29.ありがとう。
収まりきれませんでした…。
今回は長くなってしまいました。
すみません!では本編をどうぞ!
楽しみて頂けたら幸いです!
その言葉だけが、静かに響いた。
まるで、その一言だけが、シャッターで切られ、時のなかへ消えて行くような、そんな感覚。
「…」
二人の間にただ、静かな時間が訪れる。
彼方が何を言ったのか、言ってしまったのか。
その重みに、神無月式ノは既に気づいている。
前に屋上で言った、彼方の『友達』と言う単語は、ただの宣戦布告でしかなかった。
だが今は違う。
状況が違うのだ。
彼方が今、この場で式ノに提示できる願いは一つだ。
何もかも、式ノが上手な中、そんないくつもの条件やらを聞き入れる訳がない。
その中で、彼方が、引いた一枚のカードは、『友達』だった。
『蓮野余波』でもなければ『解放』と言う単語でもない。
だからこの言葉は彼方の本当の願いで、本当に望んでいる事なんだ。
だからこそ、問題なのだと、神無月式ノは、頭で、理解しているのだ。
だが、その言葉に式ノが疑問を覚えないはずもなかった。
「彼方くんさ。
私が今までやって来たことを知ってて言ってるんだよね?」
「そうだ」
「っ!ならなんでっ…!」
「昔の俺はさ…。
お前にいじめられて…酷いことされてた。
正直、恨んでないって言ったら嘘になる。
けど…けどさ、お前だけだったんだよ。
俺に手を出さなかったの」
「っ…!」
その言葉に、驚きを隠せないでいる式ノ。
「お前が本当に俺の事が嫌いってんなら俺だってお前に復讐をする覚悟だったさ。
けどさ、お前は…本当は、違うんだろ?」
「…私は…私は…!」
「本当のお前は…こんなことを望んだ訳じゃないんだろ?」
「私…は…」
式ノは、ぎゅっと、スカートを両手で握る。
下を向きながら、歯を噛み締めていた。
そして、その顔に宿っていたのはただの、涙だった。
その涙に驚きを隠せないのは当たり前だ。
女の子を泣かせた。
けど、この涙は、悲しみなんかではない。
そして、彼方は、式ノに笑顔を見せた。
その笑顔を見せた理由なんて物はないんだろう。
ただ笑みが零れた。
そんな物だろう。
「なに笑ってんのよ…?
女の子が泣いてる姿見て笑うとか…最低」
式ノは涙を手で拭いながら強がる。
「なぁ…式ノ。
もういいよ、強がらなくて。
言いたいことがあるなら言え。
言わなきゃいけない事があるなら話せ。
言いたくない事があるなら言わなくていい。
俺は、何を犠牲にしたって、お前の、友達でいてやるから」
「っ!!」
その彼方の言葉に、式ノは、ばっと顔を上げる。
そして、みるみると目には涙が溜まって行き、その大粒の涙はポタポタと落ちて行く。
声の出ない式ノのその思い。
ただ顔が熱く、胸の奥から沸き上がってくる訳のわからない感情に染まって行く。
俺は、守りたいものがあるから守る。
そう言った。
これが式ノとの関係を変えるチャンスだと。
だから俺は、何を犠牲にしたって、蓮野を守る。
何を犠牲にしたって、この普通の女の子と、神無月式ノと友達でいてやるって。
だって式ノはただ…。
「お前はただ…。
俺と友達になりたかっただけなんだろ?」
「っ…!うっ…うん…うん…うん」
式ノは止まらない涙を何度も拭う。
涙を止めるのに忙しくて、普通に喋れない。
ただ、コクコク、頷いて、喉の奥から振り絞って、うん、と答えるしかなかった。
「たく…。
お前が変な見栄張るから友達になるのに六年も掛かっちまったよ」
「ごべん…なさい…」
「違うだろ?」
「へ…?」
「ごめんなさいじゃなくて」
ごめんなさい。
この台詞は間違っている。
今式ノが言うべき台詞はこれじゃない。
花菜に教わった。
「『ありがとう』だろ?」
嬉しい時に謝られたり。
迷惑かけたときに謝ったり…。
俺と式ノってこう言う所は似てるよな。
嬉しいときは『ありがとう』。
迷惑かけて、助けられた。
そんな時も『ありがとう』。
謝罪なんかよりよっぽど嬉しいんだ。
この言葉は、この一言は。
式ノは、溢れでる涙を拭うのをやめ、ただ真っ直ぐに、その感情を、今の感情を、伝えた。
「『ありがとう』、彼方くん!」
ただそう。
真っ直ぐに。
感情と言う虹が見えたのだった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄
 ̄
昔の話をしよう。
神無月式ノと言う少女の話を。
少女はある日、とある学校へと転校した。
別に興味も、友達も、作る気などなかった。
そんな思いを秘めたまま、新しい新生活の場に到着した。
先生にもろもろの話は任せたまま突っ立っている式ノ。
そして、先生に、君の席はあそこだ、と指を指され、その場所に無言で歩いて行く。
椅子を、引き、座る。
「ねぇねぇ!」
隣から無邪気な声が耳元で囁かれるように響く。
その声の主のもとへと首を向くと、そこには、ニッコリと笑っていた少年がいた。
「なに?」
式ノはダルそうに聞く。
「わからないことがあったら言ってね?
俺達は今日から友達だ!」
「っ…!」
これが式ノ初恋の瞬間である。
だが、式ノはこの気持ちになど気づくはずもない。
神無月式ノはこの恋と言う感情を、怒りとして受け取ってしまったのだ。
式ノは自分の部屋の扉を、バン!、と、勢いよく閉める。
そして背負っていたランドセルをベッドに投げる。
「ムカつくムカつくムカつくー!!
なにあれ!?なんなのあれ!?」
式ノは怒りに任せて、地団駄を踏む。
顔の熱が止まらない。
全身が熱い。
心臓がずっど、ドクンドクン言っている。
この感情は怒りだ。
幼心の式ノには、恋と言う感情は経験した事がない。
これを怒りとして受けとるのも仕方がなかったと思う。
「そうだ…。
あいつ、いじめてやろ」
そしてここからが、始まりだったのだ。
神無月式ノがいじめっ子へと。
泉彼方がいじめられっ子へと。
彼方がトラウマを植え付けられる日々の始まりだったのだ。
そして式ノは友達を作った。
それは彼方をいじめるだけの、上部だけの、偽善で、出来た友達。
そして、いじめて行けば行くほど、謎の快楽へと。
自分では手を下さず、他の人達に手を汚させる。
何故か何度も笑みが零れた。
あぁ楽しい…愉快…最高…。
そんな単語を何度も繰り返している内に、謎の感情に支配された。
ー何で私は何も出来ないんだろう?ー
何も出来なかった。
皆が殴ったり、水をかけたりしている中、私はそれを見て、命令している事しか出来なかった。
何でだろう?どうして?
彼方の事がムカつくなら殴ればいい。
蹴ればいい、水をかければいい。
机に落書きしてやればいい。
なのに…出来なかった。
式ノは気づいてしまった。
これは…これは、恋と言う感情なのだと。
そして、もう一つ、私は孤独なのだと。
元々、今いる友達は金だけが目的だ。
金で雇って彼方をいじめさせてる。
本当の友達なんていなかった。
優一、彼方だけが、本当に、本物の、友達として、声を掛けてくれていたんだ。
何故あの時私は怒りなどと言う感情として受け取ってしまったのか。
何故あの人の手を握らず、振り払ってしまったのか。
その時には、式ノの転校が決まっており、その後悔はもう既、に遅かった。
そして中学生になった私は、生き甲斐が無くなったかの用に、ただボーッとしていた。
心踊る出来事がない。
つまらない三年間だった。
その三年間の間、ずっと考えていた人物。
泉彼方。
この片想いがもはや六年も続いていると思うと、自分の密着ぶりが恐ろしい。
そしてある日、親からとある提案をされた。
それは、あの街に戻ってみないか?
と言う内容だった。
元々、こっちの街には、とある用事があって出来た事。
その用が済んだとなれば、そう提案するのも自然だったかも知れない。
そう思った。
だけど、他にもう一つ。
両親から言われたのが、
「向こうにいたときのお前の顔は生き生きしていたけど…こっちに来てからのお前は、な…」
「っ…!」
その両親の言葉に驚きを隠せなかった。
顔に出てた。
式ノはそれほどまでに、恋をしていた。
そして私は帰ってきた。
この街に。
四月、桜が舞い散るこの季節。
式ノは久しぶりの、この何も変わらない道を、ただ歩いていた。
新しい高校の制服を着て。
少し浮かれた気分になっていた。
もしかしたら会えるかも知れない。
そんな期待を、新生活にしていた。
そして、式ノが、木の下で桜を眺めていると誰かの視線を感じた。
少しのやんわりとした風邪に髪が靡かれ、それを右手で抑えながらその視線の先へと顔を向ける。
そこには、呆然と立ち尽くし、こちらを見ている一人の高校生男子。
距離が少しあり、顔はよく見えないが何かと重なる面影。
式ノは気にせず、その場を後にした。
そして、新しい学校への転入日の前日。
私は、学校の下見に来ていた。
なかなか綺麗な学校ね。
なんて思いながら。
そんな私が青春を謳歌する場所の下見も終わり、生徒のほとんどが、校門へと足を運んでいる。
それに便乗するかの用に式ノも校門へと向かった。
校門へ向かう途中の桜並木はとても綺麗で、夕陽が落ちそうな太陽と重なり合い、とても美しい。
この光景を見て感じることはあんまり出来ないのではないか。
なんて思いながら、ふと笑みが浮かぶ。
校舎から出て、校門に向かおうとしたその時、そこには見覚えのある影があった。
つい、最近、会ったあの男子高校生だ。
何故かまた私を、ずっと見ている。
すると、こちらに走ってきた。
段々と距離が縮まる。
そして、顔がちゃんと認識できる距離に…。
その顔は何処か懐かしい。
「っ…!」
彼方くんだ。
そこにいたのは私の片想いの相手。
六年間思い続け、とても許されない事をしてきた相手。
私は動揺を隠しきれない。
そして、彼が口を動かした。
「覚えて…ますか?」
と。
覚えてる。
忘れる訳がない。
忘れられる訳がない。
貴方の手を振り払った事の後悔。
貴方をいじめ続けてきた後悔。
貴方が私の初恋の相手だと知った時の後悔。
どれも…全部…忘れる訳がない。
後悔ばっかした幼心の私。
けどもう遅い。
遅いんだ。
なにもかもが、この初恋の人との関係は、何があろうと変えられない。
そう、式ノはそう思っていた。
いじめっ子といじめられっ子。
それが二人の関係であり、真実だったから。
私は平然を装い、彼方くんこそ覚えてるの?、何て言葉を発して、会話を繋げようとした。
そもそも何で、私に話しかけたのか、掛けられたのか、謎だった。
すると、こっちを見ていた彼方の顔が、何故かみるみると真っ青になっていた。
さっきまでは、俺、青春してるぜ!、見たいな顔をしていたのに。
どうしたの?と、私が聞くと、彼方くんはこちらを指差し、一言。
「お前式ノか…?」
「っ…!」
あ…そっか。
私って気付いてなかったから。
そう言う事か…そっか…。
もしかしたら昔の事なんてどうでもいい。
と、言って許してもらえるかも知れない。
何て言う期待は初めからあるはずもなかった。
その後、彼方は私を神無月式ノだと知った瞬間、背を向けた。
待って。
まだ…話したい…行かないで。
何か…何か…。
そして、私の口からでた台詞は、
「私…彼方くんの事が好きなのー!!」
え?私何言ってるの?
思いを伝えてしまった。
何してんの私ー!?
わー!わー!うわあああ!
いや心の中で叫んでどうする!
は、早く、早く誤魔化さないと!
「そう…あれは…私なりのセックスだったの!」
うぎゃああああああああ!!
私何言ってんの!?狂った!?
ここからの記憶はあんまりない。
て言うか、思い出したくない。
彼方との関係が更に悪化した。
でも…彼方くんのああいう表情見てると…。
何とも言えない快感…が…。
やはり、式ノはSであった。
そしてそれから式ノはよく考えた。
これからの彼方との関係。
友達になりたい。
恋人…とまでは望まないから。
ただ友達になりたい。
けど、それは絶対に無理な事。
この時の式ノの中には、彼方との仲直り、何て言う選択はなかった。
ならば、いつもの自分を演じればいい。
昔の用に…。
それからだった。
式ノと彼方の関係悪化したのは。
最初は私らしい好意で接しようとした。
お弁当食べたり…キス…したり。
いやあの時のキスは私の性欲が爆破しただけと言うか…なんと言うか。
けど、彼方くんは、本当に嫌な顔をしていた。
そして、そんな顔を見てかはわからない。
彼方くんに、また四年前の続きをしようってか?ふざけんな、って言われたとき、私は何故か怒りを覚えた。
そんな訳がない…。
違う…私は全部好意でやってた。
確かにこれを好意として受け取るのは難しいかも知れない。
けど…私が彼方くんの事が本当に好きって…そう伝える方法が何一つない。
告白したって…キスをしたって。
だから…やってやろうと思った。
最初は軽く情報収集して、適当に脅して、誰かにやらせた。
私自身は手を加えない。
加えちゃいけない。
これで彼方くんは折れる、きっと…。
私は何をやっているだろ。
彼方くんの事が好きだから…?
この気持ちに気づいてもらえなくて…むしろ嫌われてて…それに腹がたったから?
けど、私にそんな腹をたたせる権利なんてない。
あれだけの事をやって、許される訳がない。
なのに…本当に、私は、何をやっているんだ。
自分でもわからなくなった。
私は彼方の事が好きなのに。
私は彼方と友達になりたいのに。
そんな言葉ばっか並べて。
そして、私の中の何かが壊れた。
あぁ…もういいや…この関係を、壊そう。
どうせ、受け入れてもらえい。
どうせ、友達になんてなれない。
どうせ、私が何をしたって気づいて貰えない。
なら、私には何もないじゃん。
なら何もいらないじゃん。
今からの私は、彼方くんに、一生許されない事をする。もういいんだ。
こんな関係、壊れちゃえば。
そこから、私と言う存在の在処は、なくなった。
壊せるだけ壊した。
彼方との関係。
彼方と仲良くなった女の子との関係。
壊せ、壊せ、壊せ。
自分を捨てて、ただ壊せばいい。
そして私は、彼方との関係を、脅迫、と言う形で終わらせた。
壊した…全てを。
もういいや…。
なら、私と彼方との関係も終わらせよう。
式ノは、彼方に連絡をする。
用件だけ伝えて電話を切る。
この関係に、終止符を打とう。
式ノは、彼方との待ち合わせ場所に行く前に、自分と言う存在を、置いて行ったのだった。
これが…最後の彼方との、一日。
普通のデート…な訳がない。
これは、交渉の場であり、そして、私が彼方くんとお別れをする最後の場。
もういいや、ささっと終わらせよう。
そして、式ノは、本題に入る。
ささっと終わらせよう。
終わらせたい。
終われ…終われ…終われ。
式ノは心の中で何度もそう呟いた。
けど、彼方の口からでた台詞は…それは式ノには到底理解出来ない、そんな物だった。
「俺と、友達になってください」
その意味が理解できなかった。
そんな言葉を口に出来るはずがない。
ないのに…なんで…。
私は、必死に何かを堪えていた。
何かが溢れでそうな、そんな感覚。
普通に喋る事が段々と出来なくなっていた。
そして彼方の次の言葉で、何かが、溢れでた。
「お前はただ…。
俺と友達になりたかっただけなんだろ?」
「っ…!」
私は、泣いていた。
何で…どうして…どうして…。
何度もそう思った。
こんなのはおかしい…。
私は全部を壊したのに。
全部置いてきたのに…。
何で…何で…気付いちゃうのかな…。
彼方…くんは…。
何か言わなきゃ…言わなきゃ。
そして、私は、彼方に謝った。
今までの許されるはずのない事を。
今まで私が彼方にやってしまった事を。
そんな思いを全て乗っけて、謝った。
けど、彼方は、違うだろ?、と言って、笑いながら私にこう言った。
「『ありがとう』だろ?」
そう…こう言う人だ。
こう言う人なんだ…。
だから私は好きになったんだ。この笑顔を、この優しさを、この声を、好きになってしまったんだ。
その時、彼方くんが私に向けた笑顔は、初めて彼方くんと会ったあの日と、重なった。
変わろう。
これからの私はきっと違う。
この人が友達でいてくれる。
このどうしようもなく優しい人が側にいてくれる。
何を犠牲にしても…ずっといてくれる。
笑おう。
未来を笑おう。
この人と一緒に笑っていこう。
そして、伝えよう。
「『ありがとう』!彼方くん」
誰よりも、何よりも、この人にありったけのありがとうを。
ありったけの笑顔を。
この人に、伝えた。
今日、私は、大好きな人が出来ました。
読んでくださりありがとうございます!
そして!青春したいのに青春出来ない俺の日々。
pv10000ユニーク2500を突破しました!
本当にありがとうございます!
これも皆さまのお陰です!誠に感謝を!
これからも頑張って書いていきます!
それではまた!




