再誕
俺はかつて剣で最強の二文字を追い求め、世界中を旅した一介の剣士だ。
その旅の道中、エルフ族の里がある大森林へと立ち寄った俺は魔物の大群がエルフ族の里を襲撃しているのを見つけた。
魔物は魔法などに使用される生命エネルギーである魔力の湧き出る竜穴と呼ばれる場所が闇属性の魔力で汚染され、周囲の動植物が変じた動く災害。
普通ならばエルフ族へ加勢して一緒に闘うべきなのだが、当時俺の種族である人族と多種族は人族側が侵略戦争を仕掛けた影響で敵対しており。
前に別のエルフ族の里で人族だという理由だけで襲われた経験があったため、俺は加勢しないことを決めて魔物の軍勢を上空から見下ろしていた。
『大丈夫、君を絶対に死なせやしないさ』
だがエルフ族の子供を庇って受けた魔物の毒による影響で立っていることすらできず、痛みから脂汗を流しながらもそう言い切り。
エルフ族の子供を守り抜いてみせたハーフエルフの少女の姿を目にして心の底から美しいと思い、俺は息を呑んだ。
それから気がついた時にはハーフエルフの少女を食らおうとする魔物を斬り伏せていた。
その後は何故かとんとん拍子でハーフエルフの少女と結婚が決まり、俺は色々と悩みながらも最終的にハーフエルフの少女――アリスと結婚する決意をし。エルフ族の里で婚礼の儀を執行って正式に夫婦となった。
その後は人族と多種族の両方から差別されるハーフエルフであるアリスのため侵略戦争を力尽くで終わらせ、様々な困難をアリスと二人で乗り越えて最後には世界存亡の危機を解決し。アリスと俺達の子供が笑顔で暮らせる世界に変えることができた。
しかしその頃には長年の無茶が祟って俺の寿命は残り十年まで削れてしまっていたし、アリスはハーフとは言え人族の数倍の寿命を持つエルフ族。俺が死んだ後までアリス達が幸せでいられるか分からなかった。
だからこそ俺は残された十年間でアリス達が差別されない国を創り出すことを目標とし、建国と今だ世界中へ残っていた差別意識の根絶に残りの人生を全て使って駆け抜けた。
そして様々な問題を旅の中で得た知識や人脈を使って一つ一つ解決し、差別のない国――ウィンクルム連合王国を息子であるヘルトへ受け継がせた頃には俺の寿命は底を突きかけていた。
「ガフッ! ――ゲホッ! ゲホッ!」
「デュラン! 大丈夫ッ!!」
俺は部屋に入ってきたアリスが魔法で治療を施ほどこすために近付いてくるのを手で制し、もう無駄だと首を振った。
するとアリスは一瞬驚愕の表情でこちらを見たかと思うと、大粒の涙を流しながらその場にへたり込んだ。
俺の母親である花の妖精ヴィンデや最愛の妻であるアリスと娘であるステラ、息子であるヘルトの奥さんになってくれた杏香、そして十年間臣下として助けてくれた吸血鬼のルビーに感謝の言葉を伝えた後。
泣きそうな顔でこちらを見ているヘルトの頭を、もうあまり力が入らない手でなでた。
「……死ぬのですか父上」
「……あぁ。魔力を周囲から取り込んでも次の瞬間にはごっそりと抜けていきやがる、どうやら今日が寿命みたいだ」
ヘルトは顔を歪めて息を飲んだ後、一筋の涙を流しながら無言で俺の隣へと腰を下ろした。
俺はヘルトが取り乱していないのを確認すると、寝床の近くに置いておいた刀を手に持った。
「これは俺が光竜ライオードからもらった砂鉄の鉱床とへし折った光竜ライオードの爪を使ってドワーフ族の鍛冶師であるアルムが鍛錬して作り上げた俺の刀――天晴だ。
そしてこれからは剣神の名を受け継ぐお前の刀となる、じゃじゃ馬だから扱いに困るかもしれんが。
俺の知る限り最強の剣だ、必ずお前の助けになってくれる」
「父上ッ! これは――――」
「すまないな、これから剣神として生きていくお前へ死ぬ前に何か物を送ろうと考え抜いたのだが。
……俺にはこれくらいしか思いつかなかった」
俺はヘルトに天晴を手渡すと重荷を背負わせることになるのを承知で剣神の称号を引き継がせた。
何故ならありとあらゆる種族が信仰する伝説の剣士である剣神の名を俺が騙り、その強さを様々な者達へ見せつけて信じさせることができたからこそ世界を変わった。
そのため俺が死んだ後の世に平和の象徴となる剣神の名を継ぐものがいなければ遺恨を残す者達が再び戦争を起こし、第二第三の侵略戦争が起こってしまうのが分かり切っていたからだ。
それでも一人の親として子供へ危険な役目を残してしまうことが心配だったため、俺以外には決して使われないと駄駄を捏ねる天晴を必死に説得して息子であるヘルトは例外で助けてくれることになった。
「世界を剣神から託されるというのに、少しも動揺しないか……流石は自慢の息子だ。
だからこそ、そんなお前だからこそ、俺の全てを渡せる――手を握ってくれ」
「――はい、分かりました」
俺はこれほどの大事を任せられたにも拘わらず、凛とした表情でこちらを見ているヘルトの姿にどうしようもなく安心した。
そして周囲から魔力その物を体の中に取り込み続け、もう限界だった魂が悲鳴を上げるのを無視して大量の魔力を体の中へ溜め込むと。突然の自殺行為に目を見開いているヘルトの手を掴んだ。
そのままつながる手を通じて全ての魔力をヘルトへと渡し――力を使い果たして倒れた。
「父上ッ!!?」
ヘルトの悲痛な叫び声を耳にした次の瞬間、俺の意識は煙のように薄まっていった。
「後は任せたぞ――二代目剣神ヘルト・ライオット」
そしてヘルトへ激励の言葉を伝えたのを最期に、俺は四十五年の人生へと幕を下ろし――この世を去った。
この世を去った、はずだった。
永い眠りから覚めた俺が最初に感じたのは、目に沁みるほどの強烈な光と体を包む人肌の温もりだった。
「――アギャッ!」
突然の出来事に狼狽えながらも周囲の様子を確認しようとしたが視界は白一色でよく見えないし、体もあまり動かせない。
周囲の確認を諦めて体内へ意識を向けるとヘルトに全て渡した筈の魔力が僅かながらも存在し、動けこそしないが体の調子もまるで若返ったかのようによかった。
「あらあら起きちゃったのね、デュランちゃん。
もう少しでご飯だから――ちょっとだけ待っててね?」
「あぅっ? ――あぅッ!!?」
右も左も分からない状況に少し恐怖を感じていると何故か涙があふれ出してしまい、なんとか涙を止められないかと四苦八苦していると頭上から声が聞こえてきた。
俺は聞き覚えのない声の主が親し気な口調で話し掛けてきたことを不思議に思い、質問をしようと口を開いたが赤ん坊じみたうなり声しかでなかった。
それが引き金となって無意識に目を逸らしていた疑問が次々と浮かび、それらを整理したことで一つの答えへと辿り着いた。
「ご飯の時間よ、私のデュランちゃん」
「……ぁう」
――どうやら俺は赤ん坊に生まれ変わったようだ。
この世界にはかつて剣神と称えられた剣士がいた。
剣士は十二の神が唯一神の座を巡り争ったことで荒廃した世界を救うため、新たに生まれ落ちた十三番目の神である起源神ワールドと同道して旅立ち。長い旅の末に起源神ワールドと共に十二の神を討ち果たして争いを終結させた。
そして争いを終結させ、神を打倒した剣士は剣を極め神の領域へと至った者――剣神と呼ばれた。
そんな偉業をなしとげた剣神はやがて姿を消し、共に世界を旅した起源神ワールドは世界を見守る存在として七体の竜王を生み出した後。荒廃した世界を支える大樹ユグドラシルに姿を変える。
世界中のありとあらゆる種族が姿を消した剣神を探したが見つかることはなく――剣神は伝説になった。
これは百年前。好きな女のために世界を救った新たな剣神が転生し、全ての黒幕を倒して世界を取り戻す物語である。