第5話「双剣無双の無期限ワルツ」
坑道のような逃げ場の無いところに逃げ込むのは愚の骨頂だとはわかっていたが他に逃げ場が無かった。ヴァニッシュはとにかく猛烈な勢いで奥に進んだ。
一度大きな振動の後、梁から砂が大量に落ちたりしたが辛うじて崩落は免れたらしい。
「おいっヴァニッシュ。いい加減に私を下ろせ」
小脇に抱えていたエスカローラが文句を言う。
「ん? ああ、悪いな」
エスカローラを下ろし、アイリスも立たせた。
「ヴァニッシュさん……血が」
「岩にでもぶつけたかな?」
額を触ってみると手に血がついた。たいした量では無いと判断したヴァニッシュはそのまま進もうとしたがアイリスがそれを止めた。
「……おい?」
アイリスが額の傷口に手をそっと置く。
「大地の母よ。太陽の父よ。この者に大いなる癒しの息吹を与えたまえ……」
アイリスの身体全体がほんのりと輝いて、その輝きが彼女の手に集まり、それがさらに傷口に注ぎ込まれるとヴァニッシュの傷口がみるみる塞がっていく。
「……へえ? ウィッチクラフトじゃねえな? これ」
「よくわかりませんが、この地方に古くから伝わる神様の力をお借りしました」
「お前、神官だったのか!」
「いえ、神官はお爺ちゃんで、私は巫女です」
「ふーん。なるほどね」
解説しよう!
代々神官を受け継ぐ家系には独自の術を持つところが多い。王立大学院の説明によれば土着の宗教や、独自の魔術として神聖魔法、ドルイド魔法、精霊魔法など、地域ごとに多種多様な呼び方をされる特殊な術が存在する。それら独自の術の多くはウィッチクラフトを使うためのマナ回路を血統により強く引き継いでいる事が多い。身体の外部に発動体を持たないため、もしくは代々受け継がれる杖や呪具などが偶然にも発動体としての能力を保有し、個々の風習形式によって術を発動させるのだ。歌や踊りなどとして伝わることも多い。そのような土着の術はウィッチクラフトと別のものとされるが実際にはマナ回路と発動体を血統で濃くすることにより守り伝えられたウィッチクラフトそのものであり……。
「おい……ナレーション」
え? あ、はい!
あれ? ボクが突っ込まれたの?
「そうだよナレーション。さっきからウンチク設定うるせえよ」
ごごごごごごめんなさい!
「とっととストーリー進めろや……狩るぞ?」
狩人の目でボクを睨む。
わわわわわわかりましたっ!
えっと……。
進めますね?
「早くしろ」
は、はいっ!
その、えっと……、身体の土埃を払ってエスカローラが立ちあがる。
「……やりずらいのだが」
こんどはエスカローラに文句を言われた。
ごめんなさい! 気にせず続きから再開してください!
「仕方ないな……」
エスカローラはため息を吐いたあと、気を取り直して声を張る。
「おいっ! ヴァニッシュ! こんな所に入ってきてどうするのだ? 八方塞がりではないか!」
「……」
ヴァニッシュがじっと見つめる。
「なっ……なんだ?」
エスカローラは視線に耐えられずに視線を逸らした。
「あのよ、無理してそんな言葉使うなよ」
「なんだと? これが私の地の……!」
「さっきのが地だろ。無理すんなって。あっちの方が可愛くて良かったぜ?」
「なっ? かわっ……! えっ……? 私……かわいっ……?」
両頬に手を当てて狼狽え始める。
「お前もそう思うだろ?」
ヴァニッシュはアイリスに同意を求めた。
「はい。より素敵だと思います」
ニッコリと笑った。
「すてっ……?」
「まあ無理にとは言わねえけどよ。せっかくあんた美人なんだし」
「びじっ?」
まるで岩のように身体を硬直させる。
「……その……僕って……言うの……変じゃ……ないかな?」
「全然? むしろ似合ってると思うぜ?」
「はい。私も好きですよ。可愛いと思います」
ヴァニッシュに続いてアイリスも同意した。
「そっ……そうか……な?」
「俺も敬語は苦手だ。……まあ使う気も無いんだが。気楽にいこうぜ」
「……わかったよ。君たちがそれでいいなら……僕も……その方が楽だし」
「OK。んじゃ状況把握といきますか」
ヴァニッシュが指に唾を付けて風を見る。
「空気が流れてない……こりゃ入口は塞がったな」
「もともと入口しかないんなら、空気は動かないんじゃないか?」
「いや、坑道は普通深くなれば縦堀の空気穴を開けるもんだ。空気が流れなきゃ窒息しちまうからな」
「え? それじゃ!」
「安心しろ、すぐにどうこうなる話じゃない。それよりも……」
「……なんだよ?」
エスカローラは腰に手を当てた。
「俺はこのまま仕事を始めたいんだがエスカローラ。お前はどうする?」
「どうするって……僕一人でここにいろっていうの?」
「村人が気付けば山師と一緒に入口を掘り起こしてくれると思うけどな。一人が嫌なら付いてくればいい。ただ邪魔はすんなよ?」
「仕事って何するのさ?」
「害獣退治さ」
ニヤリと笑う。
3人は奥に進むがまだ1匹も害獣と出会っていなかった。
「思ってたより深いな」
所々に分かれ道があったが、松明の灯るルートを選んで進んだ。
(これじゃ歩哨の意味なんてねえじゃねえか。相変わらずやることが中途半端な害獣だな)
3人は害獣の気配に気をつけながら進むと前方に強い光が見え始めた。
「俺が見てくる。2人はここにいてくれ」
「わかったよ」
「気をつけてください……」
ヴァニッシュは姿勢を低くして注意深く明かりの元を覗き込んだ。
(おおっ)
岩陰の先に広がる巨大な空間。所々に篝火が焚いてあり、かなりの数のラットマンがうろついているのが見えた。天井は高く人工的な空間なのか自然な空間なのかは判別が難しい。ただ石炭のために掘った空間でないのは確かだ。
(50……いや60匹ってところか)
ラットマンの数をざっと数える。これくらいなら1人で何とでもなるとヴァニッシュは一度2人の所まで下がった。
「今から突っ込む。2人は隠れててくれ」
「隠れる? 僕が? 性に合わないよ」
エスカローラがどこからか45口径のオートピストルを取り出していた。
「仕方がないから手伝ってあげるよ」
「そりゃ心強いな。そこの岩陰から支援してくれ」
「僕も突っ込むよ」
エスカローラは唇を尖らせて銃先を振った。
「アイリスが1人で孤立しちまうだろ。手伝ってくれるんなら、守ってやってくれ」
「……わかった」
岩陰に2人が隠れるのを見届けてから、ヴァニッシュは双剣を抜き篝火に照らされる広い空間へと飛び出した。
「チュー? チュチュー?」
木の棒に割った石を縛り付ける簡易な石槍を制作している途中だったラットマンが突然の侵入者に声を上げた。
「人間様が来ましたよっと!」
哀れ。せっかく作っていた武器を振るうことも無くラットマンは頭から真っ二つに切られてしまった。
「悪いな。ここは俺らのナワバリなんだわ」
チューチューと叫びながら慌てて集まってくるラットマン。半円を描いてヴァニッシュを取り囲む。集団戦闘になるとその連携はけっして侮れない。非力なラットマンを村人たちで退治しようと思えば確実に死者が出る。村民たちが無茶を出来ない最大の理由だった。
「せめて一撃で屠ってやろう! 成仏してくれ! 嵐覇迅雷無限突きぃ!」
高速移動と無数の見えざる突きを同時に繰り出す大技だ。
「あいつ……やるじゃないか。僕だって!」
エスカローラが岩に腕を乗せて大型の銃をぶっ放す。ヴァニッシュの動きを追えずにうろうろしていたラットマンの頭がすっ飛んだ。
「へえ? なかなか良い腕してやがる。負けてらんねえな!」
奮起したヴァニッシュの双剣と的確なエスカローラの射撃で、ものの数分でラットマンは全滅した。




