ジサツ破セイギ
それはとある商店街の裏路地。
店と店の間にある裏路地への入り口を入ってすぐ。
そこには潰れそうで潰れないとても不思議なお店があった。
「えっと~、今日は~」
晴天吉日の今日この頃。
気だるい暑さが体を纏わりつき人々のストレスを向上させる最高の日。
不思議なお店の中にはいつものように女性と見間違えるほどの可愛らしい容姿を持つ名前不詳の“商人”が今日もせっせと働いていた。
店内を見る限りどうやら彼一人でこのお店を切り盛りしているらしい。
「今日は、これが売れそうだね」
商人がそう言って手にしたのはドライアイス。
もちろん凍傷を防ぐために手袋をしている。
このお店においてある商品は全てバラバラでただのロープだったり刃物だったり何かの液体だったりなぜか枕や薬品までも置いてある。
雑貨屋でもさすがにこんなバラバラな商品を取り扱っていないと言ってもいいほどに品ぞろえは豊富だった。
「でも、お客さんが来なきゃ売れるものも売れないよね~」
あははと、一人自傷気味に笑う商人。
それもそうだろう。昨日の来店人数はたったの10人程度。その前の日も10人前後。それだけの客数なのによく、ここまでの品ぞろえができるものである。
「おう。よ」
そこへ、1人の少年が訪れてくる。
彼はこのシニタガリの1番のお得意様で高額商品をよく買っていく。
「あ、丁度いいところに」
「げっ。なんだよ」
「もう、そんな嫌がらないの。本当はうれしいくせに」
商人の言葉とは真逆に少年の顔は歪み切っていて気だるそうな嫌気しかない顔になっている。
「これなんだけど」
「…ね、オレの言葉聞いてくれてないよね」
「えー、聞いてるよ。それでこれ」
「あー、はいはい。なにそれ」
少年は諦めて商人が手に持っていた物を見る。
「ん? ドライアイスか」
「うん」
「……よし、それ3kg程度くれ」
「はいはーい」
たった数秒だった。
商人が何の説明もしていないにもかかわらず意図を察して商品の値踏みをした。
「お買い上げ有難うございまーす」
商人の満面な笑みは男なら誰しもが振り返ってしまうほどに可憐だった。
そして、少年もまたそんな商人の笑顔を見て照れ隠しをする。
「…っ。また、くるよ」
気持ちを隠すように舌打ちをしてお店を出る少年。
そんな後姿を商人はばいばーいと手を振って見送る。
「……あー、また暇になっちゃったなぁ」
そんなことを呟いていると少年と入れ替わるように今度は、キャリアウーマンの様に気品あふれる美しさを持つ女性が来店してきた。
「いらっしゃい」
「あ、えっとここ」
「うん。多分あってると思うけど。貴女みたいな人が来るのはなんら不思議じゃないからおずおずとしなくていいんだよ」
「…そ、そうなんですか?」
「そうだよー。ストレスを抱えているのは最近じゃ、賛成より女性の方が圧倒的に多いしね」
商人の言葉を聞いてか女性は、安心したようにほっと息をつく。
「で、どんな自殺をしたいの?」
商人は早々に女性に聞いた。
満面の笑みで。
「その、とにかく死にたいです。でも、他人の手は汚したくないので」
「だから自殺なんだね。そうだなー、今日のお勧めはドライアイスだけど」
「ドライアイスですか? それでどうやって」
「バクバク食べればいいんだよ」
「それだけで」
「うん、死ねるよ」
商人は何の悪気もなく淡々と話す。
ただこのお店の利益のためだけに。
「じゃあ、それください」
「どれぐらい欲しい?」
「1キログラムぐらいで」
「はいはーい」
商人が値段の計算をしている間、女性は店内を見回す。
そこには何の変哲もない日常品など様々なものがおいてある。
これがなんのストレスもなく、死のうと思わない人にはただの雑貨品にしか見えないだろう。しかし、この女性のようにストレスの限界を超え自殺を考えている人たちには、このお店においてあるすべての物が自殺をするためのものにしか見えない。
そう。このお店。シニタガリは日本唯一の自殺グッズ専門店なのである。
「あ、これぐらいでいいかな?」
「全然かまいません。どうせ、死ぬんですから」
その値段はとても法外な値段。
しかし、これから死ぬ人間にとっては格安なのだ。
「それにしてもあれだよね。貴女みたいな人たちが死ぬってうれしいよね」
「うれ、しいですか?」
「うん。だってさ、自殺を考えていない人たちって、死とは常に隣にあるっておもっているか遠い場所にあるって思っている人が多いんだよね」
商人の話に聞き入る女性。
「本当は、死なんて隣にあるんじゃなくて常に一心同体なのにね。それに気付かないで誰かを傷つけて、アイツは強いから自殺しないだろうと勝手に決めつけて、自殺したら自分も悪いけど自殺した方も悪いって、クソみたいな理論を言うんだよ」
「死とは常に一心同体」
「うん。だからね自殺することって悪いことじゃないんだよ。むしろ我慢して生きることよりも正しい逝き方なんだよ」
「…ありがとうございます。私、自殺することに後ろめたさを感じていたんですけど、これできれいさっぱり死ねます」
「そう。それはよかった」
女性はぺこりと商人に一礼して、すっきりしたような晴れた笑顔でお店を出て行った。
それを手を振りながら見送る商人。
そして、女性の姿が見えなくなるとカウンターからでて、商品の整理を始める。
「さて、今日はあと何人くるのかな?」