33.親友。
泉彼方が、ここまでくる間に何を思って、走って、転んで、この腕を掴んだのか。
それは、先程言った通り、もう離さない。
「離してよ…」
「離さない…」
「離して!」
「離さない!離してやるか!
見捨ててやるか!見放してやるもんか!
切り捨ててたまるもんか!」
彼方は、離さない。
ずっとその腕を掴む。
強く、例え、痛い、と言われようが離しはしない。
今離せば、何処かへ、きっと何処かへ行ってしまうから。
風に連れ去られてしまう気がするから。
この雨の音に、存在すらもかき消されそうで、すぐに見えなくなってしまう気がするから、だから彼方は、離さないんだ。
「なんでなの…?
彼方は私の事が嫌いなんじゃないの!?
私とはもう友達で居たくないんじゃないの?!なんで今なのよ!?
私はもう諦めようって…
捨てようって…そう思ってたのに…。
なんでよ…なんでなのよ!!」
蓮野は、必死に涙を抑えながら訴える。
今更言い訳をしたって何の意味もない。
何かを言ったって、切り捨てた事実には変わらないんだ。
今、俺は蓮野に言わなきゃいけない事がある。
これをまず俺が言わないことには、何も始まらない。
「蓮野、ごめん」
「っ…」
蓮野は目を見開いた。
その理由はとても簡単な事だ。
今このタイミングでの謝罪と言うのは、俺の勝手な、都合の良いものだ。
だから、蓮野は動揺を隠せないのだ。
だけど…それでも…。
「蓮野…俺は謝った。
お前は、俺に何て言葉をかける?」
蓮野が俺に向けなきゃいけない言葉がある。
それは今とても重要な事だから。
だから、辛くなっても、悲しくなっても、どんなに後悔しても、俺はこれを言って、蓮野から伝わらなければいけないのだ。
蓮野が後悔してしまわぬように…。
だが、蓮野は無言を続ける。
俺は、歯を噛み締める。
雨で声が消えようと、蓮野は言わなきゃいけないんだよ。
そして彼方は無理矢理、蓮野の腕を上げ、立ち上がる。
「言えよ!
そうやって何も言わずに伝わると思ってるのかよ!?
そんな都合のいい事があるかこの大馬鹿!
お前には言う権利があって…俺には後悔する権利があるんだよ…」
「っ…」
こいつは…。
これは、言わないつもりだったんだけどな。
だけど、今の蓮野を止めるにはこれしか。
彼方は、覚悟を決め、前を向く。
「下を向くだけか…?
歯を噛み締めるだけか…?
そうやって、俺から…
昔の自分の事から目を背けるのかよ?」
「っ!!なんで…?
何で彼方が、それを知って…っ!」
余波は頭ですぐに理解した。
神無月式ノだと。
神無月式ノ しかいないと。
そして余波は、ゆっくりと立上がり、抑えきれない涙を抑えながら、声を上げる。
「話が違う!私は言わないでって言った!
だからあの時…なのに何でなの!?
なんで今それを言うの!?
もう忘れようとしたのに…!
償おうとしたのに!どうしてなの!?」
余波は強く嘆く。
その嘆きと共に、雨は増してく。
この雨は、今の余波の心情そのものだ。
彼方は強く歯を噛み締め、返答する。
それは、彼方の今の怒りであり、余波の苦しみである。
だが、どんなに最低と言われようが、彼方は言葉を投げるのだ。
そのボールが、返ってこないボールだったとしても。
余波が、後悔を残さぬように。
「っ!忘れる…?償う…?
馬鹿か…お前は本当にどうしようもない馬鹿だよ!
死ぬことが償う事だって!?
そんなのはただ逃げてるだけで、全てを忘れて、自分で責任を取らないような自己中がする事なんだよ!!
自分の行いに…自分のしてきた事に…目を背けるんじゃねぇよ…!
自分から逃げてるんじゃねぇ!!」
彼方は、余波に伝えた。
今思って、言うべきだと思った事を。
余波は逃げようとしている。
自分の過去から、理沙と言う過去の親友を忘れ、彼方と言う親友を忘れようとしている。
そんなのが許されるのか。
否だ、否に決まっている。
許されるはずがない。
その行為は、彼方と理沙が否定される事になるのだから。
蓮野余波と言う存在の、否定にもなるのだから。
だから彼方は怒るのだ。
怒りをぶつけるのだ。
嘆きをぶつけるのだ。
悲しみをぶつけるのだ。
全身全霊を、感情の大粒を目から流して。
雨と風が強く降り、吹いている。
彼方が、両目から流している涙はそのせいでわからない。
けど、わからなくたって出てしまうのだ。
当たり前の事なのだ。
友達が…親友が死にそうだったのだから。
もう、会えなかったかも知れないのだから。
彼方が、そんな後悔を背負うなど、耐えきれるはずもないのだから。
そんな彼方の言葉を受けた余波は、黙ってなどいられなかった。
ここまで好き勝手言われて、何も言い返せない方がどうかしてる。
そして余波は、数秒の沈黙の後、彼方に言葉を投げ込む。
「…切り捨てた癖に…手を離した癖に!
今更謝罪!?馬鹿なんじゃないの!?
彼方に私を責める権利なんてない!
彼方に私の何がわかるの!?
見捨てた癖に…見放した癖に…。
そんな彼方が好き勝手言わないで!
わかった風に私の事を話さないで!」
余波は、彼方を怒りの表情で見詰める。
余波は、自分の全てを曝け出す。
今、言いたいこと、彼方に言いたいこと。
それらの感情を、吐露した、吐露したかったのだ。
その吐露した感情こそ、彼方が聞きたかった、事なのだから。
そして、彼方は涙を流しながら、笑みを浮かべる。
「やっと…言ってくれたな」
「え…?」
余波は、間の抜けた顔になる。
「それでいいんだよ。
俺は蓮野に許されない事をした。
だから許さないで欲しい。
蓮野は俺に許されない事をした。
俺はそれを許す」
彼方はそれを許す。
余波が、どんなことをしたとしても、どんなに恨まれることをしても、それを許す。
支えなければ、支える柱がなければ、人は立てないのだ。
だから、彼方はその柱になるのだ。
彼方自身の、事など今はいい、ただ余波と、真っ直ぐに、向き合いたいから。
「許さない変わりに、俺は何度も蓮野と友達になりたいって伝えに行く。
最初はただの知り合いだっていい。
そこからまた、親友になる。
だから、過去の事なんてどうでもいいと思うくらい、楽しい日々を過ごそう!」
雨は、いつの間にか止んでいた。
吹き込む風もなく、雲すらもない。
月の光、夏の夜。
その彼方の笑顔は、余波の心を、この星空と共に包み込む。
余波は、笑みが溢れていた。
それは、大粒の涙と共に。
そして大粒の涙を拭いながら、くしゃくしゃの顔て声を出す。
「…彼方はなんで…いつもそうなのかな。
ズルい…私、彼方の事好きなんだよ?
そんな事言われて…知り合いからなんて我慢出来る訳ないじゃん…」
彼方は、掴んでた腕を、両手で、余波の手を掴み、微笑む。
「答えを聞いてもいいか?」
余波は、顔を上げて、答える。
「これからもよろしくね、私の親友!」
「こちらこそ、俺の親友!」
俺と余波は、満面の笑み浮かべた。
そして、俺と余波は、親友に戻った。




