くらいまっくす
今回ドシリアスです。猟奇表現注意!
屋上。
俺は君をおびき出した。
俺は君にナイフを突きつけた。
―切りつける。
赤い血が滴り落ちる。
ああ、あの日と同じだ。
兎。兎。
とっても綺麗だよ、兎。
ざん、ざん、と、いや、むしろ、ざしゅ、ざしゅ、と肉を切る音が響く。
なんて心地いい音。
なんて食欲をそそるにおい。
何度も何度も繰り返し切りつけ、赤に染まり絶え間なく叫び続ける君を映す。
ああ、愛しい。
今の君は俺一色に染まっている。
―恐怖で。
もうこの際感情の種類は別に構わない。
やっと、ぼくのものになってくれたね。うさぎ。
歓喜でいっぱいになって。
狂喜でいっぱいになって。
ああ、食べてしまいたい。
本当に本当に喰らってしまいたい。
がぶりと首筋に噛みつく。
柔らかい肉。
口の中に広がる鉄錆のような、けれど甘美な、血の味。
ああ。
悲鳴が聞こえる。
そこも、兎と違う。
「…かざと、…くん。嫌だっ、…架坐都くん…。…架坐都くんっ。かざと―」
がぶ、とより一層深く噛みつく。それで助けを呼ぶような切ない声は、悲鳴へと変わる。
かざ、と―
くん、が小さく聞こえる。
かざと、という名前だけがよく聞こえる。
よく知った可愛い声が俺の心を小さく揺らした。
―かざと。
胸の中の何かが溶け出して、瞳を熱く濡らす。
―兎。
想いが、強くなる。
愛おしい、という想いが。
ねえ、兎。
―ハノ。
―どうしてもっと早く呼んでくれなかったの?
ハノ。
「ハノ。…波乃っ」
かざと、…くん、と、弱弱しく返事が返る。
叫びすぎてかすれた声。涙に濡れた顔のまま。
血濡れた手を伸ばし、髪を梳くようにして撫でる、ハノ。
腕にはなかなか力が入らないらしく、最後の方には頭を撫でられなくなって、小さく笑ってごめん、と呟いた。
「…かざ、と、…くん?…なかないで、…ね?」
「―ハノ」
「ごめん。…おいてっちゃう、ね。なんか、嫌だな…」
もっと色んなこと話したり、色んなとこ行ったり。したかったな。
そういって、ハノは笑った。
ハノは、笑った。
おいてくんじゃないよ。
僕が、先に逝かせたんだよ。
君を、つき落したんだよ。
なのに。
なんでそんなに幸せそうな、
でも哀しそうな目で、
愛おしそうに僕を見るの。
それが最後。
何度も伸ばそうと持ち上げた手がとうとう上がらなくなって、ぱたりと地面に落ちる。
ゆるりと瞼を閉じたと思ったら、それきりで。
ハノが死んでしまったのが分かった。
ハノが。
ほんとうに、死んでしまったのが。
分かって、しまった。
急激に体温が冷えていった。
僕は何をした?
僕は何をした?
何が「暴挙を許してほしい」だ。ふざけるな。
勝手に重ねて、勝手に納得して。
被害者ぶって、まっこうから兎を見つめようともせずに。
呼びかけることで、罪が消えるわけじゃないのに。
喰い散らかしたのは僕であって、死んでしまった彼女に罪があるわけじゃない。
つまりは。
彼女は被害者で僕は加害者だ。
「…ハノ」
ふらふらと俺はハノのほうへ近寄った。
ハノ。
もう会えないハノ。
僕が殺したハノ。
綺麗なハノ。
可愛いハノ。
―ハノ。
ハノの髪をかきあげて、白くなってしまった血まみれの顔を、じっと見つめた。
そして何だか自分の中が真っ白になって、気がついたら手すりを乗り越えていた。
頬を撫ぜる風。
なんだか全てがどうでもいい。
そして、決定的な瞬間は訪れる。
そう。
がくん、と景色が揺れた。
地上が迫ってくる。
光が遠のいて、闇がせまってくる。
ハノ。
―ごめんね。