25.お祭りの夜に。
俺と式ノはベンチに座っていた。
電柱がただ俺達を照らしている。
人の声も、今は虫の声すら聞こえない。
まるで、世界が俺達だけを切り離したような…そんな感覚。
彼方と式ノの間には謎の空気があった。
別に距離をとっている訳でもない。
なら何故ここまで変な変な空気なのか。
だが彼方は既に実感している、この息を吸うことですら真間ならない空気に。
その理由は、あの式ノが、神無月式ノが、一切話さず、笑みを見せていないのだ。
けど、彼方はわかってる。
式ノは何かを話に来た。
何か、とても、とても大事な話をしに。
だから、俺は口を開けたんだ。
「式ノ、俺に何か用なのか…?」
俺は警戒を解かず、恐る恐るその質問を投げた。
「用って、友達が会いに来たのにそれはないんじゃないかな?彼方くん」
「…は?」
今、式ノの口からあり得ない台詞が飛び出た。
友達…?認めた…?
俺は動揺を隠しきれなかった。
当然だ。
これは、このシナリオは式ノ、神無月式ノと言う人間にとって、どうしようもなくつまらなく、興醒めするような、そんな展開だったはず。
「この台詞一度言って見たかったんだ~ま、用はちゃんとあるからそんな警戒しないでよ」
式ノは笑いながら言う。
俺は胸にとてつもない違和感とそして不気味、と言う感情が芽生える。
神無月式ノは何かをしようとしている。
それだけがただ横にいて伝わる。
この感覚を例えるならそう、恐怖だ。
けど、俺はこの恐怖に耐え、聞かなければいけない。
「用ってなんだ?」
と。
そして、神無月式ノは数秒の間を置いて答える。
「…私と、友達になってくれるかな?」
「…」
俺がこの言葉に何故驚きもしないのか、何故何も言わないのか、何故この女を睨んでいるのか。
答えは簡単だった。
奴は、悪魔の笑みを、俺に向けていたからだ。
いや、もはやこれを悪魔と言うのには足りない。
もはやこれを悪魔ごときで例えるのには無理がある。
そうこいつは、ただの悪の塊だ。
そして、悪の塊は本性を見せる。
「でね、友達としてのお願いがあるんだけどー」
「…」
式ノは作り笑いを彼方に向ける。
そして、睨んでいる彼方に対して、式ノは彼方の顔へと近づき、もはやキスをしてると疑われる程の距離まで到達した。
だが、次に式ノが彼方へと放った言葉は余りにも、彼方には重すぎた。
「余波ちゃんと、友達やめてくれない?」
「は…?」
そのお願いに、彼方の奥底では怒りが眠っていた。
そして、彼方は真剣にそのお願いに言葉を投げる。
「蓮野と友達をやめろだと?
馬鹿を言うのも大概にしろよ。
俺と蓮野は、どんな事があろうと友達だ」
俺は当然のように答える。
当たり前だ。
今の俺にとって、蓮野余波と言う人に、どれだけ感謝し、どれだけ大切にしているのか、それは想像を絶すると思う。
俺はどんなに自分を犠牲にしても、蓮野を、守って見せる。
そしてずっと友達で、いたい。
それが今の俺の願いだ。
だから、どんな事があろうと、俺は式ノには屈しない。
けど、彼方のその決心は、揺らぐこととなった。
「えぇ~?いいのかな~?じゃあばらしちゃおっかな~蓮野ちゃんの、ひ・み・つ!」
式ノベンチから突然立上がり、口に自分の指を宛て、ニンマリとしている。
「蓮野の秘密…?」
俺は、その言葉に疑問を持つ。
「そっ!彼方くんが蓮野ちゃんと友達をやめないって言うならこの秘密を学校やネットにばらしちゃうよ~?」
「はっ!そんないつもの脅しに引っ掛かるかよ」
俺は鼻で笑い式ノの言葉を否定する。
「ッ…」
だが、式ノがニヤリと笑い、俺に耳打ちでとある一言を伝えた。
それは、俺には受け止められなかった。
そして俺が、この言葉を聞いて何を思ったか。
それは、蓮野を守らなければいけない。
そう、思ったんだ。
何を犠牲にしても、どんな事が、あろうと、これだけは、やらなきゃいけない事だから。
「わかった…蓮野とは…友達をやめる…だから、それは、黙っててくれ、頼む、蓮野の為に…」
俺は、地べたで土下座をしていた。
何かを考える訳でも、反論をする訳でもなく、ただただ、歯を食い縛り、土下座をした。
するしかなかった。
「あぁ…これ、これだよ、彼方くん…最高…。
わかった、この秘密は誰にも言わないよ~それじゃ!」
式ノは土下座をしている彼方に対し、近づき、しゃがんで一言。
「これからよろしくね、親友の、彼方くん」
「ッ!!」
彼方は、涙を流していた。
唇を噛み締め、血が垂れる。
神無月式ノは、ただ静かに、泉彼方を絶望へと落とし、静かにその場を去っていった。
この時、彼方は理解した。
俺は、誰とも関わっちゃダメなんだ、と。
関われば関わるほど、その人を不幸にさせる。
俺には何かを求める権利なんてない。
何かを求めちゃ、いけないんだ。
「…クッソ…!どうしろってんだよ…!!」
彼方はその場で踞り、ただ泣いた。
目を赤く張らし、全てを諦め、泣いた。
いじめっ子といじめられっ子の友情は成立した。
それは、脅しと言う形で。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄
 ̄
俺は、ベンチに座っていた。
何も考えず、ただ下を向きながら。
「彼方ー!」
「っ!」
今は聞きたくない、耳を傾けたくない。
「もー探したんだよ?急にはぐれるから」
今は話したくない、頼む蓮野。
今は、やめてくれ。
「…ねぇ彼方、これからさ、花火を見に行かない?後もう少しで花火が上がるんだよ?」
「…なぁ…蓮野」
彼方は、口を開いた。
その掠れた声で。
「なに?」
余波はただきらきらとした表情を彼方に向ける。
そして、彼方は、言う。
「俺達…友達やめよう」
この瞬間、彼方の何かが壊れた。
「え…?何言って…」
蓮野の顔に、光はなかった。
「だから、友達やめたいんだ、蓮野と」
何で俺はこんなことを言ってるんだ。
どうしてこんなこと言わなくちゃいけないんだ。
気持ち悪い、吐き気がする。
まるで自分が自分でないかのようだ。
「…冗談…やめてよ…冗談にしてもやりすぎ…だよ…?ねぇ彼方、花火見に行こうよ、でさ!また一緒に…」
蓮野の声が震えていた。
なんでだよ…なんでこうなんだよ。
蓮野、俺は君に一生許されない事をする。
ごめん…ごめん…本当にごめん。
今は、演じなければならない。
蓮野を、大切な人を、守るために。
そして、覚悟を決める。
「冗談なんかじゃねぇよ、俺はお前と友達をやめたい、そう言ってるんだ」
「…かな…た…?」
演じろ。
自分を捨てろ。
何もかもを捨てて、演じるんだ。
あぁ…また同じような日々に戻る。
全てが灰色だった、あの頃に。
もう、最後まで行け、泉彼方。
お前は、全てを、今を、演じるんだ。
俺は、ベンチから立上がり、演じる。
「ッ!俺が…俺があの時の事を許してると思ってんのかよ!?俺は許してない!
お前が俺をいじめた時も!告白の時も!許しちゃいねぇんだよ!
どうせあの時の言葉も全部嘘で、紛い物で、ただのその場しのぎなんだろ?
てか何で俺がお前なんかと友達になんなきゃいけねぇんだよ。
お前見たいな奴…どうでもいいんだよ。
とっとと消えてくれ。
俺の前に二度と顔を見せんなよ…?
最後に、あの時の、友達って言葉は訂正する。
お前とは絶交だ。
俺はお前が、嫌いだ、大っ嫌いだ!!!」
全てが崩れる音がした。
「…そっ…か…うん…わかった…もう…話しかけない…顔も見ない…本当にごめんね…私見たいな奴が彼方と関わって…全てを壊して…」
「ッ…!そうだな…お前が全てを壊したんだよ…」
違う、違う!!そうじゃない!
蓮野は、俺に希望をくれた、光をくれた。
蓮野がどんだけ俺にとって大切か。
「…彼方…」
余波の声が彼方を呼んだ。
そして、俺は、顔を上げる。
「今までありがとう…バイバイ…」
「ッ…!」
蓮野の涙と供に、花火が上空へと打ち上がった。
蓮野の涙は花火で照らされた。
その顔に、俺は全てを亡くした事を理解した。
もう二度と戻らない者を。
そして、いつの間にか、俺の前から蓮野はいなくなっていた。
花火の音のせいか、走る音も歩く音も聞こえなかった。
そして、彼方は花火の中、涙が一つ、また一つと零れ、孤独の中、一言呟く。
「ごめん」
そして、花火は静かに終わりを告げたのだった。
読んでくださりありがとうございます。
これで第三章「いじめっ子といじめられっ子の友情は成立する。」はこれにて終了になります。
友情の成立には様々ものがありますよね。
この二人の友情は、脅し、と言う形で成立した訳です。
そんな友情嫌ですねぇ…。
では自分はこれで失礼します。
次回は第四章でお会いしましょう!ではでは!




