14本目 うぐいすの評価
「それでは、今日も1日お願いします」
号令が終わり、担任のうぐいすが教室を出て行く。
「なぁなぁ、ほーちゃん何か調子悪そうだな」
「仁志くん、何かほーちゃんのこと知ってる?」
「ほーちゃんって誰だ?」
「先生のことじゃないか。何だお前、女子寮に世話になってるのに、先生をあだ名で呼べてないのか? そんな距離感でいいのか?」
「いや、先生を一般的にあだ名では呼ばないだろ。教師との距離はちゃんと守るべきだ」
太郎は真面目に生活していたし、田舎の学校の教師はみんな真面目で基本的に教職を尊敬している。
なので、教師を苗字+先生以外の呼び方をすることは考えられないことだった。
「いいんだよ。ほとんど皆そう呼んでて、教師からも可愛がられて、ほーちゃんって呼ばれてんだ。まぁ、24歳とは思えないほど可愛いからな。俺全然いけるぜ」
うぐいすは身長が150センチに達しておらず、スタイルも決していいとは言えない。しかも童顔で、肌がまだスベスベさを残していて、まだ学生服を着れかねないレベルである。
「大体どこからほーちゃんを持ってきた」
「うぐいすだからだよ。それで、うぐいすの泣き声がホーホケキョだろ? だから、ほーちゃん」
「ああ、なるほど。でも俺は呼ばねーぞ。先生は先生だ」
「くそ真面目だな~。もっとフランクでいいと思うぞ」
(ん? でもそういえば寮のメンバーは誰もほーちゃんって呼んでないぞ。歌ちゃんは従姉妹だから分かるけど)
太郎はそこが気になったので、聞いてみることにした。
「え? 先生のあだ名? 私は先生だろうが、友人だろうが、誰もあだ名では呼ばないわ。それだけ」
「あ、そ」
明日香の理由はただ単なる個人の性格であった。
「軟瀬先生デスカ? ほーちゃんはあだ名センスがありませんデス」
「あ、そ」
ウエンディも性格的な問題であった。
「ま、そこら辺はいっか。とりあえずそれより最近の先生の元気のないのをどうにかしたいな。とは言っても俺は何ができるかね」
「ふむ、軟背教諭のことか。確かにあの人はいい髪を持ってはいる。20代としてはなかなかだね」
太郎は銀次郎とまた話に来ていて、話の流れでその会話になった。
「銀次郎もほーちゃんとは呼ばないのか?」
「ああ、ボクは軟背教諭とはあまり絡みがないからね。もう少し髪を伸ばしてくれればボクの好みに合うがね」
「そこらへんはいいわ」
「でもだね、軟背教諭の元気が無い理由に心当たりはある」
「お、まじかよ」
「いや、これは分析というだけだ。正しいかどうかは責任は持てない」
「それでもいいぜ、何か教えてくれよ。一緒に過ごしているんだから、あまり元気がないのは気分がよくない」
「まぁいいだろう。同士の頼みだ。ああいう見た目が子供っぽい女子というのは、自分がそうであることを気にしていることが多い。それに加え、、教師なのに、他の先生と違って生徒に友達感覚で接されているのは、あまりいい気がしないのではないか?」
「つまり。大人っぽく見られたい願望があるかもしれないってことか? でもそれなら今更じゃないか? あのあだ名は昨日今日のもんじゃないだろ?」
「そうだね、軟背教諭は赴任当時からずっとああ呼ばれている。だが、彼女は教師として3年目だ。1、2年目は生徒と仲良くなることを優先して、距離感が近いことを受け入れていたのだと思う。3年目となれば、そろそろ自分の仕事も分かってきて、自分の呼ばれ方について、良くないと思う余裕もできてくる頃ではないか?」
「銀次郎すげーな。良くそこまで分析できるな」
「まぁあくまでも予想に過ぎない。責任自体は取れないぞ」
「いや、なんとなく方向性が見えてきただけでも助かる、ありがとな」
「ああ、写真を待ってるよ」
そして、太郎は帰路についた。
「ふー、いい湯だったぜ」
太郎はお風呂場を出た。
太郎が現状女子寮に入れるのは、食事の時間か、このお風呂の時間である。
もちろん、お風呂は最後に入り、しかも掃除をしてお風呂をためなおして入っているのである。
この状況になるまではいろいろなやり取りがあった。
~お風呂会議~
「みなさん、仁志くんの入浴については時間をずらすということでいいですか?」
「……私は気にしません」
「私も別にいいデス」
「駄目よ! 男子と同じお風呂に入るなんて絶対にいや!」
事実上反対をしていたのは明日香1人で他のメンバーは時間さえずらせばいいとの考え方だった。
「じゃあ明日香はどうするんデス? タローに先に入ってもらうんデス? 後デス?」
「先は絶対に嫌よ! 男が入った後に入るなんて! 後もこいつは私達の入った湯につかるなんて、何かいい気がしないわ!」
「……でもそれじゃ太郎さんがお風呂に入れないよ。明日香ちゃんお風呂好きだから、気持ちは分かるでしょ」
「うぐ……」
(すげー恨みがましい目で見られてる)
「女子寮の入浴の時間って決まってるんですか?」
「あ、はい。19時~21時です。それ以外の時間に入る場合は、私への了承を得てもらってます」
「じゃあ、俺はその時間を絶対に避けて、先に入ったら、入った後掃除して、後に入ったら、掃除してから入るっていうのはどうですか?」
「でも、それだと仁志くんが大変ですし」
「掃除は構いませんし、この辺が落としどころじゃないですか? 喜多もそれならいいよな」
「まぁ、それなら」
こうして、太郎の風呂タイムは18時ころか、22時頃になった。
~回想終わり~
「今日は23時になっちまったな。まぁこっちの方がいいんだけど」
太郎はなんだかんだで、女子より後に風呂に入ることが多い。
風呂に入ってから掃除をするのが面倒だし、基本的に食事よりも先に風呂に入るのを好まないためである。それにしても今日はちょっと遅くなってしまったが。
「さて、とっとと出て帰るか……。ん?」
太郎はそのまま帰ろうとしたのだが、キッチンのほうが明るいので気になって目に止まった。
ちなみに、太郎はお風呂上りにわざわざキッチンによる必要性はない。
風呂、キッチンはないが、太郎の居る離れには洗面所とお手洗いがあり、昔使っていた備品から小型冷蔵庫を見つけていたので、牛乳やお茶や水はちゃんと確保している。
お風呂場がかなり女子寮の出口側にあるので、普段であれば絶対にキッチンには気づかない。
だが、いつもお風呂を出た後は、大抵皆部屋に戻っていて、キッチンは暗い。だからこそ、その違和感に太郎は気づいたのである。
「あ、軟背先生、何してるんですか?」
「に、仁志くんですか」
キッチンに入ると、そこにいたのはうぐいすだった。
「ちょっと夜食を頂こうと思いまして」
「寝ないんですか?」
「まだちょっとやることがあるので……」
「……もしかして最近お元気じゃなかったのは、それが原因ですか?」
「……知ってたんですか?」
「クラスメイトには多分ばれてませんけど、俺含めて一部が気づいてます」
「うーん、無理してないつもりだったんですけど……」
「ちゃんと睡眠はとられたほうがいいですよ。(髪に)あまり良くないですし」
「ですけど……、ちゃんと仕事を終わらせないと……、迷惑になりますから」
「ちなみに何をされてるんですか?」
「資料のまとめです。単純作業ですけど数が多くて……」
「そうですか……。単純作業なら、俺手伝いましょうか?」
「い、いえいえ。そんなわけにはいきませんよ。生徒に仕事を手伝わせてるなんて」
「そっすかね? 学校とかで、教師が生徒に準備とか手伝わせるのはそんなに珍しくないと思いますけど」
「そ、それはそうですけど」
「それに、最近軟背先生が元気じゃないみたいなんで、皆心配してますよ。俺も先生の(髪の)調子が心配ですよ。俺ぜんぜん元気ですし、1時くらいまでは結構起きてますから」
「それはそれでよくないと思いますけど……」
「軟背先生には本当に感謝してるんですよ。俺を女子寮に入れてくれて、今苦労してるのは、俺の件も決して無関係じゃないでしょう。先生が笑顔で元気で居てくださったほうが、俺も元気でいられますし」
「…………///」
「軟背先生? やっぱ調子悪いんじゃないですか? 顔赤いですよ?」
「ち、違います! もう、仁志くん、あんまり女性にそんな言葉をかけるものじゃありませんよ」
「へ? 何か変なこと言いましたか?」
太郎にしてみれば、うぐいすの綺麗な髪が荒れるのが困る上での提案であり、一切の他意はない。完全に自分のためとしか思っていないのである。
「で、でもそこまで言ってくださるのでしたら、お手伝いお願いできますか?」
「はい、もちろんです」
「で、では部屋でやろうと思ってましたが、ここに持ってきますので、ちょっと待っててください」




