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サツジンシャ破キュウセイシュ

 自殺の統計上、4月や5月に多いと国は発表している。

 さらに言えば4月や5月にあたる春には、殺人も比較的多くなると言う。

 故に死者が1年間の間でもっとも事件の多い季節なのである。

 だが、そんなのは実際のところ統計上であり、殺人や自殺など知られていないだけで1年間を通してそんなに変わらない。それが真実であり事実である。


「今日も、楽しく、らくーに営業中♪」


 鼻歌を小刻みに歌いながらお店にある大事な商品を並べている商人。

 今日もまた、日々同じく客足はそんなにない。

 このお店“シニタガリ”は自殺グッズを専門に扱う日本唯一のお店であるが、知名度など特になく自殺志願者がたまたま噂話で聞いてたどり着くそんなお店である。


「経営あっかじーでー、わおわおわおー♪」


 シャレにならないことを呑気で陽気に鼻歌で歌いあげる商人の肝っ玉には誰も勝てないであろう。

 だしかし、このお店は決して赤字にはならない。

 理由は簡単だ。自殺志願者から法外な金額をもらっているのだから。


「でもね、おっかねはわいてくるー♪」


 商人は一人楽しくきゃっきゃ歌っている。

 このお店の商品や棚にはほこりなど一切なく、意地悪な姑が居ようとも文句のつけようのない素晴らしく綺麗な状態になっている。

 そんな時、つけていたテレビからニュースが流れてくる。


《本日起きた殺人事件の犯人はいまだ捕まっておらず、逃走中です。事件発生から既に4時間は経っており、犯人は現場周辺にはすでにいないと警察は予想し、現場から広範囲にわたって犯人を捜索中です》

「ふーん。じゃあ、そろそろかな」


 商人はテレビから流れてくるニュースを見てなぜか、にやりと笑いながらそう言った。

 なにが、そろそろなのか? 次の殺人が起きるのがそろそろなのか。それとも。

 それは突然だった。

 お店の入り口が、ドンッと音を荒々しくたてながら開いた。


「いらっしゃい。来ると思っていたよ」


 開いた入り口に立っていたのは、血がまとわりつきぽたぽたと垂れ流している包丁を持ったジャージを着た教職員とみられる男性だった。


「サツジンシャさん」

「はぁ、はぁ……」


 走って逃げてきたのか息を激しく荒げており少し落ち着かなければまともに会話すらできない状態だった。

 それに顔面は蒼白しており、自分が人を殺したことへの罪悪よりも現実逃避をしているように見えた。


「大丈夫だよ。ここにはケーサツも来れないから。落ち着いて休んでね」


 優しく微笑みながら言う商人。相も変わらず可愛いにもほどがある。

 そんな商人の優しさのこもった言葉を聞いて少し落ち着いたのか、話せる程度には回復していた。


「……お、俺は」

「あ、話せるようになったんだ」


 サツジンシャの早い回復に少し驚く商人。


「人を」


 サツジンシャは自分が人を殺したことに対して酷い恐怖感を覚えていた。


「うん。殺したね。しかもニュースによれば5人もだ」


 商人はサツジンシャに笑顔でそう言った。


「あ、あぁぁぁぁぁぁ!」


 叫んだ。それは最早悲鳴だった。

 自身が犯した罪に耐え切れなかったのだろう。きっと普段は真面目な教師に違いなかった。けど、ひとは何かの拍子に大きな犯罪者になる。

 人は誰しもが犯罪者。

 普段生活していて何気ない行動が犯罪だったりする。例えば、信号無視。これは立派な犯罪だ。ただ、犯している人数が多すぎるため警察は注意すらしない。危険ですよ。そう言って促しているだけだ。そんなのは注意ですらない。他にも、ゴミの路上放棄や誰かに罵声を浴びせたりなどなど普段何気ないことが犯罪だったりもする。だからいうなれば人は小さな集団犯罪者である。

 しかし、その集団から抜けて単独犯罪者になれば、集団犯罪者の餌食になり社会的地位をなくし生活が出来なくなってしまう。

 要は、集団であるか単独であるか。小さいか大きいかそれだけなのである。

 犯罪者が犯罪者を罵り裁く、この世界はそうやって出来上がっているのだ。

 そして、サツジンシャは今日、その集団からはずれ単独になってしまった。


「ねぇ、大丈夫?」


 商人は特に悪気なくサツジンシャにそう聞いた。


「だ、大丈夫って。そんなわけ」

「まぁ、無いよね。でもねひとついいこと教えてあげる」


 商人はサツジンシャに話し出す。


「今日、君が犯した殺人は決して悪いことじゃないんだよ。人間はね、誰しもが殺人欲求にも似た破壊欲求が常にあるんだよ。それを抑え込む器が大きいか小さいかは別としてね」


 サツジンシャは、今までの状態が嘘だったかのように息を整え静かに商人の話を聞いている。


「そして人は皆誰しもが破壊欲求に負けて殺人者になり掛ける時がある。けど、大多数はならない。それはね、その時にテレビでニュースで、殺人事件が起きているかどうかで、殺人者になるかどうかが決まるんだ。人間は、テレビで事件を見たり聞いたりしたらこう思うでしょ。物騒だな。最低だな。…自分はこんな奴になりたくない」


 商人の言葉を聞いて、身に覚えがあるのか体を少しビクッと反応させてしまうサツジンシャ。


「そこで、その他大勢の人間は無意識にある思いで破壊欲求を抑えるんだよ。それが、反感さ。1つの殺人事件が起こり、それがテレビに流れれば、それを見ている人の分だけ事件は少なくなる。ボクはそう考えてるよ」


 サツジンシャは口をあんぶりと大きく開けている。

 きっと、サツジンシャには考えもできなかったことだろう。驚いているに違いない。


「だから、考えようによっちゃ。殺人者は、その他大勢を犯罪者にしないようにしている。この世界の多くの犯罪を失くしている、いわば救世主にもなれるんだ」


 笑顔で言う商人には、嘘偽りないことがはっきりとわかる。

 そんな商人の話を聞いて、何故か笑い出すサツジンシャ。


「ははは。まさかそんな考えがあったなんて。俺にはたどり着けない領域だ」


 そう言いながらここまでの経緯を話し出すサツジンシャ。


「俺はたまたまだったんだ。ある複数の生徒が1人の生徒を、家庭科室から持ち出したであろうこの包丁で、脅していたんだ。それを見てしまった俺は、止めに入った。そしたらこの様さ」

「そっかー。殺したいから殺したんじゃないんだね」

「あぁ。偶然だ偶然」

「じゃあ、なんでここに着たの?」

「それは、生徒を殺した教師なんてもう生きていけない。だったら、殺してしまった生徒たちの報いも含めて、自分で死のうと考えたんだ。そう考えて、噂に聞いていた場所まで必死に来てみたらあったんだ。この店が」

「ふーん。じゃあ、自殺志願者だね」

「……そうなるな」


 サツジンシャの話を聞いて、興味がなさそうな反応を示す商人。

 次の瞬間にはすでに商売の話をしていた。


「それで、サツジンシャくんは、どんな自殺がしたいの」

「包丁でぶすりと。でも、この包丁は何故か使う気にはなれなくてね。そこに置いてある包丁をくれないか?」

「いいよー。えっと、お値段は」


 商人は電卓をぱちぱちと打ちながら、計算している。

 包丁1つでも大事な大金になる実だ。ここで、安い値段を突きつけるわけにはいかない。


「これぐらいかなー」

「…う。高いな。けどまぁ、いっか」


 サツジンシャはそう言って、ポケットから通帳とカードを取り出す。


「これでいいか。釣りはいらねぇよ」

「お、羽振りがいいね」

「これから死ぬからな。そんなもんあってもしょうがねぇだろ」


 そう言ってサツジンシャは新しく買った包丁を商人から受け取り、お店を出て行った。


「結局、その他大勢側の人間か。キュウセイシュくん」


 ぽつりと、つぶやく商人。


「さーて、汚れた床を掃除しなきゃ」


 そう言って商人は普段通りの仕事に戻ったのだった。

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