初代3
それから岬には時々人が来るようになった。そのうちの多くの人が様々な悩みを抱えていた。そしてあたしは祈った。天災や病、その他色々な事を。しかし全ての人に対して、祈ろうとはしなかった。
欲のために祈らせようとした人もいたし、祈りによって災厄は逃れられる!という甘えをルーの人に覚えさせたくなかった。祈りの力でルーの人に今以上に認めてもらい、敬ってもらいたくなかった…上手く言えないけれど。
そう、あたしは自由でいたかった。何者にもとらわれず、ただ空気のようにありたかった。それはノウアへの憧れかもしれない。
彼は長の一件以来、ルーの人々にも見えるようになった。最初は皆驚いていたが、今はルーの一員として扱われている。あたし以外は皆“ノウ”と呼んでいるが、ノウアが本当に無能でないからだった。
風声である彼は病気を直す祈りの手助けをしたり、上空から迷い人を見つけたり、時にはルーを襲う海の荒波を風を吹かせて宥め、被害を押さえる事などをしてくれたからだった。
急に現れたり風に溶けて見えなくなったり、風の気ままさがよく分かるようなノウアに、あたしは憧れていたんだと思う。もしかしたらその感情は、“好き”という気持ちに似ていたかもしれない。
ともかく、あたしは死ぬまで誰とも結婚しなかった。力は死に際までなくならなかったけれど、心残りがあったからある日彼に尋ねてみた。
「…ノウア…」
「何だい」
あたしは年をとったけれど、ノウアは姿が見えたときから変わっていなかった。
「あたしが…死んだら…祈る者はいなくなるかね…。ルーの人々を…静かに見守れる者は…いなくなるのかね?」
祈る者を失うルーの人々、またルーそのものがいつの間にか自分の命より大切なものになっていた。ノウアがふうっと柔らかく笑った。
「大丈夫。ルーが滅びない限り、想う気持ちがある限り、力あるこは生まれてくるよ。…証としてユラが持っていた玉と同じものを持ってね」
「良かった…力は…次代へと続いていくんだね…」
そして力ある限り、ルーは存在し続けるだろう。力を持つ子は時として苦しみ、悲しみ、憎しみすら味わうかもしれない。あたしがそうだったように。けれど彼らは継いでいくだろう、あたしが伝えなくても誰かに教えられて。ルーを守り、人々を想い、この島である大陸と、共のに歩むことの意思を祈りの力としてー。あたしは動かしにくくなった顔が、自然と笑みを浮かべるのを感じた。
「…ユラ?」
息は、既に止まっている。あの方が…シンが選んだ初めての姫は、風声に見守られる中こうして息を引き取った。
人々が気付き駆け付けた時には、ユラが“自分の力”によって“自然と”選んだ風声もいなかった。
「おぎゃー、おぎゃーっ」
翌日、とある家庭で女の子が生まれた。その子の右手には、青緑色の玉がしっかりと握られていた。
***
…こうして、ユラはルーの事を最後まで考えながら、安らかに亡くなりました。ユラは亡くなった後、人々から「祈り姫」と呼ばれ、後々まで語られるようになりました。ユラやその後の祈り姫達が生まれた時握っている玉は、ルーの空、海、大地を色で表しつめたもの、また姫と風の神の約定の証だと言われていますが、実は祈り姫の死後、後を追うように消えてしまう風声の涙の結晶かもしれません。 おしまい
ールーの昔話『始まりの祈り姫』よりー
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