第6話「お酒は二十歳になってから!」
「ヴァニッシュ」
松明を持って、この謎の空間を見て回っていたヴァニッシュに声が掛かる。
「なんだ?」
「これからどうするのさ?」
エスカローラは重い対戦車ライフルを自分の肩に立てかけている。
「出口を探してんだが……見つからなかったら救助を待つしかねえな」
ヴァニッシュが肩をすかすとエスカローラが眉を顰めた。
「こんな所に? やだな僕……お風呂入りたい」
「贅沢言ってんじゃねっての。明日には出られるさ」
「僕も探すの手伝うよ」
「そうしてくれ」
やれやれといった感じでライフルを背中に背負うとエスカローラは壁際などを調べ始めた。
そのエスカローラと入れ替わるように小部屋を調べていたアイリスが戻ってくる。
「ヴァニッシュさん。少しですけど食べられそうなものがありました」
「干し肉か。お手柄だぜ」
匂いを嗅いでから、小さく千切って口に含む。
「うん。大丈夫そうだ」
アイリスが笑顔を浮かべる。
「それにしても……」
ヴァニッシュが天井を見上げた。
「出入り口がなさそうなのはしょうがねえとして、何か変なんだよな」
「何が変なのさ?」
もう飽きたのかヴァニッシュ達の所に戻ってきたエスカローラが聞く。
「いや、石灰岩じゃないから鍾乳洞でもないし、露天掘りなら天井があるわけない。そのくせやたらとだだっ広い。なんのための空間なんだか……」
「それは変な事なの?」
「経験ではかなり変だと思うが、まあ山師の領域だなこりゃ。奥に毛布があったからそっちで休もう」
「はい」
「……臭そうだよ」
素直に返事をするアイリスとは対極的に文句をつけるエスカローラ。
「じゃあエスカローラは、死体のごろついてるこの辺で休めばいい」
ぶるぶると首を横に振る。
「あんまり贅沢いうな」
3人で干し肉を分け合って食べた後、皆で固まるように睡眠を取った。
坑道からの物音に敏感に反応してヴァニッシュが飛び起きる。双剣を抜いて構えるが道の先から来たのはガルデスだった。
それが3人の目覚ましとなった。
「おお! ヴァニッシュ殿! アイリス! 無事じゃったか!」
ガルデスだけでなく何十人かの屈強な男たちも入ってきた。例の日雇い坑夫たちだろう。それと雰囲気の違う白髪の壮年男性も一人いた。
「早かったじゃねーか。爺さん」
「うむ。昨日炭坑から凄い音が聞こえての。ちょうど山師殿が人足を連れて帰ってきたんで皆で来てみたのじゃ。そしたらアイリスそっくりな女の子が倒れておるじゃろ。たまげたわい」
「そりゃ俺の妹だ」
「そうですじゃか。安心しなされ、気絶しておったが村に運んだじゃ。特に怪我はなさそうだったわい」
「そうか……」
安堵の息をつく。
「まあそれでじゃ、こりゃ一大事じゃと、こちらの山師様の指揮で夜通し復旧したんじゃよ」
「そりゃお疲れさん」
白髪の男性が会釈した。
「ここにアイリスがおるということはやはりあの娘さんは別人なんじゃな」
「ああ」
「なるほどの。ヴァニッシュ殿が孫と間違えていたのはあの娘さんかね」
「ああ。悪い事しちまった。すまん」
ヴァニッシュはバツの悪さに苦笑しながら頭を下げた。
「それならあの娘、助けん方が良かったですかの?」
村長は難しい顔をした。
「いや、理由があって妹から逃げてるが、悪い奴って訳じゃねえ。助かるよ」
ガルデスはほっとしたように表情を和らげた。
「それなら良かったですじゃ。……しかし半日で全ての害獣を退治してしまわれたのかの?」
ラットマンの死骸を見て目を丸くする。
「そこのガンマンも協力してくれたんでよ。楽勝だったぜ?」
「えっ! 僕? たまたま……成り行きだよ」
突然指摘されてテンパるエスカローラ。
「そうかそうか。それはお礼を申し上げんといかんの」
「お爺ちゃん。私ヴァニッシュさんにお料理を作ってあげたいの」
ガルデスの言葉にアイリスが飛びつく。
「おお、それは良いの。村に戻って馳走としましょうぞ」
「そりゃいいな。腹ぺこだぜ」
「ささ、ここは山師殿に任せて、ワシらは村に戻りましょうぞ」
山師と坑夫たちを横目に、3人とガルデス村長は炭坑を後にした。
「僕までご相伴にあずかっていいのかな?」
エスカローラがヴァニッシュに小声で話しかけてきた。
「エスカは良い仕事してたぜ? 遠慮無く食べるのが礼儀ってもんだ」
「そ、そうかな? ……え? 今、エスカって言った?」
ヴァニッシュの言葉に表情を崩していたが、ふと何かに気づき顔を上げた。
「長ったらしいから略した。嫌か?」
「嫌……じゃないよ」
顔を紅くしてつぶやき返すがヴァニッシュの耳には届かなかった。
「おう。エスカ、美味いぜ? これ」
ヴァニッシュが鳥のハーブ焼きをほおばる。彼女の返事が聞こえていないのにエスカと呼び捨てする精神が凄い。
「お二人方、料理は舌に合いますじゃろか?」
「おう。めちゃ美味いぜ。特にこの鳥が絶品だ。名物にすりゃ客が呼べるぜ」
「ご老体。とても美味しくいただいてる。礼を申し上げる」
エスカローラが恭しく頭を下げた。
(対外的にはこういう喋りに戻るんか)
「それは良かったですじゃ。虎の子の鶏を落としましたで」
「いいのか? そんな貴重なもん」
貧しい山村にとって卵を産む鶏は貴重な財産だ。
「山師殿がもう山に入っとります、数日で村に活気が戻るじゃろ」
うんうんと村長が頷く。
「そうだな。まっ。賭けに勝って良かったじゃねえか」
「まったくですじゃ。山師殿に大金を積んだときには、もう心臓が止まる思いでしたじゃ」
村長とヴァニッシュの二人が軽く笑い合う。
「ま、終わり良ければってやつだ。ところでこの料理はアイリスが作ってるのか?」
「女衆も手伝っとりますが、アイリスが作っておりますじゃ」
自慢げに胸を張る村長に素直に感心するヴァニッシュだった。
「へえ。あの歳でたいしたもんだぜ。すげぇ美味いって伝えてくれるか?」
「わかりましたじゃ。本当なら村中で宴会でもしたいところですじゃが……」
「みんな炭坑だろ? 勝手にやるさ。今日は美人も一緒だからな。酒が進む」
「びじっ?」
エスカローラが体を硬直させるがヴァニッシュは気がつかない。鈍感系主人公である。
「すまなんだの。ゆっくりしていってくだされ。……ワシはちと下がらせてもらうじゃ」
「おう。頑張れよ」
ガルデスが下がると急に静かになる。
「昼から飲めるなんて最高だな。……どうした? 飲まないのか?」
「美人……僕が……?」
瞳がぐるぐる回り頭が熱く湯気が出ていた。
「あ? 何だって?」
「なっ! 何でもないよ! のっ! 飲もうかな!」
一気にグラスを傾けるエスカローラ。
「なんだこれ……喉が焼け……る」
「酒を飲んだことがないのか? 今時10歳のガキだって水の代わりに飲むぜ」
「お酒は二十歳になってから……」
「この世界には関係ねーよ」
「そっか……」
あくまでフィクションですから。
「ナレーションうるさい」
ごごごごごめんなさい!
「まあ、少なくともクラン入ってる奴で飲めない奴は見たことねえな」
「じゃあ……僕……飲む……」
「おう! イケイケ!」
エスカローラのグラスに葡萄酒をじゃぶじゃぶと注ぐ。
「んぐっ……んぐっ……ふはっ……ひゃられるらり……」
「負けてらんねえな」
ヴァニッシュも一気にあおる。
「ぷはっ! たまんね!」
手酌でガンガン消費する。
「にゃろがてりろ~~~」
「うおーう! まったくだーー!」
すでにまったく意味不明の会話で、ゆるゆると酔い潰れていった。




