届かないことを、知ってしまったの
あがく。届かないと、知っていても。
彼は羽津という苗字だった。
年はよく解らない。けれど、私は彼を羽津さんと呼び、彼は私を理奈と呼んだ。
年上だったのかどうか、それさえはっきりしない。
彼はふわふわと幸せそうに笑って、よく私を撫でた。
「理奈は可愛いね」
そういって、ふわふわふわふわ撫でた。
「羽津さんの手が好き」
私はそう言って目を閉じた。
ふわふわと撫でてくれる羽津さんの手は、少し角ばっていて硬い。
でも、ふわふわ撫でてくれる時、羽津さんはとてもふわふわ笑っている。
だから、羽津さんの手が好き。
羽津さんが好き。
すごくすごく幸せで、この幸せが続くものだと思っていた。
けれど、普通に知ってなきゃいけなかった。
羽津さんの薬指に、指輪があった。
ってことは、もう羽津さんは誰かのもので。
私は、ただの女友達以下の女で。
羽津さんにとってはなんてことない、ただのガキだってこと。
でも。
羽津さんと会えるのがうれしくて、私は何も知らない振りをした。
ほら、また間違えた。
そこでさっさと言っておけばよかったのに。
あなたが好きです、愛しています、って。
それで玉砕して、で、家に帰ってから馬鹿みたいに泣いて、それなりに高校の友達とかに慰めてもらって、なんだかお互いに気まずくなって逢いづらくなって、羽津さんとは友人関係すら終了。関係という関係の自然消滅。私という少女がいたことすら、いつか羽津さんは忘れてしまうだろう。記憶からさえ、完全抹消。
‐そうでもしないと、きっと、この想いは消えてくれないから。
きっと、この身を滅ぼすほどに、膨れ上がってしまうだろうから。
そこにいいタイミングで昔のことを思い出してしまったものだから、五割増くらいで引きずりそうになってしまった。
というか、実際引きずってしまったのだけど。
本当に、私は馬鹿だ。
手に入れられないものほど欲しくなって。
羽津さんなんて、早く諦めてしまえばよかったのに。