第8話「お約束から始まる少女劇。大階段26段を駆け上がるのよ」
「うにゃ……?」
目が覚めると見知らぬ天井だった。
「あにゃ? ……ここどこ?」
(たしかお兄ちゃんが金髪ボインと羨ましい事してて……)
チコリーは寝ぼけた頭で考える。
「そうだ! お兄ちゃん?」
起き上がろうとしたが身体がバウンドして元の姿勢に戻された。
「あれ? 何で……」
チコリーはようやく自分の手足が縛られていることに気付く。
「なにこれー! お兄ちゃん? ねえ! どこ?」
ベッドにくくりつけられた手足はびくともしない。
「お兄ちゃん! こんなことしなくたって私はいつでも……!」
「……目が覚めたダニ? いきなり騒がしい娘ダニ」
唐突に男の声が割って入ってきた。
「ふえ? ……あんた誰? お兄ちゃんは?」
チコリーは未だに状況が読めていない。
「ただの見張りダニ。それより暴れるとシーツが落ちるダニ。見えるダニよ?」
その時初めてチコリーは全裸であることに気付いた。
「き……きゃわーーーー? なんで? 私! 裸なのーーー?」
「それ以上暴れると、本当に見えるダニ」
「あううー!」
かろうじて身体の上に乗っているシーツを落とさないように動きを止めた。
「仕方なかったダニ。ウィッチクラフト使われたら困るダニ」
「うぐぐぐ……私としたことが油断しちゃった……」
「安心するダニ。服を脱がせたのは女ダニ」
「もしあんただったら殺しちゃうんだから!」
「ちょっとは静かにするダニ。何もしないダニ」
イスに腰掛けていた中年小太りの男がため息をつく。
「……ねえ、ここはどこ? あんたは誰? あとお兄ちゃん……ヴァニッシュはどこ?」
「教えていいのかわからないダニ……あの剣士は別の所ダニ」
「あんたあの金髪巨乳の仲間なの?」
「金髪……ああ、あのベッピンの事ダニ。あの女も別の所ダニ」
「今これをほどいてくれたら、許して・あ・げ・る!」
「そそそそそんな色っぽい声出してもだめダニ! 今村長たちがあんたをどうするか考えてるダニ!」
小太り男は覿面に狼狽えた。童貞か?
「へえ……村長が……」
「しまったダニ! 口が滑ったダニ! 今のは忘れるダニ!」
「は~い!」
「良かったダニ……」
ほっと安堵のため息を吐く男。
(忘れるわけないじゃん)
チコリーはとりあえず村ぐるみの理由で捕まったことを理解した。
(お兄ちゃん……)
きっとお兄ちゃんもどこかに捕まっている。助けなければならない。命に代えても。
「やっと大人しくなったダニ」
チコリーが脱出のプランを練っていると扉をノックする音が聞こえた。
「誰ダニ?」
「アイリスです」
「お嬢さんダニ? すぐに開けるダニ!」
アイリスがお盆を持って入ってきた。酒の瓶と木のカップが乗っていた。
「お疲れ様です、クパリさん」
「どうしたダニ? 何か決まったダニ?」
クパリと呼ばれたおっさんがあわあわと体を左右に揺らす。
「いえ、まだ時間が掛かりそうなので、差し入れをお持ちしました」
「それは嬉しいダニ。ありがとうダニ」
蒸留酒とカップを受け取るとクパリの表情が弛んだ。
「こんな良い酒飲んでいいダニ?」
「はい。お爺さまがお持ちしろと」
「嬉しいダニ。こんな酒初めて飲むダニ」
アイリスはクパリの横から部屋のベッドに縛り付けられているチコリーをのぞき込む。
「あの、チコリーさんの様子はどうですか?」
「目を覚ましたダニ。元気すぎて困ってるダニ」
「そう……ですか」
「それにしても驚いたダニ。お嬢さんと瓜二つダニ」
「はい。私も驚きました……」
アイリスがチコリーに視線を移すと刃物のような視線が返ってきた。
「わ、私戻りますね」
「わかったダニ。いただきますダニ」
ゆるゆるの笑顔でアイリスの背中を見送るクパリ。足音が遠ざかっていく。
「素敵ダニ……」
見送ったままの姿勢でいたクパリが、我に返って扉を閉める。
「お兄ちゃんは……あの女に騙されたのね……うう」
「お嬢さんは関係ないダニ。黙ってるダニ」
クパリは最大限偉ぶって見せた。
「ふ~んだ! 悪人を悪く言って何が悪いのよ!」
「お嬢さんは何も悪くないダニ! 村長の言うことが絶対なだけダニ!」
「つまり村中全部悪党なのね」
「誰も悪党なんかじゃ無いダニ!」
「こういうの拉致監禁って言うのよ!」
クパリが目を丸くする。
「これは……犯罪……ダニ?」
「当たり前でしょ! だから今すぐほどいて……」
「俺は悪党だったダニ? 犯罪者ダニ? 悪い奴ダニ?」
「だから今ほどいてくれれば……」
「もうだめダニ! 手遅れダニ! この手は汚れちまったダニ!」
クパリは天を仰いでぐるぐると回り出す。
「話をきけー! 開放してくれればー!」
「王国軍に捕まるダニ! クランに追っかけられるダニ! 人生お終いダニーー!」
「ちょっと! 昂奮してないでよー!」
チコリーが叫ぶ。
「せめてお嬢さんに告白しとけば良かったダニ!」
「ふえ? あんた、ロリコン?」
「うるさいダニ! 嗜好は個人の自由ダニ!」
びしっとチコリーを指差すクパリ。
「いいおっさんのくせして……もしかして童貞? キモッ!」
「うっ! うるさいダニ! 生意気ダニ! あんまりうるさいと犯すダ……ニ?」
癇癪を起こしていたクパリの動きがピタリと止まる。
「そうダニ……どうせもう犯罪者になってるダニ……」
「ちょ……ちょっと?」
クパリがゆっくりと立ちあがる。
「髪の色が違うだけで……お嬢さんそっくり……ダニ」
クパリの視線に粟立つチコリー! うん。わかるぞ。
「きゃわ~~~? 似てない! 別人! あんたは聖人! 悪くないから寄るなー!」
「お嬢さん……素敵……ダニ」
両手をわきわきさせながら夢遊病者のように近づいていくクパリ。
「違ーーーーーう! 私はあの悪女じゃなーーーーーい!」
「! ……お嬢さんをバカにするダニ?」
(しまったー!)
「これなら遠慮する必要は無いダニ! 泣くまで犯すダニ! レイプダニ!」
むきーっと両腕を突き上げる。
「きゃわ~~~? お嬢さんとっても・ス・テ・キ!」
「遅いダニ! 諦めるダニ! 観念するダニ!」
きゃわいく言ってみるが無駄だったようだ。
「わーー! やめろー! 初めてはお兄ちゃんって決めてるのーーーーー!」
「……?! 兄が兄なら妹もタイヘンなヘンタイダニね」
「変態って言うなーーー!」
「何でもいいダニ。いただくダニ!」
大騒ぎするチコリーを無視して横に立つ。唾を飲み込んでからシーツを剥ぎ取った。さらに激しく声を上げるが、今のクパリには聞こえない。
「す……素敵……ダニ」
クパリの鼻から血が垂れる。
「きゃ~わ~~~! お兄ちゃん以外に見られたぁーーー! ひぐぅっ!」
泣き出すチコリー。
クパリがねっとりとチコリーを視姦する。
あばら骨が浮き出るほど細く、それでいて微かな曲線を描く胸。骨盤がわかるほどくびれた腰。鎖骨からスッキリと伸びる首筋。そのどれもがクパリの夢見た理想を遙かに超え、神々しいまでに光を放って見えていた。
「こ……これが俺のモノになるダニ……」
「ならないーーー! お願いだからやめてーーー! くるなーー! ロリコンーーーー!」
大粒の涙をボロボロと流しこぼして叫ぶ。
「騒いでも無駄ダニ……やさしく乱暴するダニ」
「するなーーーー! 来ないでーーー! きゃわ~~~! お兄ちゃーーーーーん!」
「凄いダニ……まるで宝石ダニ……」
「評価は認めるけど嬉しくないーーー!」
「おおお……夢にまで見た……お嬢さんの裸体……ダニ」
「ちーがーーうーーー!」
チコリーの声などまったく届いていないクパリが、財宝を前にしたトレジャーハンターの様にそれを凝視する。
両腕を頭の上で縛られているチコリー。
二の腕、脇、腹筋がスラリと伸び、小さな乳房を強調していた。
その生意気にツンと小さく立った乳首に吸い込まれるように、クパリの顔が近寄っていく。
「きゃわああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
チコリーが金切り声を上げるが、クパリの脳にその音が届くことはなかった。
「ううう……美味そうダニ」
「不味いから! 毒だから! やめてーーー!」
クパリの舌がねっとりと、その乳首の根本に触れた。
と同時にチコリーが叫んだ。
「ライトニングスパーーーーーーーーーーーーーーーク!」
「ギョヒャゲギャピガ?」
突然チコリーの身体にプラズマによるオゾン臭が漂うほど強い雷が走った。
「ゴガ……ゲギョ……ダニ」
黒こげアフロになったクパリが床に崩れ落ちた。
それはもう見事なアフロだった。
「ううう……」
涙を流しながら。
「お兄ちゃんにも舐められた事ないのにぃ~~~~~~~~~~!」
その叫びも虚しく天井に吸い込まれていった。




