第4話「剣の切っ先、兵器な彼女」
「ここまで来れば……しばらくは大丈夫だろ」
小脇に抱えていた少女を下ろす。
「ヴァニッシュ様……」
「あー。今回の事は全面的に俺が悪かった。すまん。謝る」
少女が何かを言う前にヴァニッシュはそれを遮って謝罪した。
二人は適当な切り株を見つけて腰を下ろした。
「しまったな……水も食料も何も仕入れられなかったぜ」
「お水なら少し……どうぞ」
少女が竹筒を差し出す
「助かる。……そうだ、お前さん名前は?」
「アイリスです。それにしても……驚きました」
アイリスがにこりと微笑んだ。
「俺もだ。世の中には3人そっくりな人間がいるって言うが……いまだにアイリス。あんたが妹に見えるよ」
「妹様ですか?」
アイリスが小首をかしげる。
「ああ。ちょーっと頭が悪くてな。苦労してる。それよりアイリス。お前がここにいるのは……」
「はい。ヴァニッシュ様をお捜しして、もう一度お願いをするためです」
ヴァニッシュが苦笑する。
「だよな。アイリスにも村の奴らにも酷いことしちまったからな。詫びの意味でも協力させてもらうぜ」
「本当ですか!」
「ああ。金になんねえのは痛いが、なに、美味い飯でも喰わせてくれりゃあいい」
「あのっ! 私っ! 料理得意なんです!」
「そうか。そりゃ楽しみだ」
ようやく年相応明るい笑顔を作ったアイリス。
「じゃあさっそく炭坑に案内してくれ」
「一度村に戻られた方が良いのではないですか?」
「いや、村でぐずぐずしてたらチコリー……ああ、俺の妹な。チコリーとあの女ガンマンに追いつかれる。炭坑で時間が過ぎれば2人は村を通り過ぎるだろ?」
「ヴァニッシュ様はお知恵もまわられるのですね」
「……」
アイリスをじっと見る。
「あの……?」
「その言葉づかいなんとかなんないか? もうちょっと普通に接してくれよ」
「そんなっ! ヴァニッシュ様は特別なお方ですからっ!」
顔を赤くして両手を振って否定する。
「それが良くない。チコリーは13歳なんだけどアイリスもそんなもんだろ?」
「はい。ちょうど13歳です」
「子供は子供らしく喋ってくれよ。それが地じゃないんだろ?」
「でも……」
「お願いって言ってもダメか?」
「え……その……」
しばらく下を向くアイリス。木の葉が地面に落ちるほどの時間考えて顔を上げた。
「わかりました、努力してみます……ヴァニッシュ……さん」
「OK。それで行こう。じゃあ案内頼むわ」
「はい!」
2人は山道を登り、途中細い獣道と間違うような目立たない道を折れて炭坑に続く近道を歩いていった。
剥き出しの岩肌で出来た崖だった。
山を切り崩して出来たのであろう広場があり、そこを見下ろせる崖の上に2人はいた。
「ヴァニッシュさん。ここからなら炭坑を見下ろせます」
アイリスが囁いた。
「ああ。坑道の入口がよく見える。……ふん。一丁前に歩哨がいやがるな」
ネズミの顔をした害獣が、ぼろ布の服に木製の槍を持ってうろうろとしていた。
「どうするんですか?」
「そんなの決まってる。アイリスはここにいろよ」
「え?」
ヴァニッシュは腰の双剣を抜き、二刀に構える。
崖の上からひらりと飛び降りた。
「飛翔蝶舞斬!」
ヴァニッシュは舞うようにラットマンを12分割にして広場に着地した。
双剣を一振り。
剣に付いていた血が地面に赤い破線を描く。
「……生きるためだ。許せ」
害獣が悪いわけではない。ただお互い生きるのに必死なだけだ。
ヴァニッシュは改めて坑道の入口を見る。落石防止の木枠が奥へ一定間隔に続いていた。さらにラットマンが設置したと思われる松明が奥へ点々と延びていた。ラットマンは進化の過程で暗視の能力を失ったのだ。
(中が入り組んでると厄介だな……何か作戦を考えるか)
ラットマンなどどれだけに数がいても倒す自信はあったが、迷路の中をちょろちょろと逃げ回られてはたまらない。どうダニあぶり出せないものかと思案していたら横から声が掛かる。
「凄いです! ヴァニッシュさん!」
「アイリス? 上で待ってろって言ったろ」
「ごめんなさい……でもお側にいたくて……」
急いで回り込んできたのか足は泥だらけである。
「まいったな。作戦考えてる途中なんだよ……」
ヴァニッシュは頭を掻いた。その時。
「み~つ~け~た~よ~? お兄ちゃん!」
「くっくっく……まさか実の妹にまで手を出す外道だったとは……呆れ果てて言葉も出ん!」
炭坑から伸びる轍のついた道の先に2人は立っていた。
もちろんチコリーとライフル女である。
「なっ?! ど、どうしてこの場所が?」
「ふっふ~ん! 香りだよ~ん」
無い胸を張るチコリー。
「……香り? アイリス、香水とかつけてるか?」
首を横に振る。
「お兄ちゃんの香り……この身体が……熔けちゃうような……あんっ! 近くに来ただけで……匂いだけで……私イッちゃ……ぅきゃふ?」
ヴァニッシュの投げた石がチコリーの額で砕け散った。
「きゅう……」
でっかいタンコブを作ってチコリーは背中から倒れた。
「我が妹ながら、なんちゅう変態だ……」
ヴァニッシュが手の埃を払う。
「貴様……何という極悪非道な……」
女ガンマンが震えた口調でヴァニッシュにライフルを向けた。
「ちょっと待て」
「な、なんだ?」
妙に冷静なヴァニッシュの問いかけに逆にライフル女が狼狽える。
「ずっと気になってたんだが」
「うむ」
「お前は何なんだ?」
「なっ……?」
女が驚愕する。
「いきなり出てきて魔導器よこせとか……クラン崩れの追い剥ぎか?」
「なっ! なんだとー?」
「しかしそれだとカガク兵器を所持してる事の説明出来ないが……結局お前は何なんだよ?」
「わっ! 私はれっきとしたクラン員だ! しかもクランマスターだぞ?」
女が胸を張って威張る。チコリーとは違って柔らかそうな果物がたゆんと揺れた。
「……へえ?」
ならば実力も相当のものかも知れない。油断は禁物だ。
(それにしても……)
ヴァニッシュは眉を顰める。
「理由は知らんが、なんでいつも1人で登場するんだ?」
「そんなの私一人だけのクランだからに決まってるだ……っあ!」
ライフル女がとっさに口をつぐむ。
「ひゃ! 100人! 100人の仲間が……!」
「遅いっつーの」
一瞬で女との間合いを詰めたヴァニッシュがライフルをはじき飛ばして馬乗りに押さえつけた。
「くっ! 不覚!」
両腕を地面に押さえられ悔しそうに叫ぶ巨乳女。
「まったく……とんだじゃじゃ馬だぜ。そんじゃあ、何で俺を狙ったのか教えてもらおうか」
頭上から冷たい視線で見下ろされるが女は気丈に言い放った。
「ふんっ! そう簡単に口を割ると思ったら……」
ヴァニッシュがニヤリと笑う。膝を使って女の身体を押さえつけると両手の指をわきわきと蠢かせた。
「なっ?! ちょ……それは! それだけは……は……はは……はははは!」
女は我慢しようとしたが数秒も保たなかった。
「あはははは! ひゃははははははは! はうっ! あうん! あははは! あふんっ! そっ! そこは! くっ! くすぐるのは! あはは! は! 反則……あひゃははははははうん!」
「ほれほれ。喋んねえと止まらねえぞ?」
調子に乗って脇腹をくすぐりまくる。
「ふひゃはははは! あふっ! ははは! あふん! やあん! はははぅ! はうん!」
「ほれほれ、ここが弱いんのんか? うりうり!」
「だめぇ! そんなところぉ! やぁ! もう……だめ……あふ……許して……あああ……」
「言うか? 全部ゲロるか?」
「いふ……いうか……やめ……はあんっ……だめぇ……」
「よしよし」
手は止めるが、馬乗りの姿勢は崩さない。
「まずはお名前からいこうか。嬢ちゃん」
顔を紅潮さて荒く呼吸を繰り返す女にヴァニッシュは視線をそらす。
「とりあえず息を整えろ」
「はあ……はあ……」
ゆっくりと落ち着いていく女と逆に、自分が組みしだいてる柔らかい物体に狼狽え始めていた。
「はふ……な、名はエスカローラだ。Aマイナスクラン《クレセントムーン》のクランマスターだよ!」
ヴァニッシュは出来るだけ平静を装って答える。
「Aマイナス? 一人クランなのダニ?」
「いろいろあるんだよ! 別にいいじゃないか!」
頬を膨らませるエスカローラ。
「なんか口調が……まあいい。それよりそんな一流処のクラン様がなんで俺みたいな風来坊を付け狙う?」
「……カガク兵器回収の特命を受けてるからだよ」
「んなっ?」
カガク兵器を見つけたり発掘した場合、その全ては王国に引き渡さなければならない。王国が買い取ってくれるのだ。それ専門のトレジャーハンターも多くいる。ただクランに属していないと買い叩かれる。クラン員であればそのランクに応じてカガク兵器の所持も許される。もちろん王国が買い取ってくれた価格よりの大幅に上乗せした金額を取られが。
クランを通じて所持を許されていないカガク兵器を持つ事は違法だ。そしてそれを狩る特命をもったクランが存在するらしいと、ヴァニッシュは噂で聞いたことがあった。
「Aクラスのクランがそういう仕事を受けることがあるってのは聞いたことがあったが……マジな話だったのか」
「僕は特別なんだよ!」
「へえ?」
状況を見ればあながち嘘とも思えない。
「まあいい誤解が解けりゃいいだけだしな……エスカローラ」
キリリとした表情に切り替えてエスカローラと視線を合わせる。
「なっ……なんだよ?」
微妙に頬が紅い。
そんな様子に気がつかないままヴァニッシュは背中の大剣をエスカローラの目の前ダニざした。手を離したらエスカローラの顔が潰れそうである。
「よく見ろ、こいつは魔導器だ。カガク兵器なんかじゃねえよ」
「嘘だ! どう見てもカガク兵器じゃないか! 剣の形してるのなんて初めて見たけど……」
間髪入れずにエスカローラが否定する。
(なんか、どんどん口調が崩れてくな……)
「それが魔導器だっていうなら、発動してみせなよ!」
ふうとため息をつくヴァニッシュ。
「それなんだが……出来ない」
「やっぱり嘘なんじゃないか!」
エスカローラがぷんすかと怒りをあらわにした。困ったようにヴァニッシュは答えた。
「いや、実は……俺の体内のマナ回路ズタズタなんだよ」
「え?」
「しかも血統プロテクトが掛かってるから、俺意外には使えない」
「嘘くさいよ……」
血統プロテクトが掛かっている。詐欺師の常套句である。
「事実だ」
胡散臭そうな視線を投げていたエスカローラだったが、はっと顔を明るくする。
「……そうだ! 妹さんがいるんだから……」
「チコリーとは血が繋がってないんだ。あいつは養子なんだ」
「すっごく嘘くさいよ!」
「俺とあいつは全然似てなかったろ?」
「うー……」
しばらくうなっていたが、もう一度大剣を見て提案する。
「それが本当に魔導器っていうのなら王国に鑑定に出しなよ! 魔導器なら戻って……」
「難癖つけられて持っていかれるだけだっつーの。そもそも俺の旅の目的がマナ回路を修復するためなんだよ。発動させられるならとっくにやってる」
間髪入れずに否定されてエスカローラが口ごもる。
「うくっ……」
これで納得してくれればいいのだが。ヴァニッシュがエスカローラの様子を窺う。
(……よく見たら、けっこう可愛いな。こいつ)
尻から伝わってくる彼女の体温と香りと柔らかさで視線が落ち着かない。
「う……うう……うわーーーん!」
「なっ? なんだ?」
「ふえーーん! それは僕んだー! よこせー! うわーん!」
大粒の涙で泣き出すエスカローラ。
「えっ……ええ?」
「世界中の凄いカガク兵器は全部僕んだー! うわーん!」
唖然。
ヴァニッシュだけでなく、アイリスも目を丸くしていた。
「もしかして……カガク兵器……マニアか?」
泣き叫ぶエスカローラに困り果てる。
「お兄……ちゃん?」
気絶していたチコリーがむくりと上半身を起こした。
「起きたのか。チコリー」
「……お兄ちゃん……何……してる……の?」
「何って、見りゃ……あ」
泣き叫ぶエスカローラに馬乗りのヴァニッシュ。どう見たって誤解される体勢だ。
「こっ! これはっ! 違うぞ? お前の考えてる様な……!」
「うううう! お兄ちゃんの……お兄ちゃんの無節操下半身バカスケベー!」
チコリーの左腕の指輪が光り輝いた。
「げげっ? やめっ! それは! ……クソッ!」
ヴァニッシュはまだ泣いているエスカローラと、唖然と立っているアイリスを両腕に抱えて、まっしぐらに坑道に飛び込んだ。
「メ・テ・オ……ストラーーーーーーーイクッ!」
遙か上空に小さな光がきらめいたかと思いきや、長い炎の尾をまとい、小型の隕石がまっしぐらに落ちてきた。
「お兄ちゃん大好きーーーーーーーー!」
炭坑前の切り開かれた広場に隕石が激突した。




