第15話「蘇る狼と哀れな羊たち。なお当店は持ち帰り禁止です」
「それは……本当の話話なのかね?」
エルベラ駐屯地の隊長ラルフ・シュタイン軍曹がうなった。士官がいない事でも田舎の町だと言うことがよくわかる。
「トリニティーの名にかけて本当の事だよ」
エスカローラが机から身を乗り出して宣言した。
「はい……しかし……本当に聖典にでてくるカガク兵器が?」
軍曹はただただ困惑するだけだった。いきなり出てきた王族にA級カガク兵器などどれもが軍曹の手に余る。
「迷ってる暇はねえよ! とにかく今は町の住民を避難させるんだ! 出来るだけ遠くに!」
バン! と机を叩きつける。
「いや……しかし……それは……」
「トリニティー王家の命令だよ!」
エスカローラがさらに身を乗り出した。
「王族といえど女性に指揮権はありませぬ!」
軍曹は揺れる谷間から目を逸らすように立ち上がるとそう断言した。少々やけくそ気味だった。
「そ……そんなあ!」
「なあ、隊長さんよ、あんたの立場はよくわかる。……だからこそだ。あんたの判断が必要なんだ」
片手を振りながらなんとか口説こうとヴァニッシュが努力する。
「この町には2600人以上の人が住んでいるんだ! それを避難などといえば!」
30人程度の兵士でどうにかなるとも思えない。
「手遅れになったら皆殺しの可能性もある! もちろんローガンの野郎が何も考えずに帝国に行っちまう可能性もあるけどな」
「そうだろう! 可能性で全民避難など……!」
ラルフ軍曹が頷くのをヴァニッシュは片手で制した。
「力だよ」
「なに?」
軍曹が眉を顰める。
「ありゃあ見ただけでわかる。凄え力だ」
「それは……炎の七日間に出るようなモノならば……」
もう一度軍曹を手で制す。
「それを小悪党が手に入れたんだぜ? 必ず試したくなる。絶対だ。現にエスカの銃を持った途端に躊躇していた殺しをためらわなかった」
「……っく……それは……」
軍曹は知っていた。訓練して強い力を持つと気弱だった町の青年がゴロツキへと変貌する様を。酒場で好き放題暴れる部下達を。
「俺の勘が叫んでんだよ。奴は暴走するってな」
「……」
言葉が続かなかった。
「ヴァニッシュ……」
エスカローラが心配そうな視線を向ける。
しばらく沈黙が続く。
そしてゆっくりと軍曹が肯いた。
「わかった。取り急ぎ避難勧告を出そう」
「命令にゃならんのか?」
「勧告が精一杯だ」
「わかった。俺たちも手伝う」
部屋から出ようとする軍曹とヴァニッシュをエスカローラが呼び止める。
「でもヴァニッシュ。倒すことは考えないの?」
「今どうにかなる問題じゃねえ。やれることからやってくぞ」
「うん」
エスカローラも立ちあがった。
「ロドルフ! 至急全隊員を集めろ! 非番も叩き起こせ!」
「サー! イエッサー!」
部屋の外で待機していた大柄の軍人が一際大きな返事で飛び出した。
ヴァニッシュが外に出るとチコリーが脱ぎながら飛びついてきた。サービスシーンです。お楽しみください。
「どアホウ! 今から住人全員避難させる! お前も手伝え!」
「はーい」
「脱ぐな! 返事と行動を一致させろ!」
「は~い」
チコリー悪びれずに返事をした。(サービスシーンは終了いたしました。謹んでお詫び申し上げます)
「……ん? アイリスは?」
もう一人いるはずの少女を探す。
「帰ったよ」
「は?」
チコリーの素っ気ない言葉に間抜けな声を出すヴァニッシュ。
「村が心配だから帰るって」
「なんだって?! なんで行かせた!」
「別に~ぃ? 私はお兄ちゃんといられればそれで……」
「!」
ヴァニッシュが拳を振り上げた。強く握られた手からミシミシと音が洩れる。その様子にチコリーは驚愕を浮かべる。
「お兄ちゃん……本気で……怒った……の?」
「……!」
拳を壁に叩き付ける。煉瓦に亀裂が走った。
「チコリー……。エスカと一緒に誘導を手伝え」
「え? お兄ちゃんは?」
「わかったな?」
その声には殺気に似たものが籠もっていた。
「う……うん……お兄ちゃん?」
ヴァニッシュは返事を待たずに駆けだしていた。町の反対側、アイリスの帰った村の方角へ。
今まで生きてきた中で最も長い距離、しかも上り坂を延々走り続けて心臓は爆発のような鼓動を繰り返していた。体中から汗が玉のように流れ出る。そしてとうとう動けなくなってその場で木に寄りかかる。肺が酸素を求めて激しい呼吸を繰り返す。
「お爺……ちゃん」
村が見える。
生まれ育った大切な村だ。
炭坑へ続く道を見るとさらにその奥の山にあの神像が見える。水蒸気で微かに霞みその巨大さを引き立たせる。そしてそんな巨大なものがカガク兵器らしい。
(あんな大きなものが……本当に動くのかな)
そして本当にあれが炎の七日間を引き起こした最後の兵隊なのだろうか?
疑問は尽きない。
しかし今やるべき事は一つだけだ。止まっていた足を無理矢理動かし愛すべき村へと帰っていった。
「お嬢さんダニ?」
どこからか聞き慣れた声が届く。
「クパリさん!」
「良かったダニ! 開放されたダニね!」
クパリが慌てアイリスの側による。
「それより、お爺さまは?」
「井戸の所で話し合いをしてるダニ」
「ありがとう!」
「お嬢さん! ……ダニ」
アイリスは残った全ての体力を使って駆けだした。
「可憐……ダニ」
その背中を見送ってクパリはとんちんかんな事をつぶやいた。
村の中央に位置するたった一つの井戸。村の近くには小さな小川もあり水には恵まれていた。普段は身体を拭きに来たり飲み水を汲みに来た人たちのちょっとした集会所のようになっている。
「お爺さま!」
村人全員と日雇い坑夫たちが集まっていた。みんなは落ち着かな気に巨大なカガクの人形と村長を交互に見つめていた。
「アイリス! 無事じゃったか!」
孫娘に気がついた村長が目を丸くした。
「よかった! お爺ちゃんも無事で!」
「本当に……本当に良いところに戻ってきてくれたじゃ……」
ガルデスの表情が歪んでいく。
そしてよろよろとアイリスに近寄ろうとする。いつもと違う様子に思わずアイリスの足は遅くなる。
「お爺ちゃん……?」
村人の間にも動揺が走る。
「アイリス……お主には……巫女としての役割を果たしてもらうじゃ……」
「え……?」
巫女としての役割……? 聞いたことが無いとアイリスは足を完全に止めた。祖父の顔は生まれてから初めて見る歪んだ表情であった。
「皆のもの! 巫女を捕らえい!」
ガルデスは杖を振り上げて叫んだ。
「えっ? お爺ちゃん?」
混乱するアイリスに村民が殺到する。一人残らず名前を知った顔見知りだ。
「すんません! お嬢さん!」
「これが村の決まりなんです!」
「きゃっ? みんな! なっなんで?」
非力な上に走り通しのアイリスは抵抗らしい抵抗も出来ずに押さえつけられる。
「贄じゃ! 山師殿に贄を差し出すのじゃあ!」
ガルデスの声は狂気に溢れていた。
「お爺ちゃん? どういう事ですか? 贄って?」
「ええいっ! もうその家族ごっこは終わりじゃ! とっととその娘を裸にひん剥いて棒にくくりつけるのじゃ!」
錯乱気味に杖を振り回してガルデスが叫ぶ。
「お爺ちゃん! それはどういうっ! きゃあ! だめ! やめて! お爺ちゃーーん!」




