イノチ破カネイカ
命なんて軽いもんさ。
金に簡単に変えられる。
金と命なら圧倒的に金の価値が高い。
世の中。そうやって回っているもんさ。
命なんて二の次、三の次。
さて、君の命はいつになったら大事にされるんでしょう?
「それで」
今日は珍しくシニタガリには朝から客が二人来ていた。
一人はまとまりを失ったぼさぼさの茶髪で雰囲気からすでに感じ取れるほどに疲れがにじみ出ている二十代の女性。それに、その女性が抱きかかえている赤ちゃんが一人。
「だから、私死にたいの! ねぇ、早くいい死に方教えてよ」
「…うん。それはさっき聞いたからわかるけど。その、赤ちゃんも一緒にって」
「そうよ! この子も死にたいよー、死にたいよーっていっつも泣いてるのよ。ほら、今も死にたいよーって」
商人には珍しく呆れて言葉が何一つ出なかった。
こんな状態がかれこれ三時間は続いている。
この女性は赤ちゃんの母親らしいのだが、どうも自殺をしたいらしくシニタガリへ来たそうだが、自分の子供を道連れにすようとしている。
それには、商人も驚きを隠せずに最初は怒ったが、その怒りが女性には伝わらずに商人は完全に呆れていた。
「だから、ほら。金はいくらでも出すわよ。百万? 一千万? これから死ぬんだからいくらでも借金して金なら作ってくるわ」
「……で、旦那さんは?」
「大丈夫よ。彼なら、なんとか」
「…生きてるんだね。しかもこれから君の作る膨大な借金苦に悩まされながら、妻子が自殺したと言う枷をおまけにつけて」
「おまけならいいじゃない」
これが本当に自分と同じ人間が発する言葉なのか。そう思い深い不快感にさらされる商人ではあった00が、もうすでに女性の意見と主観が曲がる事がないと知ってはいた。
「…はぁ、わかった。なら、今から四億持ってきて」
「わかったわ」
女性はそう言って喜々として足早にシニタガリを出た。
「本当に狂っている」
商人自身がその一言に驚いた。
こんな狂った商売をやっている自分が、自分以外の誰かを狂っていると言ってしまったことに。
それほどに、あの女性は狂っていたのだろう。
それから一時間もしないほどに女性は戻ってきた。
「持ってきたわよ!」
息を切らしながらデカい髪袋を幾つも持っている女性。
商人が中身を確認すると膨大な札束が無造作に入っていた。
一体この短時間にどんな手を使ってこの金を用意できたのか。疑問にしか思えなかった。
「……ふぅ。約束は約束だね。いいよ、自殺方法を教えよう」
「早く早く!」
前のめりになりながら女性は興奮気味に聞く。
「まず、君の死に方だけどタバコを吸っているでしょ? そうだな五四本くらい一気に吸えば呼吸困難で死ねるよ。……それで、赤ちゃんの死に方だけど。まず、聞きたいけど赤ちゃんには普段何を飲ませてる? 母乳? 人工乳?」
「人工乳ってなに?」
「粉ミルクの事」
「あ、じゃあ人工乳」
「…それじゃ、夜に寝かせる時にうつぶせにさせて寝かせるんだ。多分普段から、赤ちゃんは煙草の煙に人工乳で育ってきているからSIDSって突発性の病気にかかりやすくなる。だから今日は赤ちゃんの隣で大量のタバコをいい気に吸って、まずは君が死亡。赤ちゃんは病気死と判断されるだろう」
「え? でももしそのSIDSにならなかったら?」
「なるよ。もし、ならなくても大量の煙草の副流煙で死ぬか死にかける」
「そっか。あんがと。じゃ、ちょっくら死んでくるわ」
女性はそう言って金の入った紙袋を置いてシニタガリから出て行った。
「……はぁ。流石にこたえた」
商人はその日。女性が帰った後直ぐにその日の営業を終わりにした。