懺悔
苦しくて、悲しい恋。
私は昔、兎でした。
兎であるのに、狼と仲良しでした。
もっと平たく言えば、恋人でした。
長い間何もなかった。
ただただ平和で、安らかであり、この幸せは永久のものだと思っていた。
今ならわかる。永遠のしあわせなんて、ありはしない。
世界は、やがて壊れ始めた。
太陽が光の触手を伸ばし、植物を責めた。
樹木はそれを庇おうと腕を伸ばし、結果、植物を絶滅の寸前にまで追いやった。
ギリギリまで飢餓を耐えた獣は、一番愛おしいものから順に喰らい尽くしていった。
それは、私の狼も例外ではなかった。
日に日にやせ細る体。
私は、それを見たくはなかった。
きっと、狼はギリギリまで我慢する。
我慢して耐えきれなくなって、自我がなくなって私を食い尽くすだけならいい。
それだけなら、納得できる。
だって、世界が乾いてる。
一個人である私たちが耐えきれるはずがない。
正直、私も、少しまずい。
そろそろ限界を迎えるだろう。
けれど。
狼は―ロウは私と違って、我慢強くて、カッコつけるような可愛い人だから、きっと耐え抜こうとするんだろう。
ロウは、ただカッコつけるだけの馬鹿じゃなくて、ちゃんと努力もする、本当にかっこいい人だから。
だから私が心配なのは、ロウが、―私を残して逝ってしまうんじゃないか、ということ。
ロウは、半端ないくらいカッコつけるから。
だから、カッコつけて、先にごめんな、とかいって、逝っちゃうんじゃないかって。
だから、言った。
「私を食べて」
私を食べて。
私を殺して、あなたの手で。
そう、言った。
あなたに殺されるなら本望だった。
乾き続け、癒しと潤いを求める世界にこれ以上生きたところで、どこかで喰われてこと切れるだろうことは容易に想像がつく。
だったら、せめてあなたの手で眠りにつきたかった。
それに。
―独りになりたくなかったし。
そういう思惑もあった。
というか、そういう想いが全体のほとんどを占めていた。
だって、ロウのいない世界なんて、つまらない。
味気なくて、きっと、私が私じゃなくなる。
狂ってしまう。
だから。
だから、あなたの手で、私を眠らせて。
けれど、あなたの手を血で染めるのは、私のだけでいいから。
だって、悔しいじゃない?
あなたの手に私じゃない他の匂いが染みつくなんて。
あなたの全てを、私にしてしまいたい。
あなたが、息を引き取るその瞬間まで、あなたを私で染めてしまいたい。
だから。
だから、痛みは、甘い刺激だった。
徐々に白くなる視界も、喜びだった。
あなたが。
私だけを、映してくれる。
あなたの世界が、私と、あなただけになる。
それは、喜び以外の何物でもなかった。
けれど、最期の瞬間、あっ、とひらめいた。
私は独りじゃないけれど、彼は独りになってしまう。
彼は見かけによらず寂しがり屋だったから。
―私は残酷だ。
私を喰らい、飢えを満たした後は独り寂しく死んでいけと宣言したのだ。
ああ。
語弊がある。
私はあなたを愛している。
愛している。
愛してるから、だから、私だけじゃなくてもいいよ、というべきだったのだ。
私以外にも、誰かを愛していいのだと。
私ではない誰かを、傍らにおいてもいいのだと。
言ってあげるべきだったのに。
私は言えなかった。
愛していたから。
愛していたら、むしろ、言ってあげるべきだったのに。
さようなら、って。
さようなら、愛しい人。
私以外の誰かとよりそって、この恐ろしい世界を力の限り歩んで?
そう、言ってあげるべきだったのに。
もしくは、待つべきだったのだ。
小賢しい真似はやめて、二人で大人しく、破滅するときをゆっくりと。
世界の波にのまれて、飢えに苦しみながら、倒れてしまうその時を。
二人で寄り添って、ギリギリの限界をこえてもそれでもなお共に。
…ああ、私は、ただの臆病者だったんだ。
臆病じゃなかったなら、カッコ悪くなった自分に臆することなく、あなたのそばに居続ける事を堂々と選ぶことができたはずだから。
もしくは狂っていたの?
私の愛情は、すでに歪んだ狂気になっていたの?
わからない。
わかってはいけない。
わかりたくない。
ただ、一つだけ言えることは。
私は、我が身可愛さにあなたを裏切った、罪深き女だということ。