ギルド加入には条件がありまして
-----目の前に広がる光景は、全く見覚えのないものだった。
見上げなければ先の見えないほどの階段、何段あるんだよこれ。
寺にあった階段とは比べ物にならない。
しかも、洋風ってところから迫力が凄い、映画の中みたい。
若干、テンションのあがっている俺を置いていくように少女は階段を一段飛ばしで駆け上っていく
まぁ、勝手についてきたのは俺だし、あいつには俺が見えないから置いて行かれるって表現もおかしいのだけれど。
しかし疲れ知らずのこの身体、階段なんて余裕です。
スイスイ後ろをついていきます。
なんなら、身軽に上っていく少女が遅く感じるくらいです。
階段を駆け上がると、目の前にはこれまた馬鹿でかい洋風の建物が見えてきた。
城とはまた違う感じなのだけど、門があって鎧を着た人が両脇に立っている。門番って事だろう。槍とか持ってるし怖い。
その門の中央を駆け抜ける少女の後をスイスイ着いていく。
でかい扉が開きっぱなしなのが見えてきた。中に少女が駆け込んだのでもちろん俺も入る。
んー、なんか高級ホテルみたい。
ロビーがあって、椅子やテーブルが並べられている。床にはボルドー色のカーペット。
奥には受け付けもあって、大きな掲示板が壁に設置されていた。
前の世界と違うことと言えばやっぱりあれだ
ここにいる奴みんな鎧着てたり、剣持ってたり、魔法使いが持ってそうな木の杖持ってたり、何かと物騒な装いをしている事だ。
まぁ、一番怖いのは、入り口付近の椅子に座って、膝にサッカーボールぐらいの龍の頭乗せている黒髪ボインのあの姉ちゃんだけど。
「お、お待たせ、しました…!ギルドメンバー募集の貼り紙みて応募した、フィーネです!遅れてしまって、すみませんでした!」
おいおいおい、駆け込んだ少女が息を切らしながら真っ先に怖い姉ちゃんのところいったぞ
待たせていた相手ってのが、あの姉ちゃんなわけか。
ということはギルドのお偉いさんってことかな?
あと新情報、ブロンド少女の名前はフィーネというらしい。幽霊の俺じゃあ聞くことは出来ないから名乗ってくれて助かった。
とりあえず俺もフィーネの横に並んでみる
「あらあらぁ、遅かったわねぇ、そろそろ帰ろうかと思っていたのよぉ?遅れた理由を聞かせていただけるかしらぁ?」
「え…あ…その、道に迷っていた子供を助けていたら…遅れてしまって」
フィーネさん、明らかに目が泳いでるよ
嘘つくの下手なんだろうな
「…そう、それはご苦労様でした、優しいのねぇ?まぁそんな所に立っていないで向かいに座ってお話を始めるとしましょ?」
「あ、はいっ!」
「私の名前は、クレハ。よろしくね」
そういってクレハと名乗った姉ちゃんは、常にニコニコしていて嘘だとわかっているようだが、フィーネの遅刻理由については深く聞かなかった。
クレハの向かいの椅子にチョコンと座るフィーネはなんかもう、小動物みたい。
一応、俺の椅子ないかなとか辺りを見回したけど、一人でに椅子が動いたら絶対気味悪がられると思ったから諦めた。
二人が挟んでいるテーブルの脇に突っ立っていることにしよう。足が疲れるとかいうこともないしな。
「さて、さっそく本題に入るのだけど、フィーネちゃんといったかしら?どうしてうちのギルドに?」
「あ、貼り紙を見たんです、一応ソロ狩りなら何度か行ったことはあるんですけど、やっぱり一人だと低級のモンスターしか倒す事ができなくて…それで、ギルドに入ったらもう少し強いモンスターを倒す事が出来るかなって思ったんです、あ、でも!クレハさんのギルドは大きくて凄く有名なのもちゃんとわかってます!こんなまだ駆け出しの私が応募するなんて図々しい事をしているのもわかってはいるんですけど…」
段々と声が小さくなっていくフィーネは最後には俯いてしまった。
「あらあら、そんなにビクビクしなくても良いのよぉ?とって食おうってわけではないんだから、それにフィーネちゃん可愛いしうちのギルドに着てくれたらきっと男性陣の意欲もあがってもっと功績を残せるようになると思うから、私としては大歓迎なのよぉ?」
優しい声色でその言葉を発したクレハを、フィーネはバッと顔をあげて期待の眼差しで見つめた。
なんか、順調そうじゃね?俺もいつの間にか娘を見守る父のような気分で、腕を組みながら会話を聞いている。
「じ、じゃあ…!」
口元が少しだけ緩んで、笑顔が見えてきたフィーネとは逆にクレハのニコニコした表情が強張った。
「でもね、それはそれ。確かに入ってくれたら嬉しいのだけど、貴女にはまだ経験値がなさ過ぎる。うちのギルドが有名なのは知ってるって言ったわよね?それは経験豊富なメンバーを厳選して選んでいるからここまでになったまでのこと。ずば抜けている一軍を除いても、みんなそれなりの経験はつんでいるわ。まだほんの駆け出しであるフィーネちゃんのギルド加入は難しそうね」
「そう、ですか…」
うっわぁ、優しそうに見えてずいぶんガッツリ言うな、この姉ちゃん
フィーネ一気にまた表情が暗くなったし、なんか見てていたたまれない気持ちになってきた
俯いたフィーネの顔を覗き込む、涙目になって、下唇を噛みながら必死に泣くのを抑えているかのようだ
「…ふふ、素直な子なのねぇ」
フィーネの顔を覗き込んでいるとクレハのクスクスといった笑い声が聞こえてきた。
なんだぁ?こいつ、人が泣きそうなの見て笑ってんのかよ、性格悪すぎるだろ、俺のヒロイン候補からは即刻除外してやる。
と、クレハを睨みつけるが、クレハの表情はどこか優しいものだった。
「ごめんなさいね、勘違いしないでちょうだい?難しいとは言ったけど、断るとは言っていないのよぉ?」
「…ふぇ?」
「ふふ、断るのではなくて一つ提案をしようと思ってね?町を出てずっと東へ向かうと低級ダンジョンがあるのはわかる?そこの最深部までいけとは言わないけど、そうねぇ?第二層のボスまででいいから一人で倒してきてくれないかしら?この間私のギルドの子が倒してくれたんだけど、どうやらまたボスが変わったみたいなのよぉ、モンスター達も懲りないわねぇ」
膝に乗せた龍の頭を撫でながら、最初の優しい声色で提案したクレハを呆然と見つめるフィーネ、の横で眉をしかめすぎて変顔になった俺。
ダンジョンやらモンスターやらギルドやら色んなワードが飛び交いすぎて、もうわけわかんない、混乱してきた。
頭の上にはてなマークが浮かんでいる気がする。
つまり、ギルドに入るには東にある低級ダンジョンの二層までを攻略してこなければならない、しかもフィーネ一人で、って事でいいんだよな?
…おいおい、さっきフィーネはほんの駆け出しだとか言ってなかったか?そんな奴が低級ダンジョンだとは言えど、ボスを倒さなきゃならないの?しかも二層までって事はボスは少なくとも二匹はいるはず。
どう考えても無理ゲーじゃね?
「あ、あの、私、一人で…ですか?」
呆然とした顔でクレハに問いかけたフィーネはまだ話が飲み込めていないようだった。
そりゃそうだ、他人事の俺でも無理無理無理ってなる話だからな。
「そうよぉ?貴女一人で。そこのボスを倒す事が出来れば、うちのギルドの一軍は無理にしてもいきなり二軍ぐらいにはいけるんじゃないかしら?まぁ下っ端だけれど、二軍ってだけで評価や収入がグンとあがる事は間違いないわねぇ?それに見た所、貴女…貧民街の子じゃないかしら?お金、ほしくない?」
…貧民街?唐突なワードにまたもや、はてなが浮かぶ。
そういえば思い当たる節はあった気もする、ここに来るまでに走って通ってきた道は、確かに街中というには少し寂しい場所だった。
わりと静かだったし、人も何人か見たけどみんな暗い顔をしていたり、服がボロボロだったり。
フィーネだってそうだ、今は小奇麗な装いをしているが、寝起きのときはヨレヨレの服を着ていたし、家だって木造で綺麗とも広いともいえるものではなかった。
なるほど、あそこが貧民街だったとするなら納得だ。
まぁ、貧民街といえど死体が転がっているとかそこまでのレベルじゃなかったからな、少しイメージと違って言われるまで気がつかなかった。
ということは、フィーネは金目当てでモンスター狩りの有名なギルドに入りたいと思った、ということだろうか?
謎が深まるばかりだ。
「…よく、わかりましたね、はぁ…お金、は、ほしいです。わかりました。その提案、お受けします。むしろチャンスを与えてくれてありがとうございます、というべきでしょうか…」
「お礼なんて言われることじゃないわ、貴女にとったら相当な難題を抱え込んでしまったわけでしょう?…ふふ、無事に終わったらニャントさんに報告しておいてちょうだい、健闘を祈っているわ」
ニャント、と呼ばれたのは受け付けにいる八重歯のはえた茶髪ショートの女の人のようだ。
クレハの視線が一瞬だけ彼女を見たことで、判断した。
言い終えると両手に龍の頭を抱えて、クレハは立ち去っていく。
フィーネの視線はテーブルに向けられていて、どこか真剣な面持ちをしていた。
テーブルの脇で間抜け面を晒してる俺、すげぇあほっぽい。
でもだってなんか急なシリアス展開とかぶっちゃけ予想してなかったし、びっくりですよ
「おーいおーいフィーネー?大丈夫かぁ?」
聞こえないとわかっていても声をかけたくなる。
だってなんか凄い空気重いし、居づらいんだもん、勝手にいるのは俺だけど。
そうこうしているうちにフィーネは立ち上がると出口へと向かっていった。
なんだなんだ?クエスト的なの受けにいくんじゃないのか?
立ち去るフィーネの後ろを追わなければならないのだが、ふと受け付けと思われる場所に目をやった。
すると、ごついおっさんだかお兄さんだかの間の年齢ぐらいの男がなにやら石を持って受け付けに向かっていた。
「なるほど、そういうことか」
一言、呟いてフィーネの後を追いかけた。
何がそういうことか?って?
答えは簡単だ、俺がクエスト受け付ける場所だと思っていたところは、いわば換金所。
あの男が持っていた石はたぶん倒したモンスターが変化したものか、落としたものに違いない。その石を渡したら金と交換できるというような仕組みだろう。
だってこういうの昔、小説で凄い読んだし、ありがちなパターンだからな。
察しのはやい俺、ゲームもわりと好きだったからこういう知識だけは持ち合わせてるんだよなぁ
「はぁ…一人で、って…さすがに荷が重過ぎるよぉ」
さっきは走りながら駆け上ってきた階段を、ため息をつきながらトボトボ降りていくフィーネ。
「ため息ばっかりついてると皺が増えますよー」
なんて後ろから茶化してみたり、まぁ聞こえないんだけど、俺もたまには話したい。
「…いやっ!でもよく考えるんだフィーネ!これはチャンスよ!大型ギルドに加入できる上に二軍にも入れる可能性大!むしろ光栄なことだわ!私だって伊達にソロ狩りをして生計をたててきたわけじゃないし、ダンジョンはまだ入ったことないけど、低級だもの、そのへんの野山にいるモンスターと大差ないはずよ!頑張れ私!そうと決まればまずは家に帰って準備をしなきゃ、ダンジョンって確か一日じゃ帰ってこれないはずだし…必要なものも調べないと!」
いきなり顔をあげて意気込み始めたフィーネを見てびくっとする。
幽霊の俺を驚かすなんて、こいつ、できる…!
言い終えたフィーネはまた、来た時同様に走り出した。
「うお!?ちょ、まっ、お前心境の変化がいつも唐突なんだよ!情緒不安定すぎる、って、あぁぁぁぁあ、待ってええええええ、俺、階段上るのは得意だけど降りるのは苦手なんだよおおおおお」
何せ数㎜浮いてるから、降りるとなるとちょっとフワフワして不安定なんだな
ヨタヨタしながらなるべくはやくついていくが、フィーネの背中は段々と小さくなっていく。
やばい、完璧に置いていかれそう。
フィーネに置いていかれたら俺は確実に路頭に迷うこと間違いない、絶対に逃がさないぞ、と思えば思うほど幽霊らしい極悪な面になっていった。