なくなってからは、物を空き室に置くようになったので、今は使ってないんです。埃っぽいかもしれませんけど、住むだけなら使えますよ」


「はぁ、なるほど。まぁそれならいいですかね」


「オフロとか、お食事だけは女子寮の中になりますけど、トイレは外にもついてますから、その2つだけなんとか了承してもらえるように、私から説得してみます。家賃も寮より格安にしますから」


「は、はい。本当にすみません」


「いいんですよ、元々はこちらの落ち度ですから」


(うっしゃ。災い転じて福となす。俺好みの髪を持った人と暮らせるなんて!)


「じゃあ、早速掃除してきまーす」


太郎は高いテンションで離れの掃除に向かった。


「なかなか汚れてるけど、気にしないでさっさとやっちまうぜ」


太郎が離れを見てみると、荷物は移動させられているので、散らかってはいないが、長く手をつけられていないのが一目で分かるほど、埃と雲の巣がたくさんあった。良く見るとG的なものや、よく名前のはっきりしないものもいた。


「さっさっさ~♪」


本来いきなり寮に来て、ここまでご機嫌で掃除をするのも変なのだが、15年生きてきて始めて、100点をつけれる髪に出会った彼のテンションは、掃除で下がった分を一気に取り返していた。


(いいな~。あの人いくつなんだろう。10歳くらいなら気にしないけどな~)


とまぁ、妄想にふけりながらも、てきぱきと掃除をしていく。


彼は女子の髪を汚さないよう、教室は徹底して綺麗にしていた。


100点とは言わずとも、80、90点の女子がいるクラスは、こっそり朝早くや夜遅くに掃除をしていたのだが、これを知る生徒はいなかったのである。


というわけで、掃除に関して言えば、彼はそこらへんの主婦なみにあり、てきぱきしていた。


「あの~、私も手伝いましょうか?」


「! 駄目です! (髪が)汚れます!」


埃まみれになっている離れにうぐいすが入ってこようとしたので、太郎は肩を押して止めた。


その際に、肩にかかっていたうぐいすの髪にわずかに太郎の手が触れた。


(うわっ、手触りやべぇ。本物の絹糸みたいにすべすべじゃん)


わずかに指先に触れた程度だったが、そのあまりの感触に、つい太郎の手は止まった。


「そ、そんなことを気にしなくてもいいんですけど……」


太郎が肩を抑えたままの上、言葉が足りていないので、純粋に気遣われたような感じになり、うぐいすは頬を少し染める。


彼にとっては、髪はあえて主語などに含む必要がないので、これがちょくちょく誤解を招く。


田舎時代も、『(髪が)綺麗』とか、『(髪が)素敵だ』とかで、何人かの女子をアンジャッシュ状態にしていたりした。


「本当に大丈夫ですから」


「あ、はい……。えーと、掃除が終わりましたら、必要なものがいくつかあるでしょうから、1階の1番奥の部屋が、今倉庫になっていますから、そちらに行って欲しいものがありましたらもって行ってくださいね」


「はい、ありがとうございます」


「では、私は学校に戻りますから。何かあったら、学校に連絡ください」


そして、うぐいすは去っていき、太郎の掃除タイムが続いた。

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