第3話「出会いは突然に。三人寄れば姦しい」
夜の山道は真っ暗だった。
ヴァニッシュはナップザックからライターとカンテラを取り出した。
ライターは発掘品だが大量に見つかるので市場で普通に売られている。カンテラを灯して腰にぶらさげる。
「ちょっと……やりすぎたかな?」
さすがのヴァニッシュもバツが悪くなって村を飛び出してしまった。
「まあ、チコリーの仕込みなら炭坑の話も人身売買の話も全部作り話だろ」
自分を説得しながら歩を進める。
またチコリーに追いつかれると厄介だ。なんとかエルベラ町まで行こう。
ヴァニッシュは駆け足で山道を下っていった。
小一時間ほど経った頃にようやく橋に辿り着いた。橋の向こう側に明かりが見える。エルベラの明かりだった。
橋を渡り、明かりを頼りに宿を探す。
眠そうな宿の店主に文句を言われながらようやくベッドに横になる。
スプーンがテーブルから床に落ちる時間よりも早くにヴァニッシュは眠りについた。
鐘の音が町に昼を知らせる。
小さな町に相応しい小さな鐘だったがヴァニッシュが目を覚ますには十分だった。
久しぶりにベッドで寝られたのは不幸中の幸いだった。
ようやくチコリーの魔の手から逃げ切ったと思った矢先に山奥の村にまで現れる。
(ありゃ、妖怪のたぐいかもしれねえな……)
くだらない事を考えながら朝昼兼用の食事を摂るために一階の酒場に降りていく。昼食時のためかテーブルは全て埋まっていた。
空いているカウンターに腰を下ろす。
「昨日は遅くに悪かったぜ」
カウンターの中で忙しそうに料理を作る宿屋のマスターに声を掛けた。
「まったくいい迷惑だぜ。てめえは一番高いランチ以外受け付けねえぜ?」
「うへっ。路銀がやばいんだけどな……まあ迷惑賃だ。それ頼むわ」
「おう」
40代のスリムなマスターが次々に料理をこなしていく。
大体どの町でも昼の鐘に食事を摂る。昼の酒場はどこでもこんなものだった。
ヴァニッシュは食事が出てくるまで壁の掲示板を見ていた。
酒場にはクランに頼めないような安い仕事や怪しい仕事が出ていたりする。
(すぐに出来そうなのは……引っ越しの手伝いか……安いな……)
たった今取られたランチ代よりも安い仕事料にげんなりする。しかし路銀はとっくにレッドゾーンを突破している。贅沢は言っていられない。
(いい加減……どこかのクランにでも入るかな)
最近はちょっとした町であればクラン員専用の酒場兼宿屋が建設されて仕事の依頼はほとんどそちらにいってしまう。一匹狼を気取っていたが剣で生計を立てて行くには限界かも知れない。彼はもう戦場に立つ傭兵を二度とやるつもりは無かった。
世知辛い世の中に思いをはせながら食事をかっ込む。値段に相応しい味だったかといえば、その半分の価値もないだろう。
別の酒場の掲示板も覗いてみようと立ちあがった時だった。
「今日こそ見つけ出してやるぞ。女の敵、エロ三昧ヴァニッシュ……」
「もう! 絶対に見つけてあんなコトやそんなコトしちゃうんだから! ……待っててね、お兄ちゃ……」
どこかで聞いたことのある声に思わず振り向く。
階段を降りてきたのはなんとあのライフル女。
そして入口をくぐって入ってきたのは露出度のやたら高い奇抜なゴスロリ服(どんな服だよ!)の少女。
それは巻いたと思っていたチコリーだった。
ぴたりと動きが止まっておのおの視線が固まるって3人が同時に動きを止める。
「あーーーーーーーー!」
お互いを指差し合ったのも一瞬。
ヴァニッシュは窓を突き破って店を飛び出した。
「止まれ! エローン人間エロックス! カガク置いてけぇ! 死ね!」
ライフル女も飛び出して間髪入れずにぶっ放す。壁際の樽が派手に砕け散り、通行人が慌てて建物に逃げ込んだ。
「殺す気か?!」
「殺す気だ!」
大通り中の物が爆音を立てて弾け飛んでいく。恐ろしいほどの破壊力だ。意外と狙いも正確だった。女が重量の重い対戦車ライフルに若干振り回されているおかげでヴァニッシュは辛うじて射線から逃げているような状態だ。
「お兄ちゃん!」
「チコリー!」
細い路地に逃げ込んだヴァニッシュの先に、どうやって先回りしたのかオレンジの髪をなびかせて仁王立ちするチコリーがいた。
「お兄ちゃん……探したんだからね……もう逃がさないからーーー!」
「ぐあー! 近寄るな! くっつくな! 抱きつくな! 脱ぐなーーーーーー!」
服を脱ぎ捨てながらヴァニッシュにまとわりつくチコリーを突き飛ばす。
「痛ーい! お兄ちゃんのバカー! 大好きーー!」
意味不明な事を喚くチコリーを飛び越え、路地を疾走する。
「もう……お兄ちゃんったら照れちゃって……でも……今日は絶対に逃がさないんだから! ストームジャベリン!」
チコリーの突き出した右手のブレスレットが淡い光を発する。空気がこよりの様に圧縮されて暴風を纏った不可視の槍となって撃ち出された。
間一髪ヴァニッシュが避ける。嵐の槍がすぐそばの建物を吹き飛ばす。迷惑この上ない。
「殺す気か?」
「お兄ちゃんを再起不能にして一生看護する!」
「ごあーー?! 怖ええよっ?! 猟奇的過ぎるわ!」
叫んだヴァニッシュの足下が弾ける。
「動くな! 弾が当たらんだろう?」
チコリーのウィッチクラフトに足止めされている間にライフル女が追いつく。
「うをっ! 追いつかれた? 当たってたまるか!」
チコリーのウィッチクラフトとライフル女の銃弾を避けながら町中を走り抜け、気がつけば昨夜に渡った橋の前まで辿り着いていた。
「お兄ちゃん!」
全力疾走のおかげで少し距離を稼いだがすぐに追いつかれる距離だ。山道を駆け上がって体力勝負に持ち込もうとヴァニッシュが決意して再び走り出したときだ。
その走り出した先に橋の反対側から歩いてくる少女の姿に目を疑った。
「え?」
「よかった……ヴァニッシュ様……」
ほっとため息をついて笑みを浮かべたのは、緑の髪のチコリーだった。
「お兄ちゃん! 何? その女! ……あれ?」
橋の逆側からオレンジ髪のチコリーが追いつく。挟まれる形だ。
「まあ……!」
緑髪が口に手を当てて驚いた。
「チコリー……? なっ?! とうとう細胞分裂までするようになったのか?!」
「いくら私でも無理~! それが出来るならお兄ちゃんのハーレムになれるのぃ!」
「どわーーー! おぞましい事言うんじゃねえっ! ……しかし、それじゃ……?」
ヴァニッシュはようやく事態を把握した。
わなわなと少女を指差す。
「お前は……」
「はい。ヴァニッシュ様はこの方と私を勘違いなさっておられたのですね」
民族衣装に身を包んだチコリーそっくりな少女と、露出過多ゴスロリ服(だから! どんな服なんだぁ!)少女が顔を見合わせた。
「お兄ちゃん……そうだったのね……この私そっくりの女に心奪われちゃったのね?」
チコリーが右腕を突き出す。ブレスレットが光を放った。
「でももう大丈夫! 今からお兄ちゃんの下半身は私が守る!」
「どわっ? 危ねえ!」
「消えろ! ドッペルゲンガー! エアバースト!」
チコリーの叫び声とともに大気がはじけ土煙が上がる。
そして橋の一部が轟音とともに崩落して崩れた。
大変な迷惑である。
「げほっ! 無茶すんな! どアホウ!」
ヴァニッシュが瓦礫の下から民族衣装のドッペル少女をかばって飛び出した。土煙が晴れるとオレンジのチコリーが仰向けに倒れていた。頭の上でひよこがくるくる回っている。
「きゅう……」
「あ……? 気絶したのか?」
どうやら飛んだ石が頭にぶつかったらしい。
「目の前ででかいウィッチクラフトなんぞ発動させるからだ。アホ。しばらく寝てろ」
ヴァニッシュは吐き捨てながら自分のマントをチコリーに掛けてやり、もう一人の少女に振り向いた。
「大丈夫か?」
尻餅をついていた少女に手を伸ばす。
「えっ……はい。ありがとうございました」
おずおずと差し出された少女の手を掴みひょいと引っ張り起こす。
「あー。なんていうか……その。酷いことしちまったな。すまなかった」
バツが悪そうに頭をかいた。
「いえ。事情はわかりませんが誤解が解けたのなら……」
少女の言葉を遮るように町の方角が一瞬パッと光った。
「危ねえ!」
またもや爆音。ヴァニッシュの立っていた場所に大穴があく。
「ようやく見つけたと思えばそのような幼女にまで手を出し、あまつさえ別の少女に手を出すとは……もはや生かしておけん! 死ね! エロガッパ!」
「どわーーー?」
慌てて少女を抱え込み、山道へ全力で走り出した。
「ヴァ……ヴァニッシュ様?」
「とダニく今は逃げるぞ! 大人しくしててくれ!」
「はい……」
ライフルだけでなく大型のハンドガンまで連発してくる女の攻撃を木の陰を利用しつつ避けていく。
「目の前で人攫いまでするとは! このロリコン! 変態! エロエロ! バカ! 人でなし! それから! えーっとえーっと!」
(無理してまで悪口を言わなくてもいいだろうに……)
遙か後方に響く捨て台詞に毒づいた。




